夢を見ていた。
時々、見る夢。
その中で、私は救世主候補と呼ばれる仲間たちと、破滅と呼ばれる魔物と戦っていた。
だけど、その姿はフェイクで、私の本当の正体は、赤の書と呼ばれる精霊だった。
私の本来の役目は、救世主候補の中から私のマスターである赤の主を選ばなくてはならない。だけど、私のマスターになった人は、全員死んでいた。
自分が、救世主に選んだから。
だから、今回は、誰も選ばないと決めていた。あんな悲しいことはもう味わいたくないから。選んだ誰かが消えるのを見たくないから。
だけど……だけど、私は選んでしまう。初めての男性救世主候補を。
私がマスターに選んだ彼の顔はぼやけていて、はっきりと見えない。
でも、彼は、私に笑顔を見せてくれた。私を可愛いと言ってくれた。そして、何より私を普通の女の子のように愛してくれた。
私は、幸せだったはずだ。あの瞬間だけは。
だけど、いつだって、幸せには終わりがあるようだ。
彼と私は、破滅との最後の決戦に勝利した。
そして、それが、幸せの終わりだった。
救世主として、戦いを通してその権利を得た彼は、救世主になるための器ではなく、体が破壊されるところだった。
それを、易々と見捨てる私ではない。私は、次元の狭間へと彼を連れて行き―――
己の全存在をかけて、彼を過去へと戻した。
新しい世界での再会を誓って。
「また、あの夢」
長い金髪を流した状態で上体を起こして、ベットの上で少女―――木本璃湖(きもとりこ)は呟く。
この夢を見るのは、初めてではない。幼い頃から、何度も見る夢だった。
そして、この夢を見た後は決まって、切ない感情に襲われる。胸を締め付けられる、という言葉がぴったりなほどである。
最初、この夢を見たときなど、あまりの切なさに涙さえ流したものだった。
「璃湖ぉ、いつまで寝てるの? 遅刻するわよ」
ノックもなしに入ってきたのは、彼女の双子の姉妹である木本衣夢(きもといむ)だった。彼女とは、二卵性双生児という関係だが、顔立ちは一卵性と思えるほど似ている。
違うのは髪の色。璃湖が金髪に対して衣夢は黒。そのコントラストが神秘的である姉妹として有名だった。
「ええ、分かってるわ」
「そういって、遅れたことが何回あったかしらね」
璃湖は意外と朝には弱い。衣夢が彼女に付き合って学校に遅れた回数は、両手では数えられなかった。
「とにかく、早くしてよね」
それだけ言うと、衣夢は璃湖の部屋から出て行った。
璃湖は、衣夢が出て行くのを確認してから天井を見上げ、夢の余韻に浸った。
確かに、あの夢は璃湖に切なさを与える。だが、同時にあの夢は温かみを与えてくれるのだ。璃湖の周りの人間が与えることのできない感情を。
それを、恋と呼ぶべきなのか彼女には分からない。だが、この暖かい心地よい感情だけは嘘ではないと確信している璃湖だった。
光陰矢のごとし、とはよくいったものだ。いつものようにギリギリで学校に登校し、いつものように授業を受け、昼食を食べ、さらに、午後の授業を受ける。いつもの日常だった。ここまでは。
夕日の差し込む教室にチャイムが鳴り響く。それは、放課後の合図。一気に教室が騒がしくなる。
璃湖は、今日の分の教科書を鞄に仕舞いこんでいた。
璃湖の通う学校はいわゆるお嬢様学校で女子高だ。それなりに校則もあるが、世間で言われるほど厳しくないし、閉鎖的というよりも開放的だ。
男女交際だって、責任が取れないような事態にならない限りは黙認されている。
だからだろうか。放課後、もっとも騒がしくなるのは、教室の真ん中ではない。窓際である。理由は、そこから校門が見えるから。
なぜ、校門が見えると人が集まるかといえば、一言で言うと男である。つまり、このお嬢様学校に彼女を持つ男が彼女を迎えにこの学校までやってくるのだ。
となれば、年頃の女性が興味を示さないわけがない。「あの人がかっこいい」だの「え〜、隣のクラスのあの人があの男の人とぉ」というような井戸端会議に近い騒がしさがそこにはあった。
璃湖は、その騒がしい場所を何の感慨もなく一目だけ見て、席を立った。
「璃湖っ!」
だが、立ったところで璃湖は引き止められた。璃湖には振り返らずともそれが誰だか分かった。
「何ですか? 璃李さん」
同じ漢字が、中に入っているという理由だけで仲良くなった彼女の友人、篠場璃李(しのばりり)であった。
肩まで伸びた黒い髪をポニーテイルしているのが特徴で、少し怒りっぽいところがたまに傷の少女である。
「いや〜、別に用事なんてないけどさ」
少しヤニついた顔で璃湖に近寄ってくる璃李。こういうときの彼女は決まって何かある。
「嘘ですよね。用件はなんですか?」
だから、璃湖は遠回りなどせず直球でそのことを告げた。いつもなら少しは、璃李の話に付き合って用件を言わせるのだが、今日は急いでいた。この後の用事といえばコンビニに切れたシャープペンシルの芯を買いに行くぐらいしかないのだが、今日に限って何かが璃湖の心をせかしていた。
「あら、璃湖っち、今日は不機嫌?」
「そんなことないです」
そういいながらも、璃湖は少しいらついていた。早く教室から出て、急ぎたい。なぜか、今日はそう思っていた。
「ありゃ〜、じゃ、単刀直入に聞くよ」
璃李もそれに気づいたのか、頭を掻きながら失敗したという表情を顔全体で表現しながら恐る恐る口を開いた。
「あんた、昨日、桜高の高橋君に告白されたって聞いたけど、どうすんの?」
その言葉に、窓際で男の品定めをしていた、女の子の何人かが耳を傾けた。
桜高。正式名称、桜坂高校は地元では相当レベルの高い私立高校。そこの高橋といえば、一人しかいない。
顔は上玉、ルックスも相当高い。ついでに言うなら頭もいい。なんというか、女の子の理想を絵に描いたような人物。
そんな、彼がこの学校に通うようになったのは一週間前。目的は、璃湖だった。
駅前で璃湖を偶然、見かけた彼は、制服だけでこの学校を探り当て、毎日、校門に立っていたのだ。もちろん、一目ぼれした璃湖に会うために。
「璃李さんには、関係ない話です」
おい、話せよ。と、高橋君を狙っている女の子が心の中で毒づく。
「いいじゃん。頼むよ。結構、気になってるんだよ〜」
パンっ、と手合わせて拝むように頼み込む璃李。
璃湖としては、この友人の頼みは断りたくないのだが、あいにく、プライベートに関わること。できれば、教えたくない。しかし、今日は急ぎたい。一分、一秒たりとも無駄にしたくないという感情が働いた。
少しの葛藤のすえ、勝ったのは―――
「断りました」
「へ?」
急ぎたいという感情だった。 一方、お願いまでして聞いた璃李は、一瞬呆けた顔をした。璃湖と言えば、こういうことに関して言えば、堅物だ。だから、もっと説得するか、説得されるかのどちらかと思っていた。
だが、今日は、あっさり答えてくれたから。それが、一つの理由。そして、もう一つは――
「え〜〜っ! なんでっ!? もったいない」
そう、璃湖が高橋君をふったという事実だ。
璃湖たちが、通う学校はお嬢様学校であるということと、可愛い女の子が多いということで有名だ。もっとも、後者は、公の評価ではないが。
そんな中でも、高橋君のような上玉を得られるのは、ほんの一握りだ。ましてや、告白されるなんて。
「好きでもない人とお付き合いするつもりはありません」
「そうは言っても、この学校は女子校だよ? 男と知り合う機会なんてどこにあるんだよ」
璃李の言うとおり、この学校は女子校。ほとんどの女子が、付き合っている相手は、ナンパされるか、以前からの知り合いが多い。
だから、この学校の破局と付き合い始めるというサイクルは非常に早い。
「大体、璃湖っち、これで何人目?」
「何人でしょうか?」
璃湖は、小首をかしげて璃李に聞き返す。
実際は、告白された数は優に百を超える。だが、その撃沈率は百パーセント。ほかの学校の男には難攻不落の花とまで呼ばれていた。
「いや、私に聞かれても……」
「そうですよね。それでは、これで用事は終わったようなので」
「あっ、璃湖っち。そんなに急いで……」
璃李が気づいて、声をかけたときにはもうすでに、教室のドアを開けて廊下を走っていた。
途中まで言葉を言いかけたので、置いて行かれたような気分になる璃李。
「ちぇっ、あんなに急いで何をしているやら……」
璃李は、高橋君がフリーという情報に歓喜する女の子の声をバックに璃湖が急ぐ理由について腕を組んで考え始めた。
いつもより早足で歩いていた。目的地はなんの変哲も無いコンビニ。特に急ぐ理由は無いはずなのに、だ。
新しい本が入ったわけでもない。たくさん課題があるわけではない。明日、テストがあるわけではない。
なのに、璃湖の足はいつもよりも確実に早い。まるで、何か目的があるように。
璃湖は不可思議な感情に悩まされながらも、目的地であるコンビニへと到着していた。
しかし、目的地に着いたにも関わらず、璃湖の感情は晴れない。何か急いでいる感覚は無くなった。だが、何かを急いている感覚は残った。
何を急いているのか、璃湖にはまったく分からない。自分のことにも関わらず、まったく分からない。
そのことが、璃湖を混乱させるかといえば、答えはNOである。むしろ、璃湖の心は今まで無いぐらいに落ち着いている。
急いているが、落ち着いているという相矛盾した感情が、璃湖の心の中で展開されていた。
それから、璃湖は、シャープペンシルの芯という目的の物を買って、外に出ようとする。
もう、璃湖の心の中で急いている感覚は無くなった。その代わりに生まれたのは、そう、あの夢を見た後のような心地よい感覚だった。
なぜ、と考える。寝起きにしか感じられない不思議と心地よい感覚。それが、不意に生まれた。しかも、コンビニの出口で。
その理由を悪かったのだろうか、コンビニの自動扉が開いた先に誰かがいるのことに気づけなかった。
それは、相手も同じだったようで、お互い、気づかずにぶつかってしまう。
ドンッ
「「あっ」」
お互いに驚きの声が上がる。そして、ぶつかった拍子に相手のほうが何か落とした。それは、地面に落ちるとポスンという音を立てた。
璃湖は、反射的にその音がしたほうを見てしまう。そこには、相手のほうが落としたのだろう。本が落ちていた。赤い、赤い本が。
「すいません。……すぐ拾いますから」
璃湖は、そう言って本を拾おうとした。その赤い本を。
だが、璃湖の動きは、その赤い本を見た瞬間に止まった。
それは、喜びだった。それは、歓喜だった。それは―――
璃湖の中で膨大な記憶が流れ、蘇る。
あの仲間と笑いあった日々。あの戦いの日々。そして、たった一人の男性を愛した日々。
すべてが璃湖の中で蘇り、そして、一つになった。
その瞬間から、璃湖は木本璃湖であり、リコ・リスであった。
もう一度、ぶつかった相手を見る。そこには、向こうでも見たことが無いような笑みを浮かべて……
「見つけた」
そう呟いた。
瞬間、璃湖は、泣きそうになった。
あの人が覚えていてくれた。私を普通の女の子の様に愛してくれたあの人が。
璃湖のそんな表情に気づいてか気づかずか、男のほうは笑みを浮かべたまま、ゆっくりと口を開く。
「お嬢さん。俺と交換日記なんかしない?」
目の前の男は、璃湖の答えが分かっているように意地の悪い笑みを浮かべる。
だが、それでも璃湖はよかった。あの人が誓いを覚えていてくれたから。あの人があの人だったから。
――――それだけで璃湖は幸せになれるのだ。
だから、璃湖の顔には自然に笑みが浮かぶ。その笑みは家族の誰もが見たことが無いような綺麗な笑み。心の奥底から湧き出た喜びだけで生まれた純粋な。
「はいっ! マスター!」
璃湖は、ついに感極まって男――――アヴァターと呼ばれた根の世界で出会った当真大河の胸に飛び込む。
大河の方も泣いているのか笑っているのかいまいち分からない表情で璃湖を抱きしめた。
それは―――新しい世界での出会いであり、誓い合った再会でもあった。
続く
あとがき
どうも! おはつです。 てる です。
今回は、taiさんに刺激されてDSなんてものを書いてみました。
もちろん、これはリコエンドからですね〜。
なぜか、これが作りやすそうだったです。
話としては中編ぐらいに考えています。できれば十話以内で終わるといいな。
そしたら、再構築編行きます。
それでは! BY てる