時刻は12:45。

 女の子を待たせることは最低であるというモットーを持つ当真大河。

 十五分前行動で待ち合わせの場所へ向かい―――――そして目を見張った。



 「だ、誰だ……あれ?」



 風になびくロングの真紅の髪。

 髪の色と同じ赤を基調とするお嬢様然とした上品な服装。

 物憂げに溜息をつくその表情。

 大河は記憶にない美少女の発見に心躍った。



 「こ、この俺としたことが……あんな美少女を知らなかったなんてっ!」



 ちなみにこの時点でリリィのことは頭から消え去っている。

 早速声をかけようと近寄っていく大河。

 だが、彼は知る由もない。

 自分が声をかけようとしている美少女が自分の良く知る人物だということを。




















Destiny Savior

chapter 20   Date(U)





















 「はぁ……」



 馬鹿が一人、正に墓穴を掘ろうとしている時、少女―――――リリィは溜息をついていた。

 一時間以上も待ち合わせの時間よりも早く待っていた自分。

 無駄に気合を入れて着飾った服装。

 そう、これではまるで自分がデート、否、買い物を楽しみにしているようではないか。



 (……っ、違う! これはアイツに思い知らせてやるため、私のプライドのためよ!)



 ぶんぶんと顔を振って思考を打ち消そうとするリリィ。

 だが、頭にはベリオから指摘されたデートの三文字がこびりついていた。

 故郷が破滅に滅ぼされ、ずっと救世主候補として破滅と戦うために生きてきた。

 ある意味、女の子として生き方は捨ててきたつもりだった。

 しかし、それでもやはり彼女は女の子であり―――――それを否定する自分と肯定する自分がいた。

 そして、そんな風に葛藤をしてしまう自分が嫌だった。



 「どうしたんだ?」



 と、頭上に影が降りた。

 自己嫌悪に沈みかけたリリィが顔を上げると、そこには馬鹿、もとい大河の顔があった。



 「……っ、なんでもないわ」

 「そうか? まあ、女の子は笑顔が一番と思うぞ! それが可愛い女の子なら尚更にな!」

 「えっ?」



 ぽうっ、と。

 大河の本心からの言葉にリリィは頬を染めた。

 不覚、とは思ったものの不思議と嫌な感じはしなかった。

 何故ならそんなことを言われたのは初めてだったから。

 自分を手放しの本心で誉めてくれる人は初めてだったから。



 「……か、からかわないで」

 「からかってなんかいないって! ほら、この目が嘘をついているように見えるか?」

 「ちょっ……あ」



 ぐいっと顔を強引に大河の正面に向けられてしまうリリィ。

 「遅いわよ!」と怒鳴ろうとした口は開かなかった。

 大河の澄んだ瞳が自分を映す。

 ただそれだけのことなのに何故か胸の鼓動が高鳴るのをリリィは止めることができなかった。



 「どうだ?」

 「わ、わかったから……顔を放して」

 「おっと、こりゃ失礼」



 紳士的にゆっくりと、なおかつ丁寧にリリィを開放する大河。

 壊れ物のような扱いを受けたリリィはただただ戸惑うばかりである。



 「ど、どういうつもりよ」

 「何が?」

 「ふざけないでっ! 私をからかってどういうつもりっ!」

 「ふざけてなんていないぞ? 全部本心だし」



 にぱっと笑顔を向けられて今度こそ顔を真っ赤に染めてしまうリリィ。

 彼女は実のところこういう言葉に弱い。

 普段は毎日といっていいほど賞賛の声を受けている彼女であるが、それはあくまで『救世主クラス主席』であることに関してである。

 無論、彼女の容姿も羨望の的ではあるが、その声は救世主クラス主席という部分が先に立ってしまうのだ。

 だが、目の前の男は正真正銘本心から彼女自身を賞賛していた。

 故に、例えそれが彼女自身が重点をおいていない容姿のことであってもするっと心に染み込むのである。



 「あ……う」



 リリィは混乱していた。

 男の子に面と向かってこんな風に言われたのは初めてである。

 だが、困る。

 嫌だというわけではない。

 ただ、反応が思いつかなくて困っているのだ。

 だが―――――



 「で、よければ君の名前を教えてもらいたいんだけど……」

 「―――――は?」



 瞬間、熱が冷めていくのをリリィは感じた。

 目の前の男は何ていった?

 君の名前を教えてくれ?

 それはつまり私が誰かわかっていないということか?



 「……ふ、ふふふ」



 ゴゴゴ、と地が割れるかのような効果音が辺りに響き渡る。

 辺りにいた犬や鳥は一斉に逃げ出し、遅れて人間も退避を開始した。

 気が付いていないのは憐れな生贄一人だけ。



 「どうしたんだ?」



 憐れな生贄こと当真大河が心配そうな声をかけた。

 もしも今、この場に第三者が存在すればきっと大河の方を心配しただろう。



 《―――――》



 素早く、そして正確に詠唱が紡がれる。

 狙いは未だに事態を理解していない馬鹿一人。

 元はといえば目の前の馬鹿に思い知らせるのが主旨だったのだからある意味結果は大成功している。

 なんせナンパをしてくるくらいなのだから。

 だが、もはやリリィにはそれはどうでもよかった。



 「死ね」

 「へ?」



 端的に、それでいて明確に。

 判決は下された。















 どぉぉぉぉーん!! どぉぉぉぉーん!! どぉぉぉぉーん!!



 「あら? ベリオさん、今何か聞こえませんでしたか?」

 「いえ、私は別に何も聞こえませんでしたが……」



 神官科の友人の問いかけに答えつつ、少女―――――ベリオはお祈りを終えるとすっと立ち上がった。

 休日といえどもお祈りや礼拝堂の掃除はベリオにはかかせない。

 ベリオは外が気になっている様子の友人を尻目にモップを取り出し、床を拭き始めた。



 「シエル先輩は窓ガラスのほうをお願いできますか?」

 「はい、いいですよ。それにしてもベリオさん……」

 「私が何か?」

 「いえ、なんていうか……変わったなと思いまして」

 「変わっ……た?」

 「ええ、憑き物が落ちたというか、喉に刺さった小骨が取れたというか、とにかくとても晴やかな表情です」

 「そう、ですか? ……いえ、そうかもしれませんね」



 心当たりがあるのか、にこやかな表情のベリオを見てシエルはつられたように笑顔になった。

 いつも張り詰めていて、どこか暗いものを抱えている。

 それが出会ったときから続くシエルのベリオへの印象だった。

 だが、今のベリオは完全にとはいかないまでもそういう空気がなかった。



 「……もしかして、男の子ですか?」

 「えっ!?」



 がしゃん。

 ベリオの手からモップが手放され、床に倒れる。

 興味半分からかい半分の問いかけにベリオはとてもわかりやすい反応を示した。

 ニヤ、と途端にシエルの目元がつりあがる。



 「そうですかー、ベリオさんにも春がきたんですね」

 「い、いえっ、そのっ、ち、違います! そんなんじゃ!」

 「いえいえ、神官といえども一人の人間。神様もきっと祝福してくださいますよ」

 「だから、大河君とは、そ、そんな関係では……」

 「ほほう、大河君とおっしゃるのですね。今度紹介してくださいねベリオさん」

 「シ、シエル先輩っ!? ですからっ……」



 からかわれて大あらわになるベリオに軽い驚きを覚えるシエル。

 自分の知る限りではベリオがこんなに感情を前面に出すのは初めてのことである。

 大河君とやらが何者なのかは不明だが、こんなベリオが見れたのだから彼に感謝するべきだろう、とシエルは思った。



 ……まあ、感謝されている本人は今現在必死に赤毛の魔女の手から逃げまくっているのだが。















 「ところで、いいのですか?」

 「え、何がですか?」



 頬の赤みがひいてやっと掃除を再開できたベリオが、シエルの問いに心なし警戒をしつつ問い返す。



 「今日は休日なんですし……デートとかには行かないのですか?」

 「なっ、なんで私が大河君とデートにいかなくてはいけないのですか!?」

 「あらあら、誰も大河君と、とは言ってないですよ?」

 「あうっ……」



 にこーと邪気のない笑顔を向けてくるシエルに警戒のかいなくまたしても敗北を喫するベリオ。

 だが、数秒後にベリオの表情が沈み、シエルは慌てた。



 「ど、どうしたんですかベリオさん?」

 「……大河君、今日はデートなんです」

 「は、はぁ」

 「……リリィと」

 「はぁ……って、ええっ!? リリィって、もしかしてリリィ・シアフィールドさんですかっ?」

 「はい……」



 シエルは吃驚仰天だった。

 なんせ救世主クラス主席の魔法使いの名前が出てきたのだから。

 大河君っていうのは何者ですか……? と思いつつも強敵過ぎるライバルがいるベリオに黙祷を捧げるシエル。



 かしゃんっ



 しかし次の瞬間、何かが落ちる音がシエルの耳に届いた。



 「シエル先輩。愛って奪うものですよね……?」

 「へ?」

 「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、でも自分のためなら許されますよね……?」

 「え? え?」



 背を向けて突然ぶつぶつと呟きだしたベリオに違和感を感じるシエル。

 しかし彼女は気が付かなかった。















 ベリオの足元に彼女の眼鏡が落ちていたことを……
















仮のあとがき

えー、当初の予定よりデート編が長くなりそうです。
多分次では終わんないです。
ていうか一話かけて待ち合わせ終わりかよ(w
なんかベリオの友人という原作にいないキャラがでてきましたがわかる人にはわかりますね、彼女(笑
もちろん彼女を本筋に絡める気はさらさらないので「クロスかよ」と思った人はご安心下さい。