「当真、大河…………」



 盛り上がりを見せる闘技場の客席で、ただ一人冷静に大河を見つめる少女。

 彼女はまるで見入られたかのように大河から目を離さなかった。



 「私は……あの人を知っている?」



 自分に問い掛けるように呟く。

 少女は彼の姿を見ると胸がずきんと痛んだ。

 けれど、同時に鼓動が高鳴った。

 少女はわからなかった。

 何故自分にそんな異常が発生したのか。

 何故彼から目が離せないのか。



 「どうして……」



 呟きは喧騒の中に消えた。




















Destiny Savior

chapter 5   Reunion(T)





















 「おめでとうございます。無事に帯剣の儀を終えられましたことをお喜び申し上げます」



 熱狂の中、闘技場を後にした大河と未亜の前に一人の男が現れた。

 男の名はダウニー・リード。

 フローリア学園の教師にして破滅の軍団のスパイ。

 更には破滅の軍団の主幹という正に全ての黒幕とも言える存在である。



 「……あんたは?」



 知らず知らずのうちにいつでも斬りかかれる体勢をとってしまう大河。

 目も剣呑なものをおびて正に一瞬即発の状態。



 「私はこの学園の教養学科の教師をしております、ダウニーと申します。以後、お見知りおきを」

 「…………」

 「…………私になにか?」

 「いや、ちょっとあんたが俺の大嫌いな奴に似てたもんでね」

 「ほう、それは真に遺憾ですね。救世主候補の第一印象が悪いものになってしまうとは…………

  ちなみに、その方はどんな人なのですか?」

 「すました面しておきながら裏ではこそこそと動き回ってた小物だよ。ぶっとばしてやったけどな」

 「ふむ、しかし私はその人ではありませんので重ねて見るのはやめてもらいたいですね」

 「ああ、悪かったな」

 「お、お兄ちゃん…………!」



 全然悪びれた様子のない兄を慌てて諌める未亜。

 が、大河はダウニーを睨むのをやめなかった。

 ダウニーの方は何を考えているのかすました顔を大河に向け続けている。

 空気が、重くなる。



 「……ふむ、どうやら私は嫌われてしまったようですね。本来なら私が今からここを案内する予定だったのですが

  やめておいたほうが無難のようですね」

 「ああ、悪いがそうしてくれ」

 「お兄ちゃん! す、すみません…………」

 「いえいえ、人間誰でも好き嫌いがあるものです。ですが貴方は人々の模範となるべき救世主候補です。

  私が教師である以上は今後私を敬ってそれなりの態度をとって頂きたい」

 「努力はしますよ、ダウニー先生」

 「よろしい。まあ、自由に散策してもらって構いませんが日が沈むまでには寮に来てください。

  そこらへんの人に聞けば場所はわかるでしょう」

 「あ、は、はい」

 「では、失敬」



 笑みを顔に貼り付けたまま優雅にターンして立ち去っていくダウニー。

 大河はその後姿を舌を出して見送るのだった。















 「もう! お兄ちゃんったら何考えてるの!?」

 「何が?」

 「さっきのこと! これからお世話になる先生に向かってあんな態度をとって…………」



 見慣れた学園内を退屈そうに歩く大河に怒った表情で問い掛ける未亜。

 よほど先程の空気の重さがきつかったのだろう、彼女は少し涙目になっていた。



 「気にすんな」

 「気にするよ! あんなに敵意剥き出しにして…………成績に響いてもしらないんだから」

 「けっ、根に持つなら勝手に持てばいいんだよ。そんなケツの穴の小さい教師なんてこっちからお断りだ」

 「もう、お兄ちゃんってば……」



 諦めた表情で先に進んでいく兄を追いかける未亜。

 と、二人が正門の辺りに差し掛かった時、地響きが聞こえだす。

 見てみると、正門の向こうから人影が走ってくるのを確認できた。



 「……セル」

 「え、お兄ちゃん何か言った?」

 「いや、なんでもない。それよりアイツ、大丈夫なのか?」



 視線の先では勢いよく閉じられた門に挟まった一人の少年が蠢いていた。

 どうやら先程の人影はこの少年らしい。

 少年はなんとか門から抜け出すと、こちらに気がついたらしく、近寄ってくる。

 そして、二人の目の前で立ち止まると未亜の手を取り愛の言葉を囁き始めた。



 「え、あの? あの?」

 「俺の名前はセルビウム・ボルト! この学園の傭兵科に通ってるッス!

  可愛らしいお嬢さん、よろしければ俺とこれからデートでも―――――ぶぎゃっ!!」

 「兄の前で妹を口説くなボケ」



 前と同じく、未亜を口説き始めたセルに拳骨を落とす大河。

 未亜への想いが深い分、威力は前の五割増であった。



 「い、痛いッス…………」

 「悪いな、突然人の妹を口説くような奴に容赦するなっていうのが家訓なんだ」

 「もう、お兄ちゃんったら…………あの、大丈夫ですか?」

 「は、はい! 大丈夫ッス! よ、よろしければお名前とか教えていただけないでしょーかっ!」



 未亜に声をかけてもらうと現金にも笑顔で復活するセル。

 未亜は「なんかお兄ちゃんに似てるなぁ」と前回と同じことを思いつつ名前を名乗る。

 大河は、彼を殴った右手を見つめていた。



 (また、コイツとこうして会える日が来るとはな……)



 未亜と嬉しそうに話すセルを見ながら複雑な想いにひたる大河。

 右手にはまだ彼を斬った時の感触が残っていた。

 それは同時に未亜を斬った時の感触でもあった。

 自分が殺した人間が二人、生きて目の前で会話をしている。

 胸が痛む光景だった。



 と、一通り話が終わったのかセルがこちらを向く。

 大河の手に、汗がにじんだ。



 「お兄さん!」

 「誰がお兄さんだ」

 「あはは、お兄さんがまさか救世主候補だったとは知らずとんだご無礼を。俺の名前は―――――」

 「セルビウム・ボルトだろ? 傭兵科の。俺は当真大河だ、聞いたとは思うが未亜の兄だ」

 「おっ、さっきのを覚えててくれたんスか? いやー、光栄だなぁ。あ、俺のことはセルでいいっスよ」

 「……インパクトがあったからな。あと、敬語はいい。どうせ歳は同じくらいだろ?」

 「そうか? じゃあ遠慮なく。ま、よろしくな、大河」



 手を差し伸べてくるセル。

 一瞬その手を取るべきか躊躇した大河だったが、未亜の不思議そうな視線もあり、握手を果たす。

 彼の手はゴツゴツしていたが、暖かかった。



 最後に握った彼の手は冷たかったことを思い出す。

 未亜への想い故に破滅の軍団に身を寄せ、最後までそれを貫いた男。

 未亜を結局助けることが出来なかった大河には彼が眩しかった。

 そう、もう一度友人になれることが罪に思えてくるほどに。



 「どうした、大河?」

 「あ、ああ…………いや、何でもない。ちょっと疲れてるのかもな」

 「え、そうなの? なら寮に行って休んだほうがいいんじゃ……でも、場所がわからないし、どうしよう?」

 「そういうことなら俺に任せときな! 俺も寮住まいだからバッチリ案内してやるよ」

 「それじゃあ、お願いしてもいいですか?」

 「まっかせといてください!」



 意気揚々と歩き出すセル。

 そんな彼を見て大河は思う。

 今度は、あんな結末にはさせないと。



 「行こう、未亜」

 「あ、待ってよお兄ちゃん」



 急に真剣な表情になった兄を不思議に思いつつも未亜は彼の後をついていくのだった。

 なお、途中にセルが前と同じく幻影石の話を振ってきて二人が未亜に説教を喰らうことになったのは余談である。















 「ここが寮だ」

 「わあ……なんかヨーロッパのお屋敷みたい」

 「へへっ、いいだろ? こういうところはウチの学園、ケチってないんだよな」

 「んで、俺たちはどこに行けばいいんだ?」

 「ん? 救世主クラスの部屋がある棟に行けばいいんじゃないか?」

 「いいんじゃないかって言われてもな……寮長とかいないのか?」

 「寮長? ああ、そういえばベリオさんがいたな。よし、呼んで来てやるよ」



 言うが早いか駆け出すセル。

 未亜はそんな彼を「いい人だね」と見送っていたのだが大河にはそれが未亜へのアピールだとバレバレだったりする。



 「あ、そういえば私はどうすればいいのかな?」

 「ん、どういうことだ?」

 「だって私は救世主候補じゃなかったわけだし……お兄ちゃんは救世主になるつもりだからまだ帰る気はないんでしょ?」



 不安そうな瞳で大河を見つめる未亜。

 前は未亜も召喚器を呼んで、救世主候補となっていたのだが今回はそうなっていない。

 故に、彼女の扱いがどうなるかは大河にも実はわかっていなかったりする。



 「ま、大丈夫だろ。救世主候補とやらは相当優遇された身分のようだし、一人くらい養わせるだけの力はあるだろうさ」

 「お兄ちゃん……」

 「ばーか、そんな目で見るなって。いつも俺の方が迷惑かけてるんだからこんな時くらい俺を頼れ」

 「……くすっ、ありがと」



 ほのぼのと和む兄妹。

 と、大河は背後に誰かがやってくる気配を感じる。

 ベリオが来たか? と振り向き―――――そして、驚いた。

 何故ならそこにいたのは



 「…………ぁ」















 背の低い金髪ツインテールの―――――リコ・リスという名の少女だったのだから。
















仮のあとがき

冒頭の少女が誰なのかはバレバレでしょうね(笑
サブタイトルの日本語訳は『再会』。まだ再会は続きます。
大河の名前を呟いた三人目の人物はまだ秘密だったり。