「……いや、むしろわからんほうがおかしいと思うが」



 あっさりと。

 それはもうあっさりとシリアスな空気をぶち壊すかのように大河は言い放った。



 「なっ―――――!?」

 「その金髪! 巨乳! とどめは顔を本気で隠す気あんのかとつっこみたくなるようなマスク!」

 「なっ、なっ」

 「他の奴なら普段のベリオの態度からそれが連想しづらいんだろうがな……この俺には通用せんわっ!!」

 「―――――くっ!」



 このムーンな美少女戦士もどきめっ! と指を突きつける大河。

 その問答無用な説得力に……パピヨンは何も言い返すことができなかった。




















Destiny Savior

chapter 18   Moonlight





















 (……ふっ、どうやら誤魔化せたようだな)



 ショックを受けたらしく、黙り込むパピヨンを見つつ大河は心の中でほっとしていた。

 先ほどの戦いにおいて、勝利のためにベリオの名を出したものの、実は後のことは全く考えていなかった。

 しかし、言ってしまった以上は追求は免れない。

 そこで考えたのがこの言い訳だったのだが……上手くいったようだ。

 まあ、これで納得されてしまうと、自分が真性の女好きだと思われているようで少しへこむのだが、と大河は心の内で呟いた。



 「……ふっ、そうだったね……アタシとしたことが、そんなことも予想できなかったとはね」

 「恐れ入ったか?」

 「ああ、アンタを甘く見すぎていたよ…………ふん、期待して損したね」

 「期待?」

 「……っ!? なんでもないよ!」



 焦った様子で顔をそむけるパピヨン。

 失言だったのだろう、顔は羞恥に赤く染まっていた。

 大河からすれば、その理由がわかってしまっているだけに苦笑をもらすしかなかった。



 (血、ってのは難儀だよなぁ)



 ブラックパピヨン。

 ベリオ・トロープの裏の人格にして影。

 そして本質の一部―――――そう、もう一人のベリオといってよい存在。

 ベリオが否定したい、けど否定しきれない、そんな性が具現化した人格。



 「で?」

 「ん?」

 「ん? じゃないよ。アンタ、アタシに聞きたいことがあるんじゃないのかい?」

 「何を?」

 「何をって……アタシが何者なのかってこととか! 普段のベリオとはまるで違うことについて!」

 「いや、別に。あんまり気にしてないし」



 事情知ってるし、とは心の中で付け加える大河。

 だが、パピヨンはそんなことを知っているはずもない。

 ひどく驚いた―――――否、動揺した様子で、瞳を震わせて大河を睨みつける。



 「ふざけるな! 気にならないはずがない! 普段はああして潔癖で、頑固で、利他的で!

  ―――――なのに今のアタシは人が困るのを見て喜ぶような犯罪者なんだぞ!? それなのにっ」

 「でも、ベリオなんだろ、お前?」

 「―――――っ」



 一人の少女が息を呑んだ。

 何よりも、何よりも大切な『自分』から否定され続けた少女。

 だが、大河は言ったのだ、『でも、ベリオなんだろ、お前?』と。

 認めたのだ、彼女がベリオ・トロープであることを。



 しかし、彼女の闇は晴れなかった。



 「……バカだバカだとは思っていたけど、ここまで理解力のないバカだったとはね」

 「何がだ?」

 「ふん、アンタがそんな甘っちょろいことを言っていられるのも今だけってことさ……」



 そして、彼女はゆっくりと語りだした。

 ベリオ・トロープの過去を。



 自分が裕福な家で兄と父の三人で幸せに何不自由なく暮らしていたこと。

 だけど、その幸せは父と兄が人から財産を、命を奪い続けて築いてきたものであること。

 それを知ったのが、初めて外の世界に出た時のことであったこと。

 事実に愕然として、父と兄から逃げ、彼らの罪を償うために僧侶の修行をするようになったこと。

 しかし、血の宿命にはあがらえず、その性が自分―――――ブラックパピヨンとして表にでるようになったこと。

 自分の性、『他人のプライドを奪うこと』に従って大河のプライドを踏みにじろうと考えたこと。



 自分を卑下するかのように、嫌悪するかのように、誇るかのように、思い出を慈しむかのように、

 彼女は、喋り続けた。















 話が、終わる。

 まだ、言っていない部分があったが……これで十分だろう。

 目の前の男が、当真大河が甘っちょろいことを言わないようになるには。

 彼女はそう思った。

 だから口止めを理由に大河に性関係を迫った。

 だが



 「遠慮しとく」



 返事は拒絶の言葉だった。



 「な……!? どうして? アンタ女好きだろ? 知ってるよ?」

 「そりゃ好きだ。大好きだ…………妹に怒られるくらいにな」

 「だったら」

 「だって、愛がねえもん」

 「は―――――」



 今この男はなんと言った?

 愛?

 寒い、寒すぎる、寒くて…………甘すぎる。

 なのに、なのにどうして自分はそれを否定することができない。

 どうしてコイツをバカにする言葉が口からでてこない。

 どうして―――――コイツはこんなにも寂しそうな表情をする。



 「愛がないってつらいぜ? 相手の仕草も、表情も、香りも、肌触りも、可愛い喘ぎ声も、全部記憶に残らない」



 大河は月光の差し込む窓の外を見上げていた。

 その胸に浮かんでいる女性は一体誰なのか。

 ブラックパピヨンは、ベリオは、無性に大河の胸の内を知りたいという衝動に駆られた。



 「同じように、自分の一番大切なものを守れないこともつらい」

 「……アンタの一番大切なものって?」

 「良い女」

 「アンタ、ふざけ」

 「俺が守りたいって……自分の命と財産とプライドを削って、幸せにしたいと思えるような良い女全員」

 「…………」

 「まあ、それができなかったんだけどな……俺は」



 苦笑をし、自嘲をして大河はベリオに目を向けた。



 「だからこそ俺はお前に言う。委員長も、お前も……同じベリオ・トロープだろう。お前が一番大切なものって……委員長じゃないのかよ」

 「…………甘っちょろいことを」

 「甘っちょろくて上等。だってお前……憧れてるんだろ? そんなことに」

 「わかったようなことを……!」

 「わかるさ……だってお前、泣いてるじゃないか」

 「……え?」



 頬を伝う涙

 それは紛れもなく『彼女』が流した涙で



 「な、なんでアタシ、私……」

 「今すぐどうこうしろなんて言わねえよ。俺はお前じゃないからな。ただ、これだけは覚えとけ。

  お前は救世主クラスの委員長で、露出狂な怪盗で、でか乳で、ベリオ・トロープって一人の女の子だってことを」

 「……あ」



 願いは一つ

 ただ、認めてほしくて、認めたくて

 それが言えなくて、できなくて

 それでも、願いだけはそこにあって―――――



 「……とう」



 故に、『彼女』は目の前の男に感謝をした。

 自分を救ってくれた人に。

 自分を見てくれた人に。



 「……ありが……とう。大河……君」



 『彼女』の名はベリオ・トロープ。















 「で、パピヨンとは折り合いがつけられそうか?」

 「うん……時間はかかると思うけど、私とアタシは例え一瞬でも心を重ねることができたから……だから、大丈夫」



 月光が差し込む窓の下、安らかな笑顔を大河に見せるベリオ。

 その笑顔は、前の時にも増して輝いているように大河には思えた。

 何故ならば―――――



 「……月の、女神」

 「え?」

 「月の女神に見えた」

 「へ!? も、もう大河君ったら上手なんですか…………ってきゃぁぁぁぁぁっ!?」



 羞恥で染まった頬を、より一層の羞恥で染めながらタオルを掻き集めるベリオ。

 慌ててタオルで身を隠すその姿は、とても女神というには相応しくない。

 けれど大河は、月光を浴びて微笑む彼女をとても綺麗だと思った。



 「うう〜」

 「おいおい、そんなに睨むなよ。ずっとそのまんまだったのはお前自身だぞ?」

 「だとしても、一言くらい言ってくださいっ!」

 「いやあ、綺麗だったぞ」

 「もうっ……」



 膨れっ面をしながらもその表情に暗いものはなく。

 大河とベリオは月明かりの下、笑いあった。



 「さて、そんじゃ服をとってきますかね」

 「あ、はい。お願いします。礼拝堂の裏手に隠してあるはずですから……」

 「まあ、俺としてはそのままの格好のほうがいいんだけどな?」

 「まだ言いますか」



 一人の少女の闇に一筋の光がさす。

 それは、月光のように儚く、輝きに満ちたものではない。

 闇はまだ完全に晴れず、少女の心を縛り続ける。



 「ははっ、じゃ、ちょっくら行ってくるぜ―――――ベリオ」

 「待ってますよ、大河君」















 だが、遠くない未来に彼女の闇は晴れるだろう。光は今、彼女の心に確かに差し込んだのだから。
















仮のあとがき

ベリオ救済編(半分)終了。
原作をやった方はなんで半分なのかおわかりですね?
無駄に大河がキザっぽいですが原作でも彼はあんなもんかと(w
次回からはカエデ編! ……ではなく、リリィの用件編。