運命の二人
第一話 妹騒動
「おにいちゃん?」
突然、大河の後ろから地獄のそこから響くような冷たい怒りに満ちた声が聞こえた。
大河からしてみれば、それはまさしく地獄からの声だったに違いない。錆付いたロボットが後ろを振り向くように首を動かし、振り返る。
そこには、どす黒いオーラを纏い、長い黒髪が揺らす彼の妹たる当真未亜が笑顔で立っていた。
だが、その笑顔が怖い。笑顔の裏に見える怒りが大河にははっきりと分かるからだ。
「み、未亜」
多少、焦った声を大河が絞り出すように言う。彼には、なぜ未亜がこんなに怒っているか分からない。
未亜が怒るときと言えば、大河には大体理由が分かるのだが、今回は分からなかった。そして、最近はこんな風に未亜が切れることはなかったので、またそれが大河の心を焦らせる。
「その女の人……だれ?」
相変わらず神経が直接撫でられたような痺れる冷たさで未亜が口を開く。
そこで、大河は改めて、璃湖の存在を思い出した。当然、大河の胸から感じる璃湖の体温などは心地よく感じていたのだが、未亜の冷たい声はそれを遥かに凌駕していたらしい。
「あ、ああ」
理由が分かったところで、大河は璃湖との抱擁を解いた。これ以上、未亜の前で続ければ、間違いなく怒りのボルテージが高まり、フォロー不可能なところにくるのが分かっていたからだ。
一方、大河の温もりを甘受していた璃湖は、突然、解かれた抱擁に少しムッとしていたが、大河の温もりから離れてようやく未亜の怒りに気づいた。
璃湖の中にあるリコの記憶で、当真未亜は、大河の妹という認識しかなかった。後は、そのジャスティを使った戦闘力で、救世主候補の中でも遠距離による攻撃はリリィに次ぐ凄まじさだったことぐらいだろうか。
それは、ともかく、いくら自分が彼女を知っているとはいえ、この世界は初対面だ。それに、大河と付き合っていく上で、彼女はキーポイントだろう。そう判断した璃湖は、未亜に璃湖をどう説明したらよいか困惑している大河の横に並ぶように立つ。
「はじめまして。私、木本璃湖といいます」
ペコリと頭を下げる璃湖。
「ご丁寧にどうもありがとうございます。私、当真未亜です」
バチバチと二人の目線の間に火花が見えた。と、後に大河は語った。
事実、本当に二人の周りには、不穏な空気が渦巻いていた。お互いが見た瞬間にお互いをライバルだと認識し、大河の隣を主張しいる。さらに、そのオーラが対等であるために、余波周りにいっているのだ。そのため、夕方の商店街という人通りがある程度多いような通りでありながら、大河たちの周りには一切、人が寄り付いていない。その不穏な空気を感じて、回り道をしているのだ。半径五メートルがまるで結界であるように。
大河からしてみれば、人が避けて通るのはまだ問題がない。だが、問題は、周りからの目である。時折、足を止めて大河たちを見る目を見てみればそれは一目瞭然。
未亜と璃湖という誰が見ても美人といえる女性が大河という男を挟んでにらみ合っているのだ。たとえ、未亜が大河の妹だとしても、それは周りにはまったく関係がない。端から見れば、大河たち三人は『浮気が発覚した修羅場』としか写らないのだ。
その視線をまったく気にしていない様子の璃湖と未亜。だが、大河はさきほどからその視線にさらされて、冷や汗まで出てくる始末。背中のシャツは、きっと汗でしっとり濡れているだろう。
これ以上、この場にこの状態でいるのは限界だと感じた大河は、なけなしの勇気を振り絞って口を開いた。
「あのぉ……できれば、場所を喫茶店に移しませんか?」
これが、大河の限界だった。
所変わって、近くの喫茶店に入った三人。大河の意見があっさり通ったのは、璃湖も未亜も大河の事を大事に思っていることには違いないからだ。……裏に打算がないと言えばウソになるだろうが。
だが、事態は、場所が変わっただけで何も変わってはいなかった。
最初の問題は、大河の座る席だった。四人テーブルに案内された三人。しかも、固定座席だった。璃湖の隣か。はたまた、未亜の隣か。そこで第二次が勃発しそうになった。だが、これはすぐに解決した。大河が周りのテーブルから一つ椅子を拝借し、残った通路側に自分が座ることによって。普段なら文句を言われるところだが、璃湖と未亜の二人の冷たい雰囲気に誰も文句が言えなかったのだ。
「い、いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
席が決まって一息ついたところに来たのはウェイトレス。喫茶店だから当然なのだが、彼女、実はじゃんけんに負けて選ばれた生贄なのだ。総勢、五名のウェイトレスがいるこの喫茶店。だれもが、大河たちの注文を受けに行こうとはしなかった。理由は、その冷たい、殺気のような空気から。体の奥底に残っている動物的本能を刺激するほどの恐怖がそこにはあったのだ。現に、ウェイトレスの手は目に見えてかわいそうなくらい震えていた。
「あ、俺、コーヒーね。璃湖と未亜は何にする? お兄ちゃん、奢っちゃうよ」
無理矢理笑みを貼り付け、この空気を何とかしようと大河ががんばる。だが、その態度はむしろ裏目に出てしまった。二人から返ってきたのは注文でなく、絶対零度の視線。程よい温度で整えられているはずの店内が、極寒の南極か北極のように思えた。
ウェイトレスもその余波を受けて今にも泣き出しそうだった。
「……私は、コーヒーで」
「私も」
大河に冷たい視線を送りながらも二人は答える。一方答えをもらったウェイトレスは、この場を離れられるという安心感から、パァとひまわりの様な笑顔を浮かべて、脱兎のごとく去っていった。
持ってくるという動作が抜けているような気がするのだが、それは後で考えることなのだろう。今は、この場を如何に早く逃げるかが何よりも大切なことだったのだから。
ウェイトレスがその場を離れたあと、しばらくの沈黙が舞い降りた。気まずい空気が喫茶店の中に広がる。周りの客もそれを感じ始めたのか、いそいそと店を後にする。知らぬ間に店に被害を与えている三人だった。
だが、大河ははっきり言ってそれどころではなかった。
彼の立場は微妙だ。アヴァターのころから愛する璃湖の味方をしたい、というか、恋人にするなら彼女以外にはもう考えられない、と彼は心決めていた。だが、同時に未亜も彼にとっては大事な妹だ。亡くなった父親から託された大切な妹。璃湖と未亜。どちらか選べといわれても今の大河には選べないというのが正直なところだ。
「……それで、あなたはお兄ちゃんのなんなの?」
ウェイトレスが、注文を聞くために持ってきた冷水を一口、口に含んで未亜は冷ややかな口調で聞く。否、問いただす。
「そうですね。ただならぬ関係といえば満足ですか?」
まるで挑発するような、その口調に空気が固まった。
大河は、冷や汗の量が一気に倍増した。背中だけではなく、額からもダラダラと流れる冷や汗。大河には璃湖が、どうして挑発するような事を言うのかさっぱり分からなかった。
一方、璃湖からしてみれば、このくらいは当然だと考えていた。まるで、自分のものだと、というような口調で語る未亜に嫉妬した結果だった。向こうのリコならさらっと流したのだろうが、今の彼女は、アヴァターのリコ・リスであると同時に、この世界の木本璃湖でもあるのだ。つまり、前の璃湖よりも乙女チックになっているといえる。
しかし、璃湖の返答は、たとえ嫉妬からきたものだとしても的を得ているといえるだろう。アヴァターという根の世界で出会い、その結果、結ばれた二人。ただならぬ関係といえばただならぬ関係だ。ただし、この世界で『ただならぬ関係』と何の説明もなしに言われたならば、それは勘違いされること甚だしいだろう。
「………お兄ちゃん………どういうこと?」
視線すら向けられず、声だけで問いただされる大河。
急に話を向けられた大河は返答に詰まってしまう。
「えっと……その……あれだな」
はっきりしない大河。はっきり出来ないというべきか。彼の腹はまだ決まっていないのだから。未亜を傷つけて璃湖との関係をはっきりさせるか。あるいは、誤魔化すか。だが、だが、と足りない頭で考える。
何が最善か。何が傷を残さないか。何がこれからの二人にとって良いかを。
だが、その方法が大河には思いつかない。今の状況は救世主としての最後に近い。
選べ、と言われた。だが、どちらも選べない。璃湖と未亜。彼にとってはどちらを選んでいいのかまったく分からない白と赤のカードだった。
だが、大河は少しの思考の後に腹をくくる。これが最善かどうかなんて大河には分からない。だが、このままが、一番二人を傷つけるという事を確信して。そして、何よりはっきりさせなくてはならないことがあるから。
「未亜……」
大河の声にビクッと未亜の肩が一瞬震えた。先ほどまであった殺気のような視線はもうない。今は、何かに怯える子犬のような目をしてた。
それも、大河の目を見たときから、狼狽えるような目ではない。何か覚悟を決めたような目をしたときから、身あの冷たい視線はなくなっていた。
「璃湖は……その……」
いや、聞きたくない!
未亜は耳を塞ぎたかった。だが、体が動いてくれない。その先の答えを聞きたくないと思っておきながらも、体はまったく動かない。まるで、電池が切れたおもちゃのように手は膝の上から一向に動こうとしない。だが、それに反して他の五感は研ぎ澄まされていた。兄の言葉を一言も逃すまいと。
そして、言い辛そうにしていた大河の口がはっきりと開く。
「未亜。璃湖は俺の大切な人だ」
その言葉が空間に響いた瞬間、璃湖の中で温かいものが生まれ、未亜の中で何かが壊れたような気がした。
なんで、なんで、なんで…………
未亜の中で無限に続く疑問、疑問、疑問。
それに答えがあるはずもなく、脳の処理が限界を超えたとき、未亜は一つの答えを導き出した。それは……
「っ……」
「未亜っ!!」
大河の手が伸ばされるが、手が届かない。
そう、未亜が導きだした答えは、逃走。何よりも兄の言葉を信じたくなかった彼女は、この場からの逃避を答えとした。目の前の現実が余りにも辛かったから。現実という刃は未亜という少女にとって、千の傷を与えるに等しかった。
大河は、流石にこの状況は予想していなかったのか、手を伸ばしたまま呆然としている。その大河の後ろを駆けていく影。璃湖だ。大河が正気に戻るよりも先に璃湖が未亜の後を追って外に出た。その思考の早さは、アヴァターのころと変わっていないな、と半分、呆けた頭で大河は考えた。
しかし、少しして今はそんな場合ではないと気づく。自分も後を追わなければっ! と席を立つ。そして、未亜や璃湖と同じように出口から外に出ようとして……
「お客さん」
ガシッと肩をつかまれた。しかも、その力は意外に強い。つかまれた相手を見てみれば、それは店員。そして、思い出す。自分が注文していた事を。同時に、このまま店を出れば食い逃げと同じだという事を。
「コーヒー三つで六百二十円ね」
営業スマイルで固められた笑みの向こうには、逃がさないという気迫があふれ出していた。
「ちっ……」
舌打ちしながらもポケットを探る大河。だが、肝心の財布が見つからない。
あれ? と思う。一瞬、璃湖や未亜の事を忘れてしまうほど、大河は呆けていた。確かに自分は、財布を―――と考えて、思い出した。先ほどまでは、未亜や璃湖の冷たい空気で忘却の彼方へと飛んでいたが、今日は運の悪いことに財布を忘れていたのだった。そう、前日に机の上に置いていたのをはっきりと思い出していた。
まずいまずいまずいまずい……
このままでは、未亜や璃湖を追えない。それが何を意味するか、どういう結末に結び柄、大河には分からない。だが、事の張本人がその場にいなくてどうするというのだろうか。確かに、大河がいてはこじれる場合もあるかもしれないが、未亜に関しては別だ。大河はまだ未亜に伝えてないことがあるのだから。どうしても、この場は追いかけなくてはならない。
だが、目の前の店員は決して自分を逃がしてはくれないだろう、と思う。お金を払わない限り。事情を説明しようが、目の前の店員には何も関係ないことなのだから。
「これで、十分か?」
店員と大河の間に千円札が一枚出された。
「何を呆けているんだ? さっきの様子からすると、急いでるんだろう?」
千円札を取り出したのは青年。前髪が長く、目元付近まである。大河と同じ制服を着ている以上は同じ学校の人物なのだろう。大河もどこかで見たことがあるような気がしていた。しばらく考えれば思い出せるかもしれないが、あいにくとそんな時間はどこにもなかった。
「あ、ああ。だけど……」
「気にするな。あいつらに持っていかれるぐらいなら、今、この状況で使ったほうがよっぽど有意義だ」
大河の中で二つの事柄が、天秤にかけられる。そして、未亜と璃湖の方に天秤が傾くのに時間は必要なかった。
「すまん」
「気にするなって言ってるだろう」
名も知らぬ青年は、笑って大河に言った。その笑みは、大河にお金を借りたという罪悪感を軽くしてくれる。だからかもしれない、こんな時間の状況の中で、言葉が出てきたのは。
「おまえ、名前はなんていうんだ?」
お金を出した青年は、なぜか少しだけ笑みを強くして口を開いた。
「相沢。相沢祐一だ」
大河は、かろうじて聞こえたその名前を胸に刻みながら、喫茶店のドアから出て行くのだった。
一方、璃湖は未亜を追っていた。未亜が喫茶店を出てからためらわず後を追ったのがよかったのか、今のところ見失わずに未亜の後を追えていた。
しかし、未亜の運動神経もたいしたものである。人通りの多い夕方の商店街を何も障害物がないような道を走る速度で走っている。璃湖も少しでも気を抜けばすぐさま未亜を見失いそうである。
周りの人々は全速力で走る美少女に一瞬だけ目を奪われ、そして、疑問に思う。どうして、全速力で走っているんだろう、と。その答えを知るものは誰もいなかった。
十五分も走っただろうか。ある路地で行き止まりに着いた二人は脚を止めた。未亜は璃湖の正面を向き、璃湖を睨むように立っていた。全速力で走った二人は肩で息をしており、辛そうだ。そして、気のせいだろうか、未亜の頬には雫が流れているように璃湖には見えた。
「み「ずるいよねっ!」
璃湖が声をかけようとした矢先、それをさえぎるように未亜が叫ぶ。その叫びは、心のそこから搾り出したような辛い声だった。だから、璃湖はそれ以上何か言うべき言葉を見失ってしまった。その間にも未亜の言葉は続く。まるで、壊れた玩具のように。
「ずるいよねっ!! 未亜より十年以上もあとから出てきたくせにっ!! ぱっとお兄ちゃんの前に出てきただけなのに……」
それは、言霊だった。呪詛のように。力をもった言葉はたやすく人の心を抉る。それは、璃湖も同じだった。書の精霊ではなく、ただの人間となった璃湖にとって、未亜の言葉は心を深く抉る。ましてや、同じ性別、同じ相手を愛した璃湖ならなおさら。
確かに、アヴァターでの記憶がない未亜にしてみれば璃湖はぱっと出てきて大河の心を奪った悪女のような存在かもしれない。
だが、そんなことで大河の事を諦めるほど、璃湖だって甘くない。あの別れの中、もう二度と会えないと覚悟していた相手との再会なのだから。
「あなたが一番、嫌いっ!! あなたなんて……消えちゃえばいいのにっっ!!」
もし、ここがアヴァターだったなら、未亜の叫びはジャスティーの力となって璃湖に襲い掛かっていただろう。だが、ここは第一現象世界。根であるアヴァターとは幹で繋がった世界とはいえ、ジャスティーが召喚されることはない。
だが、璃湖の心をさらに深く抉ることには変わりはない。さらに強い呪詛は、璃湖の心を容赦なく抉り続ける。心の叫びが終わり、肩で息している未亜の視線はナイフが心臓を貫いたまま抉っているような痛みを璃湖に与え続けていた。
「はぁはぁ、やっと追いついた……」
お互いが硬直状態に陥ったとき、璃湖の後ろから声がした。その声を聞いて、未亜の目が見開かれ、ある一点を凝視していた。そして、璃湖は、喜びを表した表情で後ろを振り返る。そこには、二人が想像した人物が立っていた。
肩で息をしながら、完全に見失っていたはずなのに、そこに当真大河は間違いなく立っていた。壊れそうな妹に大事な事を伝えるために。
「未亜……」
妹の名前をもう一度呟いて、大河は一歩ずつゆっくりと歩みを進める。
「いやぁ……」
大河が一歩進めば未亜が一歩後ろへと下がる。まるで、大河と視線を合わせるのを拒否するように。彼女としては逃げたかったのだろう。最愛の兄から拒否されたという現実を認めたくないから、だから、その原因となる兄から逃げようとした。
それを璃湖はただ見ているしかできない。アヴァターでマスターであった、何よりも人の心を司る赤の書のマスターであった彼を。
「未亜。聞けよ」
その言葉で未亜は後ろに下がるのをやめる。だが、同時に璃湖をにらんでいたときのように怨みのこもった視線で大河を見る。だが、それに臆することなく大河は歩を進める。
「嫌ぁぁ! お兄ちゃんは未亜じゃなくてそこにいる人を選んだんでしょっ!? そんなお兄ちゃんなんて……」
大嫌い。おそらくはそうやって続くはずだったのだろう。だが、それは言葉にならなかった。
近づいていた大河の突然の抱擁。それが原因だった。大嫌いというが、未亜にとっての最愛の人とはやはり大河なのだ。その人からの突然の抱擁。それは、未亜の思考回路を停止させるには十分させるほどの威力を持っていた。大河が、璃湖を大切な人だと宣言したその後では尚のこと。
「バカだなぁ。おまえは」
髪を掬うように頭を撫でる大河。その行為は、幼いころ未亜を慰めるときに大河がやった行為と同じだった。
「選んだとか、選ばないとか……何を言ってるんだ?」
「だって……」
拗ねたような声で未亜は言う。それが尚いっそう幼いころを思い出させる。そんな事を考えている自分に苦笑しながらも大河は言葉を続ける。
「確かに、璃湖は、俺の大切な人だ。だけどな、それを言うならおまえだって大切な妹だ」
結局、妹でしかないのか。と未亜は落胆する。何を望んでいたわけでもない。ただ、兄の隣にいられればそれでよかったのかもしれない。
ふと、未亜は冷静になった頭で考えた。今までは急に現れた璃湖に血が上ってしまってしまい、同時に思考回路がいくつか切り離されていたようだ。優先されていたのは常に、自分以外の女が現れたという怒りと妬み。だが、こうやって大河に抱きしめられ冷静になった未亜の頭は、全力でいつもの思考を取り戻していた。
この妹という位置もそう捨てたものではないのではないのだろうか。いや、むしろ、この位置は美味しいかもしれない。彼氏彼女の関係は、いつか終わりがあるかもしれないが、妹という関係に終わりはない。つまり、いつまでも、一緒にいられるというわけだ。
その思考は、すぐさま脳内の未亜会議で可決された。決め手は最後の『ずっと一緒』というところだろう。とって、何より大事なのは大河のそばにいることである。もちろん、兄を自分のものにしたいという欲望もあるが、それが先走って兄に嫌われては本末転倒だ。ここは、妹という立場を存分に利用するしかないだろう、とそう結論付けた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
半ば俯いたような格好で、未亜は大河から離れる。本当は名残惜しかったのだが、後ろでにらんでいる璃湖が気になったのだ。今は、一応、彼女という立場を渡しているのだ。ここで睨まれるわけにはいかない。だから、とりあえず、離れた。帰ってから大河に甘えることは既に決定事項だが。
「謝る相手が違うだろう?」
大河は、気にしていない。むしろ、いきなりこんな事態に巻き込んだことに対する謝罪を求めていた。未亜は一瞬だけ躊躇したが、ここで断ってはやっぱり不利になると、考えた未亜は、兄の横を通って後ろに立っている璃湖へと歩みを進めた。
なんなんですか。あの妹は。
とりあえず、璃湖の中に渦巻いているのは記憶がある時間を生きてきたというなら、百年を軽く過ぎる年月の中で味わったことのない感情を味わっていた。
その感情自体に名前は付けられる。
嫉妬
それが答えだ。百年以上人間と触れっているわけだから、そのくらいの感情は理解できる。だが、それを自分で味わうとは夢にも思わなかった。
とにかく、気に食わなかった。大河の胸にいる未亜が。
先ほどまでは、敵対心むき出しの未亜に反抗するような形で怒りをあらわにしていたが、今の感情はそれとはまったく別物だ。心の暴走が止められそうにない。こうやって、大河と未亜を見ていられるだけでも実にたいしたものだと自分を褒めたくなる。本心から言えば、今すぐにでもあの間に入って二人を引き離したいのに。
そんな感情と戦っていると、急に未亜と大河が離れた。何を話していたかは璃湖にはまったく聞こえなかったが、それなりの話をしていたのだろうと推測した。そのまま、未亜を見ていると、璃湖に近づいてきているのが分かる。まっすぐと、先ほどの敵対心むき出しの目ではない。静まった目をしていた。
それを見て、璃湖も正気に戻る。先ほどのようなドロドロとした感情はすでに流れていなかった。
「木本……璃湖さん?」
未亜が璃湖の前で立ち止まり、名前を確認するように聞いてきた。それに璃湖はただ頷くことで答えた。
「さっきまではごめんなさい。急なことで気が動転して……」
それは本当のことなのだろう。だから、大河の前であんな敵対心むき出しな行動をとったのだ。幸いなのはあの叫びを聞かれなかったことだろうか。と璃湖は頭の隅で考える。
「改めまして、私、当真未亜です。よろしく」
そういって、左手を出してきた。璃湖としてはその手を握らない理由はない。だから、素直に「よろしく」と簡潔に言って、同じくを左手を出して未亜の左手に添えた。
その瞬間、左手に僅かに痛みが走る。
理由は簡単だ。未亜が思ったよりも強い力で握ってきたのだ。
はっ、という感じで未亜を見る。顔は笑顔。だが、その裏に潜む黒いオーラを璃湖は見たような気がした。大河は後ろで未亜と璃湖を見て笑っている。おそらく仲直りしたと思っているのだろう。
だから、璃湖は、少しだけ握る力を強くした。
それは、璃湖にとってはじめての女の戦いというやつの始りだった。
続く
あとがき
どうも! てる です!
久しぶりの『運命の二人』はどうだったでしょうか? 管理人さんは未亜の言動に期待したようですが……ここは、あくまでもリコのハートフルストーリーなので少し控えめでいきました。
え? 王道過ぎるって? 王道ってなんで王道って言うんでしょうね? 私は、一番説得力があるからだと思います。だから、よく使われるんでしょうね〜。
なんて、逃げてみたりとか?
あはは〜。途中で出てきた『相沢祐一』は後からちゃんと出てきます。クロスオーバーか!? と思われるかもしれませんが……所詮、脇役です。この物語の主人公はあくまでリコです。
最後に、出来れば感想もらえたらめっちゃうれしいです。
それでは! BY てる