『彼女』は暗闇の中目覚めた。

 誰もいない、沈黙の闇が支配する空間。

 それが『彼女』の眠る空間だった。



 「……ここ、は……?」



 『彼女』は困惑した。

 何故ならば『彼女』は、自分がこの状態で目覚めることはないと知っていた。

 ましてや、ここまで力が使える状態で目覚めることなどあるはずがないと思っていた。

 封印を施されていた『彼女』が目覚めるということは『―――』が現れたということになる。

 だが、周りを見渡す限りそれらしき者はいない。



 「何らかの理由で中途半端に封印が解けたということ……?」



 ならば自分の成すべきことは一つ。

 まずは状況の確認、全てはそれから。

 『彼女』は目的を果たすべく静かに目を閉じた。



 何らかの理由というのが何なのか、そんな一欠片の疑問を思考の片隅に残したまま……




















Destiny Savior

chapter 27   Who?




















 「さて、どうしたもんかね……」



 学園の東部にある地下。

 大河はその奥に佇む扉の前に立っていた。

 扉の先は、大河の記憶にある褐色肌の少女が眠っていると思われる場所。



 「ナナ子のやつ、いるかな?」



 ナナシ、それが大河の目的の人物の名前だった。

 先程の回想で思い出した年中能天気のゾンビ少女。

 前の時間においてはベリオと共にこの扉の先で出会った(?)のだが、今回はそれをしていないことに気が付いたのだ。



 「問題は、だ。どういう風に話し掛けるかだな」



 扉を前にして大河は悩んでいた。

 彼の記憶では、ナナシという少女は可愛いけどおバカなゾンビだった。

 戦闘力に関しては不明な部分が多かったが、自分やリリィですら一度負けを喫している。

 しかも、彼女のおかげで危機を逃れたことも少なくはない。

 その最たる場面が最後の戦いにおけるロベリア戦だったのだが……



 「結局、ナナ子って何者なんだ?」



 大河の悩みはそこにあった。

 ロベリアとの会話から察するに、最後に見た彼女が先代赤の主ルビナスであることはほぼ間違いない。

 だが、彼女は千年前に死んだはずの人間である。

 リコ、イムニティ、ミュリエル、そしてロベリアがこの時代に存在しているのはそれぞれにそれ相応の理由があるから。

 では、ルビナスは如何なる理由であの場に現れて自分を助けてくれたのか?



 @ルビナスはナナシの中に存在する二重人格のようなものであり、それが表に現れた

 Aナナシの中にルビナスは封印されていて、それを誰かがどうにかして解いた

 Bルビナスがナナシの演技をしていた

 C実はルビナスはミュリエル同様なんらかの方法で生きていて、ナナシとは全くの別人



 まず、@はパスされる。

 ナナシが二重人格であるのならば、彼女にいつもベッタリとくっつかれていた自分が最後の最後まで気が付かなかったのはおかしい。

 同様の理由でBも除外できる。

 仮に大河が気が付かないほどの名演技だったとして、最後までそれを隠しておいた理由がわからない。

 Cは可能性だけならありえるが、自分が女の子の声を聞き間違えるとは思えない。

 それに彼女本人も自分がナナシであることを肯定するような言葉を発している。

 また、@BCの場合はどの理由にしろ、ルビナスが生きていたことを最後まで明かさなかった理由がわからない。

 何よりルビナスの身体はロベリアが使っている。

 となるとAの可能性―――――ルビナスの魂か何かをナナシの肉体に封印、という考えが最も可能性が高いということになる。



 「けど、それなら誰がその封印を解いたっていうんだ……?」



 ミュリエルの話では、ロベリアをルビナスの肉体に封印したのは当時のメサイアパーティーの面々。

 となると可能性としては封印を解いたのはクレア、リコ、ミュリエル、そしてルビナス本人。

 だが、ルビナス本人である場合はやはり最後の最後まで封印を解かなかった理由がわからない。

 仮に時限式のような封印だったとしても、ああもタイミングよく解けるように封印を施せるものなのだろうか?

 しかし、時間的な誤差を考えるとクレアの可能性は薄いし、リコであるなら自分に教えてくれなかったのはおかしい。

 消去法だとミュリエルということになるが、彼女もナナシとは何度も顔を合わせているのだ。

 戦友であり、切り札になりえるルビナスを封印したままというのは考えづらい。



 「うーん、わからねえな……多分、ルビナスさんが最後の最後まで姿を現さなかったことに何か鍵があるんだろうけど……」



 ルビナスとロベリアの会話を思い出す大河。

 あの時は未亜のことを考えることに夢中で、断片的にしか彼女らの会話を聞いていなかった。

 ひょっとしたらあの会話の中にその辺りの事情が含まれていたかもしれない、と自分の記憶力のなさを恨む大河だった。



 「といってもリコや学園長には今の段階で聞けるはずもないし……ああもう、こうなったら本人に聞く!

  というかそのために来たんだしな!」



 思考の迷宮に陥りかけた大河は思考そのものをうっちゃるという結論に達する。

 と同時に大河の手の中で召喚されるトレイター(斧形態)

 カンヌキさえ壊せばいいのだが、考えすぎでむしゃくしゃしていたのだろう。

 大河は思い切り扉をぶち壊すことにした。



 「おうっ……りゃあああああっ!!」



 ドガァァァン!!















 「ふぇぇぇ〜〜ん、頭が痛いですの〜!」

 「だ、大丈夫か?」



 数秒後、大河は自分の行動に思い切り後悔していた。

 破壊された扉の欠片が運悪く中にいた少女―――――ナナシの後頭部に直撃したのだ。

 見てみれば、たんこぶができていたりする。

 ゾンビにたんこぶってできるものなのか? と不思議に思いつつも大河は罪悪感から水で絞ったハンカチを患部にあてていた。



 「あ〜、なんか痛みがひいていきますの〜」

 「そ、そりゃよかった」

 「ありがとうですの〜、あなたは私の恩人ですの〜」

 (……言えない、俺がそのたんこぶの原因だなんて言えない!)



 純粋な感謝の気持ちを含んだ瞳で大河を見つめるナナシ。

 だが、大河の心はそんなナナシの純真な心に罪悪感を刺激されまくっていた。



 「ところで〜、あなたはどなたですの?」

 「俺は当真大河。フローリア学園の救世主クラスに所属する史上初の男性救世主候補だ!」

 「救世主……候補、ですの? わ〜、なんだかよくわからないけど凄いですの〜!」



 『救世主』という言葉を聞いた瞬間、大河は僅かにナナシの表情に変化を見た。

 だが、それはほんの一瞬のことで、ナナシ自身もそれに気がついていない。

 そんなナナシの様子を見て、大河はいよいよ本番とも言える用件を切り出すことにした。



 「それで、君の名前は?」

 「名前……? えっ〜とぉ……ん〜っとぉ」

 「思い出せないのか?」

 「……あ! 確か私って、生きてた時の記憶がないんですの〜。だから、名前も覚えてないんですの、てへっ♪」

 「まあ、そうだとは思ったけどな……」

 「はえ? どういうことですの?」

 「お前ゾンビだろ? なら脳みそ腐ってるだろうし覚えていないのも当然ってことさ」

 「あ〜、それってゾンビに対する偏見ですの〜!」



 ぷんぷんと怒り出すナナシを尻目に、大河は記憶と変わらぬナナシに安心すると共に軽い失望を覚えた。

 ナナシが前のままということは、彼女から情報を引き出すのはほぼ無理だと考えられるからである。



 「……あれ?」

 「どうした、何か思い出したのか!?」

 「どうしてあなたは私がゾンビだってわかるんですの?」

 「ぎく……い、いやほら、さっきお前生きてた時のって言っただろ? だからだよ。それにここは墓地っぽいし」

 「なるほどですの〜。でも、どうしてあなたはここにいるんですの? ここは人が来るようなところではありませんのに」

 「ぎくぎく」



 大河は冷や汗をかいた。

 こんな時だけ妙に鋭いナナシが恨めしい。

 確かに自分も迂闊な発言だったが、そこにツッコミを入れられるとは思わなかった。



 「ね〜、どうしてですの〜?」



 ジリジリとにじり寄って来るナナシ。

 だが、答えるに答えられない大河。

 興味本位で来たとでも言えばいいのだろうが、何故か嘘はつけないような状況になっていた。

 大河は後退を、ナナシは前進を繰り返す。

 どん、と大河は背中に壁が当たる感触を知覚した。

 進退窮まった大河。

 そして彼は言葉を紡いだ。



 大河は後にこう語る。

 その言葉は確かに嘘ではないし、間違ってもいなかった。

 だが、それはこの場においては最もありえない言葉であり―――――同時に、これからの自分の女難を増やす言葉となった、と。















 「俺は、お前に会うためにここにやってきたんだっ!」
















仮のあとがき

ナナシ登場、しかしこの娘原作ではどーやってあんな短期間で大河のこと調べたんでしょうね?
大河の部屋や救世主クラス所属ってことまで調べてたし、後にリリィのことも調べてましたし……
さて、大河くんの考えは良い所をついていますが最後のピースが埋まりません、原作プレイヤーならおわかりでしょうが。
まさか全ての原因がアルストロメリアの筆不精のせいだとはわからんよなぁ(笑
次回、いよいよ『彼女』が登場する予定、『彼女』がどっちのことなのかわからないようにあえて伏せてみました(w