「……やっぱりこっちの方が……いや、こっちか」
ばさっ、ばさっ
クローゼットにしまわれていた数種類の服が次々と床に引っ張り出される。
部屋の主である少女は引っ張り出した服を睨みながら「うーっ」と唸っていた。
「ああもうっ、なんで私がこんなことに悩まないといけないのよっ!」
ボスン! と部屋に飾られていたぬいぐるみの一体が壁に叩きつけられる。
少女は余程苛立っているのか下着姿のまま壁を睨みつけていた。
開け放たれている窓から差し込む陽光が少女の肢体と表情を鮮やかに照らす。
陽光に映る少女の表情は赤く染まっていた。
「大体ベリオがあんなこというからっ。いえ、悪いのは全部アイツよアイツ!」
脳裏に浮かぶ男の顔を百回くらい想像の中でたこ殴りにする少女。
しかし、そんなことで男の顔が消えるはずもなく、少女は収まらぬ怒りを持て余していた。
「見てらっしゃい……思い知らせてやるんだからっ」
窓の外をきっと睨みつけ―――――リリィ・シアフィールドは一着の服を手に取った。
Destiny Savior
chapter 19 Date(T)
時は少し遡る。
「……待ちなさい」
談話する大河とベリオの前に立ちふさがったリリィ。
何事かと訝しがった大河だったが、用件の内容が推測できたのだろう。
さっと顔を青褪めさせるとくるり、と回れ右をして撤退を図ろうとする。
「じゃあな、ベリオ……ぐげっ!?」
「あらあら、いきなり女の子から逃げ出すなんて良くありませんよ大河君?」
素早い動きで離脱を図る大河だったがそれよりも早くベリオの手が襟に伸びて動きを封じた。
何が楽しいのかベリオはニコニコ顔のまま大河をリリィの前に突き出す。
「あ、ありがとうベリオ……」
「いえいえ」
「まあ、それはともかく……何逃げ出そうとしてるのよ?」
「い、いや、ほら、急用を思い出して」
「アヴァターにきたばっかりのアンタに急用があるわけないでしょうが。いいから大人しく私の話を聞きなさい」
逃げ出すのは不可能だと悟ったのだろう。
大河は額にびっしりと汗を浮かべてリリィに向きあった。
「そ、それでご用件はなんでしょうかアネゴ?」
「誰がアネゴよ……ま、その様子だと能力測定試験の掟は知っているようね?」
やっぱりそれかーっ!? と大河は心の中で叫んだ。
一千年間……創立以来続くフローリア学園の伝統。
能力測定試験で上位になった者は下位の者を一日指導するものとする。
下位の者はこれを断ってはならない。
平たく言うと『試合に勝った者は負けた者を一日好きにしていい』ということ。
勝てば天国負ければ地獄なこの掟。
この掟の話を聞いた当時では小躍りするほど喜んだものだが、いざ負けてみるとこれほど困る掟はない。
しかも相手はリリィである。
どんな無理難題を押し付けられるかわかったものではない。
(それにさっきの試合で胸揉んじゃったしなぁ……絶対やばいって)
どうにかこの場から逃げ出せないだろうかと考えをめぐらせる大河。
が、前門の虎(リリィ)、後門の狼(ベリオ)に挟まれたこの状態。
はっきり言ってどうしようもない。
「さ、さあ何のこ―――「あんた、私に指導をしなさい」―――ってはぁ?」
「リリィ……?」
誤魔化そうと口を開いた大河の言葉を遮るリリィの思わぬ申し出。
最初は聞き間違いかと思ったがベリオの呆然とした表情を見て、それはないと察する大河。
「どういうことだ?」
「そうよ。さっきはあなたが勝ったんじゃない、リリィ」
「結果的には、ね」
忌々しそうに大河を睨みつけるリリィ。
詳細がわからないベリオはハテナ顔だったが、大河はリリィの言いたいことがわかった。
試合には勝ったが勝負には負けた、そう言いたいのだろう。
だが、あれはあくまで試合であり、命のやり取りではないのだからリリィの考え方はある意味大げさとも言えるが。
なんともリリィらしい言い分に苦笑する大河だった。
「まあ、お前がそう言うなら俺はかまわんのだが……で、どうしろと?」
「言ったでしょ、私に指導しなさい」
高圧的にそんなことを言われても大河としては困るばかりである。
客観的には大河の負けであることには変わりないし、そういう状況では大河としては何も言えない。
前の自分であれば嬉々として人気のないところに連れ込んで「脱げ」とでも言っていただろうが。
(は、早くなんとか言いなさいよっ……!)
一方、表面上は勝気さを保っているリリィはというと内心不安に怯えまくりだったりする。
先程胸を揉まれたことから考えるに、大河は自分の身体を欲しがるかもしれない。
見た目や普段の態度からは連想しづらいが、リリィは救世主クラスで一番純情である。
そんな彼女が「自分を好きにしていい(意訳)」と男に宣言した。
これが不安にならないはずはない。
じゃあ最初からこんなこと言わなければいいじゃないかと思われるがそこが彼女の彼女たる由縁。
今日の屈辱(負け)を明日の糧(勝利)に!
例え純潔を奪われようともそれをばねにして一層の努力をはかる、これが彼女の理念なのだ。
黙っていれば何事もないというのに、なんとも世渡りが下手というか不器用な少女である。
「……別に何もしなくていい。面倒くさいし」
「はぁ!? あんた何考えてるのよ!?」
「な、なんで怒るんだよ……!?」
数秒の黙考の末、無難な選択を選んだ大河に対するリリィの返答は怒鳴り声だった。
大河としては双方角が立たない選択をとったつもりだったのだがリリィは納得いかなかった。
(何よ、私には手を出す価値もないってわけ……!?)
リリィの思考はなんとも理不尽なものだった。
何もしなくてもいい=お前に興味なんてねーよ
彼女は大河の言葉をこう受け取ったのである。
内心では嫌がっているくせに、何事もないとそれを不満に思う。
別に大河に惚れている訳ではない彼女だが、女としてのプライドは高かったらしい。
「これは決まっていることなんだから何もしなくてもいいなんて許さないわよ」
「滅茶苦茶いうなお前……何もないならそれでいいじゃねーか」
「あんたは良くても私がよくないのよっ!」
「じゃあ、明日買い物に付き合え」
「…………へっ?」
ピタリ、とリリィの動きが止まる。
余程意表をつかれたのだろう、彼女にしては珍しい間の抜けた声だった。
「俺はこっちに来たばかりで生活用品とか全然ないからな。服とか靴とか買いたいから買い物に付き合え」
「え、あ」
「なんだよ、ちゃんと命令したぞ? なんか文句あんのか?」
「……そんなことでいいの?」
「お前、俺をなんだと思ってるんだ……?」
「ケダモノ」
「あんだとっ!? っていうかなんで委員長が答えるんだ。しかも何気に酷いしっ!?」
「あら、大河君は身に覚えがあるんじゃないんですか?」
ぐさっ! と大河に突き刺さる数多の心の矢がリリィには見えた。
ベリオは先程のことを言ったのだろうが、大河には前の所業が突き刺さったのである。
「痛そうですね、大河君」
「ああ、すっげー痛い……」
「くすくす、懺悔ならいつでも受け付けていますよ?」
「ああ、その内頼みに行くかも……あ、そうだ、待ち合わせは明日の13時に中庭な」
ふらふらと歩き去っていく大河。
リリィをして憐れさを思わせるその姿は哀愁に満ちていたのだった。
「アイツ、大丈夫かしら?」
「あら、リリィったら彼のことが気になるんですか?」
「なっ!? そ、そんなわけないでしょ!?」
「ふふ……それにしても……」
リリィを見て含み笑いをするベリオ。
リリィはなんとなくその視線が気になった。
「何よ?」
「いえ、ようやくリリィも女の子の階段をのぼるんだなぁと」
「……はぁ?」
「だって明日はデートでしょ?」
「デート? 誰が? 誰と?」
「リリィが、大河君と」
沈黙。
ボッ
「……………………なななななななっ!?」
「あら、リリィったら顔が真っ赤」
「誰のせいよっ! っていうかなんでデートなのよっ!」
「男の子と女の子が休日に二人きりで出かける、これはデートというものでは?」
「違う違う違う違う! そんなわけないでしょ!」
「もう、照れなくてもいいのに」
「ベリオーっ!?」
「そうよ、これはデートなんかじゃないんだから……」
嫌になるくらいにこやかだったベリオの表情を思い出し頬を染めるリリィ。
意識してしまうとそれが頭から離れない。
なんせ頭では否定したがってもこれが人生初のデートである。
相手が例え宿命のライバル(リリィ視点)たる当真大河であろうとその事実は変わらない。
デートという響きはそれほどのインパクトをリリィにもたらしているのだ。
「もうっ、遅いわねアイツ! 寝坊してるんじゃないでしょうねっ!?」
リリィは気がついているだろうか。
今の彼女の言動は彼氏を待つ女の子そのものだということに。
ちなみに現在の時刻は11:30である。
仮のあとがき
完全オリジナルイベントことリリィデートイベント発生。
本来あるはずだったパピヨン探索がなくなり、休日が空いたのでこういう事態に。
あれ、今回だけでデート終わるはずだったんだけどなぁ?
まだ出かけてすらいないぞ(笑