夢の中の少女は微笑んでいた。

 少女がそんな表情をするのは、いつも少年の前だけだったけど。

 どうしてあの少女は微笑むことができるのだろう。



 場面は変わる。

 少女は少年にささやかな意地悪をしていた。

 少年が他の女の子にちょっかいを出すので胸がモヤモヤしてしまったのだ。

 それは嫉妬という感情。



 更に場面は変わり続ける。

 少年のために必死になる少女。

 少年のために厳しくなる少女。

 少年に抱かれる少女。

 そこで少女は気が付いた。

 少女は、夢の中の自分はこの少年に恋をしている。



 光に消える自分の名前を叫び続ける―――――剣を携えた少年に




















Destiny Savior

chapter 26   Awaking





















 「また……この夢」



 目覚めた少女―――――リコは、ベッドからゆっくりと降りると壁にかけられた時計を見る。

 時刻は既に夕方だった。



 (塔へ……行かないと)



 毎日の日課ともいえる召喚の塔の様子見に行くにために身支度を整えるリコ。

 だが、頭の中は先程の夢のことで一杯だった。



 何故、夢の中の自分は笑っていたのか。

 何故、自分は普通の女の子みたいに恋をしているのか。

 何故、赤の書の精である自分がそうなったのか。

 何故―――――こんな夢を見るようになったのか。



 (鍵はきっと、あの人)



 当真大河。

 それが夢で自分が恋をしていた相手。

 断片的な光景ばかりだったけど、彼の傍にいる自分は本当に幸せそうだった。

 きっと、今の自分にはあんな表情はできない。

 なのに、夢の中の自分は確かに笑っていた。

 大河のことを知れば自分にもあんな表情ができるのだろうか。



 (大河……さん)



 心の中で彼の名前を呟く。

 それだけで心が暖かくなれる。

 だけど



 (でも、それは許されざること)



 救世主候補である大河に深入りはできない。

 何故ならそのことで彼を自分のマスターに選んでしまうかもしれないから。

 大河のためにも、それだけはできない。

 大河を苦しめることは、死なせることは、したくない。

 近づきたい、だけど近づけない。

 それは書の精という存在であるが故の二律背反だった。



 ズドォォォォォン!!



 と、そこに大きな爆音が響いた。

 慌てて窓へと向かったリコが見たものはリリィの魔法に追い立てられる大河の姿。

 状況は飲み込めないが、リリィはかなり怒っているらしく大河は必死の表情で逃げ回っていた。

 よく見れば、二人とも召喚器を使っている。



 「くすっ……大河さんったら」



 そんな大河の姿を見て、リコは微笑んだ。

 そう、夢の中の彼女のように微笑んだのだ。



 (あ……私?)



 あまりにも自然に笑みがこぼれた自分に困惑するリコ。

 深入りしないと決めているはずなのに。

 なのに、どうしてこんなにもあの人は自分を惹きつけるのか。

 リコは、複雑な表情のまま窓の外の光景を眺め続けていた。



 「当真、大河……あなたは、私の何なのですか?」



 離れた場所から彼を見つめ、口から出た言葉。

 それは初めて彼を見てから二度目となる言葉だった。















 同時刻―――――漆黒の闇が支配する部屋にて四つの人影が佇んでいた。

 一人目は巨剣を携えた大柄な男。

 二人目は仮面で顔を隠した細身の男。

 三人目は目を布で隠した褐色の肌の女。

 そして、最後の一人が口を開いた。



 「時は、近付いている」

 「ようやくってわけか……ひゃっはっはっは、楽しみだぜぇ!」

 「して、主幹。肝心の『白の主』はどうなっているのですか?」

 「既に当たりはついている。後は機会さえ間違わなければ我らの計画通りに事は進む」

 「我らを統べる白の主、どのような人物か楽しみですね」

 「ま、俺は殺しさえできりゃあ文句はねえけどよ」

 「やれやれ、相変わらず品のない男だな」

 「うるせえよシェザル! てめえだって同じ穴のムジナだろうが」

 「ムドウ、私の美学を貴方と一緒にしないでもらいたいですね」

 「んだとぉ!?」



 仮面の男、シェザルと巨漢の男、ムドウが睨み合う。

 正に一触即発の状況。

 だが、それを遮ったのは主幹と呼ばれた男だった。



 「やめんか。次の指令は追って通達する、お前達は任務に戻れ」

 「ちっ、わーったよ」

 「では……」



 退室する二人を見送り、沈黙を保っていた女が口を開いた。



 「やれやれ、相変わらずあの二人は仲が悪いな」

 「構わん、使える時に使えればそれでいい」

 「くくっ、破滅の将と呼ばれる幹部でも道具扱いかい?」

 「ふん、私が信じるのは神と己のみ。他はただの愚物にすぎん」

 「私も愚物ってわけかい?」

 「まさか。貴女は特別ですよ。なにせ貴女は私の祖先ですからね」

 「体は別物だけどね」



 くっくっく、とおかしそうに笑う女。

 主幹と呼ばれた男はそんな女を横目で見ながら自らの計画の終末に想いを馳せていた。



 (神よ……もうすぐです)















 「―――――しっ!!」



 ここ毎日の日課となっている夜の自主トレを終え、大河は一息ついていた。

 リリィとのデート騒動から一週間、大河には色んなことがあった。

 まず、未亜からリリィとのことを問い詰められ(未亜は逃走時フジョウ姉妹に預けた)

 何故か口止めと称して夜半にパピヨンの襲来をうけ(からくも追い返した)

 リコのファンクラブと名乗る男たちの襲撃をうけ(当然返り討ち)

 顔を合わせるたびに起こるリリィとの口喧嘩を楽しんだ(といってもリリィが一方的につっかかってくるだけ)



 「……体も、少しずつだけど前の感覚が戻ってきたな」



 ふう、と大河は大きく息を吐いた。

 こんな風に真面目に鍛錬するのは柄ではない。

 しかし、そんなことを言っていては守れない。

 大河は早く過去の戦闘力を、否、過去以上の戦闘力を得たかった。



 「新形態もいくつかできたし、それなりに慣れてきたけど……やっぱ実戦で慣らさないとなぁ」



 ぼやく大河。

 人前でトレイターの変形を見せるわけには行かない以上、どうしても実戦訓練が不足してしまう。

 斧形態しか使えないのでは授業の訓練はあまり意味がないのだ。



 「いっそダウニーの陰険野郎を今のうちに後からさくっと殺っちまうか? あー、でもそれだと他の奴に言い訳が……」



 救世主らしからぬ外道な台詞を呟く大河。

 頭の中ではてっとり早くパワーアップする方法はわかってはいる。

 リコと契約すればいいのだ。

 だが、今はまだその時期ではないだろうし、何よりそれを選択することに大河は躊躇いがあった。

 光に消えるリコの姿、それがどうしても頭から離れないのだ。



 「……ちっ! やめだやめっ! こんなことを考えてると気が滅入っちまう」



 ごろんと地面に寝っ転がり、夜空を見上げる大河。

 そしてふと思い出す、緑の髪をした自分の弟子のことを。



 「あー、そういえばそろそろカエデの奴が来るんだっけ? どーもそういった時間的な記憶はあやふやだ……」



 大河は目を閉じて過去の記憶を引っ張り出そうと眉間にしわを寄せる。

 アヴァターに来てからの出来事は全て印象深いものばかりだったが、それぞれの時系列までははっきりと覚えていないのだ。



 (えーと、アヴァターに来て、ゴーレムと戦って、ベリオ達と出会って、試験があって、パピヨン騒動があって、んでカエデが……)



 次々と断片的に回想される記憶。

 だが、そこで大河は引っかかった。

 何かを忘れている、そんな気がしたのだ。



 (何だ? 何を俺は忘れている? えーと、この時点で足りないもの……足りない?)



 そこで大河は思い当たった。

 脳裏に浮かんだのは一人の少女。



 「あっ、そういえばまだアイツに会ってなかった!?」















 戻った時は再び動き出し、闇も、光も、目覚めの時を迎える―――――
















仮のあとがき

今回は幕間というか……繋ぎの話です、ちなみにサブタイは『目覚め』
リコの困惑、破滅の胎動、そしてあの娘を思い出した大河(笑
そーなんです、原作ならもう出ているべきあのヒロインがまだ出てきていません。
というわけで次回はいよいよ彼女の登場です。だけどそれだけではなく……?