王立フローリア学園にはいくつかの謎が存在している。

学園地下に存在する禁書庫をはじめとする遺跡群。

救世主クラスに在籍する少女の胃袋。

そして、夜な夜な徘徊するというゾンビが報告されている。










DUEL RIDER



6.首なし少女























何故戦うのか。

その問いを突きつけられたそれぞれは自らの内に漂う想いの欠片を手繰る。

翔矢は嘗て愛した紗代が愛した世界を守り、今愛する梓が生きる世界を守るために。

七海は自らの前に立ちはだかる悪意を、自らの力が続く限り打ち砕くために。

ミュリエルは突きつけられた真実に対抗するために。

そして、

「翔矢、七海、ミュリエル。私は、何より私のためにこの国を、この世界を留めたい。民を生かすことは私の生きがいでもあるのだ」

まだ少女と呼んで差し支えのない者がそう言葉にした。

「この場において私は確信した。皆、同志だ。真に世界を守りたい者だけがここにいる。だから、私はクレシーダ・バーンフリート王女としてではなく、ただのクレアとして皆と話し合いたい」

気高い少女は、ただの少女としてこの場に立つことを選択した。

それは、この場の全員の立場が同一線上になったことを意味する。そして、仲間となった彼らがすべきことは情報の共有と実質的共闘であった。それを分かったのか、誰もが頷いた。

このとき、この場に集った5人は真の意味で仲間となったと言えるだろう。

「では、ミュリエル。話してくれ」

クレアが破滅について最も詳しい立ち位置にいると確信しているミュリエルに情報の開示を要求する。

「わかりました」

ミュリエルは目を伏せ、ため息を吐いた。

「長く、面白くない話ですが。まず、私の嘗ての名から。殿下には分かるはずです。ミュリエル・アイスバーグと名乗っておりました。ここでは、1000年ほど前でしょうか」

「1000年前、アイスバーグか。まったく、想像していたとはいえ、とんでもない名前が出てくるものだ」

ミュリエルの言葉に納得と呆れの表情を浮かべるクレアとダリア。一方で、この件に関しては翔矢と七海は完全に蚊帳の外である。

「2人にも説明しておこう。ミュリエル・アイスバーグとは1000年前の破滅との戦いの中に存在した、メサイアパーティの1人だ。そして、目の前のこの者はその本人だといっているのだ」

「なるほど。正しく壁を越えない限り、正しく到達することは適わない、ということか」

このように断じた翔矢の推論は限りなく正しい。翔矢は自分の世界までやって来た存在を追いかけたのだから、正しく道が存在していたはずである。

「続けます。魔術師ミュリエル、勇者ルビナス、死霊術士ロベリア、王女アルストロメリア。私たちは数多の試練を越え、ついに導きの書を見つけたのです。しかし、そこで突きつけられた真実は酷なものでした。力に傾倒する白の理と、感情などを根源とする赤の理。そのどちらかによって世界を再構築する。それが、真の救世主の役割だったのです。いえ、救世主などではありません。新たな世界を産み落とすための母体でしかありません」

「そういうことか。だから、救世主候補は今までは例外なく女性のみであったのか」

「はい」

しかし、現在では例外が存在する。

「視線が概ねすべてを物語っているが、断っておく。俺の力は召還器と呼ばれるものではないぞ。それは、こっちの雪代にしても同じはずだ」

その例外の一翼たる翔矢が自らの立場を否定する。

「取り敢えず、先ほどまでの話が救世主を誕生させてはならない理由だと思っていいんだな。赤と白、どちらにせよ今の世界が滅ぶ、ということでいいんだな」

翔矢がいったん話を整理しようと、ここまでの話を端的にまとめるとミュリエルはそれに対して頷いた。

「では、今度は俺の番だな。俺は自らの意思によってこの世界にやって来た。俺たちの世界を捻じ曲げる存在を打ち倒すために」

「翔矢に問う。その世界を捻じ曲げる存在とは何か分かっているのか」

クレアの問いに翔矢は首肯で返した。

「この茶番劇の筋書きを書いている存在だ。俺は、その存在を許すことはできない」

このとき、ここに集うものたちの敵が定まった。以降はそのためにそれぞれの得意とする分野で動くこととなる。


























学園内には何故か地下墓地が存在している。

最近、そこでむやみやたらと能天気なゾンビが出没すると言われている。その情報を仕入れてきたのは七海だった。

そして、新たな仲間である5人の前には、無くした首を求めて走るゾンビの姿があった。

「ミュリエル、ここにはそもそも何があるのだ」

その光景に頭が痛くなるのを感じながらクレアは口を開いた。

「そもそもも何も、あれが目的です。必要なものは何者かに持ち去られた後のようですが、それでも無事に活動しているようなので大丈夫でしょう」

ミュリエルも溜息を吐きながら答える。あの光景はいろいろな意味で精神力を奪う。

何より、意思の疎通を図りたくても発声器官である口を持たない体と何を語れと言うのか。

「ダリア先生。どこかにか、誰かが持っているはずなので年代物のペンダントをひとつ、探してきてください。この地下墓地に侵入したことのある者、おそらくは救世主クラスの誰かでしょうからそのあたりから調査をお願いします」

「そこまで分かってるならそちらでしてくれてもいいじゃないですか」

文句を言うダリアではあるが、それが聞き届けられることはないと分かっている。

適材適所、というものだ。ミュリエルは学園内で目立つ行動ができない。クレアでは迷子として保護されてしまうのが関の山、翔矢と七海はできれば荒事を任せておきたい。ならばダリアしかいないのだ。

「それと、翔矢君と七海さん。あなたたちにはこの腐乱死体の首を確保して救世主クラスに合流してください。救世主クラスとの合同ミッションとして、救助依頼が来ています」

「腐っているようには見えないんだけど……」

七海の突込みには誰も何も言わない。

「俺たちの役割は監視と護衛、ということで構わないんだな」

つい先刻まで話し合っていた内容を踏まえれば当然のことだろう。救世主とならずとも救世主候補を圧倒し得る2人に与えられる役割は、救世主としての覚醒を阻むことにある。そのためには資格を持つ救世主クラス全員を監視し、不用意に離脱する者を出さないためである。

彼らにとって、破滅の軍勢に指揮官がいることなど既に分かっている。そして、彼らにとっての救世主を求めていることも分かっている。自分たちで救世主候補が用意できていなかった以上、今いる存在を奪う必要がある。救世主誕生を阻止するためにも、彼らの監視と護衛は必須である。

「雪代。首を捜しておいてくれ」

「翔矢君は何をするつもりなの」

翔矢は七海に背を向け、言った。

「あいつらに声をかけてくる。この際だ。あいつらもこっちに引き込んでしまえばいい」

それだけ言って翔矢はその場を後にした。

あいつら、とは問うまでもなく士らのことである。しかし、そのことを知るのは七海だけである。必然的に残された者たちの視線が突き刺さることになる。

(うぅ。いつもこんなのばっかり。もしかして、空とかこんな気持ちだったのかな)

嘗ての仲間を想起し、現実逃避する七海。だが、誰もがそんなことを許すはずもなかった。

「七海さん。あいつら、とは誰のことなのか教えていただけますか」

質問の形をとっているが、拒否権はなさそうだと七海は理解した。そもそも、周りに知られずに行動する必要があるというのに勝手に仲間を増やそうというのだ。ミュリエルらが警戒するのに無理はない。

「えーと、私も詳しいことは分かってないんです。分かっているのは、翔矢君が変身する仮面ライダーはたくさんの世界に分岐していて、その分岐した世界を巡る仮面ライダーが存在していて、今この世界にその仮面ライダーが4人来ているってことです」

「ちょっと待ってちょうだい。あんなふざけたのが後4人もいるの」

ダリアが辟易とした顔で言った。それもそうだろう。彼女は召還後の初戦しか見ていないが、ゴーレムを一撃で粉砕し、激昂していたとはいえ召還器を振るう大河を回避行動だけで圧倒した姿を知っている。

あんなレベルの輩が4人もいる、と思えば色々と嫌にもなるだろう。

「いるんです。翔矢君が行ったって事は、私達がいない間にここで起きるかもしれないことに対処してくれるよう交渉してくれるんじゃないかと。少なくとも2人は常識がありますし、聞いた話ですけど、常識のないほうですけど1人は兵士として問題なく城に出入りできると思います」

初めて会った士は金属鎧に身を包んでいた。そして、それぞれの世界で必ず何かしらの役割があったとも言っていた。つまり、士のこの世界での役割は金属鎧を身に纏う兵士である、ということである。

そして、七海はそのことを説明した。

「随分ややこしい者もいるのだな。どこにでもいてどこにもいない。まるでゴーストのようだ」

「士君は幽霊扱いなんだ」

破壊者とどっちがいいのか、という疑問が過ぎるが七海は取り敢えずは気にしないことにした。気にしても仕方がない、と。それに、どちらもいいイメージでないことだけは確かだった。

「一応、彼らの実力は確かですよ。一人は私が確かめました。翔矢君と同じ移動手段も持っているので機動力の面でも問題なしです」

逆に、女の子の機動力低すぎですけどねという言葉だけは呑み込んだ。ファンタジーな世界でバイクを乗り回す姿はどうかしている。

七海はポケットに入れていた携帯端末に触れる。間違いなく機能しないだろうが、少なくともユウスケの力を借りれば充電できそうな気もする。彼のバイクに限り、機械工学の産物であることに何の疑いもない。

「剣と魔法と携帯電話……か」

考えてみればとてもシュールな光景だが、そこに変身ヒーローが加わるとさらにシュールである。

因みに、七海は士が携帯電話型ツールを駆使して変身する仮面ライダーファイズにも変身できることを知らない。


























あくる日のこと。

救世主クラスでは騒ぎが起きていた。前日のうちに分室との合同ミッションになると聞かされ、いざ当日に集合してみればそこにいたのは分室の2人とリリィだけだった。

「概ね想像できるがどういう状況だ」

翔矢はリリィに問うた。因みに、ダリアは例の腐乱死体の首を確保したため胴体に引き合わせるために学園内を爆走中である。それが終わり次第合流することになっている。

「間違いなく、あなたが一緒になるって聞いて我慢が聞かなくなった馬鹿大河の独断専行と扇動でしょうね。あいつ、馬鹿だけど無駄にまっすぐなところがあるから周りを簡単に扇動するのよ。特に、妹の未亜は兄を頼ってるし、カエデは師匠って呼んで慕っているし、ベリオも信頼してるし、リコも最近はべったりだったわ」

七海は思わず頭を抱えてしまった。

ここに来る前、七海は自分の出身の学園を潰した。というのも、遊撃を始めてから学園外でのビシャス目撃例が増加し、学園の意義が見失われてきていたからだ。ならばと学園を潰し、ガーディアンネットワークを組織、聖痕持ちで変身可能な少女をガーディアンエンジェル、通称GAと呼び、世界規模の遊撃ネットワークを組織した。組織として機能させるため、少女たちの生存確率を上げるため、3人1組のチームを編成させた。連携の持つ力を身に沁みて分かっている七海だからこその采配だった。

だが、ここの救世主候補はどうだ。チームで動くということを理解しているのがリリィだけしかいない。そのリリィでさえ、母親のミュリエルに言わせるとしばらく前まではとんでもないじゃじゃ馬で連携のれの字も知らないと言わしめるほどだったそうだ。

「これ、ミイラ取りがミイラになるパターンかな」

「だろうな。俺なら追いつけるが如何する」

「やめたほうがいいよ。大河君だっけ、彼、翔矢君のこと徹底的に憎んでるから叩きのめすことになるよ。そんなことしたら共同ミッションにすらならないよ」

その場の全員がため息を吐いたところでダリアがやって来た。

「は〜い。お待たせ」

彼女の肩には包帯に包まれた、それこそミイラのような物体が担がれている。

「肝心のものは大河君が持ってるそうよ。回収してくれると仕事が減るから助かるわ」

「働け」

翔矢はばっさり切り捨て、包帯にくるまれたものを準備されていた馬にくくりつける。

「それ、もしかして地下墓地にでるっていうアンデッドかしら」

「ああ。正確には違うそうだが、調査も兼ねて押し付けられた」

「私、その馬に乗るの?」

リリィが少し嫌そうな顔をして言った。

「あぁ。俺は自分の道具がある。雪代は走る。馬に乗るのはお前だけだ」

「私走るの!?」

「走れ。もう後ろには乗せない」

「もうちょっと大事に扱ってほしいんですの」

不毛なやり取りの中、首と体がつながった腐乱死体が言葉を発する。

「乙女の柔肌、せめてもう少し大事にしてほしいんですの」

「……黙っていろ。次にいらん事を言ってみろ。袋につめて引きずり回すぞ」

「翔矢君、それ悪役の台詞」

結局のところ、この場にいる誰もが面倒極まりない事態に対して逃避したがっているだけなのだった。

「取り敢えず、出発したほうがいいんじゃないかしら」

唯一、先行したメンバーを仲間と捉えているリリィだけが彼らの心配をして、追いかけるよう言った。

「そうだな。追いつけはしないが、差が開くのも問題だ」

そこでふと翔矢は気付く。必ず全員で追いつける可能性があった。

話は前日に遡る。

士らに王女の警護を依頼しに行った翔矢だったが、その折に彼らの持つライダーカードを見せてもらっていた。その中にアタックライド:サイドバッシャーやアタックライド:ライドロンがあったことを思い出していた。

サイドバッシャーは仮面ライダーカイザのマシンで、ビークルモードに変形できるサイドカーつきのマシンである。そして、ライドロンは仮面ライダーBLACKRXが扱うマシンで、仮面ライダーが専用マシンとして使用したものの中では初めてバイク以外の形態をとったものである。つまり、車である。

これらのうちどれかを七海に扱わせればリリィと腐乱死体を連れて行くことができる。ただし、翔矢は彼らの持つライダーカードを使用することはできない。さらに、士のディケイドライバーの能力は自らを置換することであり、呼び出すことではない。

つまり、海東がいれば問題はない、とも言える。

とはいえ、普段から海東の行動は士らでさえも抑えきれていない。基本的にお宝のために命をかける男である。

しかしである。彼が翔矢の持つ2つの輝石や救世主候補らの持つ召還器に目をつけていないわけがない

「海東、いるか」

「なんだい、翔矢」

翔矢の呼びかけにあっさりと応え植込みから姿を現す大樹。

「名前で呼ぶな。それより、お前サイドバッシャーを呼び出せるか」

「誰に向かって言っているんだい。それはとうの昔に手に入れたお宝のひとつだよ」

「だったら、こっちの2人を乗せるために出せ。できればお前は残っていてほしかったが、仕方がない。ついて来い」

翔矢の言葉に大樹はため息を吐き、視線を鋭くした。

「ふぅ。僕に命令できるのは僕だけだ。でも、手伝ってあげなくもない。そうだね……君たちの力、それを見せてもらいたいな。僕が手に入れるべきお宝かどうか、見極めさせてもらおうか」

「仮に宝だと判断できたとしてもだ。やらんぞ」

若干不毛なやり取りをしつつ、大樹はアタックライド:サイドバッシャーのカードを取り出した。

「で、これはやっぱりあれかい? 僕が運転して、女の子のうちの誰かを乗せればいいのかな」

「雪代を乗せろ。俺のほうにはこいつが乗る。あっちの赤いのは馬だ」

「合わせるのは面倒だけど、まあいいさ」

召還されたサイドバッシャーに乗り込み、七海を乗せた大樹はエンジンをかけるともう一枚のカードを取り出した。

「自動操縦なら文句はないだろう」

そのカードはアタックライド:ジェットスライガーであった。オートバジン、サイドバッシャー同様にスマートブレイン社で開発されたマシンである。最大の特徴は他の2種のようにバイクという性能に捕らわれていないことと、それゆえの大型化した機体にある。何せ、飛行しているのだから。

挙句、ミサイルまで搭載しているとあってはこのアヴァターでは過剰戦力にも程がある。

「誰が乗るんだ」

「そこの赤いお嬢さんと君の荷物だよ。ちゃんと生身でいけるスピードにはしておくから心配はしなくていいよ」

「……少なくとも、救世主候補というのは人間までやめているわけではないようだ。程ほどにしておけ」

リリィは思う。あんたらは人間やめてしまってるのか、と。この点に関しては翔矢は首を縦に振るだろうが。


























追いついた。

リリィは思う。本当に追いついた、と。そして、生きた心地がしなかったとも。

次からは時間をかけてでも馬車か馬を使おう。あのスピードは駄目だ。人間の領域じゃない。

リリィが自省をしている最中、穏やかではない空間があった。

当然、翔矢と大河である。

「人殺しが何の用だ」

「そうやって仲間を言い含めて独断専行したのか」

翔矢に突っかかる大河だが、それに反比例して翔矢や七海のテンションは下がり続けている。大河があまりに勝手過ぎる。そして、思想的に翔矢側に染まりつつあるリリィを排したことも。

そろそろお灸を据えたほうがいいのか、と翔矢も七海も考えた。このままでは彼ら自身のためにもならないし、彼らに救われるかもしれない誰かがあまりに哀れだ。

大河は変わらず翔矢に挑むように睨み付ける。

「何を言っても変わらないのなら」

翔矢は右腕を左上方に突き上げた。

「テンペスト」

その右腕は弧を描き、一気に引き絞る。左頬横で握り締められた拳を振り下ろすと同時に左腕を右上方に突き上げる。

「変身」

一瞬の空白の後にそこにいたのは青い仮面ライダー、テンペストだった。

「雪代はそっちに着いて行け。俺はドルイド科の捜索隊に参加する」

テンペストに変身したのは単純にスレイプニルの加速に耐えられる体になるためでしかない。付け加えるならば、人助けに向かうのに味方で潰し合いをするのはどうかしている。そして、その原因たる翔矢がいなくなることで問題の解決を先送りにしただけのことである。

大河は翔矢の言葉など聞き入れないだろう。しかし、七海ならばどうなのだろうか。ただし、肉体言語になる恐れも十分にあるのだが。

テンペストがスレイプニルと共に走り去って暫くして、大河が笑い出した。

「ははっ……人殺しが救世主と一緒にいられるわけねぇだろ」

それを聞いた七海の行動は早かった。

禍根は早期に絶つに限る。

気付いたときには七海は大河を殴り飛ばしていた。

「いってぇ……何しやがる!」

「それ、本当にわからないの?」

激昂する大河に対して、七海は冷ややかだ。

「わからないんなら、あなたは仲間を連れ回す資格もないし、仲間と一緒に戦う資格もない。その傲慢さで味方を殺すから」

七海は学園で出会った仲間達を思い浮かべた。

初めて仲間になった少女は控えめではあったが、意見は言うし、負けん気も強かった。何より、自分の能力が後方支援に特化していることを熟知していた。次に仲間にした少女はムードメーカーだった。その陽気さは自分にとっても救いだった。その次は先輩を仲間にした。一度は一線から退いた人だったが、その経験は本物だった。確かな経験に裏打ちされた実力はいつでも自分たちを導いてくれていた。次は一度は復讐のために仲間達に襲い掛かった少女だった。本気でぶつかり合って、分かり合った。同じ人を助けたいと願い、行動を共にした。そして、一度だけ肩を並べた仲間がいた。たった一度、それでも、その奇跡に共に立ち会った。

七海はそんな仲間と出会ったことに感謝し、これからも一緒に戦う別の少女達にそんな仲間に出会ってほしいと願っている。

そして、目の前でこちらを睨み付ける少年ですら仲間にしたいと願っている。

「全力でかかっておいで。君の限界、傲慢さをしっかりと教えてあげる」

言って、七海はキーワードを発する。

「クリスタライズ」

一瞬の光の後に、そこにいたのは純白の戦闘衣装に身を包む七海――クリスタルスノウだった。

「クリスタルスノウ、ファーストギア、イン」

嘗てとは違い、一言一言をかみ締めるようにして言う。

「始めるよ」

クリスタルスノウは両の拳を地面に叩きつけ、宙を舞った。

勢いのまま空中で姿勢を整え、トレイターを構える大河に迫った。

「サークルジュエルッ!」

その叫びに呼応するかのようにサークルジュエルは重力と加速を更に高めてトレイターとぶつかる。

「トレイターッ!!」

大河も負けじとトレイターを押し込む。しかし、ここは落下による加速を得たクリスタルスノウが圧倒的に有利だった。反対の腕のサークルジュエルの一撃をもらい、姿勢を崩され、大河は踏鞴を踏んだ。顔を上げると目の前にはクリスタルスノウはいない。

当の彼女はそれなりに離れた位置に立っていた。

クリスタルスノウの戦闘スタイルはサークルジュエルによる拳打が中心だが、大きな衝撃を生み出すサークルジュエルを用いての3次元戦闘も得意としている。先ほどはトレイターに一当てして再度跳躍したのである。

「くそっ」

嘗められている。

大河はそう感じた。

「そっちがナックルなら、俺だって」

トレイターは召還器の中でも異質なものである。それは、その特性によるものである。

その特性とは、

「ぶちぬけぇええええッ!!」

状況に応じてその姿を変えることである。今はナックルに姿を変え、突進力に物を言わせてクリスタルスノウに迫る。

「受け止めてあげる」

相対するクリスタルスノウはいたって冷静であった。武器が姿を変えるくらい、別に珍しくも無い。自分達は自分達自身の姿を変えて戦っているのだ。自分達にできることを他人ができないと断じる必要などないのだ。

突き出される大河のナックルを正面から迎撃するクリスタルスノウ。その姿を見た大河はニヤリと笑う。相手は罠にかかった。

ナックルは直前にランスに変わり、受け止めたクリスタルスノウごとジャンプする。

(着地点を狙えれば……)

大河は打ち上げたクリスタルスノウが着地した瞬間に全てを賭けていた。

大河の着地はクリスタルスノウより少し早いくらいである。しかし、その少しで十分だった。そう思っていた。

「何か考えてるならポーカーフェイスを徹底しなよ。何を狙ってるかまでは解らないけど、何か狙ってることなら解るよ」

クリスタルスノウは迎撃に使っていない左のサークルジュエルでランスの腹を殴りつけ、大河のバランスを崩した。

「それともうひとつ」

体制を崩したままの大河に容赦ない蹴りが叩き込まれる。

「命を奪う覚悟も無いのに武器を向けないで。そういう人が、一番無自覚に人を殺すの」

戦うことの意味を知らなかった少女達がいた。彼女らは、何も知らず、何も考えずに戦いに身を投じた。七海もその一人だった。だが、その過ちをもう繰り返したくないとも願っている。

だからここで教導する必要がある。

「今、自分の持つ力に一番自覚が無いのは、君だよ」

理由がどうであれ、何かを守るために力を欲するなら。必ず、奪う覚悟をしなくてはならない。人は、何の犠牲もなしに対価を得ることはできないのだから。

「しっかり防御してよ。殺すつもりは無いけど、手加減はあまりしないから。しいて言えば、武器に当てるからね」

「何を」

「マキシマム」

状況が呑み込めない大河だったが、ただ事ではないと感じ、剣形態のトレイターを構えた。

「ディストラクションッ」

光を宿したサークルジュエルがトレイターに叩きつけられる。その衝撃に大河はトレイターを手放しそうにもなるが、それをした瞬間に自分がどうなるかが容易に想像できるために逆に手放すことができない。

(この人、あいつと一緒にやってるんだよな)

大河は自分が許しがたいと思っている人物を想起する。そして、目の前で猛威を振るう女性はその人物と肩を並べているのだ。

(召還器を得て、救世主候補になって、人並み外れた力を手に入れて。俺は、いい気になってたんだな)

自分が最強にでもなったつもりでいた。もう、誰も自分を傷つけたりはしない。誰も妹を傷つけたりなんてしない。この力さえあれば。大河はそう思っていた。

しかし、現実は違った。

こんなにすぐ近くに、今の自分ではどうあがいても勝てない相手がいる。もう勝てると思っていた相手の背中がどんどん遠ざかっていく。

(そうだ。俺は……悔しかったんだ)

大河は思う。何故、人殺しと蔑視される男が誰かを守り続けるのか。何故、戦い続けることができたのか。戦うだけなら、他にもいた。奇跡の中心の相沢祐一。警察。彼らだけでも十分だっただろう。誰かに疎まれながらも、天原翔矢は戦い抜き、今も戦っている。

(どうして、あいつだったんだ。俺だって、よかったんだ)

気付いてみればただの嫉妬でしかなかった。力を持つ者と持たない者。そのすれ違いでしかなかったのだ。

(俺、馬鹿だな)

その思考を最後に、大河はサークルジュエルに吹き飛ばされた。


























大河の介抱ははっきり言えば必要なかった。有体に言えば、七海に徹底して手加減されていたということである。

「あなた、大河君を叩きのめして満足ですか」

しかし、現実には目の前で起きた事実の理由がわからず、自分に解る範囲での答えを求める者もいる。まして、この場にいるのはほぼ大河を慕うものばかりなのである。そうでない者は七海、大樹くらいで、どちらでもなく、どちらでもあるのはリリィのみであった。

「得た力に理由はない。でも、その力に理由を与えるのは自分自身。彼の理由は、何だったんだろうね」

誰にとも無く七海は呟く。そこでふと気付いたように大河たちから目をそらす。

その視線は七海が乗ってきたサイドバッシャーとそれに跨る大樹の姿があった。しかし、大河たちからは丁度岩陰となっているために視界には入っていない。

「……もういいよ。帰りも必要ないから」

「わかった」

それきり、七海は大樹を意識から排した。放っておいても適当に帰るだろう。仮面ライダーの機動力は他と比較にならないのだから。

「さて、こっちの話に戻ろうか」

「さっきの言葉は、答えですか?」

再度大河らに向き直る七海に、リコが声をかける。その言葉にはやや棘があった。

しかし、それも仕方がないとも言える。リコは大河と契約を済ませ、主従関係にあるのだから。その主を叩きのめされて喜ぶ従者などいない。

「不満? 答えとしては十分だと思うけど」

七海としてはこの場にいる者達が救世主になるのは目的に反するが、力に無自覚のままでいてもらうのも困るのだ。

「君達って、この世界の人の希望なんだよ。勝手かもしれないけど、それだけでも責任がある。ただ感情のままに当り散らされちゃ、この世界の人には迷惑だよ」

ここまで言われて漸く未亜が口を開いた。

「でも、みんなこの世界の人じゃない。なのにこの世界のために戦う必要があるの?」

救世主候補である以上、誰もが異界から召還された者である。そんな者がなぜその世界のために戦わなくてはならないのか。自分のいた世界の滅びにも直結するから戦う理由はあるが、それでもこの世界のために戦う理由はない。力をつけ、救世主となり元いた世界を守る。それで十分なのだ。

本来ならば。

「それでいいのなら、何も言わない。本当にそれでいいんならね」

七海がこう言うのには理由がある。彼女はこの世界に来た時点でミュリエルと接している。今では彼女を含めたメンバーで共通する目的のために行動している。少なくとも、ミュリエルやクレアを守ろうという意志は持っている。

正義の味方を自認する七海だが、それでも世界という漠然としたモノを守ろうという意思はない。しかし、そこに生きる命を守るという想いはある。それが悪意と戦うものの宿命であると思っているからだ。

「でも、取り敢えずは移動しない? 話は移動しながらでもできるよ。まぁ、現地では私は勝手にやるよ。連携なんてできるほどに信頼も信用もできないでしょ、私たちのこと」

その場にいる誰もがその言葉を否定できなかった。そして、それはリリィでさえも同様だった。


























to be continued…





















the next episode



7.エルダーアーク



























後書

さて、書いてみたもののいまいちナナシの出番がない。

リリィ「しかも、次でナナシは退場扱いでいいのよね、これ」

退場、かな。あと、次は多分翔矢出てこない。というか、出さないでも話を作りたい。

リリィ「あと、カエデが喋ってないわ」

うん、喋ってないな。

リリィ「というか、あんたナナシ(ルビナス)の扱いに困ってるでしょ」

そうだね。どうしよう。まぁ、いろいろ考えてるけど、どうやっても大勢にはそこまで影響ないかな。

リリィ「そうなんだ」

まぁ、そういうことで。では、また次で。





BIGMAMA「Sweet Dreams」