フローリア学園の長、ミュリエルは多忙の人である。

 彼女の注意が常に向けられているのは救世主クラスであり、そこに疑いの余地はない。

 だが、それ以外にも、バーンフリート王家との相互連絡や学園の運営、トラブルへの対処、時には軍事へのアドバイザー。

 これら全ての仕事をほぼワンマンでこなしている事実がミュリエル・シアフィールドという女傑が畏怖されている由縁である。

 そして今、そんな多忙な彼女の元に一つの知らせが舞い込んだ。



 「……ブラックパピヨンが?」

 「はい、門の衛視の目撃情報によりますと、つい数十分前にそれらしき格好の人物が門を出て行ったと」

 「王都へ向かったというの?」

 「目撃された進行方向を考えますとおそらくは……」

 「わかりました、すぐに腕利きの警備を差し向けて下さい。学園内だけならまだしも、

  王都にまでその被害を拡大させるというのならばこれ以上彼女を放っては置けません」

 「はっ」



 敬礼をして退出する男を見送りながらミュリエルは深く溜息をついた。

 なお、王都のある洋服店でブラックパピヨンが暴れているという報告が彼女の耳へ届くのは一時間後のことである。




















Destiny Savior

chapter 24   Date(Y)





















 「あっはっは、いいザマだねぇ大河!」

 「ブラックパピヨン!? なんでここに!?」



 困惑の声をあげながらも、大河は内心でガッツポーズをとっていた。

 これで全て有耶無耶にできる! と。

 トラブルメーカーたる彼女を前にしてこう思えてしまうのだから大河の追い詰められ具合はそれほど深刻だったのだといえる。



 「ブラックパピヨンですって!? ふん、確かに噂通りの露出狂ね!」

 「……お兄ちゃん、見ちゃ駄目!」



 突如現れた露出狂の女怪盗に敵意を見せるリリィ、そして彼女の肢体を見せまいと大河の視界を塞ぐ未亜。

 パピヨンはそれらを一瞥すると、手を後ろに回す。

 武器を取り出すのか? とリリィは戦闘態勢をとった。

 だが、彼女が取り出したのは―――――



 「「あ、ああああああああっ!?」」



 驚愕の声を張り上げる未亜&リリィ。

 視線はパピヨンの手元に釘付けだった。

 何故ならば、彼女の手に握られていたのは―――――自分達がなくしたはずの下着だったから。



 「ふふふふふ、二人とも可愛い下着を持ってるんだねぇ」



 ヒラヒラと手の中の布キレをなびかせるパピヨン。

 白とピンクのコントラストが鮮やかに大河の目を彩った。

 ちなみに未亜は驚きで手を放してしまったために大河の視界は開けている。



 「昨日、脱衣所を幾ら探しても見つからないと思ったら……」

 「私の一番のお気に入り……」



 乙女二人の色調が白から赤へと急速に変化していく。

 羞恥、怒り、敵意、その他諸々の感情が二人を支配していく。

 もはや先程までの険悪さは吹き飛んでいた。

 まあ、方向が変わっただけともいえるが。



 「これだけじゃないよ……おとといの夜9時32分。昨日の夜11時27分。そして今日の朝8時14分」

 「……何を言ってるの?」



 パピヨンの謎の時刻発言にリリィは眉を寄せる。

 が、未亜はその時間に聞き覚えがあるのか軽く首をひねっている。

 そして次の瞬間、未亜は顔は真っ赤に染まった。



 「ふふふ、これはね、あるイケナイ妹が禁断の味を確かめ「わーわーわーっ!?」―――――おや、邪魔は良くないよ?」

 「なななななな、なんでそれをっ!?」

 「それは企業秘密さ、さて次は……『あーあ、ちゃんと本の通りにしたのにどうして大きくならないんだろう。

  や、やっぱり揉んでみるのがいいのかな? それともベリオにき「ってちょっと待ちなさい!?」―――――おや、またかい?」

 「あ、あ、あ、あ、あ、あんたっ!?」



 金魚のようにパクパクと口を開閉する未亜&リリィ。

 真っ赤に染まった顔はもう湯気が出てきそうな勢いである。

 パピヨンの言っていることは全くの謎だが、どうやら乙女の秘密を暴露されている模様。

 余談ではあるが、大河は意味がわかったらしく気まずそうに二人から目をそらしていたりする。



 「このアタシに盗めないものはないのさ。それが下着であれ、秘密であれ、そして男の心であれ―――――ね?」



 大河にウインクをするパピヨン。

 大河はその意味が飲み込めない。

 しかし、未亜は乙女の勘でわかったのだろう、一段階険しくなった視線をパピヨンにぶつけた。



 「……アンタが何のためにここに現れたのかは知らない。けど、一つだけわかったことがある」

 「へえ?」

 「アンタは……ここで捕まえないといけないってことよっ!!」



 その言葉と同時にリリィは詠唱を開始。

 パピヨンは素早くその場を飛びのくと階段へ向かって走り始める。



 「あはははははっ! どうしたどうした? 鬼さんこちら〜♪」

 「「待ちなさいっ!」」



 パピヨンの挑発にハマリまくりの二人は表情を憤怒に染めて走り始める。

 かくして、救世主候補同士の鬼ごっこが開始された。















 そして三十分経過。















 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 「おやあ? もう息切れかい? 救世主候補サマともあろうものが情けないねぇ〜」

 「だ、黙れっ……この、卑怯者っ……」



 屋上へつながる階段の踊り場で対峙するパピヨンとリリィ。

 だが、リリィの有様は散々だった。

 客や商品を盾にして逃げ回るパピヨン。

 となるとリリィは得意の魔法を使うわけにはいかず、ただ走って追いかけることしかできない。

 結果、パピヨンの逃げ様の一撃を食らうしかないリリィは徐々に消耗していく。

 ようやく追い詰めはしたものの、服がボロボロになっているリリィと無傷のパピヨンではどっちが追い詰めたのかわからない。

 ちなみに未亜は早々とパピヨンに気絶させられてリタイヤしている。



 「もう……逃げられ……ないわよ……その扉には鍵がかかっている。神妙にお縄につきなさい」



 息を整え、ようやく廻って来た好機にニヤリと口元を吊り上げるリリィ。

 だが、パピヨンはそれでもなお余裕の表情を崩さなかった。



 「ふっ、甘いね。アタシにはまだ逃げる道が残されている」

 「どこへ?」

 「アンタの……後ろさっ!」



 言葉が終わると同時にリリィに向かって『何か』を投げつけながら駆け出すパピヨン。

 リリィはそれを魔法で迎撃しようとして―――――固まった。

 何故ならそれは黒い悪魔ことゴキブリだったからである。



 「きゃ、きゃああああっ!?」

 「おやおや、随分可愛らしい反応だねぇ。ま、それはアンタにあげるよ……ちなみにそれ、おもちゃだから」



 そんなパピヨンの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか。

 リリィは額にゴキブリのおもちゃをはり付けたまま気絶して固まったポーズのままグラリと後方へ倒れこんでいく。

 そう、階段の下へと。



 「ちょ、ちょっと!?」



 が、流石にそれは予想外だったのかパピヨンの焦った声が踊り場に響く。

 だが、落下は止まらない。

 慌ててムチを用意するパピヨン。

 しかしそれよりも早くリリィの体は硬い階段へと叩きつけられ―――――



 「っと……セーフ」



 なかった。



 「ナイスタイミング」

 「ふっ、タイミングを窺っていたんだ」

 「その割には召喚器まで使って必死のダッシュだったじゃないか」

 「うっさい、元はといえばお前が原因だろーが。ったくちょこまか動き回りやがって……おかげで走り回る羽目になったじゃねーか」



 受け止めたのは今回の騒動の主原因たる台風男こと大河だった。

 左手には未亜、右手には今受け止めたリリィを抱えている。

 ここだけ見ればヒロインを助け出したヒーローに見えないことはないが、腕にぶら提げた紙袋がなんともマヌケだ。



 「で、今日は何がしたかったんだ、お前?」

 「おや、そういうことを言うのかい? 折角修羅場突入を助けてあげたっていうのにさ」

 「うっ……た、確かにそれは死ぬほど感謝してるが……」

 「ま、ベリオも一人の女ってことさ」

 「は? それってどう―――――!?」



 瞬間、大河の口がパピヨンのそれで塞がれる。

 だが、手が塞がっている大河はそれに抵抗することができなかった。



 「お、おま」

 「ま、これは今回の報酬ってことで…………じゃね」



 呆然とする大河を後目に、ふわっと身をひるがえして飛び去っていくパピヨン。

 だが、残された大河は気が付かなかった。

 去り際、自分の背中に『ボクは二股の鬼畜男です』と書いてある紙をはられたことを。















 そして、去り行くパピヨンが本人ですら気が付かないうちに頬を微かに染めていたことを……
















仮のあとがき

終わっているようで実はまだ終わっていないデート編。
パピヨン、美味しいところだけ持っていきました(笑
微妙にベリオとの融合が進んでいたりいなかったり……
次回こそデート編のラストです。