「これでっ……終わりだぁぁぁぁっ!!」



 ―――ザンッ!!



 裂帛の気合と共に放たれた斬撃が神を名乗る異形を貫く。

 地響きをたてながら崩れ落ちる異形の巨体。

 剣をつっかえ棒にして身体を支えつつ、荒く息を吐きながらそれを見届ける少年が一人。

 彼の名前は当真大河。

 異世界アヴァターに召喚されし救世主候補にして、救世主の資格を持つ『赤の主』である。




















Destiny Savior

chapter 0   Winner





















 「嘘……神を、倒した……?」

 「マスターっ!!」



 呆然と呟きながら大河を見つめる白の精イムニティ。

 そして彼に駆け寄る赤の精、リコ・リス。

 大河の後ろではもはや形を留めることすら困難になった異形がボロボロと体を崩していく。



 「はぁ……はぁ……か、勝った……のか?」

 「そうです! マスターの勝ちです!」



 歓喜の涙で顔をくしゃくしゃにしながら大河に抱きつくリコ。

 大河は痛みに顔をしかめつつもそれを受け止め、彼女の頭を撫でる。

 そしてその視線は崩れきった異形の体の中から現れた破滅の首領、ダウニーへと向けられる。

 ダウニーの体は生気を吸い取られ、まるでミイラのような風体だった。

 確認するまでもなく、絶命しているであろう。



 「馬鹿が……ま、本望だろうけどな」

 「マスター、お身体は大丈夫ですか?」

 「いや、全然大丈夫じゃない。もう全身痛みだらけだし筋肉痛もあるししばらく動けそうにないわ」

 「くすっ、膝枕でもしましょうか?」

 「ああ、是非頼む……っとその前に未亜を診てくれないか」



 少し離れた場所で横たわる最愛の少女に目を向ける。

 途中で神の意思を自分に移したものの、どんな後遺症があるかわからないのだ。

 そんな主の心配が伝わったのだろう、リコは苦笑しながら名残惜しげに少年の胸から離れ未亜の元へと向かう。

 す、と大河の頭上に影が降りる。

 それは傍へとやってきたイムニティのものだった。



 「どうした?」

 「別に……ただ、呆れてるだけよ、貴方の非常識さにね」

 「どうだ、惚れたか?」

 「馬鹿じゃないの?」

 「ちぇっ、残念」

 「ふふ、当真未亜に怒られてもしらないわよ?」



 くすくすと笑うイムニティ。

 元々容姿がそっくりなだけにその姿はリコとほとんど変わりない。

 もっとも、目を丸くしてそれを見つめる大河に憮然となる―――リコがやらない表情は珍しいものではあったが。



 「……何?」

 「いや、お前がそんな風に笑うのなんて初めて見たなって」

 「おかしい?」

 「いーや、全然。お前だって笑えば可愛いじゃん」

 「なっ……」



 イムニティはその不意打ちの言葉に頬に朱を散らす。

 素早く横を向いてその様子を見られまいとするが、大河はバッチリとその瞬間を目に焼き付けていた。



 「くっ、ははははっ……」

 「な、何がおかしい!?」

 「べ、別に……はははっ」



 真っ赤な顔で大河に迫るイムニティを横目に大河は扉の方を見た。

 ダウニーがこの場にやってきたということはリリィ達が敗北したことを意味するのだろうが、彼女達が死んだとは考えにくい。

 こりゃ全員で仲良く入院だな、と苦笑する。

 もっとも、一番重症なのは自分なのだろうが。



 「マスター、未亜さんは無事です。見た限り特に問題もないと思います」

 「そうか! ……良かった」



 リコの笑顔に胸を撫でおろす。

 これで未亜に何かあったのではこの勝利の意味など何もない。

 改めて勝利を噛み締める大河なのだった。















 「で、お前はこれからどうするんだ?」

 「貴方はどうして欲しいのかしら? 今の私のマスターは貴方なのよ」

 「は?」

 「だってそうでしょ? 当真未亜を倒し、そして神をも倒した貴方以外誰が私のマスターだというの?」



 先程とは違う、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて大河を見つめるイムニティ。

 だが、その瞳はどこか悲しみと不安に震えていた。



 「私を殺す? それとも貴方の奴隷にでもなればいいかしら?」

 「お前、何言ってるんだ?」

 「はぁ……ここまで来るともうどうしようもないわね。いい? 私は破滅の中枢部にいたのよ。

  しかも貴方は救世主になったとはいえ赤側の人間。敵を罰するのは当然でしょう?」

 「……」

 「それに神が滅びた今となっては私の存在意義はない。リコ・リスは人間達と生きていくでしょうけど私にそんなことができると思う?」

 「できるんじゃないのか?」

 「なっ!?」



 即答した大河にイムニティは唖然となる。

 どうやら彼女は未だに当真大河という存在を理解していなかったらしい。

 女の子―――それも、リコによく似た美少女を手放すような真似を、彼がするはずがないというのに。



 「俺たちさえ黙ってりゃ大丈夫だろ。そりゃリリィあたりは文句言うだろうけど」

 「そんなこと許されるわけないでしょ!? 私は多くの人を殺したのよ!? 当真未亜を貴方と戦わせたのよ!?」

 「バーカ、人なら俺だって殺してるよ。それにな、俺が許すんだから問題ないって」

 「問題大有りよ! 貴方何様のつもり!?」

 「アヴァターどころか全世界を救った救世主様のつもりだ」



 えへん、と胸を張りつつ大河はそう宣言した。

 ぽかんと口を開けてイムニティは文字通り世界一の大馬鹿者を凝視する。

 どうやら開いた口が塞がらない様子だった。



 「な……な……な……」

 「まあまあ、気にすんなって。あ、そうだ。お前も俺のハーレムに入るか? もちろん正妻は未亜だが」

 「……ぷっ……くっ」

 「?」

 「……くくっ……あっ、あははははっ!」



 突如大声で笑い出したイムニティはお腹を抱えながら、思う。

 こんなに笑ったのは何百年ぶりだろうか。

 いや、そもそも自分はこれほどまでに愉快な気持ちになったことはあるのだろうか?

 何百年、何千年と永劫に続いてきた救世主と破滅の戦い。

 その殺伐した争いの中に、白の書の精として身を投じさせられて永い時を越えてきた。

 自分を道具としてしか見なかった救世主がいた、友人として扱ってくれた救世主がいた、主として相応しくない救世主がいた。

 けれど目の前の男のような救世主はいなかった。

 ふと、リコ・リスが、未亜が、そして世界が当真大河を選んだ理由がわかった気がした。

 彼は―――















 ドシュッ



 「―――え?」















 イムニティの思考はそこで途切れた。

 耳に届いたのは光の矢がこちらに駆け寄ろうとしていたリコ・リスを刺し貫く音。

 続いて聞こえたのは体に風穴を開けた少女が倒れる音。

 そして大河が叫ぶ声。



 「リコぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 『ク、ハハハ……』



 リコの後ろよりゆらりと立ち上がる影。

 その影はリコを貫いたと思われる武器―――ジャスティを構えていた。

 当然、それができるのはこの場でたった一人、当真未亜しかいない。



 「未亜っ!?」

 「違う……! あれは当真未亜じゃない!」

 『その通りだ、白の精よ』



 ニヤリ、と醜悪な笑みを見せるその存在は確かに未亜ではなかった。

 それは長年彼女と共にいた大河が断言できる。

 では、アレは一体なんなのか。

 イムニティは大河のそんな疑問を読み取ったかのように言葉を紡いだ。

 彼にとって絶望の言葉を。



 「アレは……神よ。まさか当真未亜に乗り移るとは……」

 「なっ……!?」

 『幾ら我を降ろす資格を失ったとはいえ、この体は救世主候補。我の力を持ってすれば奪うことなど造作もない』

 「てめえっ……未亜から出て行きやがれ!」

 『貴様がいかんのだ当真大河、貴様が我を滅ぼそうなどと摂理に歯向かうようなことをするから。

  クハハ……傷ついた我の力とこの体では十分な力は出せんが、まあよい。この体の中で再び時を待ち、新たな救世主に我を降臨させるのみ……』

 「そんなこと、させるかよ! トレイ―――」



 ザシュッ!



 「ぐあっ!!」

 『ふ、そうはいかんよ』



 トレイターを召喚しようと叫びかけた大河の手が光の矢で貫かれる。

 油断なく未亜の姿をした神はジャスティを構える、狙いは大河の心臓。



 『当真大河よ、よくぞ我をここまで追い詰めた。だが、所詮は人の身。神には勝てない』

 「ぐぅ……畜生がっ!」

 『さらばだ』















 光の矢が、放たれた。
















仮のあとがき

未亜編までやった方じゃないと読んでもわかんないです。
なんか神様喋りまくり。もう悪人根性丸出しです、それでいいのか神様。
意外にイムニティが良い感じです。