少女には恋焦がれる男性がいた。

その男性は、ずっと昔から身近にいた男性で…

そして、今は自分の兄である人だった。

彼女は、たとえ義理とはいえその男性の妹という立場である。

しかし、彼女…『朝倉音夢』はその男性…『朝倉純一』を

兄としてではなく、一人の男性として慕っていた。







つい最近、そんな音夢にとっては面白くないとこが起こった。

兄に恋人ができたのである。

まあ、もっともそれは正式に付き合っているというわけではなく

事情があっての『恋人のフリ』という行為であったが

それでも音夢には面白くなかった。

ちなみに、その『恋人のフリ』をしていた二人は

数日前の卒業式の日に想いを伝え合い『恋人のフリ』を終え

『恋人』として新たな関係を築いているのだがそのことを音夢は知らない。







そのころ音夢の兄、純一は

恋人の眞子と数日振りの

卒業パーティーの時をデートとしてカウントしなければ

正式な恋人どうしになってからは初めての…デートを楽しんでいた。

「え、朝倉の家の食事ってみんな店屋物とかなの!?」

一年中、桜が咲いている公園を歩きながら眞子は驚いたように言う。

「ああ、俺は料理できないし…音夢の作るものは…料理じゃないしな…」

純一は音夢の料理を思い出したのか、少し身震いしつつそう言う。

「俺も、朝トーストばっかじゃなくて味噌汁とか焼き魚とか食ってみたいけどさ…」

純一は、その言葉とともに彼を知っている者なら

『かったるいとか思ってるんだろうなぁ…』

と分かってしまうような、ため息をついた。

眞子はそんな純一の様子を見て、あることを考えていた。







朝倉純一にとって幸福でもあり、不幸でもある出来事の種はこうして蒔かれたのである。







フリじゃない二人のDISTANCE







心地よいまどろみの中にいた。

卒業し長期休暇に入っていた純一はこのまどろみに中にいつまでもいられるはずだった。

しかし、その心地よい世界は無遠慮な声で破られることとなる。

「こらっ、起きろ!朝倉!!」

その声とかなり激しく揺すられているような振動にうっすらと目を開けた純一は、まだ寝ぼけたまま

「なんだよ、音夢…せっかくの休みなんだから好きに寝させてくれてもいいだろ…かったるいなぁ…」

と言った。

「あんたを好きに寝させてたらせっかく作った朝御飯が冷めちゃうじゃない」

その言葉に、寝ぼけていた純一は飛び起きる。

「なにっ!?朝御飯って…音夢お前が作ったのか!!」

しかし、純一の視界に飛び込んできたのは妹の音夢ではなく…

「いつまで寝ぼけてんの?あたしは音夢じゃないわよ」

眞子だった。







眞子は純一が起きたのを確認すると

「早く降りてきなさいよ!」

と言って、部屋を出て行ってしまった。

残された純一は、しばらく呆けた後

辺りを見回し、ここが自分の部屋であることを確認し

次に夢ではないかと思い頬をつねってみた。

しかし、頬は普通に痛かった…。

「……なんで眞子が家にいるんだ……?」

誰かに問いかけるように呟く。

しかし、純一しかいない部屋でその疑問の答えは返ってこなかった。

時計を見る。

その、時を示す道具は今が午前9時45分であることを示していた。

けして早起きとは言えない。

しかし、休暇中の学生としてはもう少し眠っていたい気もする。

そんな中途半端な時間だった。

「…かったるい」

いつもの口癖を呟く。

何か釈然としないものを感じつつも

とりあえず、眞子の言葉どおり部屋を出て下に向かうため着替え始めた。







純一が下に降りていくと、普段の朝倉家ではありえない光景がそこにはあった。

おいしそうな湯気のたった銀シャリ

よい香りのする味噌汁

いい感じに焦げ目のついた焼き魚

まあ、一言で言ってしまえば立派な朝食が用意されていたのである。

「……」

言葉を失う純一

そんな純一に無遠慮な…でもどこか、照れがはいってもいるような声がかけられた。

「なに呆けてんのよ。麻倉」

声のした方を見ると眞子がいた。

「…これ、眞子が作ったのか?」

純一がテーブルにつきながら眞子に問う。

「…うん、ほらこの前『きちんとした朝食が食べたい』みたいな話をあんたしてたじゃない…だから…」

眞子は少し目をそらしながら微妙に頬を染めそう言った。

純一はその眞子の様子に照れているのだと理解すると同時に、眞子がここにいる訳も理解する。

(だからって、朝からいきなり尋ねてくるかね。普通)

そう思いながらも、純一は今自分の顔がものすごいにやけているんだろうなとも思う。

眞子があんな何気ない会話でここまでしてくれたことが嬉しかった。

そして、眞子の手料理が食べれることも嬉しかった。

いつもだったら

『眞子、料理できたんだな』

なんて軽口の一つも出てくるはずなのに…

あまりにも嬉しくてつい素直になってしまう。

「眞子、ありがとな」

純一は微笑みながら言う。

その微笑に眞子は頬を真っ赤に染めて…

「え…!?いや、そ、そんなたいした事じゃないよ。それに私が好きでやってることなんだから」

嬉しそうに微笑みながらそんなことを言う。

その微笑を見て純一は

(眞子、その表情はお前反則だって…)

そんなことを思った。

目の前の恋人が愛しくてたまらない。

そのたった一つの感情に心が支配されていく。

純一はテーブルから少し身を乗り出すような体制になり眞子に手を伸ばす。

「え…、朝倉…?」

純一の突然のしぐさに眞子は不思議そうな声で呟く。

そして、純一の手が眞子の頬に触れる。

「あ…朝倉……」

純一の手が触れた瞬間に眞子の顔が沸騰したかのような勢いで赤く染まる。

壊れものを扱うような優しさで眞子の頬と髪が撫でられる。

熱病にでも侵されたように頬を上気させながら……

普段、勝気なその瞳を魅力的に潤ませながら……

そっと純一の手に自分のそれを重ねる。







純一と眞子……二人の世界には今、お互いしか存在していなかった。






お互いにゆっくりと体を乗り出す。

二人の距離がゼロに近づいていく。

お互いの唇が吸い寄せられるように……







パキッ






二人だけの世界に小さな雑音が入る。

その音に二人はまるで良い夢を見ている途中で目が覚めたような感覚に襲われる。

そして、音がしたほうを見ると音夢が満面の笑みとともに座っていた。

「ね…音夢…!!?」

純一が驚いたような…いや、実際驚いた声をあげる。

そして、音夢の存在に本気で気づかなかった自分のあまりの迂闊さを呪う。

さらに眞子も朝、この家を訪ねた時に音夢に招き入れてもらいながらさっきの瞬間、音夢の存在を失念していた。

「お二人とも…朝から何をしようとしているのですか…?」

先ほども記したように音夢は顔だけ見れば満面の笑みであった。

しかし、純一は思う。

『これはやばい!』と

この微笑みは音夢がかなり不機嫌なときの笑みであることが兄である彼には分かっていた。

そのことは音夢の手の中にある折れた箸―――さっきの音はこの箸が折れた音らしい―――を見てもよく分かった。

それは気のせいかもしれない。

しかし、純一は先ほどまでの夢見心地な感覚が瞬時に引き、痛いほどに空気がとがっていくのを感じていた。

「あ、あのさ…飯が冷める前に早く食べないか?」

身の危険を感じた純一は無理やり話題を変えようとする。

そして、何事もなかったかのように装いながら焼き魚に箸をのばした。

音夢はまだ納得していないような様子だったが

確かに、せっかくの朝食が冷めてしまっては眞子に悪いと思ったのか

ため息をつきつつ朝食に箸をのばした。

その時、音夢が

「…本当にこれは『フリ』なのかしら…」

と呟いたのが眞子に聞こえた。







音夢が不機嫌になったことで食事は初め、重苦しい雰囲気で始まった。

少なくとも純一はそう感じた。

しかし、朝食を食べていくうちに落ち着いていく。

そして、ふと前を見る。

先ほどの失敗を教訓に一応、自分の心にブレーキをかける。

それでも、顔がニヤリとするのが抑えられない。

そこでは、眞子が自分の料理をなんでもないように食べながら…純一の様子をチラチラと窺っていた。

その頬はほんのりと赤く染まっている。

自分の作った料理の評価が気になるのだろうと純一は思った。

純一は眞子のそんな様子を見て、先ほどまでの焦りや恐れが綺麗になくなっていくのを感じていた。







「ご馳走様」

普段使わない言葉を口にしつつ、純一は箸を置いた。

朝食は3品とも綺麗に平らげられていた。

「ふぅ〜…」

純一がいかにも満足といった感じのため息をつく。

「朝倉…あのさ…」

そんな純一に眞子が少し遠慮がちに声をかける。

「ん?なんだ、眞子」

「ど…どうだった…?」

「何が?」

純一は意地の悪い笑みとともにそんなふうに問い返す。

「だから、その…あたしの料理……」

「ん〜……」

頬を染め言う眞子の問いに、純一は悩むようなしぐさを見せる。

その純一の様子に眞子は不安そうな表情をする。

「美味かったよ」

眞子が不安でうつむきかけた時、計ったようなタイミングで純一はそう言った。

眞子は顔を上げる。

純一は少し意地悪に微笑んでいた。

「美味しいなら美味しいってすぐに言いなさいよね」

眞子はそう言って赤くなった頬を隠すようにそっぽを向く。

純一はそんな眞子に近寄って、そっと耳打ちをした。

「愛情がこもった料理は美味しいって言葉を初めて実感したぞ、眞子」

その言葉に眞子の顔がまたすごい勢いで真っ赤になる。

眞子は思う。

『こいつと一緒だといつも赤面してる気がする』と

その考えは、少なくとも今日に限っては外れてはいないだろう。

「あ、あたし食器洗うから!」

そうして、慌てたように使用済みの食器を集めると流しへ歩いていった。

「あ、飯まで作ってもらったんだからそこまでしなくていいよ」

純一のその言葉に眞子が驚いたように振りかえる。

「へー、あんたがそんなこと言うなんて…意外だわ」

「…意外って、お前な…」

「だって、あんた『後片付けなんてかったるい』んじゃないの?」

眞子がにこやかに微笑みながら…悪戯っぽい響きと共に言う。

「うっ……」

普段が普段なだけに純一は何も言い返せない。

「別にいいよ。これはあたしがやりたくて勝手にやってるんだから」

眞子はそう言いながら、純一に近づいて

「そのかわりさ」

下から覗き込むようなしぐさで

「この後、二人でどっか行かない?…どこでもいいからさ」

そう言った。

そのしぐさに純一は可愛いと感じてしまう。

そして反則だと思う。

いつもの…自分が惚れた明るい微笑で

そんなしぐさで

そんなこと言われたら、断れるわけがない。

ましてや、自分だっていつも眞子と一緒にいたいと思っているんだから―――







「分かった、じゃあお前が後片付けしてくれてる間に準備してくる」

そう言って、純一は部屋を出る。

そして、眞子は流しに戻り食器を洗い始めた。

その表情はとても幸せそうだった。







朝食を終えた後のこの二人のやり取りは軽率であったと言わざるおえないだろう。

何故ならば、この場には音夢もいたのだから

朝食前にあのようなことがあったのもかかわらずこのようなやり取りをしてしまう二人は

『恋は盲目』という言葉をその身をもって証明したと言えるだろう。







しかし今、眞子の後ろから眞子が洗い物をしている様子を見ている音夢に怒りの感情はわいてこなかった。

もう少し言うなら、怒りの感情はとうに超していた。

そのかわり不安がわいてくる。

眞子が家を訪ねてきたときから漠然と感じていた不安

しかし、音夢はその不安を

『フリ』だからと無理やり押し込めていた。

しかし、先ほどまでの二人のやり取りを見ていると不安が抑えられなかった。

ましてや、二人の行為が本当に『フリ』であるとすると

そのうえで、その『フリ』をしていた理由を考えると

眞子が休日の朝から家を訪ねてきて朝食を作るという行動は不思議でかなり無理があるのである。

聡明な音夢はそのことも思い立っていた。

音夢は溢れる不安の命ずるままに眞子に問いかける。

「ねえ…眞子…」

「ん、何?音夢」

「…フリ…なんだよね?」

その言葉に洗い物をしていた眞子の手が止まる。

そして、少しだけ表情を曇らせるとゆっくりと振り返る。

「うん…」

眞子のその言葉に音夢は安堵する。

しかし、それは一瞬のことだった。

「少し前まではね」

「え…?」

音夢の表情が曇る。

「フリはもう終わったの…」

その言葉だけなら音夢にとっては歓迎すべきことだった。

でも、彼女の女の勘が叫んでいた。

『これだけではない』と

『その先を聞いてはいけない』と

「今は…本当に付き合ってるんだ…」

眞子は頬を綺麗な桜色に染めながら、幸せそうな笑顔でそう言った。







「眞子〜、いつでも出れるぞ〜」

しばらくして、そんなことを言いながら純一が戻ってきた。

「うん、こっちも今終わったよ」

眞子はタオルで手を拭きながら言う。

そんな、なんでもないしぐさを見ながら純一は

(なんかこんなのもいいな…)

となんとなく思う。

その時、純一の横からこの場の雰囲気に相応しくない…

妙に重い響きの言葉が聞こえてきた。

「…兄さん」

純一が声のした方を見ると音夢がいた。

うつむき気味なため、表情は見えない。

心なしか両手が震えているように見える。

純一は、長年の兄としての経験から本能的に危険を察知した。

「少しお聞きしたい事があるんですが…」

音夢がゆっくりと顔を上げる。

その声は、とても優しかった……声だけは……不気味なほどに……

顔も笑っていた。

しかし、純一は思う。

『能面の様な笑顔だ』と

まるで、笑顔が『顔に張り付いている』様な印象…言うなれば『無表情な笑顔』なのである。

その音夢の様子に寒気が走る。

「あ…、な、なんだ…?音夢…」

話す声も震えが抑えられない。

「眞子に兄さんが眞子とお付き合いしているとうかがったんですが…」

その言葉に純一は眞子を見る。

眞子はバツが悪そうに微笑んで、手で『ごめん』と謝っていた。

「その事について、よ〜くお聞きしたいんですが…よろしいですか?兄さん…」

「いや…それは…」

何か言わなければいけないのは分かっている。

しかし、純一は恐怖で声が出なかった。

ただ、心がニゲロ、ニゲロ、ニゲロと叫んでいる。

「に・い・さ・ん!!」

こんなことをしている間にも夜叉は迫って来る。

この場を切り抜ける方法は……純一にはシンプルな回答しか思い浮かばなかった。

「眞子!行くぞ!!」

純一は眞子の手を握って自分の考えうる最高の速度で逃げ出した。







「ふうっ…ここまでくれば大丈夫かな?」

桜の花びらが舞う道で立ち止まり息を整える。

「あんた…ハァ…いつも唐突なんだから…ハァ…」

純一の後ろでは眞子が息を切らしている。

ちなみに二人の手は繋がったままだ。

「そんなこと言ってもな…今回の事はおまえにも責任があると思うぞ?言っただろ、音夢は身内には厳しいって」

「いいじゃない、いつまでも隠しておけることじゃないし」

いつもの強気な瞳で眞子は言う。

「う…それはそうかもしれないが…」

純一はその瞳に射抜かれて正論を言われ言葉に詰まる。

「それに…」

呟いて…眞子は腕を純一のそれに絡めると純一を見上げながら

「音夢にきちんと話して…認めてもらいたいの…」

「…眞子…」

「だって、朝倉とずっと一緒にいたいから…」

(ああ…ったく…!)

純一は諦めたように思う。

さっきは、凛々しい表情でいたのに

次の瞬間にはこんな可愛い表情でいる…。

それで、こんなことを言われたら

(どうしてこいつは……こんなに俺を乱すんだ!)

たまらなくなって、抱きしめる。

そして、それに答えるように眞子も純一の背中に手を回した。







互いの存在を感じる…。

鼓動を感じる。

ぬくもりを感じる。

想いを感じる。

お互いの心が愛しさでいっぱいになる…。







桜が舞う中で愛しい人が目の前にいる。

まるで夢のような光景







「いてもいいよね…?ずっと一緒に…」

抱きしめあいながら、眞子がそう呟く。

その声は、少しだけ不安気で

普段、強気なくせにこういう時はひどくしおらしい眞子をどこかおかしく思いつつも

それも魅力的だと

純一は思う。

そして、そんな自分はきっとこの少女無しの世界なんか考えられなくて

もうすっかりその魅力に捕らえられている事を改めて確認する。

「もう頼まれたって離さない・・・いや、離せないと思うぞ」

純一は正直な気持ちを口にする。

「うん…あたしも…」

眞子は呟いて…そして二人の距離はいま一度、ゆっくりと近づいていく……さっきと同じように

ただ、さっきと違うのは

二人の世界を壊すものは、桜舞うこの場所には…なかったということ…







お互いの吐息を感じて……

愛しい人の感触を唇に感じたのを最後に

もう、お互いの存在しか感じられなくて…

心は愛しさだけで完全に満たされてしまって

この先、音夢に認めてもらう苦労とか、それはひどく大変な事のはずなのに

お互いにもう忘れてしまって

ただ、心地よくて







愛しい人との距離がゼロになっていることが

なぜかとても幸せで……







二人でずっと一緒に

そして、この幸せな時がいつまでも続きますようにと……

それだけを思った。







あとがき


皆様、こんにちは

水谷由司と申す者です。

こちらには、クリスマスコンペを除けば初の投稿となります。

しかも、初のダ・カーポSS…

買って数日、しかも眞子ルート以外はクリアしていない状態で書いてしまいました(爆)

それだけ、純一x眞子がツボに入ってしまったわけですが…

ちなみに、分かるかと思いますが一応補足しますと

このSSは眞子ルート後です。

ダ・カーポは初めてなので自分でもうまく書けているかいまいちよく分からないんですよね。

個人的には、純一と眞子が少しでもラブラブになるよう書いたつもりですが…

…いかがでしょうか?皆さん(ぉ

では、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。