もにゅ
目覚めた大河の手のひらに伝わった感触は柔らかなものだった。
目覚める前に手を伸ばそうとしていたせいか、彼の手は前方へと伸びていたのだ。
そう、布団をかけなおそうとしていたリリィの胸へと。
「……あ、あれ?」
もにゅ、もにゅ
大河は胸を揉み続けつつ現状の把握に努めた。
右―――――未亜が寝ている。
左―――――ナナシがきょとんとした顔でこちらを見ている。
上―――――知らない天井だ。
正面―――――リリィがいる。何故か顔は真っ赤だ。大河的人間観測によれば間違いなく怒っている。
「げ……」
ただでさえ血がなくなっていた大河の体から血の気が引いた。
しかし、胸から手は離さない。
大河は引きつった笑顔を浮かべ、口を開いた。
「よ、よおリリィ。え、えーとだな? サイズにあわないブラは形を崩すぞ?」
「―――――この世に言い残すことはそれだけかしら?」
表情というものを全て消した顔でリリィが呟いた。
それは正に大河にとって死神の宣告だった。
Destiny Savior
chapter 37 Sister(V)
「お、落ち着けリリィ! 俺は怪我人だぞ!」
「大丈夫よ。巧くいけば蘇生できる程度には留めておいてあげるから」
「それ安心できませんよねぇっ!?」
ヘタレ全開で大河はビビった。
ヤバイ、ひたすらこの状況はヤバイ。
しかしそれでも大河は手をはなさない。
彼のエロ本能は正に今生存本能をも凌いでいた。
「この―――――」
リリィの手が大きく振りかぶられた。
流石に怪我人に魔法をぶちかますほど分別がないわけではないらしい、鉄拳制裁のようだ。
しかし、それでも今の大河にとっては洒落にならない攻撃。
瞬間、大河の脳裏に走馬灯がよぎった。
「ダメェェェェェッ!!!」
だが、リリィの一撃は大河に届くことはなかった。
兄の危機に目を覚ました未亜が大河を庇ったのだ。
ただ、庇ったといっても未亜は大河に覆い被さるようにリリィを突き飛ばすことになったわけで。
「え……ってきゃああああっ!?」
「ぐはぉああああっ!?」
当然、リリィは豪快に転倒し、大河は傷だらけの体にボディープレスを受けた格好になるのだった。
「ダ、ダーリン!? 大丈夫ですの〜〜〜!?」
結果、唯一心配する声をかけてくれたナナシへの好感度がストップ高を記録したのは大河でなくても仕方のないことだったといえる。
「なあ、ベリオさん。なんとなくだけど今この部屋に入るのはまずいんじゃないのかな? 勘だけど」
「奇遇ですね。私もそう思っていたところですよセルビウム君」
そんな会話が廊下で話されている時。
医務室では、正に彼らの勘が冴えまくっていることが証明されていた。
「お兄ちゃんになんてことするんですか! お兄ちゃんは怪我人なんですよ!?」
「私の……む、胸を触ったんだから当然の報いでしょ!? それにこれをやったのはあなたじゃない!」
「わ、わたしはお兄ちゃんを庇っただけです。不可抗力です!」
「ふん、行動って言うのはね、過程よりも結果が大事なのよ。いいからどきなさい、そんなに無茶な真似はしないわ。ビンタするだけにしておくから」
「駄目です!」
「コイツは一度ならず二度までも乙女の胸を、も、揉んだのよ!? あなただって女なんだからわかるでしょ!?」
「お兄ちゃんになら揉まれようと吸われようと問題ありません!」
「んなっ……」
女が三人集まれば姦しい。
そんな言葉を証明するかのように未亜とリリィの舌戦はヒートアップしていた。
というか未亜はここに大河がいるということを考慮していない。
なお、三人目たる女性のナナシは二人が言い争っているのを面白そうに眺めているだけなのである意味数合わせといえないこともない。
まあ、トライアングルに囲まれた格好の大河からすれば悲惨な状況であることこの上ないのだが。
ちなみに、リリィと未亜が大河の寝ているベッドを挟むように、ナナシが大河の頭を覗き込むように立っていたりする。
(はぁ……頼むからゆっくり休ませて欲しい……)
大河は両サイドから聞こえる舌戦に溜息をついた。
このように未亜が感情丸出しで人に対することは滅多にないと大河は記憶している。
というか過去にあった例はあのガルガンチュワの戦いの時と先日のデパートの時くらいのものだった。
(まあ、いい傾向ではあるんだけどな……)
横目で未亜を見ながら大河は思う。
未亜は昔から自分の心を他人に見せようとしなかった。
それはある意味では大河ですら例外ではない。
両親の不在、唯一の家族といってよかった兄は義理。
精神的な部分では一人ぼっちだった未亜はいつも心を隠しながら人に接してきたのだ。
―――――それ故に、大河への依存と愛情は偏ったものへと変貌してしまったのだが。
(……実の妹、か)
その事実自体には意外なほどに驚きはなかった。
背徳感は義理の妹だと信じていた頃からあったことだし、実際に未亜と関係を結んでしまった時は自己嫌悪の嵐だった。
その観点からいくと、義理が実に変わったことは物凄いことではある。
しかし、大河にとっては常識的な意味での苦悩はなかった。
大河からすれば『妹』という部分が重要だった。
たった一人の自分の家族。
そういう風に括っていたからこそ一人の女性としてみることに苦悩したのだ。
頭に実がつくか義理がつくかは実の所大した意味はもたない。
どこか壊れた考えだが、家族と呼べる存在をただ一人しか持たなかったが故の大河の観念だった。
(未亜……お前は、俺の)
その後に続く言葉を今の大河は持っていなかった。
「大河! 怪我が治ったらこの借りは返してもらうからね!」
大河が気が付いた時には、リリィのそんな言葉がドアが閉まる音と共に聞こえていた。
なお、ドアのすぐ正面にいたセルはドアの勢いにぶっ飛ばされ、ベリオはリリィの迫力にまたも入室をためらうことになるのだが、それは余談である。
「わ〜、未亜ちゃん強いですの〜。リリィちゃんの負けですの〜」
無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねながら何故か喜んでいるナナシ。
その言動を見るに、舌戦は未亜の勝利だったらしい。
……次にリリィに会うのが憂鬱になる大河だった。
「おい、未亜」
「あ、お兄ちゃん? 怪我は大丈夫?」
今までのことが何もなかったかのようにエンジェルスマイルを大河に向ける未亜。
大河はそんな未亜を見て、こう思った。
女は怖い。
「ああ、右腕はまだきついが……他は少し痛むくらいだ」
「そう、よかった……ねえ、わたしたちどうなったの? 気が付いたら医務室で……お兄ちゃんはボロボロで……」
封印の間のことを思い出したのだろう。
未亜は今にも泣きそうな表情になり、大河を見つめた。
「……俺にもわからん。助かったことだけは確かだけどな」
痛みに顔をしかめながらも、大河は左手を伸ばし、未亜の頭を撫でる。
未亜はそんな大河の行動に、嬉しさと心配さを半々くらい混ぜた笑顔で応えた。
「あ〜、未亜ちゃんばっかりずるいですの。ナナシもナナシも〜」
「あー、後でな。ああ、そういえばナナ子は何がどうなったのか知ってるか?」
レイの言葉が確かならば、ナナシは封印の間に残っていたはずである。
こうしてここにいるということは、自分よりも詳しい事情を知っている可能性が高いと大河は思ったのだ。
「え? あ、あの〜、ナナシも目が覚めたらここにいたですの〜」
ナナシの答えは未亜と変わらない。
しかし、ナナシは一目でわかるほど挙動が不審になっていた。
何かを隠している。
大河は素早くそれを悟った。
「おい、ナナ子……」
「あ、な、ナナシは急用を思い出したですの! 名残惜しいですけどここでバイバイですの〜!」
「おい、ちょっとま」
「お大事に〜ですの〜!」
手を伸ばす間もなくナナシは走り去っていく。
大河としては後を追って追求をしたかったのだが、あいにく体が言うことを聞かなかったので断念をするしかなかった。
「アイツ……なんか隠してやがるな……」
「ねえ、お兄ちゃん……」
どうやって今度問い詰めてやろうか、と考えに入ろうとする大河の思考を未亜の声が遮った。
ナナシとの関係について問い詰められるのか!? とビビリながら未亜の方を向く大河。
だが、大河は自分の勘違いをすぐに認めることになる。
何故ならば、未亜の表情は酷く真剣だったのだ。
「どうした?」
未亜がこういう顔をした時は何か重要なことを言おうとしている時だ。
それが長年の付き合いからわかっていた大河は自身も真剣な顔になって未亜へと向かい合った。
「大事な話が、あるの」
仮のあとがき
流石に初めての二本連続はきつかった……そのせいか前回とは反対にはっちゃけ気味な今回。
怒りっぱなしのリリィ、なんか怪しいナナシ、マジモードの未亜。
次回はついにいちはちを書くことになってしまうのか!?(ぇ