「はぁっ……はぁっ……」



 セルは息が荒ぐのも構わず走り続けていた。

 目的はただ、未亜に追いつくことのみ。

 全力を振り絞っての疾走が功を奏したのか、セルは瞬く間に未亜が視界から消えた場所までやってきていた。



 (未亜さんは……いた!)



 目的の人物は数十メートル先を歩いていた。

 そして、そのすぐ後をつけるように歩くフードとローブを羽織った不審な人物。

 未亜は後の人物に気がついていないのか、完全に無防備だった。

 慎重に近付いていくセル。

 と、その時。

 不審な人物が腕を未亜へと伸ばし始めた。

 その手には何かの魔法の光が灯っている。

 セルは、迷わず駆け出していた。



 「てめえ! 何してやがるっ!!」 




















Destiny Savior

chapter 42   Sign(W)





















 「おい、どうした?」

 「……なんでもないわ。それで、話はそれだけ?」

 「ん、ああ……一応な」



 大河の訝しげな声に、イムニティは不機嫌そうな口調で返事を返した。

 その迫力に思わず追求を止めてしまう大河。



 (な、なんで怒ってるんだコイツ……?)



 大河は内心で冷や汗を流しっぱなしだった。

 急に俯いたかと思うと、えもしれぬ迫力で不機嫌になっていく少女。

 ある意味、大河としては見慣れた光景ではあったが、大河は無意識に後ずさっていた。



 「……で、お前の聞きたいことって言うのは?」



 故に、その声が若干卑屈になってしまったのは仕方のないことだった。

 ただ、イムニティはその言葉を聞いて気を落ち着かせたようなので、大河的には思わぬ幸運だったといえる。



 「まず、もう一度だけ聞いておくわ。当真大河、貴方は私のマスターに……白の主になる気はないのね?」

 「ああ、少なくとも今はな」



 明確ではないが、それははっきりとした否定だった。

 大河としては、イムニティと契約を結ぶことが絶対に否というわけではない。

 今後の展開を考えるに、契約によるパワーアップは欠かせないのだ。

 ただ、大河は破滅に組する気はさらさらないし、今の段階で救世主になるわけにもいかない。

 イムニティは契約後、当然リコの支配を目論むであろうし、それは受け入れられるはずがないのだ。



 それに大河の心の奥底には、リコと同じくイムニティを自分の戦いに巻き込みたくないという考えもあった。

 彼女らが書の精霊である以上、それは無理な願い。

 それは大河が誰よりもよくわかっていた。

 だが、それがわかっていても、それでもなお大河はその考えを捨てることが出来なかったのである。















 「そう……」



 大河の返事を聞いたイムニティは目を閉じて静かに佇んでいた。

 怒りも、悲しみも、苛立ちも感じさせない静寂。

 大河の答えは予想通りだったのだろう、イムニティは動じることなくそこに立っていた。



 「なら、貴方は私に何を望むの?」

 「え?」

 「封印? 敵対? それとも……」

 「おい、ちょっと待てよ。なんでそんな話に……」

 「私と契約しないということは、オルタラと契約するということでしょう? なら私は貴方にとって敵になる。わかっているでしょう?」



 淀みなく、ただ静謐にイムニティは言葉を紡ぐ。

 不思議と、敗北感も屈辱感もなかった。

 まだ、他にも自分の主となれる人間はいる。

 それでも、イムニティはそれを良しとしなかった。



 「私は、貴方を我が主に相応しいと決めた。それだけは、譲れない」



 イムニティはしっかりと大河を見据え、返事を待った。

 自分らしくないと思った。

 たった一人の人間にここまで言ってしまえることが不思議だった。

 それでも、当真大河という人間に出会って。

 当真大河という人間に触れて。

 初めて思ったのだ。

 この人間に主になってもらいたい、と。

 それはイムニティにとって、初めての本心からの願いだったのかもしれない。















 「がはっ!!」



 それは、未亜にとって一瞬の出来事だった。

 セルの怒声に振り向いたその瞬間、後にいたローブ姿の何者かが手から光を放ち、セルを吹き飛ばしたのだ。



 「え……え?」



 わけもわからず混乱する未亜。

 目の前にはフードを頭にかぶった怪しい人物の姿。

 だが、フードから覗く口がニヤ、と歪んだのを見た時、未亜は感じた。

 目の前にいる人は危険だ、と。



 「……邪魔が入ったか。まあいい」



 フードの人物が呟く。

 声質からして男だろう。

 だが、セルにとってはそんなことはどうでもよかった。

 目の前にいるのは未亜に危害を加えようとしている敵。

 しかも、とんでもなく強い。



 「誰か! 誰か来てくれ!」

 「無駄だ、結界をはった」



 救援を呼ぼうと声を張り上げるセルであったが、無慈悲にもフードの男はそれを断じた。

 やむをえずセルは一人で戦うことを決意する。

 だが、正直なところ勝ち目はないと頭の冷静な部分が告げていた。

 今の一撃でセルの戦闘力は一気に落ち込んでいる。

 体がなんとか動く程度の深刻なダメージ。

 フードの男の一撃は、セルに力の差を悟らせるには十分なものだった。



 (だからって……後にひけるかよっ!!)



 ダメージに震える足を懸命に叱咤し、剣を支えにして立ち上がるセル。

 フードの男は余裕なのか、それをじっと待っていた。



 「セルビウムくん……!」



 未亜の心配そうな声がセルの耳に届く。

 セルは引きつりそうになる顔を、必死に笑みに変えた。



 「待っててください、未亜さん。今俺がこんな奴パパっとやっつけちゃいますから」

 「……くくっ」

 「―――――っざけんな!!」



 男の嘲るような声に反応して、セルは駆け出した。

 しかし、またしてもその体は光弾に弾き飛ばされる。



 「ぐはっ!」

 「ほう、まだ意識があるか……なかなかの耐久力だ」

 「セルビウムくん! も、もう止めてください!」



 フードの男に懇願する未亜。

 しかし、男はそれを一瞥することなく無視するとトドメとばかりに光弾を放った。



 「あ……あ……」



 爆発に包まれるセルに、未亜は震えた声で絶望した。

 フードの男がゆっくりと振り向く。

 未亜はただ、後ずさることしか出来なかった。



 「い、いや……助けて、お兄ちゃん」

 「無駄だ、助けはこない」

 「お兄ちゃんっ!!」



 悲壮な未亜の叫び。

 だが、無情にも男の前進は止まらない。



 「……さて……むっ!?」



 だが、そこで初めて男が驚愕の声をあげた。

 次の瞬間、男のいた場所に斬撃が閃く!



 「……まさか、まだ動くことができるとは……」

 「へっ、こちとらそれが自慢でね!」



 男の感心したような声を他所に、傷だらけのセルは斬撃を更に繰りだす。

 男は余程意外だったのだろう。

 何発かの斬撃はかわしたものの、体勢を崩してしまう。



 「もらった!」



 勝機とばかりにセルの渾身の一撃が放たれる。

 だが、その攻撃は惜しくも男のかぶっているフードを掠るだけに終わってしまう。



 「ほう……」

 「ちっ……!」

 「やるものだ。その執念、見事。まさかかすらせるとはな……」

 「次はかするどころじゃすまさねえ!!」



 剣を振りかぶるセル。

 だが、そこまでだった。

 ダメージの蓄積した彼の体は、主の意思に反して動くことを許さなかったのだ。



 「……ち、くしょう……」



 崩れるように倒れていくセル。

 だが、意識を失う瞬間、未亜へと手を伸ばした男のフードの中がセルの瞳に映る。

 セルは驚愕した。

 何故ならば、その顔は……



 (なんで……あんた、が……)



 暗転する視界。

 セルは混乱と驚愕のまま、ゆっくりと目を閉じていった。















 (未亜、さん……)
















仮のあとがき

セル、大活躍です。負けたけど。
さて、未亜はどうなってしまうのか、セルの生死は?
シリアス展開が続きます。