大河は今、後悔していた。
未亜がメイド科に入ったことにではない。
学園長の意図が気になるところではあるが、未亜が喜んでいるのだしそれは良い。
問題は今目の前で起きている事態。
彼の脳裏には数分前の出来事が思い出されていた。
Destiny Savior
chapter 13 Surprise
「みんなそろったかしらぁん? これから、第3回、救世主クラス能力測定試験を行いまぁ〜す」
「相変わらずのテンションだなあの姉ちゃん……」
嬉しそうに試験の説明をしているダリア(の胸)を凝視しながら大河はポツリと呟く。
ベリオはそれが聞こえたのか深いため息をついていた。
どうやら前と同じくダリアに一番苦労しているのは彼女なのだろう。
今回は大河がそれほど問題児っぷりを表面化してないので負担は減っているようだが。
「では……今日の一組目は〜」
(未亜が今回いないからリコとリリィ、んで俺とベリオだろーな。ま、ベリオならどうにかなるだろ)
気楽に考える大河を他所に、10面ダイス2個をポケットから取り出し放り投げるダリア。
ダイスに現れた目は……
「リコと〜」
大河は一つ大きな勘違いをしていた。
逆行したが故に、起きる事柄は前と同じと思い込んでしまうのは仕方ない。
しかし、今回に限っては『未亜がいない』ということを考慮に入れていない。
それは奇しくも食堂で自分が口に出した可能性。
そもそもダイスで組み合わせを決める時点で状況は変わる可能性のほうが高いということに気付くべきである。
「ベリオ、出番よん♪」
「はい」
「……………………へ?」
ベリオの緊張した返事と、大河の間抜けな声が闘技場の風に流れた。
(これは願ってもないチャンスね……)
リリィは眼前で繰り広げられているリコとベリオの戦いを観戦しつつ歓喜していた。
気に入らない男性救世主候補―――――大河を公然と叩きのめす機会。
認定試験をクリアしたということは少なくとも弱いということはないだろうが、主席の自分に勝てるほどではあるはずがない。
彼女はそんなことを思いつつ横目で大河を睨む。
大河は、ガックリした様子で何事かをブツブツと呟いていた。
(ふふ、どうやら力の差を認識しているようね……ま、相手の力量を見抜くことも実戦では大切な要素。
再起不能にしてあげようかと思っていたけど、それに免じて全治一ヶ月くらいで許してあげるわ)
実際は言っているリリィ自身が大河の力量を見抜けていない。
ついでに言うと、大河は力量差にガックリしているのではなく、予想外の事態にガックリしているだけ。
まあ、大河への印象が若干とはいえ良くなったのだから双方にとって幸せな勘違いだといえよう。
(負けない……私は、救世主になるのだから)
赤き少女は緊張と覚悟をその瞳にたたえていた。
(うわ、予想通りやる気満々って顔してるよあいつ……)
気合を不必要なほどみなぎらせているリリィを見ながら大河はため息をついた。
正直なところ、リリィに勝つのはそれほど難しいことではない。
前の現時点の自分なら無理だっただろうが、今の自分ならば召喚器、経験の両方で負けることはない。
何よりも相手の戦術が事前に判明している上に、相手はこちらの手札をほとんど知らない。
しかし
(あんまり手札を晒したくないんだよなぁ……特にトレイターの変形は)
味方である以上、リリィ達に見せるのは良い。
だが、この戦闘はダリアが見ている以上、内容はダウニーに伝わるだろう。
いずれダウニーと戦うことになる以上、それは望ましくない。
「さて、どうしたもんかね……」
悩む大河。
しかし時は無情なもので、眼前の戦いは終わりを告げる。
大方の予想通りベリオの勝利であった。
「じゃあ今日の二組目にして〜、メインイベントの当真大河くんとリリィ・シアフィールドちゃんの試験を行いま〜す♪」
「うわ、今はそのお気楽なテンションがすっげーむかつく」
「いいからいいから、二人とも前へ前へ〜♪」
追い立てられるように戦いの場に押し出される大河。
目の前のリリィはもとより、リコとベリオも真剣な表情で今から起こる戦いを見逃すまいとしていた。
お気楽な表情のダリアも、目だけは笑っていないのが今の大河にはよくわかった。
(うげ……やりにくいことこの上ないな。前の俺ならここでカッコイイとこ見せてやるぜ! とか思ったんだろうが……)
残念ながら、観客が観客なのでそんなことを思う余裕はない。
しかも目の前の対戦相手は手抜きができる相手ではないのだ。
確かに勝つことは可能だが、かといってそれは簡単なことではないのはわかりきっているのだから。
「用意はいい? では、試合……始めぇん!」
「ブレイズノン!」
先手必勝とばかりにリリィの炎魔法が繰り出される。
手のひらから生み出された小さな炎は大河に近づくと同時に爆発。
が、大河はそれを予想通りとばかりにかわし、接近戦を狙う。
「はぁっ!」
しかし、リリィは放電魔法を素早く繰り出し、大河の接近を許さない。
結果、距離をとらざるをえない大河をリリィのブレイズノンの連打が襲う!
「うげげげげっ!?」
ドォンドォンドォンドォン!
爆炎の嵐が闘技場に巻き起こる。
しかし、大河はそのこどごとくを情けない声と共にかわし続ける。
「ふふふふ……召喚器は出さないのかしら? 逃げ回ってばかりじゃどうしようもないわよ!?」
自分の攻撃をかわし続ける大河に苛立ちを募らせながらもなんとか冷静さを保ち、大河を観察するリリィ。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。
リリィはすでに昨日の戦いの詳細を聞いている。
当真大河の召喚器は斧。
故に一撃の威力はあれど自分の魔法をかわせるほどの素早い動き―――――召喚器の支援はあれど、は無理なはず。
そう考えていたのだが、大河は召喚器を出さずに逃げ回るだけだった。
(……ふん、意外に頭を使うじゃない。魔法使いには接近戦が有効、しかし自身の武器は重量のある斧。
故に召喚器は接近を果たすまでは温存ってわけか。けど……私相手にその考えは甘すぎるっ!)
ニヤリと獰猛に笑いながら雷魔法ヴォルテクスの詠唱を開始するリリィ。
元々は対空魔法なのだが、横方向に打ち出すことも可能な魔法。
ブレイズノンよりも着弾スピードが速いが故にこれで大河をしとめようと考えたのだ。
「ヴォルテクス! ―――――なっ!?」
だが、次の瞬間リリィの表情が驚愕に染まる。
なんと大河は魔法が繰り出される瞬間、バックステップで距離をとり、ヴォルテクスの射程範囲外に出たのだ。
当然、放たれた雷は大河の数歩前で着弾。
大河は依然無傷だった。
「そんな馬鹿な……」
リリィに焦りが生まれた。
自分が魔法使いだということは大河は知っていただろう。
だが、講義中に寝てばっかりだった彼が魔法の効果範囲を見切るなどありえない。
偶然で片付けるには済まないその光景は、その場にいる全ての者の大河への認識を変えるには十分なものだった。
まあ、大河からすればカンニングともいえる知識があるからこその芸当なのだが。
「トレイター!」
大河は焦燥の浮かぶリリィを見ると、意外にも距離がまだあるにも関わらず召喚器を召喚した。
形態はやはり斧。
大河は大きくそれを振りかぶり―――――地面に叩き降ろした!
ズドォォォォォン!!
轟音と共に巻き起こる多量の砂煙。
それは闘技場の一部、すなわち大河とリリィのいる場所を包み、ダリア達から二人の姿を覆い隠した。
(目くらまし! これが狙いだったの!? けど……)
砂煙で覆われた視界の中、リリィはそれでもかろうじて冷静な思考を取り戻す。
自分と大河の距離を考えれば大河の到達までにかかる時間は五秒以上。
ならば、と近接用の氷魔法アークディルの詠唱を開始する。
影が見えた瞬間に魔法を繰り出しても十分間に合うはず、それがリリィの結論だった。
このあたりの冷静かつ素早い思考は流石にクラス主席といったところだが―――――大河はそれを上回っていた。
むにゅっ♪
次の瞬間、背後から胸をつかまれる感触がリリィの脳に伝わった。
詠唱を中断し、『ギギギ』と擬音を立てながら振り向くとそこには何故か何かを納得したかのような大河の顔。
そして、砂煙が晴れた。
「やはり、未亜以下―――――」
「死ねぇぇぇぇぇっ!!!」
何が未亜以下なのかは全くの謎だったが、正気に戻ったリリィの極大ブレイズノンが炸裂。
大河は、宙を舞った。
仮のあとがき
私には珍しく真面目に戦闘シーン、最後にオチが待ち受けていましたが(w
正史とは異なるリリィ戦、魔法効果は説明書を参考にしつつちょっと弄ってます
次回は大河が砂煙の中、何をやったのかが判明(笑