モンスター、アンデッド、精霊、人間、そして神。

 大河は数多くの者と戦ってきた。

 その中で、最も強かったのは誰? と問えば彼は神と答えるだろう。

 では、最も戦いにくかったのは? と問えばどうだろう。

 精神的なものでいえば、やはり彼の最愛の妹である当真未亜と答えるだろう。

 だが、純粋な言葉の意味で問えば?



 彼は後にこう答えた。

 ―――――ブラックパピヨン、と。




















Destiny Savior

chapter 16   Failure





















 「うう〜、あ、頭がガンガンするなぁ……」



 ふらふらと立ち上がったのは酔いつぶれて花壇に顔を突っ込んでいたセルだった。

 泥酔しているためか、顔中が泥だらけなことに気が付かない。

 なんとはなしに彼は周囲をキョロキョロ見回して―――――そして、踏まれた。



 「ぶぎゅるっ!?」



 後頭部を勢いよく踏まれたために再び顔から花壇に突っ込む羽目になったセル。

 彼の耳にはその瞬間「わりぃ!」と叫びながら遠ざかっていく親友の声が聞こえた。



 「くぉらぁ、たいがぁ! お前親友に何を―――――」



 怒り心頭で顔を上げた彼の視界に白いものが見えた。

 大河に勝るにも劣らないセルのエロ本能がそれが女性の体であることを教える。

 女性はほとんど全裸といって差し付けないド派手な格好で夜空を舞っていた。

 驚きに酔いを一気に覚ますセル。



 「―――――ぶべらぁっ!?」



 だが、そこまでだった。

 次の瞬間、彼は自らに落下してくる女性の体に見とれた。

 故に回避行動をとることもできず、彼はその顔面を踏み台にされる。

 意識を失っていくセル。

 だが、その表情は満足そうだった。

 何故ならば顔面を踏まれるその直前に女性―――――ブラックパピヨンの姿を至近距離で拝むことができたのだから。















 余談ではあるが、彼は朝までこのまま放置されることになる。

 だが、一番にそれを発見したのが未亜であり、その介抱を受けることができた彼は大変機嫌が良かったという。















 「あははははっ! どうしたどうした、救世主候補サマともあろうものが防戦一方かい?」

 「ふん、ぬかせっ」



 漆黒の闇の中、大河とパピヨンの戦いが行われていた。

 前回と違い、泥酔も油断もしていないため不意打ちは受けなかった大河。

 だが、状況は意外にも大河が劣勢。

 大河はパピヨンの繰り出す赤い鞭をなんとかかわし、距離をとる。

 パピヨンはそれを追いかけて追撃をしかける。

 この繰り返しであった。



 (くっそ、近づけねえ……)



 大河は思わぬ苦戦に顔をしかめていた。

 ブラックパピヨンの戦闘能力はそれほど高くはない。

 その才能故か、彼女の身体能力は確かに高いのだが、その動きは同じ肉弾戦型であるカエデには及ばない。

 にも関わらず大河が苦戦を強いられている理由は二つあった。

 一つは、パピヨンの夜目の良さ。

 視界が制限される暗闇を昼間のように飛びまわれる彼女は厄介の一言に尽きる。

 しかも武器が鞭なため、どうしても接近が容易ではない。

 鞭を掻い潜るその隙にパピヨンは素早くその場を離脱できるのだ。



 「―――――バーストフット!!」



 ならば、と鞭を数発うける覚悟でパピヨンを捕らえようとトレイターを変形させる大河。

 だが、大河がダッシュに入ると同時にパピヨンは『何か』を大河に投げつけた。



 「うおっ、こっ、これはっ!?」



 途端にダッシュを急停止し、『何か』に気をとられる大河。

 投げつけられた『何か』、それは女性の下着だった。



 「白、青、白、白、黒、ピンク…………ってうわぁっ!?」



 ビシィ、ビシィ、ビシィ!



 下着に囲まれてだらしなく顔が緩んだ大河をパピヨンの鞭が襲う。

 慌てて回避する大河。

 どさくさにまぎれて投げつけられた下着を数点懐に入れるその早業はパピヨンをも驚かせていたりする。



 「ふふふふ、よく避けるじゃないか」

 「この当真大河様をなめんなよ―――――っと!」



 そして再び戦闘が再開する。

 理由の二つ目。

 それはパピヨンが真面目ではないということだ。

 今のように人をおちょくるようで、それでいて的確に弱点をついてくるのがパピヨンの戦闘スタイル。

 元々パピヨンには相手を倒す気がないし、それ故に取れる手段はいくらでもある。

 最悪、負けそうになれば恥も外聞もなく撤退をする。

 倒す、という意味ではパピヨンほど難しい相手はいないのである。



 (……元はあのベリオなのに……なっ!)



 鞭を避けながら大河は必死に打開策を練っていた。

 前において自分はパピヨンを倒している。

 しかしそれはパピヨンが本気でこちらを倒す気があったからこそのこと。

 今のようにふざけの色が強い彼女を倒すのは至難の業。

 せめて動きを一瞬でも止めることができれば……



 (…………動きを止める? そうだ、この手があったか!)















 (なかなか骨があるじゃないか。ベリオが気にかけるほどのことはあるってことか……)



 ブラックパピヨンは嘲るような笑顔の裏で驚きを隠せずにいた。

 目の前の男―――――大河がここまで粘るとは思わなかった。

 最初の不意打ちで倒せるものとばかり思っていたのだが、彼は見事にここまで善戦を続けている。

 下着攻撃などに引っかかるマヌケさはあるものの、クリーンヒットを許さない回避力は驚嘆に値する。

 しかも、彼はなんと召喚器を変形させるという隠し玉も持っていたのだ。



 (試験の時は三味線ひいてたってわけかい。ま、それでも油断さえしなければ―――――!?)



 油断なく大河を追い詰めようと鞭を振りかぶったその瞬間。

 パピヨンは驚愕をもってその動きを一瞬止めてしまった。

 原因は大河の放った一言。

 彼は確かにこう言ったのだ―――――「ベリオ」と。



 ドォォォォォン!!



 瞬間、漆黒の闇が夜に舞う怪盗ごと爆炎の光に包まれた。



 (何故、お前が私の正体、を……)



 爆風に飛ばされながら、ブラックパピヨンは意識を失っていった。















 「……ふいー、成功っと」



 ほっと一息つきながら大河は倒れ伏すパピヨンに近づいていく。

 彼女の動きをその正体を叫ぶことによって一瞬止める。

 そして、広範囲に効果のあるトレイターの爆弾形態によって攻撃。

 これが大河の行った行動だった。

 もちろん、爆弾の威力は抑えてある。



 「しかし……ものすごい格好だなオイ」



 ごくり、と唾を飲み込みながら大河はパピヨンを見つめた。

 爆風をくらったため、彼女のヒモ同然のコスチュームは破れ、マスクも吹き飛ばされていた。

 彼女の身に残っているのはブーツくらいで、まさしくすっぽんぽんで気絶している。



 「…………名残惜しいがこのままっていうのもまずいよな。礼拝堂に運ぶか」



 そう言いつつも大河は緩みきった顔で彼女を抱えようと手を伸ばす。

 だが、彼は一つミスを犯していた。

 確かに動きの速いパピヨンをしとめるには広範囲に効果のある爆弾をチョイスすることは正しい。

 だが、ここは真夜中とはいえ学園内。

 そんな場所で爆弾のような音のでかいものを使えばどうなるか



 「おい、こっちか!?」

 「ああ、確かにこっちから爆音がしたぞ!」

 (―――――うげっ!?)

 

 当然、人が集まってくる。

 しかもこの状況は非常にまずい。

 なんせ夜道に素っ裸で倒れている女と男が一人。

 これは誤解をされても仕方がない状態である。

 大河は、汗が噴きだすのを止めることができなかった。



 (どうするどうするどうする―――――!?)



 複数の足音が近づいてくる。

 だが、目的地である礼拝堂までには距離がある。

 瞬間、大河の目にある建物が映った。



 (ここだっ!!)



 決断は早かった。

 大河は素早くパピヨンを担ぎ上げるとその建物の中に駆け込んでいった。















 「……はぁ……はぁ……はぁ……この中なら誰もいないだろうし誰も探しにこないだろ……」



 建物―――――召喚の塔の最上階の扉前までやってきた大河は息を整えていた。

 次のカエデ召喚まで時間がある以上、ここに寄り付く人がいるはずがない。

 ほっと一息つきながら大河はこれからどうするのかを考えようとした。

 だが



 ギィィィ……



 「……大河、さん?」

 「……………………へ?」















 扉を開いて出てきたリコ・リスの姿に大河は固まった。
















仮のあとがき

なんと初顔合わせでパピヨン撃破
ちなみにサブタイは『失敗』……そして次回、大河くん大ピンチ(爆笑
セルは不幸なんだか幸せなんだか……