現実とは何か?

 この抽象的な問いに万人共通の明確な答えなど存在しない。

 一人一人違った答えがあるのだから。

 そしておそらく、当真大河はこの問いに対して「夢ではないこと」と答えるだろう。

 では、大河が未亜を殺したのは夢だったか?

 答えはNO。

 では、現在彼の目の前で起きている出来事は夢か?

 答えは返せなかった。

 何故なら彼にはわからなかったから。

 自分の顔を覗き込むようにして心配そうな顔を向ける未亜の姿が現実なのか夢なのか―――




















Destiny Savior

chapter 3   Restart





















 「……未亜?」



 目に映る妹の姿に大河は思い切り間の抜けた声をあげた。

 声は出た、手足も動いた、体は無傷だった、握っていたはずのトレイターはない。

 右を見る―――石造りの壁が見えた。

 左を見る―――色気のある生足が見えた。

 そして視線を再び正面に戻すときょとんとした未亜の顔が見えた。

 どうやら妹に押し倒されるような体勢になっていることに、今更気がつく。



 五秒。

 十秒。

 二十秒。



 ひたすら静寂が続く。

 そして三十秒が経過、ここでようやく動きが起こった。

 大河が目を覚ましたことをようやく認識した未亜が、彼に抱きつこうと動いたのである。

 が、しかし。



 「未亜っ!?」

 「え―――きゃっ!?」



 がばっ!



 それよりも早く大河は体を起こして未亜に抱きついた。

 未亜が困惑する気配を読み取ることが出来たが、そんなことはおかまいなしに強く彼女を抱きしめ続ける。



 夢だと思った。

 何故なら、彼女は自分がこの手で殺したのだから。

 けれども、体全体から伝わってくるぬくもりが、柔らかさが、これは現実だと彼に教える。

 当真未亜がここに生きている、と。



 「お、お兄ちゃん?」

 「未亜、未亜だよな? 実は偽者だとか、誰かに取り付かれてるとか。

  あと望む世界を貴方の手で創りませんかとか言われて騙されたりしてないよな?」

 「う、うん。未亜は未亜だよ。なんか最後はよくわかんないけど」

 「あ……そ、そうだよな。うん、そんなこと、俺が一番わかっているってのに……

  あは……あはは……生きてる、未亜が生きてる……あっ! そうだ、傷は、傷はどうなったんだ!?」

 「へ? あ、あの、傷って……?」



 肩を掴んで自分を抱擁から引き離したと思ったら自分の胸をマジマジと見つめだした兄に未亜は困惑してしまう。

 自分の兄がスケベなのは誰よりもよく知っていたが、流石にこの奇行は理解範囲を超えていたのだ。

 だが次の瞬間、その両眼が驚愕に見開かれる。

 なんと大河が乙女の柔胸を「むにゅっ」と擬音が聞こえてきそうなくらいの勢いで掴んだのだ。



 「え、ええええええええ!?」

 「傷痕がない……血もついていない?」

 「ちょ、ちょっとお兄ちゃ―――やんっ」



 突然、想い人でもある兄に胸を掴まれた未亜は思わず黄色い悲鳴を上げる。

 どことなく顔が嬉しそうなのは決してダリアの気のせいではなかっただろう。

 兄妹のスキンシップという名のエロ光景が、途端にピンク色の空気となって空間を支配し始めていく。

 だが、この場にはもう一人。

 そんな二人を興味半分呆れ半分で見ている第三の人物がいるということを、当真兄妹は意識の外に飛ばしていた。



 「あ、あの〜お二人さん? 盛り上がってるトコ悪いんだけど〜」

 「ん?」

 「ほへ?」



 額にでっかい汗を一筋流しつつ二人に声をかけたのは、先程の生足の持ち主にして一連の流れをずっと見ていた一人の女性だった。

 彼女の名前はダリア。

 王立フローリア学園戦技科教師にして王室直属のスパイである。

 まあ、後者に関しては極一部の関係者のみが知っていることではあるが。

 ちなみに、大河の脳の人物データバンクでは一に巨乳、二に巨乳、三四が巨乳で五にスパイ、こんな感じで認識されている。

 これは当真大河という男の人間性が実によく表れている認識だといえよう。



 (……ってあれ? なんでダリア先生がここにいるんだ? っていうかここはどこだ? 神の座……じゃないな。

  つーかここってなんか見覚えがあるよーな……?)



 かけられた声に振り向いた大河は、目に映る意外な人物に思考を混乱させる。

 けれども掴んだ未亜のおっぱいはしっかりと掴んで離さない。

 恐るべきエロ本能である。

 そもそもこの状況、傷の有無を調べるのに患部(この場合は左胸)を触る必要性があるのかと疑問が湧くところだ。

 きっと大河は深く考えずにこの行動に出たのだろうが。



 「え、えっと〜。あたし個人としては続きを見てみたい気もするんだけど、やっぱり兄妹でっていうのはいけないと思うわよ?」



 言葉の割には興味津々の表情で注意を促すダリア。

 と、未亜はその言葉に反応したのか顔を真っ赤に染めて反論する。



 「ち、違いますっ! それに……わたしとお兄ちゃんは血は繋がっていませんっ!」

 「あらん、そうだったの?」



 びっくりだわ〜、とのほほんとした返事を返すダリアを睨みつける未亜。

 よほど気が動転しているのか、とんでもないことを暴露していることに気がついていない様子。



 一方、大河はそんなやりとりを繰り広げる二人を他所に周囲をキョロキョロと見回していた。

 顔はおちゃらけた状況と違って真剣そのものだ。

 見渡す限りの石の壁と、周囲を囲むように規則正しく並べられた松明。

 足元に描かれているのは複雑な紋様の魔法陣。

 それは、大河の記憶では破滅に破壊されて廃墟同然にされたはずの場所だった。



 「馬鹿な……ここは、この場所は……!」

 「って一人でシリアスやってないでいい加減に手を離してよぉ、お兄ちゃんのバカ〜!!」



 バキィッ!



 「ぐはぁっ!?」

 「あらん、良いビンタねぇ♪ 流石は救世主候補!」



 手の中のおっぱいを掴むを通り越して揉み始めていた大河に繰り出されるビンタ一閃。

 哀れ張り倒されたエロ兄は直前のシリアスが嘘のように頭から床に叩きつけられてしまう。

 よほど恥ずかしかったのだろう、その様子を据わった瞳で見下ろす未亜は顔中が真っ赤であった。

 実のところ、心中では「もう、こんなところで……二人っきりなら構わないのに」などと不穏なことを考えてはいたのだが。

 やはりこの二人、血は繋がっていないといっても紛れもなく兄妹である。















 「ようこそ救世主(メサイア)♪ 根の世界アヴァターへ」

 「え?」



 起き上がったところで聞こえたのは未亜に向けられた歓迎の台詞。

 そして、その台詞に大河は遂に確信した。

 この場所、状況、間違いない、これは―――



 (俺は時間を……逆行したっていうのか!? ハ、ハハ……ファンタジーもここまで行くと極め付きだな)



 思わず目眩がおきそうになってしまう大河。

 それはそうだろう。

 剣と魔法の世界に突然連れて来られて救世主になり、怪物や敵の将、そして友人と殺し合い。

 そして最後には、大切な存在を失いながら倒したはずのラスボスによる自爆に世界ごと巻き込まれて死亡。

 かと思ったら次の瞬間にはそれが全てなかったことになっている。

 これで平常心でいろというほうが無理な話だ。

 しかし、残念ながら大河のライトノベルと漫画で鍛えられた脳はこの異常事態を受け入れてしまっていた。

 むしろ魔法や神様がありなんだから時間を逆行するくらい今更だよなーとすら思い始める始末である。



 (みんな……)



 しかし、だからといって大河はお気楽でばかりもいられなかった。

 リコとイムニティは死に、仲間達は生死不明。

 そして、未亜は―――目の前でぽかんとしている未亜は、自分がこの手で殺したのだ。

 いくらそれらの事実がこの世界ではチャラになったといえども、心の傷がなくなるわけではないのだから。



 「……ついてきて。こちらの事情を歩きながらかいつまんで話してあげる」

 「あ、はい。ほらお兄ちゃん、いつまでもぼーっとしてないで行こう?」



 手を引っ張られる感触に大ハッと気がつく。

 どうやら回想の間にダリアの簡単な説明が終わったらしい。

 まだ考えることは多く残っていたのだが、未亜に手を引かれたまま大河は歩き出した。



 なお、道中ダリアのリビテーションでアヴァターを空から一覧するという前にも起こったイベントが起き。

 そのドサクサで本当に未亜に傷がないのか確認しようとした大河が再びビンタを喰らったのは余談である。















 こうして、結末は世界のみが知る戦いが―――当真大河の二度目の戦いの幕が上がった。
















仮のあとがき

てなわけで逆行です。
前回までのシリアスなノリとうって変わってコメディな今回、やっぱDSはこうでないと(w
そして未亜がちょっと暴走、この調子で未亜のイメージを良くしていきたいと思います。
…………それでもメインヒロインにはならないだろうけど(オイ