歴史に『IF』はない。

 よく言われることである。

 だが、もしも、もしもの話。

 もしも大河があの最後の戦いで勝利をおさめて未亜と共にアヴァターを去ることになっていたのなら。

 彼はきっと一人の女の子のことを心の影に残したまま去ることになっていただろう。



 そう、「また会える」という約束を交わさず、振り向かずに逃げてしまった―――――女の子のことを。





















Destiny Savior

chapter 11   Reunion(Z)




















 「アンタが初の男性救世主候補?」

 「へ?」



 思わず、大河はマヌケ声をあげてしまう。

 あの後、何故か足早に教室へ入ってしまったリコ。

 疑問符を浮かべながらもそれに続くようにベリオに導かれて教室に入り、

 前と同じく他学科の生徒の注目を集めたのも束の間、大河の視界にそんな声と共に影がよぎった。



 「ふうん、本当にこんなのが召喚器を手に入れたっていうの? アヴァターも随分とお優しいこと」

 「リ、リリィ!?」



 嘲るような口調で大河を挑発的に睨みつける影―――――女の子だ、をベリオが慌てたように嗜める。

 少女はきりっとした表情でそれを意に介さず大河を睨みつづける。

 赤っぽい髪をポニーテールにして紫色のローブを制服の上に羽織っている、大河にとっては見覚えのありすぎる女の子。

 リリィ・シアフィールド。



 「……リリィ」



 挑発的な視線が懐かしかった。

 強気で勝気な態度がどこか嬉しかった。



 『また、会えるよね!?』



 たった一言。

 「ああ」と答えることが出来なかった呼びかけを思い出す。

 未亜に、ベリオに、リコに会ったのに彼女のことは無意識に考えないようにしていた。

 自分の欲望のままに傷つけて、汚して、そして振り返らなくて、それでも仲間だった女の子のことを。



 「なによ、なんか言いなさいよ」



 黙りこくっている大河に調子が狂ったのだろうか、眉間にしわを寄せて怪訝な表情になるリリィ。

 ベリオも大河がムキになって反応すると思っていたのか意外そうな視線を大河に向けていた。



 「ふん…………ねえアンタさあ、ちょっとここで召喚器を呼んでみせてくれない?」

 「リリィ! 無闇に召喚器を召喚することは禁じられています」

 「別にいいじゃないの、ここで決闘しようって訳じゃなんだから。ただ、ちょっと男なんかを主人に選んだ出来そこないの

  召喚器を見てみたかっただけよ」



 なおも挑発を続けるリリィ。

 が、大河はすでにこのやり取りを一度経験しているし、トレイターが真の救世主の召喚器だと知っているので動じることはない。

 それにリリィにまた会えた嬉しさと複雑さもあり、反論するほど気が高ぶらないのだ。

 まあ、トレイターが休眠状態でなければ『誰が出来そこないの召喚器ですか!?』と怒ったかもしれないが。



 「どうしたの? 史上初の男性候補生くんは、呼び出した武器を暴走させてしまうほど情けない資質しかないのかしらぁ?」

 「リリィ、言いすぎよ! あなたの気持ちもわかるけど、彼は正式に試験をクリアした立派な救世主候補なんだから」

 「立派な……ねぇ?」



 フン、と棘を隠さずに大河を一笑するリリィ。

 ベリオが大河寄りの発言をするのが気に食わないのだろう、視線は「アンタ眼鏡が壊れたの?」といっていた。

 だが



 すっ



 「……なんのつもりよ」

 「見てわかんないか? 握手だよ」

 「なっ……」



 手を差し出してきた大河には流石に意表をつかれたのかリリィの表情が驚きに染まる。

 ベリオも、固唾を飲んで事態を見守っていた生徒達も、そしてリコでさえも大河の行動が理解できなかったのか呆けた顔をしている。



 「それと俺の名前は当真大河だ」

 「知ってるわよ! それより、アンタどういうつもりよ!」

 「だから握手だって。それに名乗られたら名乗り返すのは礼儀じゃないか?」

 「―――――ッ!? 救世主候補生のリリィ・シアフィールドよっ!」

 「ああ、やっぱりか。だから握手」

 「アンタ、ふざけてるの!?」



 目尻を吊り上げて大河を睨みつけるリリィ。

 だが、大河はその視線を真っ向から受け止め、言った。



 「救世主候補ってことはこれから一緒に戦うことになる仲間ってことだろ? なら親睦を深めようと思って何か問題あるか?」

 「問題も何も、私たちは救世主の座を争うライバルよ! そんな馴れ合いなんて―――――」

 「でも、お前が救世主になろうと俺が救世主になろうと仲間になることは変わらないだろ?

  ―――――救世主っていっても一人で戦うわけじゃねえんだし」

 「―――――ッッッ!」



 リリィの表情が驚愕に歪む。

 新たに選ばれたという救世主候補が気に入らなかった。

 争いのない、破滅のいない平和な世界から来たという、なんの決意も覚悟もなくへらへらとしているであろう救世主候補。

 だからこそ認められなかった。

 だからこそ突っかかっていった。

 なのに、なのに目の前の男は何故、こんなにも―――――



 「やあ、おはよう」



 沈黙の教室にダウニーの声が響く。

 はっ、となった生徒達は慌ててそれぞれの席についていく。

 リリィは差し出された大河の手を見つめ



 バサッ



 ローブを翻して離れていった。















 「それでは今日の授業はここまで。今日やった所について来週のこの時間に質問しますから各自復習を忘れないように」



 涼やかな笑みを浮かべて午前の授業の終わりを告げるダウニー。

 大河にとっては二度目の初授業。

 が、前の時間でもほとんど真面目に学問系の授業を受けていなかった大河にはやはり異次元の授業だった。



 「大河君、初めての授業はいかがでしたか?」

 「正直サッパリだな、魔法なんて俺たちの世界じゃあ御伽話だったし……」

 「でしょうね、でもすぐに慣れるわ」

 「いや、慣れなかったぞ」

 「は?」

 「いやいや、なんでもない。ま、できる限りは頑張るさ」



 苦笑を浮かべる大河。

 前では、魔法関係はともかく戦術系や戦闘系の学問カリキュラムも寝てばっかりだった。

 だが、これからの戦いが力任せなだけでは越えられないことは自覚している。

 だから実戦系の授業以外もちゃんと真面目に受けよう、そう誓う大河なのだった。



 (……自信はないけどな)



 この誓いがどこまで続くかはまさに神のみぞ知るといったところではあるが。



 「あ、そういえば……」

 「ん?」

 「リリィのこと、誤解しないであげてくださいね」



 リリィが座っていた席を見るベリオ。

 そこにはすでに姿はなく、彼女はちょうど教室を出て行くところだった。

 おそらくは図書館に行って勉強するのだろう、と大河は予測した。

 出て行く瞬間、眼があって睨みつけられたのには苦笑をもらすしかなかったが。

 少し、そんな彼女の姿に胸が痛む大河。



 「ごめんなさい。普段からちょっとエキセントリックな子ではあるんだけど……」

 「いや、別に気にしてないさ」

 「それにしても、こうまで人を攻撃する子じゃなかったんですけど……」

 「……人は、己の価値観の中で、判断できなくなる事態が起こると、それを、排除、しようとするものです……」

 「リコ?」

 「ま、そーだろうな。いきなり救世主候補に男が加わってそいつがへらへらしてるんだ。気に入らなくて当然だろうよ」

 「……大河君」

 「大丈夫だって。少なくともこっちから揉め事を起こすようなことはしない。

  ま、あんな美人とお近づきになれなかったのは残念だったけどな」

 「クスクス、リリィが聞いたら顔を真っ赤にして照れちゃいますよ? あの娘、ああ見えて純情だから」



 大河の軽口にのって笑顔になるベリオ。

 どうやら大河に対する警戒心はほぼ取り払われた様子。

 しかし、その横では大河もベリオも気がつかなかったが、リコが大河の台詞を聞いて彼を軽く睨みつけていた。



 (……え、なんで、私……?)



 自分でもわからない自分の行動に戸惑うリコ。

 ちくん、と彼女の胸が痛んだ。



 「……失礼」



 わけもわからず、ただこの場を離れたいという衝動に駆られたリコは踵を返してその場を去っていく。

 ベリオはそんなリコの様子に何か違和感を感じ



 「なあなあリコ、俺たちが出会えたのも運命だから今度デートしようぜ!」



 大河の台詞にこけるのだった。

 なお、その瞬間にリコが心臓の鼓動を跳ね上がらせ、頬を可愛らしく染めた場面は複数の生徒に目撃された。

 この出来事によってリコのファンクラブができたり、大河が『あのリコ・リスの頬を染めさせた男』として有名になるのは数日後のこと。



 (大河君……私にはわからないわ、あなたという存在が)















 神に仕える少女に、また一つ悩みが増えるのだった。
















仮のあとがき

大河、リリィとのファーストコンタクト。
大河は親しもうとしてますが罪悪感バリバリだし、リリィは戸惑いでイラついてます。
次回、驚愕の展開が!(ぇ

各ヒロインの現在の大河への好感度を高い順にドン。
未亜(お兄ちゃんラブ) リコ(何故か気になる) ベリオ(思ったより良い人ね) リリィ(なんなのよアイツ!)