ベリオ・トロープから見た当真大河という人物は『不思議な人』の一言に尽きた。



 最初に出会ったときは、救世主候補らしからぬ能天気なお調子者の男の子だと思った。

 けれど、妹に優しい良いお兄さんだと思った。

 そして、それが自分の兄と重なって悲しかった。



 二度目の出会いは朝のお祈りの帰り道。

 彼は、大切な人を守れないのは嫌だと言った。

 その言葉を発した時の彼の瞳が何故か気になった。



 三度目は教室。

 彼はあのリコの無表情を崩し、リリィを前にしても動じなかった。

 彼は不思議な人物だと思う。

 争いのない、平和な世界からやってきたという史上初の男性救世主候補。

 私は、彼に少しだけ興味を持った。




















Destiny Savior

chapter 12   Lunch





















 (本当に不思議な人……)



 ベリオの視線は目の前でランチを口にかきこむ大河に向けられていた。

 隣には自身の体積をも上回る量のランチを平然と食べ続けながらも対面の大河を気にしているリコ。

 自分の食欲がなくなるのを自覚しつつベリオは先程の大河を案内していたときの一幕を思い出していた。



 『その方が俺が嬉しいから……それに、もう後悔したくないしな』



 大事な人一人と見ず知らずの囚人千人、どちらかしか救えない状態ならどちらを救うのかという意地悪な問い。

 自分にその問いをかけた彼は迷わず大事な人と回答を示し、何故と問う自分にそう答えを返した。

 救世主とは万人を救う者、と考えている自分にとってその答えはとても許容できるはずのものではなかった。

 だが、否定の言葉は出せなかった。

 それは、大河の言葉を一瞬でも正しいと思ってしまったからなのか。

 それとも、自分の考えに疑念を持ってしまったからなのか。

 スプーンを持つ手を止めてベリオは悩んでいた。



 「……んぐ? どうしたんだ委員長。俺をじっと見つめて?」

 「…………え?」

 「もしかして俺に惚れたか? だとしたら大歓迎だぞ。部屋の鍵はつけてないからいつでも夜這いしに来て―――――ぐあっ!?」



 ニヤニヤと笑っていた大河の顔が突然引きつる。

 どうしたのかとベリオが目を落としてみると、リコが大河の腕を抓っていた。



 「……食事中は、静かに」

 「だっ、だからって抓ることはないんじゃないかと……イエ、スミマセン」



 絶対零度も真っ青な視線で睨んでくるリコにあっさり白旗をあげる大河。

 そんな光景を見て、ベリオはふっと心が軽くなるのを感じた。



 「ふふっ……」

 「む、何故笑う」

 「いえ、珍しいものが見れたな、と思いまして」



 ね? と意味ありげな視線を向けるベリオから視線をそらすリコ。

 頬が微かに染まっているのは羞恥のせいだろう。

 どういった意味でのものなのかはリコ本人のみが知るところではあるが。



 「しかし……よく食べるんですね」

 「ん、まあな。午後からは試験だろ? 腹が減っては戦はできぬっていうしな」

 「けど、食べすぎでは思ったように動けませんよ?」

 「ちゃんと調整して食ってるから問題ないって。大体そんなこといったらリコはどうなるんだよ」

 「あ、あはは……」



 チラリ、と横を見るベリオ。

 リコはようやく食べるのを終了した様子だったが積み重ねられた皿の数は数えるのも馬鹿らしいほどになっていた。















 「ま、それはそれとして…………リリィと当たる可能性もあるんだよなぁ、午後の試験」

 「あら、私やリコなら組み易しと?」

 「いや、そういうわけじゃないんだが……さっきがさっきだからな。容赦なさそうだし、アイツ」

 「リリィは人一倍救世主にこだわりを持っていますからね……」



 複雑そうに表情を曇らせるベリオを見つつ大河は心の中で同意をした。

 救世主候補の中でリリィはリコを例外とすれば唯一破滅の恐怖を身に染み込ませている。

 それ故に破滅に対抗する存在である救世主に大きな執着心を見せているのだ。



 (意地っ張りだからなぁ、アイツは)



 リリィが『仲間』になるまでにかかった時間と過程を思い出して苦笑する大河。

 今回も第一印象は良く受け取られなかったようなので今後苦労することは間違いない。

 が、リリィの力は今後の戦いを勝ち抜くためにも絶対に必要であり、大河自身も彼女との掛け合いがないと調子が出ない。

 本音をいえば彼女と話すのはまだ気まずいのだが、贅沢は言っていられないのである。



 「といってもどう接したもんかね……」

 「ふふ、随分リリィにご執心なんですね? ひょっとして一目惚れですか?」



 ぴくり、と金髪の少女がその言葉に反応する。

 大河はそれに気がつかずに笑った。



 「まさか。確かに美人だとは思うけど、俺はそんなに惚れっぽくはないぞ」

 「あら、そうなんですか?」

 「ああ、可愛い娘に声をかけるくらいはするけどな」

 「好きな人とか、いないんですか?」

 「ベリオが好きだ」

 「じゃあ、好みのタイプは?」

 「……あっさりと流したなおい……って委員長、何故そんなことを聞くんだ? あんまりそういうことには興味なさそうなのに」

 「私も年頃の女の子ですからそういうことには興味はありますよ。それに、大河君には個人的にも興味がありますしね」



 意味深に見つめてくるベリオに内心ちょっとドキドキの大河。

 ベリオとしては自分の隣で僅かに緊張しているリコが半分、言葉通り興味本位が半分の問いなのだが。



 「で、どうなんですか?」

 「うーんそうだな…………顔?」

 「……ストレートですね」

 「全人類の正直な答えだと思うぞ」

 「もっと具体的にいうと?」

 「そうだな……髪は長いほうがいいかな。料理が巧くて、俺のことを良くわかってくれて、浮気に寛大で……」

 「注文が多いですね」

 「理想論だ理想論。こんな都合の良い女の子がいるなら今すぐプロポーズするって」



 苦笑する大河。

 本当はスタイルが良いという条件も付け加えたかったのが、リコがいるのでそれは言わない。

 デリカシーがないと未亜に散々言われてきた大河だが、こういうときは気遣いができるのである。



 「ふーん、お兄ちゃんってそういう女の人が好みだったんだ……」

 「ん? その声は、未亜―――――かっ!?」



 そんな彼の背後からどこか嬉しそうな声が響いた。

 聞き覚えのあるその声に大河は振り向き―――――そして固まった。



 「どうしたのお兄ちゃん、変な声だして」

 「お、お前その格好……」

 「えへへ、似合う?」



 くるりとその場で一回転する未亜。

 青いロングスカートがふわりと浮き上がり白いヘッドドレスから伸びる長い黒髪がなびく。

 そう、未亜はメイドの格好をしていた。



 「グッジョブ! ……じゃなくて! なんだお前その格好は!?」

 「何って、メイドさん。お兄ちゃんこういうの好きでしょ?」

 「ああ、大好きだ! ……じゃなくて! なんでそんな格好をしてるんだと聞いているんだよ」

 「私、メイド科に入ることになったの」

 「メイド科!? そんなのあったのか!?」

 「ありますよ。学園には対になるバトラー(執事)科もありますし」

 「な、なんと……お、恐るべしフローリア学園……」



 ベリオの言葉に何故かがっくりする大河。

 まあ、その心中は

 なんで俺は前回気が付かなかったんだ!? とか

 リコにメイド服着せたら似合いそうだよな、「マスター」じゃなくて「ご主人様」って言ってもらったり! とか

 いやいや、リリィに着せるのもミスマッチで意外といいかも……とか

 ロクでもない思考で占められていたのだが。



 「学園長さんに勧めてもらったの。お兄ちゃんに養われているだけじゃあなんか嫌だったし……

  それにこの科ならお料理とか元の世界に帰ったときにも役立ちそうなことも教えてもらえるし」



 ニコニコと満面の笑みで大河に報告をする未亜。

 先程の大河の好みが自分に一致していたのでご機嫌なのである。

 大河からすれば「お前は嫉妬バリバリじゃねえか」と言いたいところだがそれは言わぬが花である。



 「ああ、未亜が残ったのはこれが理由だったってわけか……しかし学園長がねえ……」



 ちなみに、学園長ことミュリエルが未亜をメイド科に入れた理由はもちろん善意からのものではない。

 未亜が救世主候補である可能性も残っているので目の届く所に置いておきたかったのが実情である。

 といっても戦闘に関わる科に入れたのでは大河の心象が悪くなるだろうということでメイド科ということになったのだ。















 結果、大河の心象は悪くなるどころかプラスになりまくったのだがそれをミュリエルは知る由もない。
















仮のあとがき

未亜、メイド修行開始。
もう完全に原作とはかけ離れた展開になりつつあります。
そういえばリコの台詞が一回しかない……
次回、試験