「……誰っ?」
大河が絶句し、ナナシが墓石に頭を打ちつけるのと同じ時刻。
当真未亜は誰もいないはずの自室で『声』を聞いた。
「みつけた」
声の主は確かにそう言った。
ただ、それは自分に向けての言葉ではなく。
例えるのならば、ラジオが外国の放送の電波を意図せず拾った時のような、そんな感覚だった。
「……お兄ちゃん」
ふと、未亜は最愛の兄の名前を呼んだ。
ここに大河はいない。
そんなことはわかっているのだが、呼ばずにはいられなかった。
嫌な予感がする。
未亜は己の心の命ずるがままに部屋を飛び出していった。
Destiny Savior
chapter 29 White
「ひーん、痛い痛いですのぉ……」
「おい、ナナ子。今の……」
「あぅぅ〜〜」
少し離れた場所で痛そうに頭をさすっているナナシの姿に、彼女がさっきの『声』を聞いていないのだと大河は察した。
たった四文字の言葉。
だが、大河にはそれで十分だった。
何故ならその声は―――――
『――――My master』
彼女の声だったのだから。
「まさかっ―――――!」
「だ、ダーリン!? どこへ行くんですの〜!?」
「悪い、急用ができた!」
「そ、そんな〜、待ってくださいですの〜」
ナナシの非難の声が後方から大河の耳へと届く。
大河は少しの罪悪感を覚えながらも地面を蹴る脚を止めることはしなかった。
「あの声は間違いなくアイツの声だった。なら」
向かう場所は決まっている。
大河ははずむ鼓動を無理やり押さえつけながら闇夜の道を疾走するのだった。
同時刻。
リコは日課である召喚の塔の掃除及び確認を終え、寮へと続く道を歩いていた。
すると、学園の東側から何者かが走ってくる気配を感じ、リコは遠視の術を発動させた。
(あれは……大河さん?)
暗がりではっきりとは確認できないが、あの特徴的な服装(ブレザー)は当真大河のものであろう。
そう思ったリコは、ふと彼の様子に何か違和感を感じた。
今の彼の様子は嬉しそうで、焦っているようで、それでいてなんで自分が走っているのかわからない。
そんな支離滅裂な感情が見えていたのだ。
自分の知る限り、大河があのような様子を見せるのは初めてである。
少し、興味がわいた。
(……っ。私は何を……人とは関わらないって……そう、決めたはずなのに)
なのに、何故自分はこうして大河を見つめているのだろうか。
それが悲劇を呼ぶとわかっているはずなのに。
だからこそ自分はこうして名前を変え、姿を変えてここに存在しているはずなのに。
自嘲の笑みを浮かべつつ、リコは心にわいた探究心を振り切って踵を返した。
「あのっ、お兄ちゃん知りませんかっ!?」
だが、運命の神は大河からリコを放すことを選ばなかったようだ。
大河とはちょうど反対側、つまりリコの向かう先であった寮の方向から黒髪の少女が息をきらせて走ってきたのである。
「お兄ちゃん……?」
「え、あ、すみません。あの、わたしお兄ちゃんを探してるんですけど。その」
「……落ち着いてください」
「あ、はい。お兄ちゃんは当真大河っていうんですけど……その、特徴は、男で、ブレザーを着てて。
ああ、ブレザーって言ってもわからないですよね……ええと、いつも軽薄そうで、無節操で、女好きで、そんな感じの人なんですけどっ!」
大河が聞けば大いにうなだれるであろう言葉を吐きまくる黒髪の少女こと未亜。
慌てているからといって最愛の兄に対して暴言連発。
もしもこの場に大河がいたのならば、未亜の愛を疑うこと間違いなしである。
「大河さん、ですか……それなら」
「知ってるんですか!?」
「……あ、あちらに」
未亜の迫力に思わず気圧されてしまったリコは一歩後退しつつ後方を指差した。
指の先にはちょうど図書館に入ろうとしている大河の姿。
そしてその少し後方を大河に続いて走る小柄な影。
「あ、ありがとうございますっ!」
礼もそこそこに走り出す未亜。
余程慌てて、否、焦燥しているのだろう。
大河好みの美少女(リコ)の口からでた「大河さん」発言はお互いにとって幸運なことにスルーされたようだ。
(なんだったんだろう……)
頬をつたう一筋の汗に気が付くことなく、リコは未亜の後姿を見送った。
そして再び踵を返そうとして、止まった。
大河の入っていった場所が気になったのだ。
フローリア学園図書館。
アヴァター王室が集めた蔵書の一部が保管されており、貴重な本も多数存在している。
知識を求めるものにとっては最適の環境が揃っているといえる建物。
忌憚ない意見を言えば、大河が自発的に足を踏み入れるような場所ではないのだが……
「―――――っ!?」
瞬間、リコの思考に電撃が走った。
確かにあそこには大河が興味を示すようなものは存在しない。
そう、『表向き』には。
(まさか……)
知らないはずだ。
『導きの書』の存在を現時点で知っているのは自分を除けばたった一人。
学園の管理者であり、千年前のメサイアパーティーの一人だったミュリエルだけのはず。
故に大河がその存在を知るはずがない、そのはずなのだ。
だが、一度浮かんだ考えは一向に消える様子を見せない。
そもそも、今は夜中であり図書館に人はいない。
そんなところに彼は何の用事があるというのか?
(大河さん……!)
気がつけばリコは駆け出していた。
もしもその様子を彼女を知る者が見れば驚いたことだろう。
何故なら彼女は、一度として見せることのなかった必死さをその表情に浮かべていたのだから。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
大河は目的地、禁書庫の扉の前に立っていた。
あの声が『彼女』のものならば目指す場所はここでよかったはず。
だが、問題があった。
鍵がないのだ。
(しまった……勢いだけで来たから入る方法なんて全然考えてなかった。流石にこの扉もトレイターでぶち破るってわけにはいかないよな……)
思案する大河。
だが、次の瞬間思案は強制的に解除される。
大河の足元が光りだしたのだ。
「んな……!?」
『きたれ』
どこからともなく聞こえてきたその言葉と共に、足元の光が輝きを増す。
光は円を描き、複雑な紋様を円の中に映しだした。
(魔法陣!? いや、召喚陣―――――!?)
陣から発せられる光が大河の姿を包み込む。
そして、数瞬後大河の姿は光と共にそこから消え去っていた。
光が消え去る寸前に陣へ飛び込んできた二つの影と共に。
「……う、な、なんなんだ……?」
「ほにゃ〜〜〜、目がぐるぐるですの〜〜」
「な、なんか冷たいし硬い〜」
薄暗い光の中、三つの影がその部屋に現れた。
最初に気が付いた影、大河は自分に乗っかっている二つの影を見つけ―――――そして絶句した。
「ナナ子!? 未亜!? な、なんでお前らがここに……」
「私はダーリンを追いかけてきたですの。逃がさないですの〜」
「わたしは、何か嫌な予感がして……それでお兄ちゃんを……ってあなた誰ですか?」
「ナナシは、ナナシっていうんですの。ダーリンに名づけてもらったんですの〜♪」
「だ、ダーリン? 名付けてもらった? お、お兄ちゃん……どういうこと!?」
上から威圧感ある口調で大河に迫る未亜。
大河は逃げようにも未亜とナナシの身体の下敷きになっているので逃げられない。
間抜けな光景だが、当事者達(一部除く)にとっては非常に重大な場面である。
「あの、それであなたはどなたですの?」
「あ、わたしは当真未亜です。お兄ちゃんの妹なんです」
律儀に答える未亜。
ナナシには毒気というものが存在しないので自分の毒気も思わず抜かれてしまったらしい。
しかし
「じゃあ〜、私のことはお義姉ちゃんって呼んで欲しいんですの〜♪」
「呼べませんっ!」
未亜火山、噴火。
ここから、未亜の怒声とナナシののん気声が続きます。しばらくお待ちください。
「俺って忘れられてる? っていうか二人とも俺の上で騒がないでくれ……いや、それ以前に降りてくれ……ないよなぁ」
仰向けのままさめざめの泣く大河。
自分の体の上で女二人が口論(?)しているのだからうるさいことこの上ない。
「……召喚が成功したと思ったら……なんなの、これは…………」
疲れたような声と共に、大河の顔に影がおりる。
その声に導かれて大河が視線を上げると、そこには赤い瞳をつり上げ、皮肉そうな表情をした一人の少女が立っていた。
「お前が俺を呼んだのか?」
「ええ、今そのことを物凄く後悔しているのだけれど」
「そう言われてもこの事態は俺のせいじゃないと思うんだが……それより、一ついいか?」
「何かしら?」
少女はリコそっくりの顔を軽く微笑ませ―――――いささか可愛げなくだが、大河に視線を合わせた。
だが、大河はそんな少女の様子を気にすることもなく、笑みを浮かべる。
そして右手を掲げて親指をつきたて、言った。
「白……グッジョブ!」
数秒後、大河の顔に靴底が突き刺さったのは言うまでもない。
仮のあとがき
思えば今回のサブタイトルが一番不真面目に考えたものだと思う(笑
よーやく『彼女』が出せました! って名前がでてねえ!? バレバレだけどっ!
なお、彼女は大河に向けて声を発信してます。未亜がそれを受信(笑)したのは彼女が資格者だったからですね。
しかし未亜が出張ると話がズレるというか緊迫感なくなるなぁ……違う緊迫感はでるけど(w
次回、修羅場(嘘です)