少女は、ずっとずっと待ち続けていた。

 何十年、何百年を経て、千年の時を。

 気の遠くなるような長い時を。

 その永久をも思わせる長き歳月は少女が何を待ち続けていたのかを忘れさせるのに十分な時間だった。

 いや、少女は最初から何を待っていたのか知らなかった―――――否、覚えていなかった。

 何故ならば、少女の『記憶』は少女にはなかったのだから。



 だが、少女はついに出会った。

 ロマンチックの欠片もない、暗くて寂しい陰気な場所で。

 待ち続けていた何かを自分にもたらしてくれるであろう少年に。

 無論、少女はそれを理解していたわけではない。

 ただ、なんとなく彼が自分にとって大切な人だと少女は直感で感じたのだ。



 なお、人はそれを、『一目惚れ』と言う。





















Destiny Savior

chapter 28   Voice




















 「きゃい〜ん♪ ダーリン、嬉しいですの〜!」

 「うわっ、冷たい硬い臭いっ!?」



 ガバッ、と抱きつかれた大河は体勢が崩れるがままにナナシに押し倒されマウントポジションを取られていた。

 大河は女の子を押し倒すのも、逆に押し倒されるのも大好きではあるし、TPOもあんまり選ばない。

 しかし、相手は高レベルの美少女とはいえゾンビなのだ。

 思わず悲鳴じみた声を上げてしまったとしてどうして彼が非難されようか。



 「ね、ね、それってプロポーズですのよね? いや〜ん、ちょっと早いけど私、全然OKですの〜♪」

 「ちょっと待て、なんか日本語おかしいぞ!?」



 ここは日本ではないが、大河のツッコミが暗い空間に響き渡る。

 だが、ナナシは大河の言葉を聞いてないのか、クルクルと大河の体の上で喜びのあまり回っていた。

 …………首だけが。



 「るんらら〜、にゃう〜ん♪」

 「いや、それ作品違うから。ていうかまずはおちつけ、そして俺の上からどいてくれ」

 「え、ダーリンは騎乗位はお気に召さないのですの?」

 「いや、それはそれで……って違う。話が飛躍しすぎだ、そもそも俺はプロポーズなんぞしとらん」

 「はにゃ?」



 大河の言葉に首を止めたナナシがきょとんとしている隙に、さり気なくナナシの体の下から脱出する大河。



 「え〜でもさっきダーリンは」

 「あれは言葉そのままの意味であって深い意味はあるようでない」

 「そんな……私、初めてでしたのに〜!」



 思い切り誤解を招きそうな発言と共に頭上に「ガーン!」という擬音を浮かべるナナシ。

 目元はうるうるし始めて、今にも涙がこぼれそうである。



 「い、いや、だってほら俺たちってまだ出会ったばかりだし。もっと時間をかけてお互いのことをよく知るべきっていうか、な?」

 「……じゃあ、お互いをよく知ればダーリンは私をお嫁さんにしてくれますの?」

 「予定は未定だ」

 「むむ……わかりましたの! じゃあこれから時間をかけて私の魅力をたっぷりとダーリンに教えてあげますの〜!

  ダーリン、あなたのハートはこの私が頂きますのっ」

 「いや、それは構わんが……時と場所は選べよ」



 未亜の前とか未亜の後とか未亜の右とか未亜の左とか。

 そんなことを冷や汗と共に考えつつ大河はナナシに釘をさすのだった。

 まあ、ほとんど意味のない釘さしではあったが。















 「ららら〜突撃! 墓場の晩ご飯! ですの〜♪」

 「なんでそんなにテンション高いんだお前……」

 「だってだって〜、ダーリンに名前をつけてもらった上に、お家に遊びに来てもらえるなんて〜。ああもうナナシは幸せのあまり死んじゃいそうですの〜♪」

 「いや、もうお前死んでるし」



 冷静にツッコミつつ大河は周囲を見回す。

 一面に広がる墓、墓、墓……

 入り口付近の石像も薄気味悪かったのだが、やはり墓場というのは一層の薄気味悪さを感じさせる。

 やっぱ来るんじゃなかったかなぁ、と思いつつも大河はナナシの後を付いて歩くのだった。



 あの後、なんとかナナシをなだめた(ダーリンという呼称は変えられなかったが)大河。

 お前のままでは呼びにくいと便宜上の名前―――――というか大河にとってはそれが正式名称なのだが、を決めた。

 名前は当然前と同じくナナシである。

 最初はルビナスと呼ぼうと考えたのだが、事実関係がまだはっきりしないので前そのままでいくことにしたのだ。

 なお、名付けてもらったナナシの反応は言うまでもないだろう。

 ちなみに、大河の「俺は、お前に以下略」発言は電波を受信したことにしたらしい。

 ナナシは「それは運命という名の直感ですの〜♪」と喜んでいたのだが。



 「つきましたのぉ! ここがナナシのお家ですの〜〜っ!」



 場所と雰囲気に似合わぬ能天気な声が響く。

 大河が慌ててそちらに目を向けると、墓地の一角でナナシがぴょんぴょん飛び跳ねていた。



 (あそこか……)



 ごくり、と息を飲み込みながら大河はそこへ近付いていった。

 ナナシのお家、つまりお墓。

 それが大河の目的だった。

 ナナシ本人からの情報収集は無理、ならば他に情報を得られそうなのはと思い考えついたのがお墓だったのだ。



 「これがナナ子の棺桶か?」

 「はいっ、これがナナシのベッドですのぉ」



 地面に埋まった半開きの石棺を前に、大河は唾を飲み込んだ。

 今から自分が行うのはある意味墓荒らしである。

 遺品等の中に何か手がかりがあるかもしれないといえど、これはかなり勇気がいる作業なのだ。

 主の許可は取ってあるとはいえ、やはり気は進むものではない。

 だが、このままじっとしていても前に進まないとばかりに勇気を出して大河は石棺の中を覗き込んだ。



 「あっ……」



 そこには、元は花だったであろう朽ちた茎やボロボロになって風化しきった布切れと紙切れの束があった。

 それはおそらく死者を葬る時に一緒に埋葬された想い出の品だったのだろう。

 もはや見る影もないが、大河はそれらを見てナナシの過ごしてきた歳月の長さに言葉を失う。



 「……ナナシ、気がついたら、ここに寝てましたの」

 「…………」

 「ここにいると、なんだかとても落ち着きますの。だから、ここがナナシのお家ですの……」

 「そうか……」



 大河はそれしか言えなかった。

 記憶と同様に、想い出の品がボロボロになっても、形にならない何かがずっと残っているのかもしれないな。

 そんなことを大河が考えた時、『それ』は残骸の中でキラッと輝いた。



 「……今のは?」

 「どうしたんですの?」



 大河はそっと残骸の中に手を伸ばし、残骸の中の『それ』を取り出した。



 「これは……?」

 「うわぁ……! それ、とっても綺麗ですのっ!?」



 ナナシが歓声をあげた『それ』の正体は赤く輝くロザリオだった。

 余程気に入ったのか、ナナシはうっとりとした表情で大河の手の中のロザリオを見つめる。



 「これ、お前のか? お前の棺桶に入ってたけど……」

 「知らないですの。そんなの気が付かなかったですの…………けど」

 「けど?」

 「見ていると、なんだか、懐かしい気持ちになってきますの……」



 夢見るような顔で、ナナシはじっとロザリオを見つめていた。



 「ふむ……おい、ナナ子。ちょっと来い」

 「ふに……?」



 大河はナナシを呼び寄せると、彼女の首にロザリオをぶらさげた。

 大河からすればそれほど深い意味があってやったことではない。

 ただ、ナナシが過去に身に付けていた可能性のあるものを見につけることによって、何かが起こるのではないか。

 そう思っての行動だった。

 まあ、純粋にロザリオをかけたナナシを見てみたかったという部分もあるのだが。



 「あっ……?」

 「ほら、お前にやるから、なくすんじゃないぞ? っていうかまあ元々俺のじゃないからやるってのはおかしいけどな」

 「……ええっ!? 本当にナナシが貰っていいんですのっ!?」

 「ああ、というか今言った通り元々俺のってわけじゃないし……お前の棺桶に入っていたんだからな、こりゃお前のものだろう」

 「わああああい! ダーリン、ありがとうですのっ!」



 だが、ナナシには一大事件だったのだろう。

 彼女は嬉しさのあまり歓声をあげながら墓石の周りを飛び跳ね始めた。

 その危なっかしい行動に、大河は彼女を諌めようと一歩踏み出す。



 「おいおい、そんなに飛び跳ねてると―――――」



 危ないぞ、と言葉は繋がらなかった。















 『み つ け た』
















仮のあとがき

フラグは立て終わった!
……長らくお待たせしてすみません、意味不明な戯言共に連載復帰です。
今回はひたすらナナシ、後半なんてゲームの一部分をちょっと弄っただけだし……
次回、いよいよ『彼女』が登場予定。
カエデやクレアはマダー? とお思いのみなさん、残念ですがまだです(笑