―――キィィィン



 大河の心臓に向かって放たれた光の矢。

 しかしその命を絶つ一撃は、甲高い音をたてて消滅する。

 矢を防いだのは大河の前方に展開された光の障壁。

 矢を放った者はそれを見て怪訝な表情を見せた。

 守られた者はそれを見て驚きの表情を見せた。



 「お前、どうして―――」

 「悪いけど、当真大河を殺させるわけにはいかないのよ。こんなのでも、一応私のマスターだから」



 守った者は―――不敵な表情を見せた。




















Destiny Savior

chapter 1   Master





















 『白の精よ、貴様道具の分際で我に歯向かうのか?』



 怪訝な表情は一瞬のこと。

 すぐさま醜悪な表情に戻った『神』は嘲るような口調で障壁を展開している白の書の精霊に問いかける。

 しかし、問われたイムニティはそれを鼻で笑うと詠唱を始めた。

 『神』の眉が苛立ちに歪む。



 『ふん―――死ね』



 端的に一言。

 その言葉を実現するべく豪雨のような光の矢がイムニティとその背後の大河を襲う。

 が、一瞬の差でイムニティの詠唱の方が早かった。

 二人の命を奪うべく襲い掛かる光の豪雨はこどごとく白の書の精霊が展開した光の障壁に防がれる。



 「当真大河」

 「な、なんだ?」

 「貴方は、アレを殺せる?」



 能面のような無表情で障壁を展開し続けるイムニティの問い。

 大河は一瞬彼女が何を言っているか理解できなかった。



 殺す?

 俺が?

 神を?

 ―――未亜を?



 「俺はっ……」

 「貴方が何を思っているかは大体わかるけど、アレは『神』よ。

  当真未亜はもう戻らない。選択肢は二つ、アレを殺すかアレに殺されるか」

 「けど、アレは未亜なんだぞ!? 例え神が乗り移っていようと、未亜なんだぞ!?」

 「貴方もわかっているはず―――アレは敵よ。さあ、決断しなさい当真大河」



 振り返らずに、真っ直ぐに眼前の『敵』を見つめるイムニティ。

 大河は彼女に怒鳴りかけようとして―――やめた。

 見てしまったのだ、彼女の口元から流れる血を。

 気付いてしまったのだ、己のマスターに元マスターを殺させる決断を迫っていることがどれほどつらいかを。



 それでも、大河は決断できない。















 ―――キィンキィンキィンキィン



 数十秒の膠着状態が続く。

 大河にとっては永遠よりも長い数十秒。

 『神』は薄ら笑いを浮かべ光の矢を放ち続け。

 イムニティは眉一つ動かさずそれを防ぎ続ける。



 動いたのは―――否、動かざるをえなかったのはイムニティだった。



 「イムニティ!?」

 「くっ……」



 ガクリ、と膝をつくイムニティ。

 大河は彼女に近づき、そして気がついた。

 その姿がうっすらと透け始めていることに。



 『どうやらもうページ切れのようだな、白の精よ』

 「ページ切れ……だと?」

 『そうだ。書の精の振るう力とはすなわち世界の奇蹟。だが、世界の奇蹟を何の代償もなく扱えるはずがなかろう?』

 「まさか……」

 『察しの通り、世界に支払う代償とは書の精自身のページ。つまり書の精の命とも言える。

  そこに伏している赤の精も、貴様の目の前にいる白の精も自身の寿命を生贄に力を振るっているのだ』

 「じゃあ……」

 『くくく……白の精は己の存在を賭して貴様を庇い続けているということだよ、当真大河』

 「なっ……おい、イムニティ!」

 「気にしないで。例え力を使い果たしても私は世界に還元されるだけ、死ぬわけじゃないわ」



 気丈に前方の存在を睨みつけ、イムニティは薄くなりかけた光の障壁を再び張りなおす。

 その瞳に迷いはない。

 だが、そんな彼女の行動を見逃せる大河でもない。



 「馬鹿野郎! そういう問題じゃねーだろうが!」

 「全く、本当に馬鹿なのね貴方は……」



 イムニティの肩を掴もうとする大河。

 だが、振り返った彼女の顔に勢いが止まる。

 何故なら彼女は―――微笑んでいたから。



 「あーあ、全くリコが羨ましいったらありゃしないわね。まあ、こんなマスター引き当てたんだから私が負けるのも当然か」

 「おい、イムニ―――っ!」



 名前を呼ぶために開きかけた大河の口をイムニティのそれが塞ぐ。

 そして、淡き燐光が大河を包む。

 それはまるで蛍の光のように儚く、綺麗で。



 「―――どう?」

 「え? って体の傷が……?」



 身体から痛みが、傷が、取り払われていく。

 そして、力がみなぎっていく。

 けれどもそれは、イムニティの残り少なかった命をまた削ったということ。

 それを証明するように、どさりと音を立ててイムニティは床に倒れこんだ。



 「ふふ、流石にもう限界か……」

 「イムニティ、お前……!」

 「馬鹿は私もだったってことか……後は頼むわよ」

 「なんで……なんで!」

 「さあね、ひょっとしたら……私もリコみたいに貴方に惚れたのかしら?」

 「イムニティ!」

 「世界の物理法則やルールを司る、それが白の精である私の象徴であり役目だったけど……心ってのもいいかも……ね」

 「駄目だ、イムニティ―――」

 「じゃあね。ふふ、最後になるけど……貴方は、今まで私が仕えたどの人間よりも……いえ、こう言うのが一番よね」















 「――――My master」















 バサッ



 最後の言葉と共に少女の体は歪み、縦に裂かれ、まるで本のページをちぎってばら撒いたかのように空中で四散していく。

 残ったのは床に舞い降りた一枚のページ。

 そのページは真っ白で―――それは大河の零した涙の雫を吸い込んだ。



 『ふん、愚かな……まあ良い、また作り直せばいいだけのこと』

 「―――んだと?」



 大河の声が震える。

 それはただ怒りのみを表現する音。

 ゆらり、とページを懐にしまいながら怒気に震える少年が立ち上がる。



 『何を怒る赤の主よ? 元々ソレはただの道具なのだ、道具が壊れたからなんだというのだ?

  また、作ればよいだけだろう?』

 「て……めえ!」

 『なんだ、情でも移ったか? ククク、安心しろ。貴様もすぐに後を追わせてやる』



 光の矢を引き絞る『神』

 だが、それが放たれるよりも先に大河が動いた。

 そしてトレイターを召喚するべく彼は手を掲げる。



 「トレイ―――」

 『遅い!』



 だが、それでもやはり矢が放たれる方が早かった。

 先程と同じように、矮小な命を刈り取らんと光の矢が無防備な大河へと殺到する。

 だが、その結果は『神』の予想したものとは違った。

 イムニティの力の残照が、彼女の『心』が、光の障壁が光の矢を打ち消したのだから。



 『なにっ!?』

 「―――ターぁぁぁぁぁっ!!!」



 大河の呼び声に応え、トレイターがその手に具現する。

 召喚器は担い手の想いを力とする武器。

 故に大河の振り上げた剣は絶大なる力を秘めていた。

 怒りが、悲しみが、無念が。

 それは正にイムニティへの想いが込められた一撃だった。

 『神』は光の矢が防がれたことが意外だったのか反応が遅れている。

 そのまま振り下ろせば間違いなく大河の勝利。

 トレイターは憎き敵を切り裂かんと輝きを発し。



 しかし―――



 「お兄ちゃん……」















 剣は、振り下ろされなかった。
















仮のあとがき

逆行はどーしたと思われたそこのあなた、気にするな!(ぇ
イムニティはメインヒロイン街道まっしぐら、本編ヒロインの威厳はどうした未亜!
え、んなもん最初からない? ごもっとも(笑