前の時間において、救世主クラスはパーティーで戦うことが基本だった。
前衛に接近戦型の大河とカエデ。
後衛に支援型のベリオと未亜。
中衛にオールラウンドな能力を持つリリィとリコ。
遊撃にトリッキーな動きをするナナシ。
だが、パーティー結成時はリリィと大河がスタンドプレーに走ることが多々あった。
根本の理由こそ違えど、両者共に『自分が』という気性の持ち主だったからである。
しかし、後半の戦いにおいて大河はリリィを、リリィは大河を最も信頼していたのは周知の事実だった。
そう、未亜がその関係に嫉妬心を抱くほどに……
Destiny Savior
chapter 14 Defeat
リリィ怒りの一撃が炸裂する数十秒前、大河は動き回りつつ自分に驚いていた。
彼女の放つ炎が、その初動の段階―――――否、初動する前に読めるのだ。
両者は共に認めないだろうが、こと戦闘において大河とリリィほど息の合ったコンビは救世主クラスにはいない。
同じ前衛だったカエデよりも、一心同体ともいえる関係だったリコよりも、
そして誰よりも長い時を一緒に過ごしてきた未亜よりも大河と息はあっていたのはリリィだったのだ。
彼らの特筆すべき点は、目をあわすことすらなくお互いの『次』が読めるということにある。
何の申し合わせをせずともリリィが牽制し、大河が渾身の一撃を見舞う。
そのコンビネーションは、あるいは救世主パーティーそのものよりも戦闘力が上だったのかもしれない。
(―――――来るっ!)
ヴォルテクスが繰り出される寸前にバックステップをし、射程外に出る。
パーティーを組む上で仲間の手札を把握することは重要な要素である。
無論、記憶力がそれほど良くない大河がリリィの手札全てを覚えているはずがない。
だが、彼の頭は、そして体は、戦闘における仲間の手札全てを記憶していた。
最も息が合っていたリリィの手札ならば尚更のことである。
(なんか知らんが……これならリリィの攻撃が当たることはない。けどこのままじゃあジリ貧だな……)
焦りで攻撃の手を止めたリリィを見やりつつ大河は次の一手を考える。
接近すること自体は難しくない。
しかしリリィは魔法使いといえども接近戦が弱いわけではない。
接近戦用の魔法もちゃんと手札に持っているのだ。
(なら、試してみるか)
トレイターを斧形態で召喚する大河。
そしてその一撃の威力を持って多量の砂煙を起こし、リリィや観客の視界を封じた。
(イメージを集中! 行くぞ―――――)
トレイターが光の粒子となって大河の足に集まる。
そして、ローラーブレードに似た足甲が大河に装着された。
瞬間、爆発的な移動力が大河に付加される!
(―――――『バーストフット』!!)
ドン! と地面を踏み抜く音と共に大河が加速する。
そのスピードはリリィの予想を遥かに上回り、詠唱の半分が済む前に彼女の背後を取ることを可能にした。
だが
(……しまった。これからどうしよう)
背後を取ることに成功した、それ自体は良い。
だが、次に打つべき一手を大河は考えていなかった。
通常ならば剣なりランスなりにトレイターを変形させ、それを突きつけて降伏勧告をする。
だが現在の状況で変形を許されているのは斧のみ。
立っている相手に斧を突きつけるというのは流石に無理があるのだ。
むにゅっ♪
頭より先に手が動いた。
大河の恐るべきエロ本能は本人の意思を待たずしてリリィの胸に両手を伸ばすことを命令したのである。
(おお、柔らかい)
大河がリリィの胸に触ったのは過去においてあの後悔すべき時間の一度きりだった。
あの時はもう理性のりの字もない状況だったのでその感触は全く覚えていなかったのだがこうして触ってみると―――――
「やはり、未亜以下―――――」
「死ねぇぇぇぇぇっ!!!」
「ああ、こういうのも久しぶりだよなぁ」と思いながらも大河は爆炎の中、宙を舞うのだった。
「…………う、ん?」
「あ、大丈夫ですか?」
目が覚めた大河の目に映ったのは、心配そうに自分を見つめてくるベリオの顔だった。
「俺は……?」
「ええと……私も砂煙で見えなかったからよくわからないんですけど、大河君はリリィの魔法で吹き飛ばされました」
「……ああ、どうりで体の節々が痛むはずだ」
「私とリコの二人がかりで治癒を行ったので痛みはまだ残りますが傷口は塞ぎ終えています」
「サンキュ……ってあれ、リコは?」
「……気付いていないんですか?」
呆れたようなベリオの声。
大河はふと、後頭部に伝わる柔らかな感触に気がついた。
「む!? この後頭部に伝わる柔らかい感触は……(さわさわ)」
「……っ」
「ぬう、この極上の絹にも勝るこの触り心地……これはどこかで……」
「……ぁ……ぅ」
「ううん、もうちょっとで思い出せそうな……」
「あ……だ……め……です」
「っていつまでやってるんですか!」
ゴガン、とユーフォニアで殴り起こされる大河。
そこでようやく気が付いた。
そう、リコは大河に膝枕をしていたのだ。
「いって〜〜〜〜〜! 怪我人になにをするんだ委員長!?」
「お黙りなさい! 女性に不埒な行いをした天罰です!」
「ふ、不埒って……ちょっと触っただけじゃん」
だよな? とばかりにリコに同意を求める大河。
が、リコは薄く頬を染めて俯いていた。
怒っているわけではなさそうなので恥ずかしがっているのだろうがこれでは返答は期待できない。
「ほら見なさい。リコもこんなに怒っています」
「いや、別に怒ってるようには見え…………ご、ごめんなさい」
反論したかったのが、ベリオの迫力に押されて謝ってしまう大河。
非常に情けない。
「あー、ご、ごめんなリコ?」
「…………」
「いや、その、ほらさ。あまりにも触り心地がよかったもんでつい、な?」
「…………」
大河の言葉と共にどんどん頬が朱に染まっていくリコ。
だが、俯いているためにベリオや大河からはそれが見えない。
妙な緊張を含んだ沈黙が場を支配するのだった。
「ふん、何をやっているんだか……」
リリィはそんな光景を見て、苛立ちを抑えることができなかった。
なんだかんだ言って大河を心配している様子のベリオ。
普段の人付き合いの悪さもどこへやらといった感じで大河を案じるリコ。
そして何よりも……
「んっふ〜ん? リリィ、どうしたの〜怖い顔しちゃって〜?」
「別に……何でもありません」
「何でもないなんて顔じゃないわよぉん? 試験には勝ったのに全然嬉しそうじゃないし〜」
そう、試験はリリィの勝利に終わった。
だが、彼女はそれを素直に喜ぶことができなかった。
(……後ろを、取られた。しかも詠唱中の無防備なところを)
魔法使いにとって敵に接近を許すことは致命的である。
しかもそれが最も無防備な詠唱の最中ならば尚更のこと。
今回は結果的に勝った形になったが、客観的に見ればあれは自分の敗北以外の何者でもない。
そう、自分はあの男―――――当真大河に負けたのである。
それがリリィの苛立ちを起こさせる最大の要因だった。
(しかも……わ、私の胸を)
だが、次の瞬間悔しさとは別の意味でリリィの頬が朱に染まった。
彼女はその性格柄男子生徒との付き合いは皆無と言ってよい。
公的な場でもダウニー等の教師を除けば会話すらしようとしない。
そんな男に対しては全く耐性がない彼女が胸をつかまれたのである、その胸中はいかほどのものか。
「ど、どうしたのリリィ? 顔が真っ赤よ?」
「は、初めてだったのに……」
「は?」
「許さない! 絶対に許さないわ当真大河!」
バックに炎を燃やして大河に対する敵愾心を募らせるリリィ。
こうして、リリィ・シアフィールドという少女の記憶に当真大河という男の名が刻み込まれるのだった。
仮のあとがき
トレイター新形態シリーズ@『バーストフット』登場
ナックルやランスの直線的な加速に対し、この形態は全方位的な加速を得ることができ、空を蹴って駆けることも可能
欠点は直接攻撃力が皆無なことですね