リリィ・シアフィールドは自他共に認める負けず嫌いである。
だが、彼女は負けを認めないわけではない。
事実、彼女は前の時間において最終的には大河を認めた。
しかし、出会ったばかりであるこの時間においては彼女が敗北を受け入れるのには抵抗があった。
それでも、受け入れないことのほうがもっとプライドに差し障る。
故に彼女は現時点では大河に劣ることを認めた。
だが、負けを認めたわけではない。
リリィは、決意の表情で歩き出した。
Destiny Savior
chapter 15 Papillon
「さ〜て、授業もひけたし、セルでも誘ってパァっと街に打ち上げにでも出かけるかなぁ」
「打ち上げって……大河君は負けたじゃないですか」
寮への帰路、大河はベリオを談話をしていた。
ちなみにリコはいつのまにかどこかへ消えていた。
前の時間でもそうだったが、相変わらず私生活は謎の少女である。
「いいのいいの。あれは価値ある負けってやつだから」
負けて悔いなしといった表情で青空を見上げる大河。
新形態の実験が実戦できたし、戦闘でも実質は自分の勝利だった。
何より、おいしい役得があった。
故に気分が落ち込むはずもなく、大河は清々しさに満ち溢れた笑顔で歩くことができた。
しかし、そんな彼の前に一つの影が立ちふさがる。
「……待ちなさい」
影の名はリリィ・シアフィールド。
「―――――試験の結果は以上です」
「なるほど、ご苦労様でしたダリア先生」
場所は変わって学園長室。
そこでは先程行われた救世主クラスの試験についての報告が行われていた。
「しかしリリィが勝ちましたか。順当といえば順当ですが……」
「ええ、召喚器の力はともかく、経験の面で彼がリリィに叶うはずがないですからね」
ダリアは先程の戦いを思い出していた。
確かにゴーレムを一撃で倒した大河の力は大したものだ。
だが、戦いというものは破壊力だけでどうにかなるものではない。
特に一対一の戦いでは、余程の力量差がない限りは駆け引きなどを行うための経験がモノをいう。
(けど、あの砂煙はなんだったの……? それにその前の身のこなしといい、彼には不自然な点が多すぎる)
経験はリリィに劣る。
それは彼の元いた世界を考えるに間違いないはずだ。
だが、彼の動きは素人にはとても見えなかった。
そもそも、初めて見るであろう魔法をかわし続けるなど自分でもできない。
「わかりませんね……わざと負けるメリットもないでしょうし、手加減したとは思えませんが」
「やはり才能と見るべきではないのでしょうか。先日のゴーレムも動き自体は遅いのですし」
「確かに……しかし、そうだとすると彼の潜在能力は救世主クラスでも桁はずれていることになります」
「彼が、あたしたちが望んでいた救世主となるのでしょうか?」
「……そうだといいのですが」
ダリアが言葉を発した瞬間。
ほんの一瞬のことではあるが、ミュリエルの顔が曇った。
目ざとくそれに気がつくダリアだったが、それを態度に表すことはしなかった。
(普通なら喜ぶべき救世主候補の出現にあの態度……やはり、何かあるわね。さっきの戦闘の詳細は報告しないほうが無難か……)
にこやかに笑顔を振り撒きながらも己の本当の職務を遂行するダリア。
彼女の任務は救世主及びフローリア学園の調査。
その線上で最も怪しいのは目の前にいるミュリエル・シアフィールド。
余計な情報を与えて下手に動かれても困る。
「では、次の報告ですが……またブラックパピヨンが出没したそうです」
「またですか……」
「はい、今回の被害はバトラー科のマガツくん秘蔵のメイド写真集。メイド科の女子寮三階の女子生徒全員の下着。
魔法使い科のクリムゾンくんの書きかけのラブレターです」
「…………はぁ」
ミュリエルは深いため息をついた。
ダリアとしてもその気持ちはよくわかる。
なんせこの泥棒は盗むものがせこすぎるのだ。
盗まれた被害者からすれば重要極まりないものではあるのだが。
「何がしたいのでしょうね、この人物は……」
「愉快犯じゃないんですか? 格好からしてそれっぽいですし……」
証言から得たブラックパピヨンの格好。
ヒモ同然のコスチュームで身を包み、マスクで顔を隠した巨乳の女。
判明しているのはこれだけだったが、これだけでもこの泥棒の異常性がわかるというものだ。
そもそも隠密性を旨とすべき泥棒がそんな目立つ格好をしてどうするのか。
「手がかりは?」
「全く。あれだけ派手に動いているというのに髪の毛一つすら落としていきません」
「何が目的かはわかりませんが、騎士科や傭兵科の生徒も被害にあっているところを見ると相当の凄腕のようですね……」
「いっそ大河くんにブラックパピヨンを捕まえるように依頼してみますか?」
ケラケラと笑うダリア。
彼の性格上、露出狂とも言えるブラックパピヨンが相手ならば気合を入れてかかるだろう。
短い付き合いでそんな大河の性格が読めてしまったダリアはグッドアイディアとばかりに手を叩いた。
「救世主候補の手を借りるまでもありません。彼らは今、力を蓄える時……余計なことをさせる必要はありません」
「了解。もう、硬いですねぇ〜」
けんもほろろなミュリエルに苦笑しつつも礼をして退室するダリア。
まさしく昼行灯と呼ぶに相応しい態度で廊下を歩くその振る舞いには、スパイという言葉を連想させるものは欠片も含まれていなかった。
「さ〜って、お仕事お仕事♪」
「ういー、ひっく。あはははは、救世主当真大河ばんざーい!」
「おいおい、セル。お前酔いすぎだぞ」
夜道を歩く大河とセル。
結局前と同じくセルと街へ飲みに出かけた大河だったが、酔いはそれほどではなかった。
明日の休日に用事ができたので二日酔いを起こすわけにはいかなくなったのだ。
そんな理由で大河は素面に近い状態だったのだが、おかげで泥酔したセルに肩を貸すことになってしまったのである。
「よーし、いくぜー。せーの……」
気が付けばセルは幻影石を取り出してポーズをとっていた。
記念撮影をしたいとのことだったが、それが限界だったのだろう。
セルは前のめりに倒れると、花壇に顔を突っ込み飲んだ酒を逆流し始めていた。
「うへぇ、きったねぇ! バカだなセル。だからほどほどにしとけっていったのに……」
仕方なくセルを介抱しようとしたその瞬間、殺気が大河の背後に現れた。
振り返るまでもなく本能の命じるがままに横に飛びのく大河。
一瞬後、彼のいた場所を鉢植えが通り過ぎた。
「あ、危ねぇ!?」
ひゅんひゅんひゅん
ほっとする大河に続けざま飛来する鉢植え。
その全てを大河はすんでのところでかわし続け、油断なく鉢植えの飛んできた方向を睨みつけた。
トレイターをいつでも繰り出せるように戦闘態勢に移行する。
(……あれ? なんかこんなことが前にもあったような……?)
デジャビュを感じ、記憶の糸を手繰り寄せようとする大河。
するとその時、漆黒の夜の闇に女性の声が響いた。
「よく避けられたわね、誉めてあげるわ」
「だ、誰だ!?」
お約束の台詞を繰り出す大河。
だが、その瞬間大河は気が付いた。
この声の主の正体を。
(そうか、今日は―――――!)
失策に悔やむ大河の目の前に、ふわりと軽やかに大地に降り立つ一つの影。
その影は女性の形をしていた。
その女性は、露出狂さながらのコスチュームを身に纏い
マスクで顔を隠し
そのあふれんばかりの巨乳を誇示し
笑みを浮かべていた。
そう、彼女の名は―――――
「漆黒の闇に舞う、虹色の蝶。ブラックパピヨン、見参!」
仮のあとがき
表に出すことになりましたDSですが修正がめんどうなので仮のままあとがきは進行します
そして表に出てからの第一作目はパピヨン登場(w
大河も起きた出来事と日時を全部覚えてるはずがないですからこういうポカもやらかします
リリィの用件はもう少し後で判明します