夢を見ていた。
それは忘れることのできない記憶の光景。
昨日まで笑いあっていた友人が、毎日挨拶を交わしていた隣人が、行き付けの店の店主が自分の前から消えていく。
……破滅の手によって
「あ……あああ……」
リリィはそれを暗闇の中から見ることしかできなかった。
夢は、いつもこのまま終わりを告げる。
「えっ―――――」
だが、今回は違った。
闇を打ち払う一条の光がリリィの目に映る。
慌てて光の飛んできた方向を見るとそこに立っていたのは一人の少年だった。
少年は次々と闇を、破滅を切り裂いていく。
そして、全ての闇を切り裂いた少年はリリィへと近付いてきた。
リリィは我知らず胸を高鳴らせてその少年の到着を待った。
その少年の顔は―――――
Destiny Savior
chapter 25 Date(Z)
(夢……見てたの?)
リリィはゆっくりと目を開いた。
目に映ったのは一面の夕焼け。
その赤に染まった光景はまるで血のようで、リリィは僅かに身を震わせた。
(ここ……どこ?)
だが、震える体を支えるかのようにしっかり彼女の体は固定されていた。
体の前面から伝わってくるぬくもりがとても心地よい。
そんなことを思いながら、リリィは現状を把握しようとまどろみの中、思考を働かせた。
(広い背中……男の人の背中……まるでお父さんみたい……)
視界を下げた彼女の目の映ったのは男のものと思われる後頭部と背中。
そこから伝わってくるぬくもりと安心感は記憶の彼方にある父のものに似ていた。
(……って、男!?)
そこでリリィの意識が一気に覚醒する。
そして同時に自分の状況が正確に把握できた。
両手は目の前の人物に絡みつくように交差している。
足は地面から浮いている。
お尻、というかそこに限りなく近い場所がしっかりと掴まれている。
結論、自分は男におんぶされている。
「なっ、なんで……」
「お、目が覚めたか?」
「って当真大河!? なんであんたが!?」
「あー、騒ぐな騒ぐな。今降ろしてやるから」
すとん、と壊れ物を扱うかのように自分を降ろす大河にリリィは少し意外さを覚えた。
が、すぐに優先事項を思い出し、鋭い目つきで大河を睨む。
「わ、私に何をしたの!?」
「いや、ただおんぶをしていただけだが。覚えてないのか? お前ブラックパピヨンにやられて気絶したんだぞ?
けど、そのままってわけにもいかないから俺がこうして寮へ運んでいたというわけなんだが……」
「う……」
自分の失態を思い出し顔が引きつるリリィ。
大河の言うことが正しければ、自分は目の前の男に失態を見られたばかりか借りを作ってしまったということになる。
「そ、そうよ、ブラックパピヨンは!?」
「逃げたぞ」
「あんた、黙って逃がしたって言うの!?」
「あのなぁ、気絶したお前や未亜を放っておくわけにもいかんだろーが。というかお前がそれを言うな」
「うぐ……」
大河の言はもっともなことなのでリリィとしては沈黙するしかない。
「つーかあのあと大変だったんだぞ。警察……っていうか、衛視か? がやってくるし」
「え!?」
「ま、見つかる前にお前を抱えてばっくれたけどな」
ははは、と笑う大河を見ながらリリィは心の中で安堵の溜息をはいた。
救世主候補たる自分が騒動を起こした挙句、犯罪者を逃がしたと知れ渡るなど冗談ではない。
何より、義母―――――ミュリエルにこのことが知られれば大目玉をくらうことは間違いないのだから。
「大丈夫なの……?」
「まあ、大丈夫だろ。人の少ないルートを通ったし……それにお前を見てもリリィ・シアフィールドだとわかった奴はいないさ」
「……それは、この格好がおかしいってこと?」
「いーや、その逆。いつもより美人になってるからわからないだろってこと。現に俺はわからんかったしな」
ぼっ、とリリィの顔が夕焼けと同化するくらいに赤く染まった。
いつもより、と目の前で苦笑している男は言った。
ということはいつもの状態でも目の前の男は自分を美人を思っていたということになるわけで。
「ふ、ふ、ふん! 口先だけは達者ね! いつもそうやって女の子を口説いているんでしょ!?」
「いや、俺は本気だが。特に可愛い女の子に対してはいつだってな」
「私が、可愛いっていうの!?」
「当たり前だろ? ま、性格がちょっとあれだが……それをひっくるめても十分お前は良い女だと思うぞ」
「〜〜〜〜っ!」
リリィの思考は上昇する血圧と共に混乱と驚愕でぐるぐると回っていた。
目の前の男が気に入らなかった。
それは今でも変わらない。
馬鹿で、スケベで、能天気で、デリカシーがなくて。
初対面の時からマイナスイメージはどんどん増えていく。
「ま、お前は俺のことなんか嫌いだろうけどな」
だが、自分は負けた。
結果的な勝利などなんの意味もなく、言い訳もできないくらいの完璧な敗北。
だから戒めとして、なぶられることも覚悟で命令を申し出た。
だが、その命令は思ったようなものではなくて。
最初は不快だったけど、段々それが楽しくなって。
「私はっ……!」
窮地を助けられた。
背中が暖かかった。
そんなことですぐに評価を変えるほど自分は甘い人間ではないし、素直な人間でもないとわかっている。
だけど
「……あんたなんか……嫌いよ」
「ああ、わかってるって」
「だけど……!」
俯いた顔を上げてリリィは真っ直ぐに大河を見つめた。
少しだけ。
ほんの少しだけ素直になってみようと思った。
「お礼は……言っておくわ。ありがとう」
彼は最初に思っていたような人間ではないと思うから。
きっと、これからも自分は彼に突っかかったりするだろう。
彼が救世主候補であり、ライバルであることも変わらない。
だが、それだけだ。
何故ならば
「―――――大河」
リリィ・シアフィールドは当真大河を認めたのだから。
「へ……」
大河は驚いた。
まさかリリィが、あのリリィ・シアフィールドがこんなに素直な言葉を言うとは思ってもみなかったからである。
確かに、彼女にも素直なところはある、それは大河が一番良く知っている。
だが、それはもっと先の―――――否、過去の話であり、今目の前にいる少女はそうでないはずだ。
むにー
「……ふぁにひへんほよ」
「……いや、本物かなぁと思って。いやスマン、この感触は本物だ」
「ってどーいう確認の仕方よっ!? というかなんで昨日会ったばっかりのあんたが今の方法で本物だってわかるのよっ!?」
「企業秘密だ」
「納得できるかーっ!」
突如頬を引っ張ってきた大河にリリィは怒り心頭。
だが、その顔には嫌悪はなく。
大河はそんなリリィに嬉しさを感じる自分と、同時に罪悪感を感じる自分を自覚した。
「……まあ、この話は置いといて、だ。お前なんで……」
「リリィ」
「へ?」
「リリィでいいわ」
ほてりのおさまった表情をプイ、と横に向けながらリリィはそう呟いた。
「えーと……?」
「か、勘違いしないでよ! これで借りはチャラだからね!?」
「借り……って?」
「わかんないならいいわよ。とにかく! これで私とあんたは対等。OK!?」
「お、おーけーです」
言うだけ言うとズンズンと一人寮へと歩いていくリリィ。
正直事態が飲み込めない。
だがまあ、悪いことじゃないか。
そう考えた大河はリリィの後を追いかけるように歩き出した。
「おーい、リリィ!」
「何よ!」
「これ、使えよ」
バサッとリリィに投げ渡されたのは大河の上着。
リリィはさっきまで自分が体を密着させていたそれに少しドキドキしながらも大河の意図が掴めずに訝しげな表情になる。
「その格好のままじゃ歩けないだろ?」
「え…………なっ!?」
大河の視線を辿ったリリィの表情が凍りつく。
彼女の服はボロボロだった。
ところどころから真っ白な肌が覗き、下着が一部見えるくらいに損傷している。
「なっ……なっ……なっ……」
「いやー、さっきからずっとそのままだったから言おう言おう思っていたんだけどな」
「ずっと……見てたの……?」
「いや、眼福だったぞ。感謝感謝」
パン、と手を叩いてリリィを拝む大河。
リリィの体がぷるぷると震えだす。
「この―――――バカ大河ぁぁぁぁぁっ!!」
ズドォォォォォン!!
本日二度目となる追いかけっこの開幕と共に、リリィ・シアフィールドの初デートは終わりを告げるのだった。
仮のあとがき
デート編終了。
リリィ、大河を認めるの巻! これで大河は彼女の中ではベリオやリコ並になりました。
あ、ちなみ未亜はヒスコハが連れて行きました(笑
次回、新章突入! ……への繋ぎのような話。