学園長室に入った大河は若干気分を楽にした。
室内にはミュリエルの他にダリアがいたからである。
一教師(ということになっている)であるダリアがいる以上、突っ込んだことは聞いてこないだろうと予測をつけたのだ。
「その、それでわたしたちに何か……?」
不安と期待を入り混じらせた未亜の問い掛け。
問題が発生したのか、それとも元の世界に帰れる方法が見つかったのか、その両方を考えてしまったからである。
しかし、ミュリエルはそんな未亜を無視するかのように大河を視線で射抜き、そして口を開いた。
「単刀直入に聞きます―――――当真大河、貴方は敵ですか? 味方ですか?」
Destiny Savior
chapter 10 Reunion(Y)
「は……?」
瞬間、大河は何を言われたのか理解できなかった。
昨日見せたあの力はなんだ、とか貴方は何者ですか、とかならばわかる。
しかしそれらを一足飛びにして『貴方は敵ですか味方ですか』ときたら反応のしようもない。
「いや、敵味方って言われても……そもそもそれを決めるのはあんたらでしょうが、俺らを呼んだのはそっちなんだし」
「そ、そうですよ! まさかお兄ちゃんを疑っているんですか!?」
困惑した表情で大河が、怒りを交えた表情で未亜がミュリエルを問いただす。
しかし、ミュリエルはあくまで無表情を顔に貼り付けたままその問いを肯定した。
「疑っている……といえば正直、その通りです。男性初の救世主候補であり、
しかもその力量は現在救世主候補トップのリリィすら凌ぐほどのもの。これを疑うなというほうが無理な相談でしょう?」
「お褒めの言葉どーも。だとしても、だ……なんでそこで敵味方の話になるんだ? 普通は喜ぶところだろうが」
「ええ、別段貴方に邪悪な気配も感じません。文句のつけようがない期待の救世主候補ですね」
「なら……なんでですか?」
険悪な表情を隠そうともせずに未亜が詰め寄る。
疑いをかけられている大河本人よりも怒っているあたり、流石はブラコン妹といったところか。
大河はそんな未亜の姿を複雑な感情で見ていたのだが。
「残念ですが、それを答えることはできません。それで、貴方は敵ですか? 味方ですか?」
お前は怪しい、だけど怪しいと思わなければならない理由は話さない。
けれどお前は本当のことを喋れ。
ミュリエルの傍若無人ともいえる問い掛けに大河は怒らなかった。
いや、正確にはミュリエルの事情を知っているため怒る必要がないというところか。
「もちろん、どっちかって言われれば味方に決まってるさ。昨日あったばっかだけどセルもベリオもリコもいい奴だったしな。
まあ、約一名例外もいるけど」
ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべて答える大河。
言うまでもなく例外とはダウニーのことである。
ダリアとミュリエルにはわからなかったようだが、意味が通じた未亜は苦笑をもらした。
「……わかりました、その言、信じましょう」
数秒の間の後、ミュリエルはどこかほっとしたように頷いた。
お? と大河は思った。
思ったより追求がない、というかあっさり信じてくれた様子に拍子抜けしたのだ。
まあ、表情を見る限りまだどこか含むものがあるようだが。
「手数をかけました。ダリア先生、彼を教室に案内してあげてください」
「は〜い、了解しましたぁ」
「あの、私は……?」
「未亜さんは申し訳ないですが残ってもらえますか? 話がありますので」
「俺が聞いちゃあまずい話なのか? そうでないなら同席したいんだが」
「そういう話ではありませんが…………安心してください、未亜さんをどうこうしようという気はありません」
「当たり前だ。未亜になんかしたら女だろうがただじゃおかねえ」
追求の間はなんの反応も見せなかった大河の怒気にミュリエルとダリアは微かな驚きを、そしては未亜は喜色を表情に浮かべた。
馬鹿兄貴っぷりの発揮である。
「まあいい。未亜、なんかされたら俺に言えよ?」
「あのね〜、学園長先生がそんなことするはずないでしょ?」
「俺、さっきまで疑われていたんだが」
「あ、あはは〜、気にしない気にしな〜い。さ、行きましょ行きましょ♪」
「うお、腕を引っ張るな! い、いや、やっぱり引っ張ってくれ。むう、この欧米人も真っ青な感触がたまらん……!」
「お兄ちゃんっ!」
「しっつれいしました〜」
大河の腕を胸に抱いたまま立ち去って行くダリア。
部屋に残されたのは、緩みまくった表情を見せる兄に怒りを抱く妹とそれを見て苦笑する学園長だった。
「大河くん、さっきのことは許してね〜? 学園長も色々事情があるのよ〜」
「ああ、別に気にしてねえよ。これも英雄として生まれついた宿命だと思っとくさ」
「そういってもらえると嬉しいわ〜ん。よっ、男前!」
手を叩きながらほめてくるダリアに満更もない表情をする大河。
お世辞だとわかりきっていてもやはり女性にちやほやされるのは嬉しい。
しかも、手を叩く反動でダリアの胸が凄い勢いで揺れているので目の保養もバッチリである。
「んで、俺への疑いは晴れたのか?」
「ん〜、そうねぇ。学園長がどう思っているかはわからないけど、あたし個人としては大河くんのことは信用してるわよん?」
「ほほう、そのココロは?」
「ほら、学園長に敵か味方かって聞かれた時、あなたは呆けた表情をしたでしょ?
もしもあなたが敵に類する人物ならあんな反応はしないから。ま、演技って可能性もないわけじゃないんだけど〜」
「なるほど……っていうかそれを俺の前で言うか普通」
「ふふん、まあそれを別にしても大丈夫だと判断したのよ。あたしも伊達にこんな仕事をしてないってことよ〜?」
ニッコリ、と笑ってくるその表情に嘘は見えない。
(でも、心の中では色々考えてるんだろうなぁ、なんせスパイだし……)
既にダリアの素性を知っている大河だからこそこう思える。
というか事情を知っていても彼は未だに目の前の巨乳教師がスパイという事実を信じきれていないのだが。
なんともアホらしい腹の探り合いだといえよう。
「あら、ダリア先生に大河君?」
教室まであと僅かというところで二人に声をかけてきたのはベリオだった。
大河の名前を呼ぶときに溜めがないところを見ると、前回より印象は良くなっているらしい。
「どうしたんですか? 確か一時間目はダウニー先生の授業だったのでは?」
「んふふ、あたしは大河くんの案内よ。まあ、貴女もいるんだしここまででいいわよね大河くん?」
「うっす、あんがとさん」
「大河くん、ダリア先生とはいえ一応先生なんだからその言葉遣いは……」
「い、いいのよ別に、それじゃあね〜ん」
ベリオの言葉に顔を引きつらせながら立ち去って行くダリア。
ベリオは気がついていないようだが、ベリオのほうが余程先生を敬っていないような気がする……と大河は思った。
「委員長、相変わらずだな……」
「え?」
「いや、なんでもない……人間、正直すぎるのもどうかと思うけどな」
「???」
自覚がないとは恐ろしいことである。
「ここが午前の講義が行なわれる教室よ」
「学問系の授業は他の学科のやつらも一緒なんだよな、確か」
「あの……」
「はい、ですから私たちは常に規範となるように振舞わなければなりません。私たちは全校生徒の注目を―――――」
「…………せん」
「おい、委員長」
「大河君、人の話は最後まで聞くものですよ?」
「いや、そこどいたほうがいいぞ。リコが通れん」
「え?」
何時の間にかベリオと大河の間に小柄な少女―――――リコの姿があった。
慌ててベリオはその場を離れたが、リコは何故か教室に入らずその場に立ったまま大河を見ていた。
「どうした?」
「……なぜ?」
「?」
「……なぜ……わかったのですか……?」
不思議そうな、それでいて何かを期待するかのような瞳が大河を直視した。
付き合いの長いベリオですら気がつかなかった間で自分に何故気がつけたのか。
リコの瞳はそう言っていた。
「そう言われてもなぁ……目に付いたからわかったとしか言いようが……ほら、俺って可愛い娘は見逃さないし」
「え……」
前は未亜に言われるまで気がつかなかったことを綺麗にスルーしつつ呟く大河。
そんな大河の台詞にベリオが呆れた表情を作るよりも早く、リコが反応した。
うっすらとではあるが、頬を赤く染めたのだ。
(う、嘘……!? リコが、こんな反応をするなんて……!?)
眼鏡が外れそうなスピードでリコと大河の顔を往復するベリオの視線。
その頭の中はリコの意外なリアクションに対する驚愕に彩られていたりする。
一方、大河のほうも軽い驚きを覚えていた。
前の時間において、大河はリコをナンパするかのような言動を数回行なったことがある。
しかし、契約するまではその一切に反応がなく、全て不発だったのだ。
昨日のことといい、リコの様子に違和感を感じる大河。
(なんでだ……? ま、可愛いからいいけど♪)
のん気に考える大河。しかし、彼は忘れている―――――この後、再会することになる少女のことを。
仮のあとがき
なんかベリオの役回りがギャグになってる気がする……?
可愛いといわれて頬を染めるリコ……くぅっ、いいなぁ!(馬鹿)
さて、次回はついに原作で人気の高いあのヒロインの登場です