ミュリエル・シアフィールド。
世間では救世主候補の一人、リリィ・シアフィールドの義母にしてフローリア学園の学園長の肩書きで知られる女性である。
彼女が実は千年前のメサイアパーティーの一人であることを知っている者は皆無。
普段の印象を彼女を知る者に聞けば、百人中九十九人は「鉄面皮でいつもクールな人」だと答えるだろう。
だが現在、彼女は珍しいことに困惑の表情を見せている。
原因は眼下でゴーレムを目の前にしてぼーっと突っ立っている少年、当真大河の存在だった。
Destiny Savior
chapter 4 Blow
彼は妹である当真未亜と共にダリアに連れられて学園長室へとやってきた。
救世主候補が二人、しかも片方は男ということに驚き、おそらく男の方は何かの手違いだろうと思った。
しかも彼らは正規の召喚手続きを行わずにやって来たという。
とりあえず状況と事情を説明をしてみたものの本命である未亜はただ困惑するばかり。
大河の方は話を聞かずに上の空でぼーっとしていた。
まあ、こちらは元々何かの間違いだろうからどうでも良い。
そして話は進んだが、未亜の態度は救世主候補を承諾するようには見えなかった。
故に、仕方なく送還方法を考えようとしたその時。
大河が「俺が救世主になるっ!!」と申し出たのである。
男の救世主など前例もなく、彼が救世主の証たる召喚器を呼び出せる可能性は限りなく低いと思われた。
しかし、彼が意欲的だという事実は妹である未亜を引き込むことができるかもしれない材料になりえる。
大河はともかく、未亜が召喚器を呼び出せる可能性は高いのだから。
それ故に自分は彼が救世主試験を受けることを許可した。
そこまで事態の経緯を思い出していたミュリエルだが、しかし唯一気になっていたことがあった。
それは大河の瞳だ。
今までの救世主候補は程度の差こそあれども救世主になる決意をした際に不安な感情を瞳に映していた。
世界を救うため、自分を変えるため、功名を得るため、英雄願望のため、と動機は様々。
だが、死と隣り合わせのこの役割を不安なく受け入れた者は千年前に遡ってみても記憶にない。
しかし、大河の瞳には―――
(不安がなかった……)
そう、彼の少年の瞳には一点の曇りすら見えなかったのだ。
彼の動機を推察するならば、ほぼ間違いなくそれは英雄願望だろう。
彼らのいた場所は平和で、戦いとは無縁な世界だったという。
ならば動機はこれ以外ありえない(まあ、前回の大河は彼女の予想を遥かに凌ぐ「この世界の俺好みの女の子を我が手に!」という動機だったのだが)
しかし、ミュリエルの勘はそれは間違いだと告げていた。
何故ならばあの瞳は既に「越えている」人間のものだったから。
自分の、ロベリアの、アルストロメリアの、ルビナスの持っていたそれと同じものだったから。
(彼は、一体……?)
困惑は深まるばかりだった。
だが、何故か不安は起きなかった。
代わりに湧き上がってくるのは安心感。
かつての救世主にして赤の書の―――オルタラの主であったルビナスのそれをも凌ぐ存在感。
ミュリエルは漠然と大河は試験を合格するだろうと思えていた。
普通に考えれば反対の結果になる確率の方が圧倒的に高いというのに、だ。
がしゃん
考え事をするミュリエルを他所に、モンスターを閉じ込めていた檻が開く。
そして拘束結界が解かれ、もぞりと今回の試験相手である破滅のモンスター『ゴーレム』が姿を現した。
「始まりますね……」
ごくり、と唾を飲み込みながらミュリエルに話し掛けるダリア。
彼女も何かを大河から感じとったのであろう、真剣な表情になっている。
ふと、ミュリエルは後ろを振り向いた。
そこに見えたのは不安な表情で兄の無事を祈る未亜。
そして、ダリアと同じく学園の教師を務めるダウニー・リードの不敵な笑みだった。
「お手並み拝見といきますか……」
そう呟きながら大河の姿を見る―――否、観察するような視線のダウニー。
ミュリエルはその視線に違和感を感じながらも試験のことが気になり前を向く。
刹那、彼女の目に映ったのは、ゴーレムが腕を振りかぶる姿だった。
(おー、人がいるいる。やっぱり前と同じだな)
一方、学園の重鎮らに注目されていることなど知るよしもない大河はのん気に闘技場に集まった観客達を眺めていた。
試験の説明を一通り受け―――知っていることなのでほとんど聞き流していたが、中央で佇む大河は正に威風堂々といった風情だ。
女の子の黄色い声援に手を振って応えつつ、前方の檻から出てくるゴーレムを見つめる様子は百戦錬磨の戦士のようですらある。
(さて、どーすっかね……)
人々の視線を一身に受ける中で、悩む。
悩みの内容は今後の身の振り方について。
大河は先程の学園長室での説明の時からずっとそのことばかりを考えていた。
しかし、今この時に至っても彼の思考はまとまっていない。
一人になる時間もなかったのだから仕方ないといえば仕方ないが、ゴーレムを目の前にして暢気なものだった。
(ま、夜に一人になったときにでもゆっくり考えるか……とりあえずここでは実力を隠しとく方が無難―――)
「お兄ちゃん!」
大河の思考を遮って未亜の悲鳴が響く。
気がつけばゴーレムは大河の眼前に迫っていた。
「げっ!!」
「オオオォン!!」
突然のピンチ襲来に大河は目を見開く。
だが、そんな敵の反応など一顧だにせず、少年の体を押しつぶさんとするゴーレムの両腕が一気に振り下ろされた。
ドォォォォン!!
「きゃあああ!!」
「うわぁぁぁぁっ!!」
「お、お兄ちゃーん!」
激しい破砕音に遅れて巻き上がる砂煙。
その破壊力を目の当たりにした観客や未亜の悲鳴が闘技場を包んだ。
自分が当たれば間違いなく即死、そんな攻撃が丸腰の少年を襲ったのだから無理もない。
だが―――
タンッ
人々の悲嘆を嘲笑うように砂煙から人影が飛び出た。
人影はそのままゴーレムの腕を足場に跳躍。
そして太陽を背に、彼は高々と両手を掲げて叫んだ。
戦いの始まりを告げる戦鼓のように。
「トレイター!」
人影―――大河はゴーレムを見据え、その巨体を屠るべく己の召喚器を呼ぶ。
形態は一番の破壊力を持つ、斧。
思い切り武器を振りかぶり、大河はゴーレム目掛けて己が両腕を振り下ろす!
「オオオオォォォォォッ!!」
ズガァァァン!!
静寂が闘技場を包んだ。
観客の目に映るのは粉々に砕け散ったゴーレムの残骸。
そして斧を持って佇む一人の少年。
すっ、と少年―――大河の右腕が掲げられる。
―――わぁぁぁぁぁぁぁっ!!
途端に歓声が大爆発した。
巨体を誇るゴーレムを一撃で砕いた力。
そして女性ばかりだった救世主候補の中に現れた男性の救世主。
その目の当たりにした純然たる事実に、男達は己の尊厳を取り戻し、女達は胸を熱くときめかせる。
(し、しまった……つい思い切りやってしまった。絶対学園長あたりに怪しまれたなこりゃ……)
周囲の熱狂を他所に、冷や汗をかきつつ顔を引きつらせて声援に応える大河。
その心の中は、表面とは裏腹に言い訳をどうするかという一点に集中していた。
それでも、好みの女性のいる方向へピンポイントな視線を向けることは忘れなかったが。
「お兄ちゃん、凄い凄い!」
兄の勇姿を潤んだ瞳と桜色に染まった頬で未亜は見つめていた。
ゴーレムの腕が振り下ろされた時は心臓が止まりかけていた少女も、無事を確認すれば現金なもの。
今では観客に混じり、恋する乙女として声援を送っていたりする。
「ほぇぇ〜、万馬券がきちゃいましたねぇ〜」
「え、ええ……」
目を丸くして驚くダリアになんとか返事を返すミュリエル。
ある種の予感はあったものの、いざ本当にそれが実現するとは思っても見なかったらしい。
流石の鉄面学園長も、驚きを隠せない様子だった。
「当真、大河……」
ミュリエルの震える唇が、彼の者の名を呟く。
後にこの偉大なる魔法使いにとっての希望となる名前は、こうして深くその心の中に刻み込まれるのだった。
だが彼女は知らない―――その時、自分と同じく彼の名前を呟いた二人の人物がいたことを。
仮のあとがき
最初に注意、ミュリエルのフラグはたっていませんから、残念!
年増はヒロインにならねえよ斬り!(w
ちなみにサブタイトルの日本語訳は『一撃』です。