救世主候補の一人であるリコ・リスの朝は意外なことに遅い。
休日であれば、用事がない限りはひたすら寝ているくらいである。
これは彼女が低血圧だから、とか夜更かしをするから、という理由ではない。
主を持たない書の精である彼女は、一度力を放出するとそれが自己に戻ることはない。
故に普段は力の消費を抑えるために言葉すら話さないようにしている。
そんな彼女にとって睡眠というのは最も力を消費しなくて済む行動なのだ。
(また……夢……?)
リコは夢を見ていた。
精霊である彼女は、寝ることはあっても基本的に夢を見ることはない。
見たとしてもそれはただの記憶の再生であり、夢と呼ぶにはとてもつたないものなのだ。
だが、ここ最近の彼女はよく『夢』を見るようになった。
記憶にないはずの、昨日出会ったばかりであるはずの一人の少年の夢を―――――
Destiny Savior
chapter 21 Date(V)
リコが夢の住人となっているちょうどその頃、二人の男女が王都の街中を歩いていた。
女の方はお嬢様風の服装で、その美貌と相まってすれ違う人の視線を集めている。
対して、男の方はただの学生服姿であり、女の後方を機嫌を窺うかのように歩いている。
友人、ましてや恋人には見えない、どちらかというとお姫様と召使いといったこのコンビ。
女の名はリリィ・シアフィールド、男の名は当真大河。
後にアヴァターで知らぬ者はいないというほどの有名人になる彼らだが、今現在気が付く者は誰もいなかった。
「なー、いい加減機嫌直せよ……」
「ふんっ」
石でできた道にいくつもの大穴を作るほどの魔法を連発して、大河に三途の川を見せたリリィ。
だが、それでもまだ怒りは収まっていないのかその険悪な表情は彼女の美貌を少しばかり損なわせていた。
(まずったなぁ……)
頬をぽりぽりとかきながら大河は心中で溜息をつく。
まさかここまで拗ねるとは思わなかった、と今は後悔しきりだった。
(しっかし、女は化けるもんだなぁ。まさかこの俺がわからんとは……)
斜め後ろからリリィの全体を観察する。
唯一、不機嫌そうな表情が記憶の面影を残してはいるものの、そこに自分の知る『リリィ・シアフィールド』の姿はなかった。
よく知っている相手のつもりだったが、まだまだ俺も修行が足りないってわけか。
大河はそう心の中で一人ごちていた。
「……何、人の顔見てニヤニヤしてるのよ」
いつのまにか立ち止まったリリィが大河を睨みつけていた。
怒気のこもったその視線は子供であれば泣き出しかねないもの。
だが、その視線に慣れきっている大河は慌てることなく返事を返した。
「いや、リリィも可愛いとこがあるなぁって」
「―――――なっ!?」
ボシュ! と効果音つきでリリィの首から上が朱に染まる。
怒りと羞恥が絶妙にブレンドされたそれは、大河の目を楽しませる素敵な表情になっていた。
「か、か、からかわないで! そ、それにあんたに名前で呼ばれる許可を出した覚えはないわよ!」
「気にするなよ。代わりに俺のことも大河って呼んでいいから」
「断固お断り!」
「おいおい、その格好で大股歩きは似合わないぞ〜」
真っ赤なままぷいっと顔をそむけてずんずんと先に歩き出すリリィを大河は苦笑しながら追いかける。
リリィ・シアフィールドという少女は数多の評判とは裏腹に、その心は酷く臆病で寂しがり屋だった。
現実主義者に見えてロマンチスト、勝気に見えて弱気、孤高に見えて甘えたがり。
それが彼女の本当の姿である。
だが、彼女はそれをずっと見せないようにして生きてきた。
例外は義母であるミュリエルくらいのものだが、その義母の前でも全ての本心を晒すことはできなかった彼女。
ミュリエル・シアフィールドの義娘として、救世主クラスの主席として彼女はずっと結果を出し続けてきた。
だが、それは同時に彼女を追い詰めていく。
張り詰めた糸が切れやすいように、彼女自身もまた崩壊の危機を抱え込んでいたのだ。
だが、前の時においてそんな彼女を助けていたのが当真大河の存在だった。
自由奔放で、欲望に忠実で、果てしなくバカで、女の子に甘い少年。
彼は知らず知らずのうちにリリィの心の中に入り込んでいた。
女の子に心を許させてしまう天性の才能、それを大河は持っていたのだ。
まあ、欲望があまりにも前面に出るために所謂『良い人』以上にはなかなかなることができないのが彼の不幸だったのだが。
(おーおー、顔を真っ赤にしちゃってまあ……ま、こっちのほうが馴染みやすくていいんだけどな)
リリィ自身は気が付いていないが、彼女がここまで感情をあらわにすることは滅多にない。
大河の才能は二回目の世界でも発揮され始めていた。
「なあ、リリィ」
「なによ」
「ここか?」
「ここよ」
数十分後、二人が立っていたのはある建物の前だった。
高々とそびえ立つ、大河の世界でいうデパートのような建物。
大河は呆然とそれを眺めていた。
「これ、全部服の店なのか?」
「そうよ、王都最大の洋服店『田舎の館』。靴下からメイド服まで身に付けるものなら何でもそろってるわ」
「何でもって……ネコミミとかバニースーツとかもかっ!?」
「なんでそういう発想が出てくるのかはあえて聞かないけど、あるわよ」
「ちっ、やっぱりないのか―――――ってあるのかよ!? っていうかなんでそれをお前が知ってるんだ?」
「さ、行くわよ」
「お、おい、待てよ、何故早歩きになる!? ははぁん、さてはおま―――――ぶぎゃらっ!?」
「変な想像したら…………消し炭にするわよ?」
「イ、イエッサー!」
聞いたら殺される。
大河は初めてリリィに恐怖した。
「…………俺って今日は自分の服とかを買いに来たんだよな?」
数時間後、大河は一人ぼやいていた。
自身の買い物は三十分もたたないうちに終わった。
だから買い物に付き合って貰った礼と先程の謝罪も兼ねてリリィに服を奢ってやるよと申しでたのだが……
「わかっていたはずなんだ、こんなことになるってことくらいは。
ああ、バカだなぁ俺、リリィも未亜と同じ女の子だもんなぁ……」
「うるさいわね、あんたからいいだしたことなんだからもう少しくらい待ってなさい」
呆然と呟く大河にリリィの容赦ない言葉が飛ぶ。
大河の両手にはそれぞれ三つずつの紙袋がぶら下げられていた。
ちなみに大河自身の紙袋は一つである。
「正直こういう場所に立っているのはつらいんだがなぁ……慣れてるけど」
報復も兼ねてなのか、まだまだ増えそうな荷物に思いを馳せて悟りを開き始める大河。
お金に関しては問題はない。
救世主クラスは待遇が優遇されているだけあって、月に一度お金の支給があるのだ。
ちなみにその額はサラリーマンの月収を軽く上回るとだけ言っておこう。
(暇だ……リリィも向こうのフロアに行ったようだし……って、ん?)
そこで大河の美少女アイが反応した。
目線の先にはおそろいの白いワンピースを来た二人の美少女。
双子なのか、二人の少女は驚くほどそっくりな容貌をしていた。
だが、その雰囲気はまるで正反対だった。
青いリボンをつけている方の少女を太陽だと評するのならば、もう片方の表情の硬い少女は月といったところか。
ただ、二人とも何か困っているのか、戸惑った表情をしていたのだが。
大河は、迷わず声をかけた。
「お嬢さんがた! どうしましたかっ!」
「え、わたしたちのことですか?」
「いえす、ざっつらいっ!」
ぐっ! と右手を突き出しながら大河は二人に近づく。
すると、月の少女(大河的呼称)は太陽の少女の後ろに隠れ、太陽の少女はそれを庇うかのように一歩前に出た。
「あの、何か御用ですか?」
ニコニコと、それでいてこちらの様子を油断なく観察しつつ返事を返す太陽の少女。
どことなく彼女から出ている雰囲気というかオーラはミュリエルのそれに似ていた。
しかし、その程度で大河が(表面上は)ひるむはずもなかった。
それが彼の不幸の始まりとも知らずに。
仮のあとがき
話がすすみません。というかデート編、更に一話伸びそうです(汗
うーん、少しは流れを早くしていかないとなぁ。
最後に出てきた二人の少女、これまたわかる人にはバレバレかと思います。
もちろん彼女らも本筋に絡まない脇役的扱いですが……
次回、大河人生最大のピンチ!(笑