「ど、どうしたんですか、リコ……って、た、大河君!?」

 「回復を……」

 「わ、わかりました! 慈悲深き癒しの女神よ、この者に力を……レ・ウィル・リ・ラーシュ……」



 図書館近くの脇道に人影が四つ。

 その内の一つ、大河は瀕死の重傷をおっている。



 「……ほう、白の精霊の力の波動を感知して来て見れば……」



 癒しの光が暗闇を照らす。

 だが、大河を助けることに夢中だったベリオとリコは気がつかなかった。

 その様子を上空から見つめる一つの影があったことを。



 「……く、くく……面白い、実に面白い……」



 愉快気に笑う影。

 影はひとしきり治療の様子を眺めると、マントを翻して闇夜に溶け込んでいった。




















Destiny Savior

chapter 34   After





















 「―――――以上です」

 「わかりました。下がりなさい」

 「失礼、します」



 バタン



 部屋から金髪の少女が退室していくのを見送り、部屋の主―――――ミュリエルは眉をひそめて溜息をついた。

 昨夜何らかの事件によって起きた当真大河の重傷。

 その件について問いただすために当事者の一人と思われるリコ・リスを学園長室に呼んだのだが



 (明らかに彼女は嘘をついている……)



 リコの説明はこうだ。

 昨夜、怪しい人影と大河が戦っていたのを偶然目撃。

 だが、相手の攻撃によって大河は重傷、彼女は相手を追おうとしたのだが、大河が重傷だったために追跡を断念。

 自分ひとりでは治療が間に合わないので治療のエキスパートであるベリオを呼び、治療にあたり、今に至る。

 一見、矛盾のない話ではある。

 学園の警備を潜り抜けるほどの腕前の侵入者ならば、大河が重傷をおうことも納得できるし、その後の判断も間違ってはいない。

 だが、問題なのはそれ程の使い手が何故大河に重傷をおわせることにとどまったのかということになる。

 リコに見つかったからというのは勿論あるだろう。

 しかし、大河が戦っていたとされる場所は夜とはいえ人目につく可能性の高い場所だった。

 侵入者がこの学園に侵入した目的は救世主候補の抹殺ないしは調査だろう。

 にもかかわらずそんな場所で戦闘を行う理由がないのだ。



 (やれやれ……頭の痛くなることばかり)



 リコ・リスは嘘をついている、ないしは真実を全て語ってはいない、それは間違いない。

 だが、同時にその証拠もない。

 表向きのことだとはいえ、人類の希望になる予定の救世主候補を公に疑うわけにもいかないのだ。

 当真大河が目を覚ましたとしても、口裏を合わせている、もしくはリコと同じく本当のことを語らない可能性は高い。

 しかし、破滅の動きも気になる時期になってきたので今は一つでも多くの懸念を払拭しておきたいのだ。



 「アルストロメリア、ルビナス、オルタラ。こんな時に貴女達がいてくれればね……」



 ミュリエルの愚痴は誰にも聞かれることなく、部屋に響き渡った。















 (……何故、私は……)



 リコは廊下を歩きながら自問自答していた。

 自分はミュリエルに嘘の報告をした。

 図書館地下のこと、未亜が一緒にいたこと、その両方を全く語ることをしなかった。

 無論、ベリオにも未亜がいたことは隠してもらうように頼み、他の部分はミュリエルに語ったことと同じ説明をした。

 それ自体には罪悪感こそあるものの、後悔はない。

 ありのままを報告すれば、大河は事実によってはミュリエルに殺される、ないしは封印されるだろう。

 無論、当事者の一人であろう未亜もだ。

 ミュリエルの考えを否定はしないと考えているリコだったが、目の前でそうなる可能性を見ながら見過ごすことは出来なかったのだ。

 それは酷く矛盾した思考である。

 救世主候補を殺す考えを容認しておきながら、大河が殺されかねない状況になったらそれを阻止するように動くのだから。



 (とにかく、大河さんに話を聞かないと)



 リコは歩みを早める。

 昨夜、何があったのか。

 その内容如何によっては決断しなければならないのだ。

 そう、大河を敵に回すという決断を。



 (……敵? 大河さんが?)



 リコの歩みが止まった。

 最悪の場合、つまりは大河が白の主となっていた場合。

 その場合、イムニティは自分を世界に還元しようと攻撃を仕掛けてくるだろう。

 そうなると抵抗しないわけにはいかない。

 だが、主を持たない今の自分では勝ち目はないだろう。

 かといってリリィやベリオと契約するわけにもいかない。

 しかし、その場合自分が負ければ世界の終わりが来る。

 それは赤の精霊として最も看過できないことだ。



 (なのに……何故、私は……)



 にもかかわらず、リコは最も恐怖を覚えたのは大河を敵に回すというその一点だった。

 世界の滅亡でもなく、自身の消滅でもない。

 ただ、大河が自分に刃を向けてくること、自分が大河に刃を向けることがひたすらに怖かったのだ。



 「あ……ああ……」



 それを自覚した瞬間、途端にリコの体が震えだした。

 それはある意味、赤の書の精霊としてのアイデンティティを否定するも同然の考えだったのだ。



 「あら、リコ? あなたも大河君のお見舞い?」

 「え、マジ? くう〜、大河めぇ! 美少女のお見舞いだなんてなんて羨ましい、じゃなかった、恨めしい!」

 「セルビウム君……?」

 「あ、は、はい、すみません!」

 「……リコ?」



 思考の海に沈んでいったリコは自分に話し掛けてきたベリオに気がつけなかった。

 夢遊病の患者のように、ふらふらとリコは歩き出す。



 「リコ、そっちは医務室とは反対……ああ、行っちゃった」

 「なんかあったのかな? なんか顔が真っ青だったけど」



 残された二人は、様子のおかしいリコに首をひねるばかりだった。















 「むふふ〜、ダーリンの寝顔〜♪」



 頭にリボンをのせた褐色肌の少女、ナナシはご機嫌だった。

 眠っている大河の枕元で、好きなだけ大河の寝顔を見ていられるからである。

 学園在籍でない彼女に授業などあるはずもなく、まさに一日中べったり大河の傍にくっついているのだ。



 「むにゃ……お兄ちゃん……」



 そして大河に縋りつくように眠っているもう一人の姿があった。

 兄の看護の為にあっさりと授業を放り出した当真未亜その人である。

 最初こそ、ナナシと険悪な(といっても未亜の一方的なものではあるが)雰囲気になっていたものの、今は夢の住人。

 余程良い夢を見ているのか、その表情はにやけっぱなしであった。



 「……モテモテですねえ、彼は」



 そしてそんな二人の美少女に囲まれている大河を呆れたような、それでいて感心したかのような視線で見ている人物がいた。

 カソック姿で椅子に腰掛けている眼鏡少女、シエル・エレイシアである。

 彼女は神官科随一の治療術の使い手だった。

 その腕前は救世主候補であるベリオともほぼ互角、アンデッドに対する戦闘力だけならば学園一とも言われている。

 そんな彼女が何故こんな所(医務室)にいるかといえば、ミュリエルの要請だったりする。

 リコとベリオの二人がかりの治療で一命は取り留めた大河だったが、すぐに完治するはずもない。

 当然、自己治癒の状態になるまでは継続的な治療が必要なのだが、救世主候補であるリコやベリオをかかりっきりにさせるわけにもいかないのだ。

 そこで白羽の矢がたったのがシエルというわけである。



 (噂の『大河君』に興味があったから、治療を引き受けましたが……噂通りというか、規格外と言うか……)



 カルテを左手に持ち、シエルは右手に持ったスプーンを動かして昼食―――――カレーを口に含んだ。

 程よい辛さが舌に広がる。

 医務室故に薬の臭いが微妙にその味を落としてはいるが、やはりカレーは美味しい。

 そんなことを考えつつシエルはカルテに目を移した。



 (全身の裂傷、打撲、骨折、右腕に至っては再起不能一歩手前の大火傷……一体どんな敵と戦ったんでしょうね?)



 チラリ、とシエルは大河に目をやった。

 史上初の男性救世主候補。

 初日のテストでゴーレムを撃破。

 次の日には救世主クラス主席のリリィ・シアフィールドに惜敗。

 友人から聞いた話では、ちょっと軟派だけど気のいいお兄さん。

 そして自分の後輩であるベリオ・トロープの想い人。

 シエルの知っている当真大河の情報はこんなものだった。



 (うーん、確かに只者ではなさそうですけど……わたしとしてはトーノ君の方が、なんて……きゃっ♪)



 スプーンを咥えたまま、何事を妄想して頬を染めていやんいやんを始めるシエル。

 幸いにして、唯一この場でそれを目撃できる立場にいるナナシは大河にかかりっきりだったのでそれを見ることはなかった。















 赤毛の魔法使いがお見舞いをしに、医務室の扉をノックをするのは数秒後のこと。
















仮のあとがき

ジャスティスのハーレムルートクリアしました!
ていうかイムニティってゲーム開始前にはもう召喚できるほどの力は使えるし意思もあったんですね! 畜生!(涙 ←ネタバレにつき反転
まあ、それ以外はなんとか設定を取り込むことが出来そうなので助かりました、おかげでプロットの修正に苦労しましたが。
さて、シエル先輩再登場。いや、特に意味はないんですけどね(マテ