『違うよ、お兄ちゃんは全然悪くないんだもん……っ』



 悔し涙を流した。



 『お兄ちゃん……ごめんね……』



 無力を感じた。



 『いや…いや…こんな結末……いやぁ……こんな残酷な世界は……もういやあああああ!』



 絶望を感じた。



 『ごめん、ね…………あり、がと…………う』



 彼女を幸せにする資格を失った。



 大河は誓った。

 未亜を害する全てから未亜を守ると。

 自分の手で未亜を幸せに出来ないなら、せめて彼女を不幸にすることだけは防ぎたかったから。

 もう、これ以上未亜に不幸を背負わせたくなかったから。

 いつか現れるであろう、未亜を幸せにしてくれる男に笑って未亜を託したかったから。



















Destiny Savior

chapter 32   Oath(U)



















 「お兄ちゃん……っ!」

 「み……あ……!」



 キマイラに捕らわれ、涙目でこちらを見やる未亜の姿が大河の視界に映る。

 激痛の走る身体を無理矢理ひねり起こす大河。

 致命傷ではないとはいえ、重傷であることは間違いない身体。

 それをただ、未亜を助けたいという願いのためだけに稼動させる。

 顔面は蒼白、骨も何本か折れているだろう。

 それでも



 (動け、俺の身体……! 今動かなくていつ動かす! 誓ったんだろう!? もう二度と……っ)



 「ぐ……ぐぅぅぅぅ……!」

 「だ、ダーリン。血が……」

 「知ったことか……! そこのデカブツ、未亜を……」



 ふらつきながらも立ち上がる大河。

 その時、蛇の頭が未亜のスカートへと潜り込んだ。

 瞬間、大河の思考がクリアになる。

 身体の痛みも、未亜の悲鳴も、ナナシの心配そうな声も全てが消え去る。

 そこには純粋な意思のみが存在した。

 願うはたった一つの力。















 敵を切り裂く一本の剣―――――!















 「お……ああああああああっ!!!」



 大河の裂帛の叫びにキマイラの気が大河へと向く。

 だが、次の瞬間には大河はキマイラと未亜の間に走りこんでいた。

 振るわれる大河の腕。

 その腕の先には一振りの剣が握られていた。



 「ガ……ァァァァァァッ!!??」



 未亜を捕らえていた尾の蛇が断末魔をあげながら断されていく。

 たまらずキマイラは頭の一つを大河へと殺到させ、その身体を噛み裂こうと試みる。

 だが、ライオンを模したその頭も大河の一撃には抗えず、容赦なく斬り裂かれる。



 「お兄ちゃん……!」



 モンスターに強姦される寸前だった恐怖はどこへやら。

 未亜は兄の勇姿に目を奪われた。

 しかし



 ―――――ピシッ、パリィィィン!



 「え……?」



 そう呆然と呟いたのは誰だったのだろうか。

 誰もが思いもしなかった事態が起こった。

 剣が、砕けたのだ。



 「グルォォォォォ!」



 それを好機を見て残る二つの頭の内の一つが大河へと襲い掛かる。

 だが、大河は剣の消滅にも怯むことなく右腕を突き出す。

 当然、キマイラはその腕を口の中へと導き、それを噛み砕かんと力をこめる。

 しかしそれは大河の狙い通りだった。



 「―――――あばよ」



 その言葉と共に、大河の腕を含んでいたキマイラの頭が胴体ごと爆ぜた。















 「なんて無茶を……」



 呆れたように呟くその声音は僅かに震えていた。

 イムニティの視線の先には爆発の余波に巻き込まれて後方に吹き飛んだ大河が映っている。

 未亜はそんな大河の姿に気を失い、ナナシは慌てて大河に駆け寄っていた。



 「無謀以前の問題……あんな戦い方をしていたら、命が幾らあっても足りない……それがわかっているの!?」



 吐き捨てるように呟かれたその言葉には、言葉とは裏腹に大河を心配する感情が多分に含まれている。

 だが、イムニティにはその感情が理解できず、ただ苛立ちを覚えることしか出来なかった。



 「……今はそんなことを言っている場合ではないか。オルタラは……ち、まだ中層階か。やむをえない、転送―――――」



 今の自分では治療の術は使えない。

 それがわかっていたイムニティは大河を転送しようと彼に近付いていく。

 だが、そこで彼女はふと気が付いた。

 視界の隅で何かが蠢いている。



 (―――――しまった!?)















 「ダーリン、死んじゃ嫌ですの〜〜〜!」

 「か、勝手に殺すな……」



 服を埃と焦げあとと血で染めながら、大河は床に大の字で倒れていた。

 満身創痍の言葉に相応しいほどの重傷。

 特にキマイラの口に突っ込んだ右腕は、火傷と裂傷でズタボロだった。



 (手甲形態にするのが後一瞬でも遅かったらオシャカだったな……)



 キマイラの口の中でトレイターを爆弾形態にして、爆発させると同時に手甲を右腕に纏わせて爆発からガードする。

 言うのは簡単だが、これほど無茶苦茶危険な戦法は大河にしか実行できないであろう。

 だが、効果はバッチリだったらしく、キマイラは頭を全て失い、胴体の上部はほぼ全て爆散。

 現在はピクリとも動かずに床に横たわっていた。



 (未亜は……無事か。けど、意識だけしっかりしてるってもきついな……滅茶苦茶体中が痛いし)



 キマイラと未亜から目をそらし、身体の節々から伝わってくる痛みに顔をしかめる大河。

 だがまあ、ギリギリのところで未亜を守れたのだからいいか、と大河は笑った。



 「ナナ子、悪いが俺の身体を起こしてくれ……ただし、そっとだぞ?」

 「わかりましたの、ナナシ、一生懸命ダーリンの身体を起こしますのっ」

 「いや、気合は入れなくていいから……って痛てえ!? 右腕は触るなーっ!?」

 「ご、ごめんなさいですの〜〜〜」



 大騒ぎの末に、ナナシの協力を得てなんとか身を起こすことに成功した大河。

 ナナシはというと、目をキラキラさせて大河を見つめていた。



 「ダーリン、かっこよかったですの! 剣でこうズバッ、シュパッって蛇さんをバッサバッサと〜」

 「ははは……まあ、無我夢中だったけどな……ってあれ、剣?」



 苦笑する大河はナナシの言葉に首をひねった。

 さっきは夢中で気が付かなかったが、確かに自分は剣を振るっていたのだ。

 途中で砕けてしまったものの、間違いなくトレイターの剣形態を。



 (なんで剣が使えたんだ……? でも途中で砕けたし……ってあれ?)



 大河は視界の隅に何か蠢くものを発見した。

 それは横たわっているキマイラの死骸。

 頭を失い、尾も失い、脳という部分が完全になくなっているはずのその身体は確かに蠢いていた。

 瞬間、大河の脳裏にリコの言葉が蘇る。



 『自らの体が分割された場合、任意のパーツに生命を移すことができるのです』



 任意のパーツ。

 つまりは……



 「おい、まさか……!」

 「まだよ!」



 大河とイムニティが同じ結論に辿り着いたその瞬間。

 上半身を失ったはずのキマイラがのっそりと立ち上がった。

 うじゅるうじゅると気味の悪い音をたてながら徐々に失われた部分を再生させていく。



 「……マジか!?」

 「うわわわわ、気色悪いですの〜〜〜!」



 体勢を整えようとなんとか立ち上がろうとする大河だったが、痛みの為に足がいうことをきかなかった。

 だが、キマイラの方は再生を待つ気すらないらしく、頭のない体のまま大河の元へと駆け出した!



 「お、おい、それはちょっと急ぎすぎじゃないのか!?」

 「こ、こっちに来るですの〜〜〜!」



 二人の悲鳴にも構わず、キマイラはそのまま大河たちへ突っ込んでくる。

 コイツだけでも、とナナシを突き飛ばそうとする大河だったが、ナナシは逆に大河へとしがみついてきた。



 「馬鹿! 離れろ!」

 「嫌ですの〜〜〜! ダーリンは私が守りますの〜〜〜!」



 次の瞬間、キマイラの巨体は大河とナナシを跳ね飛ばした。



 「―――――っが!!」

 「きゃああん!」



 飛ばされた勢いのまま壁に激突する二人。

 だが、大河はなんとかナナシを庇うことに成功する。

 しかしその代償は小さいものではなく、背中と頭部を激しく壁に打ち付けた大河はもはや意識を失う直前だった。



 (ま……まだ……)



 それでもなんとか前方から迫ってくるキマイラを睨みつけようと目を開く大河。

 しかし身体に受けたダメージは如何ともしがたく、大河の精神力も限界だった。



 (く……そ……)

 「はにゃ〜〜〜目がぐるぐるですの〜……んむ」



 意識が閉ざされる寸前、大河の記憶に残ったのはナナシの気の抜けるような声。















 そして、覆い被さってくる影と唇に残る冷たい感触だった。
















仮のあとがき

未亜、最初で最後のヒロイン扱い(ぇ
まあ、決着してないことは置いておいて……物事はちゃんと覚えておきましょうと言うことですね(w
さて、未亜は気絶。大河も気絶。ナナシも気絶。イムニティは役立たず(ぇ
次回、リコは間に合うのか……それとも?