血の気がひく、という表現がある。
大河の心境はまさにそれだった。
足元には裸の少女―――――ブラックパピヨンが横たわっている。
しかしマスクが取れているのでリコからすれば髪をポニーにしたベリオが裸で横たわっているということになる。
(ベリオが変態に襲われていたんで助けたんだ。
酒に酔っ払ってストリップを始めたんだ。
いや、これは合意なんだ。
―――――ってどれも駄目だぁぁぁっ!?)
ダラダラと大河の顔には脂汗が流れた。
無表情にこちらを見つめるリコの視線が痛かった。
彼女からすればいつものことなのだろうが、心にやましさを抱える大河にはそれが絶対零度の表情に見えた。
こんなに恐怖を覚えたのは初めて貰ったラブレターを未亜に見つかったとき以来だ。
大河は走馬灯のように未亜の菩薩な般若顔を思い出していた。
「あの―――――」
そして、リコの口が開いた。
Destiny Savior
chapter 17 Reason
「―――――ベリオさん、大丈夫ですか?」
「……は?」
おそらくは彼の生涯において一番間の抜けた声だっただろう。
大河は予想とは180度違うリコの言葉に首を傾げた。
「煤や泥が、いっぱいです。それに……擦り傷も」
そう言うとリコはタオルを取り出しベリオの身体を拭き始めた。
手の先が光っているところを見ると治癒魔法も使っているのだろう。
大河はリコの思わぬ反応にほっとしていいのやら納得していいのやらと一筋の汗を流す。
「あのー、リコ?」
「なん……ですか?」
「そ、それだけ?」
「……? 大河さんも、怪我をしているのですか?」
「いや、してないけど……」
なんか違う。
大河はそう思った。
未亜やリリィならまず間違いなく「お兄ちゃんの変態!」とか「この強姦魔!」とか叫びながらジャスティや魔法の乱れ打ちである。
にも関わらずこの目の前の少女からは非難、嫌悪、疑惑といった感情が全く感じられなかった。
(うーん、このころのリコとはあまり話したことがない……っていうか話のしようがなかったもんなぁ)
思い出す。
いつもできる限り自分達に関わらないよう過ごしていたリコ。
自分の言葉に照れた顔を見せてくれたリコ。
契約の後に感情を見せてくれるようになったリコ。
たまに意地悪だったリコ。
そして、自分のためにその命を散らせていったリコ。
「……さん、大河さん」
「……ん、ああ、悪い。なんだ?」
「終わりました」
回想を止められて視線を向けると、そこにはタオルをかけられたベリオの姿があった。
隠れてしまった肢体を残念に思いつつも、大河は思い切って疑問をぶつけることにした。
ある意味、イチかバチかの賭けである疑問の言葉を。
「なあ、リコはなんで何も言わないんだ?」
「どういう……ことでしょうか?」
「いや、だってほらベリオは裸だぞ? 普通に考えれば俺が気を失ったベリオを人気のないところに連れ込んで
あんなことやこんなことをしようとしてるって考えるんじゃないのか?」
「…………」
大河の言葉にリコは目を丸くした。
まるで予想外の言葉を聞いたとばかりに。
数秒後、リコは微かに……本当に微かに微笑んで言った。
「大河さんは……そんなことしません」
「……え」
「信じて……ますから」
そう言ってはにかむリコの顔を見た大河は、心臓の鼓動が一段高くなるのを自覚した。
そう、大河はリコの微笑みに―――――見とれたのだ。
(う……こ、これはかなりくるな……な、なんでだ? 契約後は笑顔なんて見慣れていたって言うのに)
「……どう……したんですか?」
「あ、いや、なんでもないなんでもない。そういやリコはなんでこんな時間にこんなところに?」
純粋なリコの瞳に射貫かれた大河は慌てて話題をふった。
さっきまでベリオに邪な視線を向けていた自分がどうしようもなく情けなくなってしまったのである。
「……掃除」
「掃除?」
「ブラックパピヨン……です」
「へ?」
「召喚陣の上……落書き、あったから」
リコの言葉に大河は冷や汗を流した。
何故ならば犯人がすぐそばに転がっているのだから。
犯人―――――ブラックパピヨン(リコ視点ではベリオ)は何故か幸せそうな表情で気絶したままだったが。
「そ、そうか。言ってくれれば手伝ったのに」
「お手数を……かけるほどじゃ、ありませんから」
「何言ってるんだよ、水臭いな。俺は女の子の頼みならなんだって聞くぜ? それがリコみたいな可愛い子なら尚更だ!」
「……何故?」
「は?」
「朝も……大河さんは……私を、可愛いと言いました」
「いや、だって可愛い女の子に可愛いというのは男の義務だろ?」
「……よく、わかりません」
「わかんなくたっていいんだよ。誰がなんと言おうと俺の中ではリコは可愛いの! OK?」
断言しきった大河の顔を眺めること数秒。
リコはほんの少しだけ頬を朱に染めてこくり、と頷いた。
「それでは……私は……これで」
「ああ、じゃあな。あ、そうだ。外で怪しい奴を見かけなかったかって聞かれても俺らのことは言わないでくれよな」
「……大河さんは、怪しくありません」
「ん、サンキュ」
ぺこり、とおじぎをして階段へ歩いていくリコ。
と、その足が一段目に差し掛かったとき、彼女はゆっくりと振り向いた。
「どうした?」
「…………とう」
「え?」
「……ありが……とう」
大河がその言葉の意味を理解する前に、リコの姿は階段の下に消えていくのだった。
「……どういう意味だ?」
「バカだねえ、今のは可愛いって言ってくれてありがとうって意味に決まってるじゃないのさ」
リコの感謝の意味がわからず首を傾げる大河の背後から聞こえる呆れたような声。
振り向いたその先には、床に転がったまま目を開けたベリオ―――――いや、ブラックパピヨンがいた。
「……いつから起きてたんだ、お前?」
「『いや、だってほらベリオは裸だぞ?』のあたりから」
「ほとんど最初からかよ」
「いやあ、痒い痒い痒い。今時あんなやりとり、赤毛の魔法使いがこっそり読んでる純愛小説でもやらないね」
「……う」
思い返してみると確かに恥ずかしいやり取りだったかもしれない。
そう思った大河の頬が羞恥に赤く染まった。
パピヨンはそんな大河を見てニヤニヤしている。
「で、でもお前、起きてたんならなんで逃げるなり俺に奇襲をかけるなりしなかったんだ? 絶好のチャンスだっただろ?」
「バカだねえ、折角の良い雰囲気なのに邪魔なんてしないさ。いくらアタシでもね」
「ほう、意外だな」
「よく言うだろ? 人の恋路を邪魔する奴は〜って。アタシは馬に蹴られたくないんでね」
あー痒い痒い、と口から砂を吐く仕草をするパピヨン。
が、次の瞬間、彼女はふっと表情を引き締めると大河を睨みつけた。
「ま、お遊びはここまでにして……本題にいこうか」
「本題?」
「そうさ、アタシはアンタに聞きたいことがある。それが大人しくしていた本当の理由」
「……聞きたいこと?」
パピヨンの目がすうっと細くなり、妖しく煌いた。
「なんでアンタは……アタシの正体を知っている?」
その瞬間、大河の目に映った彼女は―――――まるで怯えた子供のようだった。
仮のあとがき
あ、あれ? 今回でパピヨン編が終わるはずだったのに気がつけばリコが目立ってる?
しかし初期のリコは書きにくいです。いやまあこれも可愛いのですがっ!
ちなみに赤毛の魔法使い(笑)が純愛小説読んでるってのはオリ設定です。
ほら、彼女ってなんとなく隠れて読んでそうじゃないですか、純愛小説(w