(……な、何、この沈黙は?)
額に一雫の汗を流す未亜。
目の前では兄と一人の少女が見つめ合っていた。
普段ならばここで少女に対して嫉妬し、大河の腕でも抓るところである。
だが、二人の間に甘い空気が漂っている様子がないため反応に困ってしまったのだ。
「あの―――――」
「貴方は、誰ですか?」
意を決した未亜の言葉は少女―――――リコの質問に遮られた。
Destiny Savior
chapter 6 Reunion(U)
大河は混乱していた。
前では出会うのは明日だったために不意打ちとなってしまったリコの登場。
しかもこの時点では人に関わろうとしていなかったはずの彼女が話し掛けてきたのだから。
余談ではあるが、驚愕を顔に出さなかったのは奇跡に近いと後に彼は自画自賛する。
「…………君、は?」
「リコ・リスです」
質問に対し質問を返した大河を気にすることなく名乗るリコ。
端的に要点のみを小さな声で話すその口調は紛れもなく『契約』前の彼女のもの。
しかし、じっと見つめてくる瞳には強い意志が感じられ、そんな彼女にどこか違和感を感じる大河。
が、相手が名乗ったのに自分が名乗らないのは礼儀に反すると思い、疑問を振り払う。
「俺は当真大河。新しい救世主候補だ」
「妹の未亜です」
大河が「実は俺、少女体型も好きなんだ」とでも言いつつリコをナンパするかと身構えていた未亜は
普通に返事をする大河をまるで珍獣を発見したかのような表情で見ていた。
幸いにも大河はそんな失礼なことを考えている妹の視線に気がつかなかったが。
「それで、何か用か?」
「貴方は、誰ですか?」
「いや、今名乗ったばかりなんだけど」
「そういう……意味ではありません」
じっ、と探るような視線を大河に浴びせるリコ。
その視線には不安や疑問―――――そして困惑が浮かんでいた。
まるで何故自分がそんな質問をしたのか自分自身でもわかっていないかのように。
が、大河が口を開く前に足音が三人の耳に届く。
「おーい大河、寮長を連れてきたぜー」
「私に御用ですか…………ってあら、リコ?」
「……失礼。変な質問をしてすみませんでした」
セルが眼鏡をかけた少女を連れて戻ってきたのを見やるとおじぎをしてその場を立ち去ろうとするリコ。
大河はそんな彼女の肩を咄嗟に掴む。
当然、振り返ったリコは不思議そうな表情で大河を見つめた。
「……何か?」
「あ、いや、その…………」
「……?」
『マスター、お元気で。今度出会う時は―――――平和な時代で』
一瞬、立ち去ろうとするリコにあの時の光景がフィードバックした。
そんなことを言えるはずもない大河は口篭もってしまい、その場にいる皆から奇異の目を向けられる。
「お兄ちゃん?」
「いや、なんでもない…………悪い」
「……では」
謝る大河を表面上は気にした様子もなく再び背を向けるリコ。
が、大河はそんな彼女を大声で呼び止めた。
「なあ!」
「…………」
「よろしくな」
「……はい」
リコは微かな、本当に微かな微笑を一瞬だけ浮かべて返事を返し、今度こそ立ち去っていく。
後に残ったのは満足そうに笑みを浮かべる大河とハテナ顔の未亜たちだった。
話し掛けるつもりなどなかった。
なのに彼の―――――当真大河の姿が目に映った瞬間、口が勝手に開いていた。
困惑が思考を支配する。
何故、話し掛けてしまったのか。
何故、彼の言葉を聞くたびに心がはずむのか。
何故、彼に掴まれた肩が暖かいのか。
何故、彼はあんなにも優しい目で自分を見るのか。
「私を見るあの人の目……どうして?」
一人廊下を歩くリコの呟きに答えを返す者はいなかった。
「リコが笑うところ、初めて見ました……」
「そ、そうなんですか?」
「彼女は人見知りするっていうか……いつも寡黙な上に無表情だからな。大河、お前何気にすげえな」
「ふっ、女の子を笑わせる達人と呼んでくれ」
「お兄ちゃんはどっちかっていうと笑われる達人だと思う」
「ところで君は?」
未亜のツッコミを爽快にスルーしつつ眼鏡の少女―――――ベリオに視線を向ける大河。
彼女もやはり変化はなく、出会った当初のように堅物な雰囲気でこちらを見つめていた。
『あなたの後は……追わせないから』
最後の最後で自分を追って、助けて、励ましてくれた女性。
大河の脳裏に去来する彼女の笑顔が目の前の笑顔と重なった。
「私はベリオ・トロープです。救世主クラスの委員長とこの寮の寮長を兼務させてもらっています。
当真大河さんと当真未亜さん…………ですね?」
「え、どうして私たちの名前を……?」
「ふふっ、大河さんは有名ですから。なにせ初の男性救世主候補ですよ? 今学園はその噂で持ちきりです。
なんでも『一撃ではぐれゴーレムを倒した新入生』だって」
「ゲゲッ、大河それってマジか!?」
「マジだ。っていうかお前俺が救世主候補だって信じてなかったろ」
「あ、あはははっ。い、いやだなぁ〜、そんなわけないじゃないか」
「棒読みだぞコラ」
「くすくす……未亜さんについてはここに来るまでの間セルビウム君に耳にタコができるくらい聞かされましたしね」
「うわあっ! それはオフレコだって言ったじゃないかベリオさん〜!」
慌ててベリオの口を塞ごうとするセルを苦笑しながら見る未亜と大河。
と、未亜が何かに気がついたかのように大河に向き直り、じと目になる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだよ」
「何か悪いものでも食べたの?」
「なんでだ」
「だってさっきのリコさんといい、トロープさんといい…………お兄ちゃんがナンパしないなんて」
「未亜、お前俺のことを何だと思っているんだ」
「軽薄で能天気でえっちでいつも問題ばかりおこしてるけど未亜には優しいお兄ちゃん♪」
「…………喜ぶべきか、兄の威厳を教えてやるべきか…………」
「くすくす、仲が良いのですね」
掛け合いをする当真兄妹を楽しそうに、それでいてどこか寂しそうに見ながら呟くベリオ。
大河はそんな彼女の様子に気がついたものの、言及することはなかった。
「おお、懐かしき我が部屋よ」
「何言ってるんだ?」
「気にするな、ちょっと後悔してるだけだ」
「そりゃまあこの部屋じゃあなぁ……」
大河とセルは女子寮棟の最上階にあるペントハウス(ベリオ談)にやってきて掃除をしていた。
まあ、平たく言うと屋根裏部屋なのだが。
前と違い、大河のみが救世主候補と知れ渡っていたため救世主用の部屋をゲットするはずだった大河。
今回は豪華な部屋で暮らせるぜ! と意気揚々としていたのだが…………
しかし、そうなると未亜はどこに住むのかという議題があがる。
学園側は兄妹なんだから一緒に住めば……と思っていたようだがこれにベリオ&セルが猛反対。
けれども空いている部屋はない。
そこで大河は涙を飲んで未亜に部屋を譲り、過去と同じく屋根裏のボロ部屋に住むことになったのである。
ちなみに大河は気がつかなかったが、後にカエデが来る以上救世主用の部屋は空いているはずである。
まあ、風紀に厳しいベリオがそのことを伏せたのだが。
なお、余談ではあるがダリアは当真兄妹が血が繋がっていないことを誰にも喋っていない。
どうやらそっちのほうが面白いと判断した模様。
「救世主って色々つらいんだなぁ…………」
「はっはっは、その代わりリターンもでかいんだから気にするなって」
「うう、そ、そうだな。セル、お前ってやっぱ良い奴だな…………わかりやすいけど」
「うっさいわ…………って、やっぱ?」
「気にするな。ま、改めてよろしくなセル」
「よろしくな、お兄さん」
「…………」
「あれ、その呼び方はやめろって言わないのか? そうか、俺と未亜さんの仲を認めてくれたってこと―――――ぶぎゃ」
「やかましい、まだ認めとらんわい…………けど、そうだな。お前なら…………」
「お前ならっ!?」
「…………まあ、努力次第だな」
「はっ! ガンバルでありますっ! いやあ、意外に話がわかるじゃんか大河」
「親友だからな」
「おう、そうだな! きっと俺たちは親友になれる!」
「ああ…………そうだな!」
セルの言葉に一抹の寂しさを覚えながらも、同時に嬉しさを覚える大河。
こうして、二度目の親友との絆が結ばれるのだった。
なお、下の女の子の部屋から聞こえてきた大河に関する会話でセルが絶交宣言するのは数分後のことである。
仮のあとがき
素晴らしく話が進まない(汗
さて、リコの言動は一体……?
何気に大河がセルを認めるような発言を。これはセル×未亜の伏線か!?