「だからな」


何度釈明をしても一向に納得しない相手に辛抱強く釈明を繰り返す。

釈明するのにも疲れてはきたが、ここでこちらが折れてしまえば、

これから先色々とやり難くなるかもしれない。

龍平は弁明に溜息が混じりはじめているのを自覚しつつ、

もう何度目になるか解らない弁明を繰り返す。


「この学園に来たのは偶々うちの学校が爆発しちまって、それで仕方なく」


「それがキナ臭いと言っているのです。あの学園が、お祖父様が管理なさっている学園が

 粉々に爆破される等、あり得ない事だと言っているんです」


「そうは言ってもな、実際に跡形も無くやられてるんだぞ?」


「ですから。爆破された、というのが怪しいのです」


「は? 何言ってる、義妹よ」


「良いですか? そもそもあのような堅固な、『特権階級』なる要人が学園長を勤めている

 学園なんですよ? 学園の一部を破壊させた、というのならまだしも、全壊させる程の

 危険を学園内に持ち込ませる等ということはないでしょう? そこまで危機管理が杜撰な

 訳がありません。ですから、もし本当に全壊なさったというのなら」


「だから全壊したって言ってるだろ」


「内部の、しかもそういう事に手馴れている人物、あるいは組織が犯人ですよね?」


「……で、何が言いたい、みしみし」


「冗談を言って話を反らすのは止めましょう、義兄さん。

 率直に言いましょう。私は学園を爆破したのは義兄さんだと思ってます」









D

第14話









「何を言い出すかと思えば、みしみし。

 俺がそんな事する訳無かろう? もししたとして、何の意味があるってんだ。

 何か不満があって爆破したか? それとも若気の至りで青春が爆発か?

 冗談じゃない。俺は結構あそこの生活が好きだったんだぞ?

 出来る事ならあそこで卒業まで居たかったさ。

 それにな、俺は粉々にするような技術は持ってな」


「最後のは嘘ですよね、義兄さん?」


にっこり。

それ程表情を変えない娘が時々こういう表情をすると怖いものがある。


「そんなことはないですよ?」


「……そもそも私に符術を教えて下さったのは誰でしたか?

 確かお祖父様ではなく、義兄さんじゃありませんでしたか?」


「それは多分夢でも見たんではなかろうか?

 俺は美汐が自分で勝手に修得した物だと思っていましたですよ?」


「そうですか。

 では、偶々ここにある、誰かさんが私の為に書き残してくれた手書きの、

 符術の教本があるのですが……

 それにどうしてこの場所に、さり気無く人払いの結界符術が敷かれているんでしょう」


「性格悪くなったよな、義妹よ」


「いえいえ。義兄さんの教育の賜物です。

 そして、義兄さんの教育のお陰で散々オバサン臭いと言われるようになったのですが

 これに関してはどう責任を取って頂けますか」


「えーと、それはな。最初は大和撫子を目指してたんだがな。ははは」


「笑い事じゃないんです! 私がどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってるんですか!

 事ある毎事ある毎にオバサン臭いオバサン臭いと言われ続け」


「すまん」


「謝れば済む問題ではないでしょう!

 ですが、今更義兄さんを恨んでも仕方が無い事です。

 それよりも、答えて下さい。義兄さんが爆破したのではないのですか?」


「正直に言おう」


「はい」


「爆破をしたのは俺ではない。

 この学園に転入してきたのも、俺の意志ではない。

 まぁ、少なからず可愛い義妹の様子を見たかったというのはあるけどな」


「そうですか」


淡白に切り返される。

龍平としては、可愛い義妹という所は混じり気の無い真実だっただけに多少落胆していた。

そんな義兄の事等気にもしない風に、それでは次ですと美汐は質問を続ける。


「最近、卯月さんと桐子さんのお誘いを断って、何処かしらにお出掛けなさるそうですが

 一体何処に行ってらっしゃるのですか?」


「それはみしみしの質問なのか? それとも、あの子達の質問か?」


「どちらで受け取って貰っても結構ですよ?」


「そうか。ならば、散歩していた、と言う所で」


「……また質問に答えないつもりですか。

 そんなに私達には言い難い事ですか? 危険を冒しているのですか?」


「そういうことじゃないけどな」


困った様に左頬を掻く。

一体、何と言えばこの義妹は納得してくれるのだろうか。

突き放すのは簡単で、拒絶するのは最速だ。

だが、それだけは避けたい。どうしても、この義妹には、

拒絶という状況をまた引き起こしてもらいたくは無い。

そんな哀しい事はもう十分だった。


「只、只な。お前達の不安を取り除こうと」


「その行為自体が不安になっていると考えたことは無いのですか!

 一方的に庇護される側の気持ちは解らないのですか!」


「すまん」


「謝って欲しく等ありません! 私が、私達が欲しいのはそんなものじゃありません!

 私は義兄さんが、名の知れた傭兵だった義兄さんだったからこそ、心配なんです!

 また何か無茶してるんじゃないかと」


「美汐」


「は、はい」


どこか緩んでいた龍平の雰囲気が急に鋭くなったことに対して美汐は驚かざるを得ない。

このように鋭い気配は片手で数える程度しか見た事が無かったから。


「俺は無茶しなければならないモノだ。

 美汐がどう思ってくれているか解らないが、俺はそういうモノだ。

 もしも人並みという言葉から大きく外れたモノを化け物というのなら、

 俺は等しく化け物だ」


「に、いさん?」


「お前らが了承しようがしまいが、そんな事は関係がない。

 俺は只自分の守れる範囲を全力を以ってして護るだけだ」


結局の所、拒絶したくないという自分の想いとは裏腹に

目の前の大切な義妹を拒絶している。


「これは言うつもりは無かったことだが

 2年前お前をこちらに寄越したのはここの方がお前を護ってくれると判断したからだ」


言葉を選んで話を進める筈だった。

しかし、ここまで言ってしまったからには、もう引き返せない。


「もうあの街にお前を置いていられる程、こちらの防衛体制も整っていなかった。

 それならば。この水瀬秋子が管理している街に保護してもらう方が得策だった」


「何を仰られているのか」


「だが、どうやら相手さんの用意は殆ど終わってしまった様で。

 最後にここが選ばれてしまった。それが最近のマナ変調の原因の一端だ」


「た、確かに最近、マナの増長は危惧すべき所ですが。

 でも、何かしらの対策は秋子さんが直々に策を施していると聞きましたが」


美汐からして見れば、突拍子も無い会話。

龍平の『化け物』発言からして、その真意が掴めない。

さらに自分を『護る』、『防衛体制』、『保護』、『相手さん』と言葉の意味は解るが、

その意味する所の本質が把握出来ない単語の羅列。

何をこの目の前の義兄は言いたいのか。


「秋子さん、ね。

 俺はあの人の事をどうしても信用出来ない」


「は?」


それは美汐らしからぬ返答。

上品に優雅に、と教育され、それが生来のものの様にまで昇華された言動に

穴を開ける程、その言葉は衝撃だった。


「本当に、他人からして見れば、本当に些細な事なんだがな。

 只、俺からして見ると、それが喩えるならジェンガの致命的な1ピースだったから」


「良く解らないのですが」


「ん、それはそうだ。理解出来ないように言っているんだから。

 でも、そうだな、美汐の意見も聞いておこうか。

 美汐はサイコの仕事ってモノを幾らか見た事があるだろう?」


「はい。ですが、確りと見たわけでは」


「その程度で良い。

 では、サイコの仕事ってのは具体的にどういうことだと思う?」


「そうですね。……患者と向き合って、患者の心の、その治療が必要だと思われる部分を

 補わせたり、治癒するようにカウンセリングしていく、という漠然としたイメージですが」


「そう。それがどうやら世間で考えられている平均的なサイコのイメージだ。

 実際、秋子さんの勤めていた診療所はそういう雰囲気ではあったな」


「えと、平均的というからには実際には?」


「別にそのイメージが間違っている訳ではないが、それが正しいともいえない。

 何故なら、サイコで必要なのは」


脳裡に浮かべるは先日訪れた診療所。

あの診療室の何処にも無かった必要不可欠なもの。


「患者とのインタラクションと、そして薬物だ」


「薬物」


「ああ。言葉というのは、確かに非常に強い作用を持っている。

 昔、美汐にもよく言っていただろう? 否定的な事を口にするなと。

 あれはつまり、言葉が行動を、人によっては魂ですら縛り付けるからだ。

 そして、それは人同士に限った話ではなく、万物に語り掛ける事も可能。

 それ故に、符術にしても魔道にしても詠唱が行われる。

 だが、生憎その言葉だけでは動かせない事もある。

 動かせない、動かされないということは決して悪い事ではない。

 寧ろ推奨されるべき事なのだろう。

 だが、否定的な考えが、自分を傷付けている心が動かされないのは非常に拙い。

 それに固着、執着してしまう。

 そういう時に我々サイコがどう対処出来るのか。

 その一つの答えが薬物だ」


「そう、なんですか」


「一つの治療法に限界があるように、言葉、対話による治療にも、否特にこういう治療法は

 直に限界というモノに直面する。そういう場合に必要なんだ、薬物が。

 それが、あの診療所には見当たらなかった。

 何より、俺が診た患者に薬物を与えなかった事に対して、秋子さんは何も言わなかった」


「その患者さんは薬が必要なかったと、義兄さんが判断したから、ではないのですか」


「否、あの場合には少量でもいいから、渡しておかねばならない。

 そう、ああいう患者は非常に典型的だ。その処置を間違える者がサイコAを名乗るか?」


「典型だからといって必ずしもそうだとは……」


「まぁそうだという可能性は否定出来ない。

 そもそも患者の事を二の次にして事情を聞き出そうとした姿勢に疑問を感じ得ないが。

 だから先程これは些細なことだと言ったろう?」


一つ溜息を吐く。

本来ならば言わなくても良い事を口走り、言うべきことを話さない自分に対して腹が立つ。

混乱している思考そのままに話している、自覚はしているがどうしようも出来なかった。


「だから、美汐。これだけは護ってくれ。

 判断を水瀬秋子に頼るな。頼るのは己自身とそしてお前が愛して止まないあの男だけにしろ」


「な、なななに、何を」


「あいつは、あいつなら護ってくれるさ。確りな」


「義兄さん! それはなんかの冗談ですか?

 そもそも『何から』身を護るというのですか!」


「何から、か。

 それが何か等という事は些細だ、それは圧倒的に奪い尽くしに来る。

 だからこそ、最悪ですら生温い災厄を撒き散らして来た。

 拮抗する力の無い者はその本質を理解する必要は無い。

 美汐に教える必要は無い」


それは今迄聞いてきた義兄の言葉の中で最も辛辣で拒絶した物言い。

常に自分を庇護し、励ましてくれていた義兄の口から出た拒絶。

笑ってはぐらかして来た事は多々あったが、ここまでの拒絶は初めてで。

知らず、涙が零れ落ちてくる。


「義兄さん、もう護ってはくれないのですね」


「もう俺は必要無いだろ?

 やっと、やっとお前が頼れて、傍に居たいと思える人が見つかったんだろ?

 なら、義兄さんとしての俺の役割は終わったさ」


自分が泣いているとも解ってない義妹の頭を数回撫でて

大丈夫だというようににっこりと微笑んでみせる。

そして、これで終わりだと背を見せ


「心配するな、みしみし。

 お前達が被る事になる災厄は小波みたいなもんだ。

 十分に、十分過ぎるほどに、相沢なら対処出来る。

 ……そういう風にお膳立てする為に俺が居るんだ」


木立の中をズンズンと突き進んでいく。









もう見えない義兄の姿を思い出して、美汐が一人ごちる。


「またそうやって無条件に身勝手に助けるっていうんですか、義兄さん」


持ってきていた手書きの教本。

そこに書かれている文字の並びはどこか歪んでいるものばかり。

文字を書く際に、しっかりと押さえて書かないとこういう風になってしまう。


片手(・・)なんだから、自分を大切にして下さいっ」


教本を握り締める。

昼時の鐘が響くまで、彼女はずっとそうしていた。





幾許かを除き、誰もが解らぬ内に事態は進行する。

望む望まないに関わらず、時は刻まれていく。







To be continued...