運命の二人 外伝


 木本衣夢が彼に出会ったのは、運命だったのかもしれない。

 彼女が始めて彼―――相沢祐一に出会ったのは、なんでもない放課後のことである。
 いつものように、言い寄ってきた男たちの中から適当に見繕った相手の隣を歩きながら、適当に相槌を打ち、ぶらぶらと街を歩く。
 本来なら知らない男とは歩きたくないのだが、誰かを選ばなければあの連中はしつこく追ってくることを衣夢は実体験から知っているので、適当に選んでいるのだ。
 いつも手も握らせずにバイバイと手を振る。そして、二度目は絶対に有り得ない。あったとしても、それは衣夢が忘れるほどの昔の話であり、男からしてみれば、そのたった一度にすがっているに過ぎない。

 ―――ああ、つまらないわね。

 隣を歩きしつこく話しかけてくる男に心の中で呟く。
 今日の選択は失敗だったのかもしれない。

 適当とはいえ、衣夢とて好みはある。顔はかっこいいに限るし、雰囲気は柔らかいほうが好きだ。
 今日選んだ男は、それなりに柔らかい雰囲気を持っているような感じがしたので選んでみたのだが、どうやら柔らかいというよりも粘着質だったようだ。
 衣夢はすでに右から左に聞き流しているというのに延々と自分のアピールを続けている。

 ―――もっとウィットにとんだ話題は出来ないのだろうか? 選んであげたのだからもっと私を楽しませなさい。

 そう思うのは、衣夢の傲慢なのだろうか。
 たとえ、そうだとしても言い寄ってきたのは相手だ。少なくても自分を不快にさせない義務は在ると思う。
 その点で言えば、隣の男は不合格もいいところだった。

 ―――今日はちょっと早いけど、これで帰りましょう。

 もはやこれ以上付き合うのは苦痛でしかない、と見切りを衣夢は素直にそう思った。

「ごめんなさい。今日はもう用事があるの。家に帰らないと」

 え〜、とあからさまに相手は嫌な顔をしたが、知ったことではない。
 こちらとて、放課後という時間を使ってやったのだ。不快に思われる筋合いはないはずだ。
 相手は少し渋っていたが、すぐに諦めて帰ることにしたようだ。また、選んでね、と言葉を残して。
 当然、イムはもう二度と選ぶかっ! とその背中を睨みつけてやったが。

「ふぅ……まったく無駄に時間を使っちゃったわ」

 さて、今からどうしようか、と考えるが選択肢はあまりなかった。
 如何せん、時間は夕方とはいえ、すぐに日が暮れるだろう。この身は女ということをよく理解している衣夢は、夜に出歩く趣味はない。
 と、なれば、後は適当に街をうろついて帰るという選択肢以外には残されていないような気がした。

 ―――仕方ないか、本屋にでも寄って帰りましょう。

 最近、何か気になる雑誌でも発売されたかしら? と考えながらいつも行っている本屋への道を歩く。
 平凡で、変化のない日常なら、そのまま本屋で雑誌を見繕って帰るだけだっただろう。
 だが、どうやら今日はその平凡という日常からはやや乖離しているようだった。

 カランカラン、とやや乱暴に開けられる目の前の喫茶店のドア。そこから飛び出してくる衣夢と同じく長い黒髪を翻す少女。さらに、それを追いかけるツインテールの金髪少女。

 いつもの衣夢なら、ふぅん、と一瞥しただけで終わるだろう。だが、今日は事情が異なった。
 なにせ二番目に出てきたのは彼女の双子の姉妹なのだから。

 衣夢は、平均からすれば聡明といわれる思考回路を全力で回す。

 これが、飛び出したのが璃湖、追いかける男なら話は簡単なんだけど……そうじゃないみたいね。

 さすがに材料が少なすぎると思っていると、開けっ放しのドアからもう一人男が出てこようとしていた。

 制服から想像するに近くの公立高校の生徒だろう。衣夢が相手にするのは、もう一つの私立高校なのでよく知らない。
 だが、見かけと雰囲気から判断するにあまり頭はよくないが、容姿はそれなりで、ワイルドさが目立つという感じの男だ。

 その制服男も出てこようとするのだが、どうやら店員に引き止められたようだ。制服のズボンをあさっていることから財布がないのだろう。

 ―――仮にあの男が璃湖の関係者だとすると、なんて間の悪い男なのよ。

 少し手伝ってやろうか、と歩みを進めたところで衣夢は、その歩みを止めてしまった。衣夢より一歩早くお金を出した人がいたからだ。

 最初に出てこようとした男と同じく近くの公立高校の制服を身に纏った男。こちらは、最初の男と違って、頭は悪そうに見えない。ワイルドっぽくもない。顔は二枚目に軽く引っかかる程度。平凡と言ってしまえば、それまでの男だった。

 やや二人の男は何かを話していたようだったが、やがてワイルド男のほうが頭を下げ、一目散に璃湖が逃げた方向へと駆け出していった。

 ―――ふむ、やっぱり璃湖の関係者だったのね。

 となれば、あの三人は関係者と見るべきだろう。ならば、あの三人は三角関係で、修羅場だった?
 いとも簡単に答えが出たような気がするが、それでいいのだろうか? と思う。
 あの璃湖という姉妹から修羅場に発展するような恋愛は想像できない。
 さて、いったいどういうことなのだろうか。

 純粋な好奇心がむくむくと湧き上がってきた。

 だが、湧き上がってきたところで張本人たちは、もはや走り去ってしまった後だ。
 ならば、答えは簡単だ。もう一人いたあの関係者らしき男に聞けばいいのだ。

「ちょっと、あなた一人? 暇ならお茶しない?」

 まるでいつも引っ掛けられるナンパのような台詞だ、と自分でも内心笑いながら衣夢は愛想よく、平凡と評した男に声を掛けた。
 男は、一瞬驚いた顔をしていたが、すぐにうっすら笑みを浮かべると飄々と言ってのけた。

「あなたのような美人となら喜んで」

 ―――平凡って評価は間違いだったかしら?

 女なれしたような対応に自分の見立てが間違っていたのではないか、と不安に思う衣夢だった。



  ◇  ◇  ◇



「ってことは、あなたは無関係なの?」
「ああ、まったく知らない」

 問い詰める衣夢の質問にけろっとした態度で目の前の男――――相沢祐一は答えた。

 祐一をナンパした(?)衣夢は、自分のお気に入りの喫茶店に早速案内した。
 衣夢が男を連れてお気に入りの店に入るのは初めてだ。つれてきたくなかったのは自分のお気に入りの店が嫌な男に荒らされるのがいやだったから。もしも、ここで待ち伏せなんてされていたら―――それを想像しただけで気分が悪くなる。
 だから、普通は案内しない。だが、この男は自分をナンパしたのではなく、逆にナンパしたのだ。ならば、こちらのもてなしとしてもそれなりにしなければ、品位に関わるというものだ。

 若干、照明を落とした室内。流れる音楽は激しいJ-POP調のものではなく、歌詞も何もないゆったりとしたクラシックである。

 祐一からあらかたの事情を聞きだした衣夢は、はぁ、とため息を吐き目の前に置かれたコーヒーに口をつける。

 短い時間で聞き出せたのは、名前が相沢祐一であること、璃湖たちとはまったくの無関係であることの二点である。

「ご期待に添えなくて悪かったな」

 くくっ、と意地悪く笑う祐一。

「ふぅ、まったくね。ここのコーヒー代を返して欲しいものだわ」
「おいおい、いくらなんでも自分の分ぐらいは自分で出すぞ」
「お生憎様。自分がナンパした相手の分ぐらいは責任を持つわ」

 過去、そうやって何度奢られたか分からない。だから、自分もそうしようと思ったのだ。
 衣夢の意思の強さを感じたのか、やがて祐一ははぁ、と諦めたようにため息を吐いた。

「ここまでやられたら話さないわけにはいかないな」
「なにをよ?」
「いや、俺は関係者じゃないし、他人のことを勝手に話すのは、と思ったけど、やっぱり話すよ。あの黒髪の女の子な、男の方を『お兄ちゃん』と呼んでいたぞ」
「そういうことは早く言いなさいっ!!」

 それが分かれば、余計な気疲れをしなかったものを、と心の中で毒づく。

 しかし、これで大体の謎が解けた。
 要するに家族に合わせていただけなのだ。もっとも、璃湖が拒否されていたところ考えるとあの妹は重度のブラコンと考えられるが。

 衣夢の中につっかえていた謎が一つ解けたことですっきりした。

「これで満足か?」
「ええ、聞きたいことは十分分かったわ」

 そうは答えたものの今度は、この目の前に座っているお人よしな男に興味が沸いてきた。

「ねえ、あなた無関係なのにどうしてお金なんて貸したの?」

 貸した。その言葉が適当かどうか分からない。なにせこの目の前の男と追いかけた男は無関係なのだ。お金が返ってくる保障は何所にもない。ならば、正確にはやった、という方が正しいのかもしれない。

 衣夢の質問を受けた祐一だが、やや不思議そうな表情をすると端的に一言だけ答えた。

「困ってる奴がいたら、助けるだろう?」

 なるほど、要するこの相沢祐一という男はお人よしなのだ。困っている人を疑わないお人よし。いわゆるいい人というやつだろうか。

 もしも、それだけで終わっていたなら、衣夢はそうやって相沢祐一の評価を固定したかもしれない。だが、次に続く苦々しそうな表情をしながらポツリと漏らした一言によってその評価は少しだけ形を変えることになる。

「それに、どうせ消える金だからな。だったら、困ってる奴に使ったほうが有意義だ」
「―――どういう意味?」

 その苦々しそうな顔に少しだけ興味がわいた。
 どうやら、ただのお人よしというわけでお金を貸したわけではないらしい。

 祐一からしてみれば、その一言は失言に近かったのだろうか、何も答えず視線を泳がせ、誤魔化そうとする。だが、そう簡単に興味を持った衣夢の視線から逃れられるとは思わないことだ。
 彼女の知的好奇心はすでに刺激された。後はどんな手を使っても白状させるだろう。半ば脅しになったとしても。

 やや祐一の視線をそらすという行動と衣夢のひたすらに顔を覗き込み、真実を探すという行動が交錯したが、最初に折れたのは祐一だった。
 両手を挙げて、降参の意を示す。

「やれやれ、失言だったな。本当は言うつもりなんてなかったんだけど」
「理解したならさっさと話しなさい。さっきの発言の意味は?」

 まあ、待てよ。そう急かすな、といわんばかりに祐一は余裕の態度で、コーヒーを一口含み、ポツリ、ポツリと語り始めた。

 時間にして十五分ほどだっただろうか、「―――というわけだ」という言葉で祐一の話は終わった。くだらないだろう? と、おどけて言う祐一。この話に関して衣夢が抱いた感想は一言だけである。

「あんたバカじゃない?」

 ぐさっ、と何かが刺さったように胸を押さえる大げさなアクションを取る祐一。
 だが、衣夢にそんなことは関係ない。ただ、祐一の話を聞いた率直な感想だ。

 ―――はぁ、こんな奴に惚れてる女の子たちの顔が見てみたいわ。

 祐一の話を要約すると、出会った女の子たちに半ば脅すように奢らされている、というものだ。
 だが、それは結局表面しか見ていないというのは、第三者とも言える衣夢から聞いてもすぐに分かる。
 理由を一つ一つ追っていけば、確かにくだらない理由で奢らされているように感じるが、始まり以外は、すべて他の女の子たちによる嫉妬だということは明白だ。

 確かに、奢らされるほうはたまったものではないだろうが、かといって少女たちの好きな人と一緒にいたい、と思う心も分からなくはない。なにせこの身は女なのだから、分からないほうがおかしい。
 ならば、なにが一番悪いのか。おそらく、その問いに答えはないだろう、と衣夢は思う。
 祐一が、彼女たちのアプローチの形だと気づかないことも罪、彼女たちが奢るということを口実にデートに誘っていることも罪。両者が両者ともに悪いのだ。

 というか、女の身からしてみれば、祐一がその露骨すぎる嫉妬と好意に気づかない―――

 と、そこまで考えて、衣夢は己の思考に待ったをかけた。

 そう確かに話したことを鵜呑みすれば、祐一は彼女たちの好意に疑問をもってなく、ただ自分たちの欲望のために祐一に奢りを求めいるように感じる。
 だが、祐一本人がそう思っていると仮定すれば、祐一の語りはあまりに不自然だ。祐一の語りには感情の起伏があまり見られなかった。
 一度や二度ではなく何度も奢らされ、しかも、脅しのような形で受けていたなら普通の人間なら怒りをあらわにしているはずだ。
 感情を隠すのが上手いとも考えられるが、先ほどのリアクションから考えても彼の場合、感情の起伏は激しいと考えられる。
 故に、そこから導き出される答えは――――

「あなた、気づいてるでしょう?」
「なにを?」

 見透かすように祐一の顔を覗き込むが、そこには飄々とした笑みが浮かんでいるだけ。まるで、昼行灯だ。
 だが、衣夢とて、百人近い人間を観察していない。特に男に関して言えば、感情と性格ぐらいは一時間も話せばつかめる。

「私の口からそれを言わせる?」

 もはや、ここまで来れば狸と狐の化かしあいだ。お互いに言いたいことは分かっているのに、それを口に出さない。それは祐一のほうが強いのかもしれない。
 彼は明らかに気づいている。だが、それを必死に気づかないようにしている。

 ―――なぜ? 気づくと面倒だから?

 いや、違う、と即座に否定。話しぶりから考えても、彼は彼女たちを大切にしていることはすぐに分かる。ならば、彼女たちに関して面倒だと思うことはないだろう。

 ―――彼女たちの好意に気づいて困ること―――ああ、そうか。

 答えは意外と簡単だった。
 つまり、彼女たちを大切に思いすぎているのだ。そして、彼のお人よしの部分がさらにそれを加速させる。

 気づいた以上は答えなければならないと思っている。誠実な部分がそうさせる。そして、彼は彼女たちに彼女たちのような好意を抱いていない。つまり、彼女たちに恋愛感情を抱いていない。ありていに言ってしまえば、彼女たちを振るということだ。

「―――なるほど、彼女たちの心を傷つけるのが怖い、と」

 そう結論付けるにはなんとなく釈然としなかったが、彼との短い時間では、そこまでしか読み解けなかった。

 その言葉に祐一は、ふぅ、と自嘲めいた笑みを浮かべていた。

「そうだったらよかったんだがな」
「なによ? 違うの?」
「ああ、まったく違うね。そうだったら、俺はここまで悩まなかったし、もっと早く決着がつけれたよ」

 衣夢には祐一がなにを言っているか理解できなかった。
 いや、確かに彼が優しいだけなら、もっと早く決着をつけられるだろう。

 恋の病というのは時間とともに深みにはまったいく。そして、その深みから急に表に出されたときというのは深ければ、深いほどに傷つくものだ。ならば、彼が本当に優しいだけなら、気づいた時点で決着をつけるのが筋というものだろう。

「俺は―――ただ、怖いだけだ」

 ―――なにが? とは、問わない。彼が勝手に話してくれるはずだから。そして、予想通り、カップに残った最後のコーヒーを飲み干すと、再びしゃべり始めた。

「あいつらを振って、心を傷つけると知っている。そうさ、それなら早いうちのほうがいい。俺が怖いのは、それを言って傷ついたあいつらを見て自分が傷つくのが怖い。あいつらから離れていかれるのが怖い。一人になるのが怖い」

 ふぅ、と大きく息を吐き出すと最後に言う。

「つまり、あいつらというよりも、俺自身が弱いからだ。ちょっとの勇気も持てない。あいつらを見て傷ついて罪悪感を感じる覚悟もなければ、誰かを選ぶ勇気も持てない弱虫なんだよ」

 先ほどまでの飄々とした笑みは何所へやら、今彼が浮かべているのは本当に弱々しい笑みだった。
 脆くて、触れればすぐに壊れてしまいそうなそんな笑み。

 そんな笑みに何故か衣夢は、すごく惹かれた。

 それは、自信満々な男しか見てこなかったかもしれないし、弱みを見せない男しか見てこなかったのかもしれないし、衣夢の好みが弱い男だったのかもしれない。
 理由がともかく、すごく惹かれたのだ。
 だから、自分でもその感情に整理がつく前に口を開いていた。

「なら、私がそのちょっとの勇気をあげましょうか?」
「は?」

 祐一からしてみれば、今の衣夢は小悪魔のようなものに見えるだろう。現に衣夢はそんな笑みを浮かべている。そして、その子悪魔は契約の元を取り出した。

「あなたが傷ついたなら、私が慰めてあげる。一人になるのがいやなら、私が傍にいてあげる」

 今度こそ、固まった。
 まるで、フリーズしたパソコンのように。表情が凍りつき、視線は何か奇妙なものでも見るかのような視線だ。
 だが、それを衣夢は軽く受け流す。

 自分が何を言ったかは理解しているつもりだ。

「でも、ただじゃないわ。その代わりにあなたも私の何かを背負ってもらう」

 これは相互扶助であり、契約だ。

「私はあなたを助ける。代わりにあなたは私を助ける。いわば、お互いに契約で縛った身よ」

 どう? と意地悪く笑ってみる。その投げかけに対して祐一の答えは――――



  ◇  ◇  ◇



「意外と早かったわね」
「膳は急げというだろ?」

 公園のベンチに座りながら立っている衣夢ににやっ、と笑ってみる祐一。

 あの契約を持ちかけたときからすでに一日経っていた。
 時刻はすでに夜の帳がすっかりと落ちてしまった七時五十分で、場所は衣夢の家の近くの小さな公園である。

「それで上手くいったの?」
「そう……だな」

 ややつらそうに俯く祐一。
 予想していたこととはいえ、現実は想像を軽く超える。超えてしまうのだ。だから、覚悟は予防のようなものに過ぎない。多少とはいえ、必ず傷はつくのだ。

「まあ、いいわ」

 傷ついたのなら、慰めるのが自分の役目だ。なぜなら、それが契約だから。
 まるで、傷ついた彼を包み込むように無言で衣夢は、祐一の隣に腰を下ろし、俯く彼の肩に寄りかかった。
 自分は隣にいる、といわんばかりに。

 お互い無言の時間が続く。

 静寂な空間は、冷たい。だが、衣夢が触れている祐一の部分は確かに暖かかった。祐一もそうだったらいいな、とふと思った。
 二人の静寂をただ、星たちが見つめていた。

「―――それじゃ、契約の話をしましょうか」

 その静寂を破ったのは、衣夢だった。
 衣夢とて空気を読んでいないわけではない。ただ、少しはなしを変えたほうがいいと思っただけだ。無意味なわけではない。

「ああ、そうだったな」
「忘れたとは言わせないわ」

 衣夢が今、隣にいるのはその契約が理由なのだから。

「分かってる。それで、俺はなにをすればいい?」

 祐一のもうどうにでもなれ、という笑みを受けながら、衣夢は意地悪く笑うと契約の内容を提示した。

「―――今日から私の恋人になりなさい」

 さすがにこの衣夢のいいようには祐一も絶句したようだった。

 むろん、この一言は祐一を驚かせるためのものである。本当に恋人にするほど、衣夢は祐一を知らないし、たった今、たくさんの女の子を袖にしてきた男を恋人にするなんて事はなしない。

「なんてね、仮初で十分よ。しかも、期間は一ヶ月」

 衣夢は、祐一に放課後に寄ってくる男たちについて話した。いい加減に開放されたいのだ、と。つまり、祐一は虫除けだ。
 むろん、それだけではないが。
 あの弱々しい笑みになぜか惹かれた衣夢は、それから祐一のことが気になっていた。もっと知りたいと思うようになっていた。
 だから、裏にはそういう意味も込められている。

 だが、そんなことをまったく知らない祐一は、表の事情だけ聞くと同情したような笑みを浮かべていった。

「ああ、了解。少し恥ずかしいが、契約だからな」
「そうよ。契約よ」

 それにつられて衣夢も笑みを浮かべていた。この男と過ごす少なくても一ヶ月を想像して。

 午後八時ちょうど。二人の契約はここに成立した。


  ◇  ◇  ◇


 最初の一週間はただ心地よい放課後を過ごすことが出来た。
 祐一の隣で歩きながら、何かを語るのは今までの男と比べると比べるのが失礼なほどだ。頭がいいというわけではないが、頭は回るほうらしい。少しの掛け合いも話しているという感覚がある。
 彼特有の空気もあるだろうが、衣夢が純粋に楽しいと過ごせた放課後は久しぶりだと思う。さらに言い寄ってくる男は減る一方でいいこと尽くしだった。
 その一週間の間で、璃湖の彼氏がはっきりしたが、衣夢にとっては多少驚く程度だ。いなれば、ふぅん、で済まされる程度の出来事だった。


 次の二週間は楽しいような微妙な時間が続いた。
 確かに祐一と過ごす放課後は楽しかった。気遣うこともなく、逆に気遣われ、話は弾む。楽しくないはずがない。だが、その逆、祐一と過ごしていない夜はなぜだか微妙に寂しかった。
 当然、携帯はある。だが、それを使う必要は何所にもない。祐一は彼女の恋人ではなく、偽りの恋人で、ただの虫除けなのだから。
 そう考えているのに、なぜだか異様に寂しい夜が続いた。


 最後の一週間は悲惨なものだったのかもしれない。
 少なくても先週までは、祐一と過ごす放課後だけは楽しかったのだ。夜の寂しさを紛らわすことが出来たのだ。だが、今はどうだろうか。
 ふとしたきっかけ、ちょっとしたことで自覚する。

 ―――今週が最後なのだ、と。

 契約の期間は終わる。祐一にとって衣夢は、ただ慰め、励まし、傍にいる存在。それは何故か。祐一が惚れていた他の女の子を振ってしまい、彼から離れたからだ。いや、正確には彼が距離を取ったというべきか。
 だが、それも契約開始一週間で解決してしまった。
 彼女たちは祐一が思っている以上に強かった。いや、そもそも女のほうが精神的には強いのだから、当然かもしれない。恋は女を強くするということを考えても当然かもしれない。
 彼女たちは、祐一この答えを受け入れ、また近くにいるのだ。その証拠に先週から話題に女の子の話があがることが少なくなくなってきた。
 ただ、その話は衣夢が不機嫌になることに気づいてからは少しずつ減ってきているが。

 いつからだっただろう。
 衣夢が、祐一と笑って話す時間が好きになったのは。
 衣夢が、隣に立っているのは契約ではなく、自分のためになっていたのは。

 いつからだろう。衣夢が、その感情の答えに気づいたのは。

 少なくても最後の週が終わる頃には気づいていた。
 祐一の傍にいたいと感じているのは『恋』だということに。

 最初は、驚いたものだが、受け入れてしまえばそれまでだった。
 だから、なお悲しく思う。祐一との仮初の恋人は、あと少しで終わりを告げるのだということに。

 だが、だからといって、今の衣夢にこれ以上祐一の傍にいる理由がなかった。
 学校も別。契約はなくなる。恋人でもない。

 どうしよう?

 その解決案は浮かぶことなく、契約の終わるまで残り二日になっていた。



  ◇  ◇  ◇


「遊園地?」
「ああ、最後の日だしな」

 最後の日。その言葉が衣夢の胸にズキリと突き刺さる。
 だが、それを表に出さず、衣夢は努めて笑顔で答えた。

「ええ、そうね。分かったわ」
「じゃ、そういうことで」

 別れ際の一言。
 衣夢の家の前で祐一は、心底笑顔で手を振りながら去っていき、衣夢も手を振って彼を見送った。

 衣夢の心の中は、明日は一日祐一の傍で過ごせる嬉しさと契約という義務で付き添わせているという罪悪感の両方が葛藤していた。



  ◇  ◇  ◇



「『恋愛ってやつが楽しくなってきたから』ね」

 お風呂に上がったばかりのほてった身体をベットに沈め、己の発言でありながら笑いがこみ上げてくる。
 先日まで『恋愛はしない』と言っておきながら、これだ。璃湖もきっと今頃は自分の発言を信じられないと思っているだろう。
 いや、それよりも璃湖は璃湖で自分の恋人のことで一杯になっているかもしれない。

 ―――恋人。

 衣夢とは違い、本当の恋人。想いを重ね合わせた相手。
 生まれて初めて璃湖が羨ましいと思った。
 そして、想いが重ならないということがこんなにもつらいことだと、初めて感じた。

 ――――恋がこんなにつらいなんてね。

 それも明日で終わり。
 いや、恋自体に終わりがあるか分からない。それでも、明日で終わりなのだ。

 なんとなくそんな気がした。



  ◇  ◇  ◇



 次の日、少しだけ早めに待ち合わせ場所に来た衣夢。祐一は、待ち合わせの五分前に来た。
 その少しの時間差で衣夢はナンパというものに遭遇していたが、百戦錬磨の彼女にそんじょそこらの男が通用するはずもない。結局、あっさりと撃退されたのだった。

 祐一と衣夢は、何事もなく遊園地へと入園した。

「さて、なにから乗ろうか?」
「何でもいいんじゃない?」

 衣夢からしてみれば、大事なことは祐一の傍にいること。祐一が自分だけをみていることだ。正直、乗り物なんてどうでもいい。
 この時間が続けばいいと思っている。
 この遊園地から出る時間―――それは、すなわちこの関係、契約の終わりを意味するから。

「だったら、適当にまわるか」

 いつも浮かべている柔らかい笑みを浮かべて確認を取る祐一。
 ああ、このときがいつまでも続けばいいのに、と願い、祐一の腕を取りながら「そうね」と頷いた。


 それからのデートは楽しいことばかりだった。
 普段とは違う場所だからだろうか、いつもの放課後デートでふいに味わう寂寥感に襲われることもなく、ただ無邪気に遊園地という場所を楽しむことが出来た。
 腕から感じられる祐一という存在を存分に味わうことができた。

 だから、まったくすっかり忘れてしまっていた。

 ――――これが終われば、すべてが終わるのだということに。


 そのことを再び思い出したのは、日も暮れ始めた頃、突然ガラーン、ガラーンとまるで教会のようなベルが鳴る。

「なに? これ」
「この遊園地の名物らしいぞ」

 ほれ、と祐一が指差すほうを見てみれば、遊園地の中で観覧車を除いて一番高い建物のてっぺんに鐘がつるされていた。それがどうやら、鳴っているらしい。

 ――――でも、昼もならなかったのにどうして今頃?

 一瞬だけ疑問に思う。だが、それも一瞬だ。なぜなら、そんな疑問は、鐘の真下にある時計を見て吹っ飛んでしまったから。

 その時計は、午後七時を指していた。

 それを理解した瞬間、衣夢の身体をとてつもない寒気が襲う。まるで、今まで感じなかった寂寥感を一気に感じたように。

「ん? どうした?」
「い、いえ、なんでもないわ。次行きましょうっ!」
「お、おいおい」

 あくまで祐一に気づかれないように。誤魔化すように祐一より先へ駆け出す。その存在を強く感じるように絡ませる腕にさらに力を加えて。

 それから、衣夢はずっと考える。どうやったら、祐一の隣にいられるか。
 だが、衣夢には何も名案が浮かばなかった。
 いうなれば、これが初恋だから。男の駆け引きには長けていても、恋愛の駆け引きにはまったく長けていなかった。いや、むしろ手が出せなかった。
 だから、名案も浮かばない。どういっていいのかわからない。
 素直にこの胸のうちを明かしてしまおうか、とも考える。だが、悲しいかな。衣夢にそこまでの覚悟はまだ出来ていなかった。

 だから、衣夢に取れた手段は、たった一つだけだった。

「ねえ」
「ん?」
「―――契約、延長しない?」

 理由はいわない。別に、まだ放課後に男が残っているとか適当に理由を言えばよかったのかもしれない。だが、このとき衣夢は、なんとなく理由を言わなかった。
 ただ純粋に祐一が自分の隣にいたいのか、知りたかったのだろう。もしも、これで肯定すれば、少なくても希望は見えるから。もしかしたら、自分は好意をもたれているかもしれない、と希望を持つことが出来るから。

 ああ、もしかしたら、最初に彼を好きだった女の子はこんな気持ちだったのかもしれない。

 場所違いかもしれないが、衣夢はなんとなくそう思った。

 一方、そんな提案を受けた祐一は、一瞬まじまじと衣夢の顔を見て答えを口にした。

「嫌だね」

 清々しい笑みを浮かべて、祐一はそういってのけた。

 そこから衣夢の記憶は曖昧だ。
 反射的に祐一の腕から自分の腕を外し、彼を突き飛ばして駆け出した。簡単なことはそれしか覚えていない。
 何所をどう走ったかなんて覚えているはずもない。ただひたすらに走り続けた。時に人にぶつかりながら、とにかく衣夢は走り続けた。去り際、祐一が自分の名前を呼んでいたような気がするが、気のせいだろう。

 ―――所詮、契約上の関係だった。

 結局、なんとも思われていなかったのだ。木本衣夢という存在は。ただ、あの場で現れ、契約をした少女。それ以上に彼にとって意味はないらしい。
 そうだろう。彼が振った彼女たちを見たが、全員がタイプが違うとはいえ美人だ。少なくても姉妹以外で可愛いとか、綺麗と思った女性は初めてだった。
 そんな彼女たちは振られた今も祐一のことを諦めたわけではないらしい。ならば、衣夢という存在はただの契約上の存在に成り下がってしまった。
 祐一にとって、今日でお別れ、ありがとうという存在だったのだろう。だから、契約の延長を何も言わずに拒否した。
 それが悔しかった。こんなに想っているのに、相手に届かないことが。

 どれだけ走っただろうか、その時間的な感覚さえ衣夢は失っていた。

 しかし、衣夢とて人間だ。走り続けるには体力的に限界がある。
 どんなルートで走ったかさえ覚えていない衣夢は、肩で息をしながら遊園地の真ん中に位置する広場に立っていた。
 やたら人が多い中佇む衣夢、誰もが衣夢を避けていく。
 それはこの中にいる人間が誰も衣夢の事を知らないからである。
 だが、今の衣夢からしてみれば、祐一から避けられた事を思い出す原因にもなっていた。

 ―――はっ、言い寄られたくない男から山ほど言い寄られて、ただ一人からは拒絶されるなんてね。

 自然と自嘲の笑みが浮かんでくる。

 世の中のなんと残酷なことなんだろう、と衣夢が思うのも仕方ないことだろう。

 ふと、空を見上げてみれば、はるか遠くの空に浮かんでいたのは満天の星空。
 彼女の気持ちはこんなにも沈んでいるというのに、夜空は雲ひとつなく星が瞬くほどに晴れ渡っている。
 久しく空を見上げていなく、沈んでいた衣夢は、ちょっとの間、その星の瞬きに見惚れた。

 だが、そのちょっとの時間が衣夢に取っては命取りだったらしい。

「―――っ!」

 はしっ、と手をつかまれる感覚。
 だが、よほど強くつかまれたのか、少し腕を振っただけでは、相手の手は離れなかった。
 思わずつかんできた相手の顔を確認しようと振り向き――――絶句した。

「……祐一」

 そこに立っていたのは、衣夢をこんなにも沈んだ気持ちにさせた張本人、相沢祐一だった。
 今まで走ってきたのだろうか、先ほどまでの衣夢のように肩で息をしながら、じっと衣夢を見つめている。
 何かを口にしたいのかもしれない。だが、ずっと走るために酷使してきた身体はそれを許してくれないようだ。
 なんども口を開こうとしているのに、そこから音が出ることはなかった。

 衣夢はそこから逃げようと思えば、逃げられた。もっと必死に抵抗すればいいだけなのだから。いくら男の握力とはいえ、ずっと走ってきた相手ではたかが知れている。
 だが、衣夢は抵抗しなかった。いや、正確には出来なかった。
 祐一の瞳の奥に何か強いものを感じたから。彼女が惹かれた祐一の眼差しがそこに在ったから。
 それに見つめられては衣夢も逃げられない。

 やがて、祐一の息も整ってきたのか、すでに肩で息はしていない。

「……どうして逃げたんだ?」
「それは――――」

 その問いに衣夢が答えられるはずがない。答えられるなら、こんな風に逃げたりはしなかった。
 祐一もそのことが分かっているのか、衣夢に何も言わない。ただその瞳を見つめる。そこに答えがあるといわんばかりに。そして、衣夢もその瞳から視線をそらせない。
 端から見れば、彼らはキスする寸前の恋人同士のようにも見えただろう。いや、今はまだ仮初とはいえ、恋人なのだからその表現に間違いはないのだが。異なる点は、キスする寸前ではないということだろうか。

 二人が見つめあう静寂の時間がどれだけ過ぎただろうか。長いようにも感じるし、短いようにも衣夢には感じられた。
 いつまでも破られることないように思われた静寂。だが、それは突如として破られることになる。

 ――――鐘と夜空に咲き誇る花によって。

 ガラーン、ガラーンと鐘のなる音と花火が上がる音が重なる。
 それはまるでさながら魔法が解けたことを告げるシンデレラのお城の鐘のようで、ここで夢の時間は終わりを告げていた。

「ここの遊園地、八時から花火があがるらしいぞ」

 衣夢は驚いて花火をみたというのに、祐一は落ち着いた様子で花火を見ていた。おそらく、彼は知っていたのだ。今日の八時に花火が上がることを。終わりを告げる花のことを。
 これが彼なりの最後の演出のつもりだったのだろうか。最後の最後まで恋人のようなことをしてくれる奴だった。
 しかし、この瞬間からそのつながりはなくなった。それが悲しくて、悔しい。

「さて、俺たちの関係も終わりだな」
「そうね……契約は果たされたわね」

 笑顔で清々したといわんばかりの祐一。苦々しげにいう衣夢という正反対の男女がそこにはいた。

「さて、この関係が終わったことで改めて言いたいことがあるんだが?」
「……どうぞ」

 彼の横顔は時折上がる花火の色で照らされながら、確かな笑みを浮かべていた。



「好きだ。俺と付き合ってくれないか? 衣夢」



 一瞬、衣夢の思考回路は停止した。その言葉の意味を理解出来なくて。

 この目の前の男はなにを言ったのだろうか。いや、理解した言葉の断片をたどれば、それはとても嬉しいことのようであるような気がするが、とても信じられない。
 その男の口からその言葉が出てくることがとても信じられないのだ。

 だから、自然とその言葉が口に出ていた。

「嘘よ……」
「俺は本当のことしか言ってないぞ」

 そう簡単に言われて簡単に信じられたらどれだけ嬉しかっただろうか、だが、あの契約の延長を断られた衣夢としては、そう簡単に信じることが出来なかった。

「だったらっ! だったら、どうしてさっきは嫌なんて言ったのよっ!!」

 あれは衣夢の精一杯のアピールだったのだ。それを簡単に断っておきながら、この言い草。少しは考えろというものだ。
 だが、そんな衣夢の叫びに祐一はあっさりと答えた。

「仮初の恋人役なんてこの一ヶ月でこりごりだ」

 やれやれと肩をすくめながら言う祐一。

 ここで初めて衣夢は気づいた。
 そう、契約の延長はつまるところの『仮初の恋人』の延長なのだ。けして、恋人期間を延長ではない。
 仮初は、表向きでは『真』であっても、裏は『偽』なのだ。それを衣夢は承知し、祐一は否定しただけのこと。
 どちからというと、恋人という部分だけに惹かれた衣夢の方が悪いのかもしれない。

「さて、返事はいかがかな? お姫様」

 あくまでもおどけたように言う祐一。

 それが衣夢にはなんとなく気に入らなかった。最初から最後まで相沢祐一という男の手の平で踊っているようなそんな感覚が気に喰わない。最後の最後でもいい。何か痛いしっぺ返しをしたかった。
 あまりに短い時間で考え出せた策は一つだけ。しかも、かなり恥ずかしい。

 だが、それ以外には思いつかなかったのだ。ならば……ならば仕方ないだろう。

 本当は自分がそうしたいだけなのに、仕方ないという言葉に恥ずかしさを隠して衣夢はその策を実行した。

「返事は―――」

 祐一が期待した視線を向ける中、一瞬だけ見せた油断に衣夢は付け入る。
 手を伸ばし、祐一の後頭部に手を持っていき、自分の顔に向けて引き寄せて、その唇に自分の唇と重ねた。
 最初は驚いたように目を見開いた祐一だったが、やがて、それを受け入れるように目を瞑り、その柔らかい唇の感触を味わっているようにも見えた。
 衣夢も衣夢として初めて味わう他人の唇の味に酔いしれていた。
 小説などでは知っていた。だが、想像と現実にはここまでの違いがあることに改めて驚くのだった。

 どれほどの時間か知らない。だが、まだ花火は上がっている。
 だが、二人ともまるで息を合わせたようにどちらともなく唇を離した。

「返事は十分?」

 火照った顔を見られないように半分俯きながら、恥ずかしさで死にそうになる心を抑えて出せた言葉はそれだけだった。

「ああ、十分すぎる」

 恥ずかしいのは祐一も同じなのだろう。俯いている衣夢とは正反対にそっぽ向いている祐一。
 それ以上、何もいえなくなる。いや、なにを言っていいのか分からないのだ。両者ともこんなことになったのは初めてだ。
 お互いの耳に未だ上がり続ける花火の音が入る。

「―――わ、私の初めてなんだから光栄に思いなさいよね」
「奇遇だな。俺もだ」

 花火の音が止まった。

「なあ、衣夢」
「なによ?」
「二番目ももらっていいか?」

 花火の音も止まり、その声ははっきりと衣夢に届けられた。
 一瞬だけ恥ずかしさで心臓が止まりそうになったが、返事はあえて返さず目を瞑って顎をあげるだけで返事を返す。
 衣夢の態度を受け入れ、ふっ、と笑うと祐一は、自分の唇を衣夢の唇へとゆっくりと近づける。


 ――――二人のセカンドキスを最後の大きな花火だけが見守っていた。



 FIN

 あとがき
  どうも! てる です!
  運命の二人 外伝を読んでいただきありがとうございます。
  これは、祐一と衣夢の物語。
  といっても、二人はアヴァターとかまったくわからないので普通の恋愛SSになってしまった感が強いですが(汗
  ともかく、運命の二人シリーズはこれで完璧に完結です。
  今までご拝読ありがとうございました!!
  BY てる