当真兄妹は彼らの住む町ではそれなりに有名だった。
破天荒で女好きの軽薄男、そして喧嘩っぱやい単純型の思考を持つ大河。
思慮深く、いつも他人を立て、異性に対しては鉄壁のガードを誇る未亜。
実際のところ、大河は女好きではあるが意外に臆病なところがあり、押しが強いように見えて実は場の空気に流されやすい。
また、何も考えずに行動しているようでその実結果的に人助けを行うことが多く、面倒見が良い先輩として男女問わず後輩には評判が良かったりする。
未亜は、友好範囲が広いように見えて、実の所親友と呼べるような親しい存在はいない。
一歩引いた位置にいるようで、肝心なところでは自分の我を通す強さを持っている。
そう、内面も外面も彼らは正反対なのだ。
だが、ここまで正反対な兄妹なのに、その仲は知らない人が見れば恋人に見えるくらい良かった。
極一部を除けば二人が義理の兄妹であることを知る者はいない。
だが、そんな彼らですら知らなかった事実があった。
世間的に認知されている『事実』が『真実』であったことを。
Destiny Savior
chapter 36 Sister(U)
「血を、分けた?」
『はい。未亜と貴方は……実の兄妹です』
「―――――っは」
大河の第一声は嘲るものではなく、悲しむものでもなく、驚きでもなかった。
ただ、喉に詰まった何かを吐き出したかのような。
不快感と開放感をない混ぜにしたかのような声だった。
『……大河?』
「あー、悪い。少し混乱しているらしい。いや、実際は混乱なんかしていない。お前の言っていることは事実だ。
根拠はないが何故かそれが本当のことだと俺の中で何かが囁いている。ああ、そうか、未亜は俺の実の妹だったのか」
棒読みのような、それでいて暗く深い何かの感情がこもった声だった。
「一つ、聞いていいか」
『どうぞ』
「何故、今なんだ?」
それは責める口調でも、嘘を期待している口調でもなかった。
ただの純粋な疑問。
今までの想いを否定しなければならないだけの事実を欲する疑問だった。
『それが、必要なことだったからです』
「……なに?」
『神を倒すために必要な条件、その中で最も重要とも言える事項がここに関連していたからです。
私は、ジャスティの力を分割して生まれた召喚器。そう言いましたね?』
「ああ」
『つまりは、そういうことです。今の私は分割された力の半分。故に完全になるにはジャスティの力が必要不可欠。
前の会話の時にこれを話さなかったのは、貴方ならばこれを言うまでもなく成し遂げることができると思っていたから』
「……よく、話が飲み込めないんだが」
『トレイターとジャスティの力の源は同質、ですが同時に異質でもあります。
そんな二つの力を元の一つにするには私たちの担い手、つまり大河と未亜の心が繋がらないといけなかった』
「俺と、未亜の心は繋がっていないと?」
『はい。守護者との戦いの時、剣が砕けたのは覚えていますか?』
「……ああ、夢中だったけどな。頭の中は妙に冷静だったからなんとなくは覚えてる」
『それが証拠です。召喚器の源は世界の根源力。その力の現れ方は、持ち主の精神状態に呼応する。にも関わらずトレイターは真なる姿を維持できなかった。
つまり、大河。貴方の未亜への想いはあるべき姿ではなかった』
がつん、と大河は頭を殴られた気分だった。
レイの言葉はすなわち、大河が未亜を愛していないという風に聞こえたのだ。
「馬鹿いうな! 俺は、未亜を大事に想っている! それこそ世界で一番……」
『それは否定しません。しかし、想いの大きさと質は似て非なるものです。義理の妹であれ、実の妹であれ、貴方が未亜を愛しているのは紛れもない真実。
ですが……貴方はどう未亜を愛していると言うのですか?』
「―――――っ!」
家族として。
妹として。
一人の女性として。
かけがえのない宝物として。
数多の答えが大河の脳裏を駆け巡る。
だが、答えは口から紡ぎだされることはなかった。
『私が言いたかったのはそういうことです。貴方は未亜を特別視していた。ですが、その特別とはどんな特別なのですか?
愛している女性? それが一番近い表現でしょう。ですがそれは同時に最も遠い表現でもある。
私がこの事実を話したのは、貴方に全てを受け入れ、その上で答えを出して欲しかったからなんです』
「俺、は……」
『大河、深く考えないでください。他の女性陣に対しても言えることですが、貴方が貴方であることが全ての最善なのですよ?』
レイの言葉はある意味で大河を救い、ある意味で大河を救えなかった。
それは言わば迷宮だった。
当真大河という己を探すための迷宮。
それはレイにとっても一種の賭けだった。
大河がこれで道を誤れば、今度こそ全ての希望は潰える。
それでも、レイは信じた。
大河はきっと正しい道を選ぶと。
あの時見せてくれた笑顔を信じたことは間違いじゃなかったはずだと。
どれだけの時間がたったのだろうか。
俯いていた大河はゆっくりと顔をあげた。
『答えは、でましたか?』
「いや、全然。正直、わからないんだよな。未亜は俺の大切な妹で、一番近くにいた異性で。けどだからこそ今お前に言われて悩んだ。
アイツが一体俺にとってなんなのか。俺はどうしたいのか。おかしいよな、そんなことはこの世界にやってきた時に出していた答えのはずなのにな」
苦笑する大河。
その表情はとても晴やかなものとはいえなかった。
だが、彼は前を見ることだけは止めていなかった。
「悪い。お前の問いにはまだ答えられそうにない」
『……いえ、それでいいんだと思います。貴方ならいつか答えを出すことができるはずですから』
大河の答えは保留。
しかしレイはそれでも満足していた。
大河は、笑っている。
それならば希望は繋がれているのだから。
「しかし未亜と俺が実の兄妹だったとはなー。ソ〇倫にひっかかるなこりゃ。ん? 今はOKなんだっけ?」
『何を言っているのですか貴方は』
大河の軽口にツッコミをいれるレイ。
レイにはわかっていた。
これは大河なりに前を向いて行こうという気の表れだということを。
「けどあれか。お前の言っていることからするとトレイターとジャスティは合体したりするのか? ババーンって感じで」
『多分、そうなると思います。ただ、私はあくまで感覚的な意味合いでしかそれがわかっていないので実際どういう風にそうなるのかはわかりませんけどね』
「未亜は召喚器を呼んでいないままだが、そこら辺は大丈夫なのか?」
必要なこととはいえ、未亜が傷つく可能性が上がるのは望ましくない。
そんな大河の思考を察したのかレイはゆっくりと首を横にふった。
『大丈夫だと思います。他の召喚器はともかく、ジャスティとトレイターは特別ですから。想いさえ繋がれば自然な形になるはずです』
「……まあ、どっちにしろ俺が答えを出さないといけない問題か」
『ですね。まあ、私としては少し気が引けるのですけど』
「何でだ?」
『だって私は今でこそこんなのですけど、元々は男でしたから。ジャスティはさぞ驚くことでしょうね』
悪戯っぽく笑うレイに、大河は思わず吹き出した。
確かに、兄がいきなり姉に変わっていれば誰だって驚く。
もしも自分がある日突然女になっていれば、未亜は卒倒するだろう。
大河はそんな光景を想像して、少しばかり自分の女姿に吐き気をもよおした。
『……ああ、そろそろまた眠りにつく時間ですね。大河、未亜さんのこともですが、他の女の子のこともちゃんと構ってあげないと駄目ですよ?』
もちろんその中にも私も含まれますからね? の意を含めてレイはくすりと笑う。
大河としては女の子からハーレム公認のような台詞を言われるのは少し、いや、かなり違和感があったのだが。
『大河、一つだけアドバイスをあげます。貴方は遠慮をしすぎているのですよ。貴方の持ち味は図々しいくらいの女性へのアプローチでしょう?
妹だから、死なせたから、巻き込みたくないから、なんてごちゃごちゃ考えないで下さい。貴方は笑ってしまうくらい馬鹿な方がちょうどいいのですから』
「お前、それ誉めてないだろ」
苦笑しながらも、しつけは大事だとばかりに頭を叩こうと大河はレイへ手を伸ばす。
だが、それと同時に彼の視界は暗転するのだった。
「ちっ……覚えてろよ、レイ。それと……サンキューな」
覚醒へと向かう意識の中で、大河は娘もどきにして相棒の女の子へ向けて笑顔を浮かべた。
仮のあとがき
あー、シリアス一辺倒ってのは書くのがきついですね。盛り上がる場面ならまだしも暗いですし今回。
大河にとっての未亜、それが今後最も重要な要素の一つとして加わります。
答えは凄く単純で、それ故に複雑なのです。だからこそレイは全ての真実を明らかにして大河に考えて欲しかったのですね。
まあ、大河は既に答えを出しています。ただそれに気が付いていないだけで……
ヒロインとしては既に脱落寸前ですけど、未亜、重要な役どころです(笑
けど、二人の会話にはある重要な部分がかけてるんですよねー