「……朝か」



 見覚えのある天井を見上げつつ、ベッドから身を起こす大河。

 右手を掲げ、トレイターを剣形態で召喚しようとするも何も起こらず。

 代わりに斧形態で召喚すると昨日と同じく斧が創造された。



 「夢じゃない、か……」



 ポツリ、と呟く大河の表情は苦さを浮かばせていた。





















Destiny Savior

chapter 9   Reunion(X)




















 ブンッ、ザンッ、ドシュッ、ドォォンッ!



 学園の北の端にある鬱蒼とした森で打撃や斬撃の音が鳴り響く。

 早朝故に人の気配はなく、様々な武器を振るう人影――――大河のみがその場に存在していた。



 「はっ! どりゃっ! せいっ!」



 折角早起きしたということで、今日行なわれるであろう試験の調整がてら汗を流す大河。

 当初は女の子の寝室に忍び込んで寝顔拝見! などと考えていたのだが、昨夜の夢が気になったのでその案は棄却。

 過去(未来)との身体の動きの違いを把握するためにもトレイターを振るっていたのだが……



 「ちっ、やはり身体の動きが鈍いな……リコと契約してないってこともあるだろうが……」



 ブン、と斧を振り回しつつ呟く大河。

 召喚器にはその武器自体の威力の他に、担い手の能力を上げるという機能が備わっている。

 ライテウスは魔法力を、ユーフォニアは神聖なる力を、といった具合にメインに上がる能力は召喚器ごとに違う。

 つまり、召喚器は担い手の力を最大限に発揮させることができる武器というわけである。

 トレイターも斧形態なら腕力が、ランス形態なら突進力が、といった具合にそれらの武器を扱うに見合った身体能力がメインに上がる。

 だが、大河はリリィやベリオと違い『担い手』ではない。

 魔法使いでもなく、神官でも剣士でもない、元は争いごとのない世界でケンカを好んで嗜む程度の高校生。

 召喚器なしならば剣の腕はセルに劣るし、ランスの腕なら王都の兵士に劣る。

 それを補っているのが召喚器の力であり、トレイターの多様性なのだ。

 無論、普段の訓練や実戦も重要なファクターなので、アヴァターに来た当時の身体が鈍っているのは当然なのだが。



 「やっぱ使いやすさだと斧、ランス、手甲ってとこか……」



 が、多様性がトレイターの強みとはいえ、多くの形態を使うことにあまり意味はない。

 知っている相手の不意をついたりするのには有効だろうが、使いやすさや慣れの問題がある。

 故に、前において大河は形態を絞って扱っていたのである。



 が、ここで問題が発生する。

 元々前衛型の大河は形態も基本的に前衛向きの物をチョイスしていた。

 オールマイティーに使える剣。

 体術を主とする超接近戦の相手用に手甲(ナックル)。

 硬い敵や動きの鈍い敵用に威力のある斧。

 ある程度距離のある敵への攻撃用にランス(突撃槍)。

 広範囲殲滅用に爆弾、といった具合である。

 しかし、この中からしばらくの間剣を外さなければならない。

 すなわち、基本となる形態がなくなってしまったのである。

 それ故に大河は悩んだ。

 どんな局面にも使える剣がないとなると、多様性でカバーするという結論しか浮かばなかったのである。



 「とはいえ、使いやすさとかも考えないといけないしなぁ……」



 いくつかの案はある。

 が、それらをいきなり実践投入するほど大河も愚かではない。



 「特訓するっきゃないか……はぁ、楽じゃないな」

 「あら、大河君?」



 と、愚痴を呟く大河の元に一人の少女が現れた。

 眼鏡と神官服の巨乳美人―――――ベリオである。



 「え? あ、委員長じゃないか、どうしてこんなところに?」

 「私は朝のお祈りで……ここは礼拝堂の裏手ですしね。大河君こそどうして?」

 「ああ、なるほど。委員長は神職だもんな…………俺は見ての通りだ」



 よっ、と斧を肩に背負いポーズをとる大河。



 「へえ、意外ですね……」

 「おい、俺が訓練してたらそんなに意外か?」

 「ええ、とてもそんな風には見えませんでしたし」

 「犯すぞこのアマ……」

 「ふふ、冗談ですよ。けど、心がけは立派です。救世主候補は常に己を鍛えてこそ、ですから」

 「まあ、訓練を怠って肝心な時に大切な人を守れないってのは嫌だしな……」



 小さな声で言った大河のその言葉が聞こえたのか、ベリオは大河を感心した眼で見つめた。



 正直、目の前の少年を見誤っていたのかもしれない。

 昨日会った時の印象では、能天気のお調子者といった感じだったが……修正したほうがよさそうだ。

 彼も、救世主候補としての資格がある立派な人物だ。



 そんなことをベリオが思っているとは露知らず、大河はベリオが考え事をしているのを良いことに胸を凝視しまくっていた。

 昨日は全く見れなかっただけにその気合の入りようはただ事ではない。

 が、幸いにもベリオはそんな大河の様子を決意する少年の図として好意的に見ていた。

 ちゃんと視線に気をつけていればすぐに大河への評価をマイナスに戻したのだろうが。



 「ああ、そういえば……今日の午後はよろしくお願いしますね」

 「流石にいい乳…………え、ああ、試験のことか?」

 「はい、誰かから聞いていたのですか?」

 「え、あ、ああ。セルからな」

 「…………セルビウム君からですか」



 セルの名前が出たと同時にベリオの雰囲気が変わった。

 禍々しい空気を纏って俯き、何事かをブツブツ呟き始める。

 大河がよく耳を澄まして聞いてみると『神罰』だの『威力が足りなかった』だの物騒な言葉が吐かれていた。

 何のことかはよくわからなかったが、恐怖から数歩後退してしまう大河。



 「ど、どうしたんだ委員長?」

 「やはり磔…………え、いや、なんでもありませんよ?」



 ニッコリ、と大河の追求を断ずる笑顔を浮かべるベリオ。

 何故か大河の背中に冷や汗が浮かぶ。

 今のことに触れてはいけない、そう本能が警告を発した。



 「こほん……けどこの調子だと貴方も手強そうですね、私も気を引き締めていかないと」

 「げ、俺初心者なんだから委員長と当たったら手加減してくれよ」

 「ゴーレムを一撃で破壊しておいてどの口がそんなことを言うんですか」



 くすくす、と呆れたように、それでいて油断なく自分を見つめるベリオを嬉しそうに見返す大河。

 未亜やセルもそうだったが、相手がこっちを覚えていないとはいえ、こうして笑顔で接してもらえるのはやはり良い。

 特に、ベリオの場合は最初の頃とても好意的だったとは言えない態度だったので嬉しさもひとしおである。



 「ま、フェミニストの俺としては女の子と戦うのは遺憾だが、手加減はしないぜ?」

 「ええ、もちろんです」















 時間がきたので部屋へ戻る道を歩く二人。

 と、そんな二人の前に何かを探しているかのような未亜の姿が目に映った。



 「おーい、未亜。何してるんだ?」

 「あ、お兄ちゃん…………と、ベリオさん!?」

 「何驚いてるんだ?」

 「だ、だって……その」



 チラリ、と不安そうな視線をベリオに送る未亜。

 ベリオは女の勘で、大河は経験でその視線の意味を察した。

 未亜は、二人に何があったのか気になっているのだ、と。



 「ふふふ……朝のお祈りの時に訓練をしている大河君に会ったんですよ」

 「ええっ!? お兄ちゃんが早朝から訓練!?」

 「未亜、お前もか……」



 驚きながらもどこかほっとした様子を見せる未亜。

 ベリオは微笑ましそうに、大河はへこみながらも複雑そうな表情でそれを見る。



 「そうだ、お兄ちゃんを探していたんだった」

 「俺を?」

 「うん、さっきダリア先生に言われて……学園長さんの部屋に私と一緒に行ってくれって」



 げ、と大河は思った。

 前の時にはなかった展開である。

 おそらくは昨日のことで疑惑を抱き、その疑惑を問いただそうといったところだろう。

 誤魔化しが通用する相手とは思えないのでどうしたものかと焦る大河。



 「どうしたの?」

 「い、いやなんでもない……じゃあ委員長、また後で」

 「はい、また後で」



 微笑みながら立ち去って行くベリオを見つめながら脂汗をたらたらと流す大河。

 そんな兄を未亜は不思議そうな表情で見つめるのだった。















 正念場、その一の到来であった。
















仮のあとがき

トレイターへのうんちく
絵がなくて文章だけな以上、こういうとこで解説みたいなものをいれとかないといけません
実際、ド素人の大河くんがモンスターやベリオ達に勝てたのはこういう理由かな、と
こういう付加能力がないと対人戦は説明つきませんしね