赤い空に墜ちていく鳥
その影を追いながら僕は虚空に堕ちる
綺麗だねぇ、隣に座る娘の独り言
残酷だねぇ、泡沫と消えいく僕の呟き
ぶちまけられた赤の世界が少しずつ黒の世界に侵されていく
あ、沈んでいくねぇ、あぁ、退場するなぁ
脇役は引っ込み、主役が姿を現してくる
何だか怖いなぁ、何とも輝かしいじゃないか
月
ツキ
我らに力を与えるもの
そしてヒトを追い詰めるもの
――――― 『無題』
太陽は空から退場し、主役の月が自己主張している。
夜の帳は降り始め、今日の遊びはこれで終わり。
少年と少女は遊び場である大きな大きな草原から自分達の住む集落へと歩いている。
「ぜつりんの〜ちからをかりて〜いま必殺の〜サン・アタック〜〜〜!」
「……絶倫だとSan・attackになるよね、うん」
「え?」
若干、間違えた知識で遊んでいたようだが。
「りゅう君。また明日付き合ってくれるかな?」
「ああ、いいよ。でも、道場が終わった後でね」
「うん! 私りゅう君が終わるの待ってるよ!」
少年を待つことすら嬉しいと言わんばかりに笑顔を返す少女。
道場で練習する彼の姿を思い浮かべ、その精悍な姿に頬を染めつつ彼女は言葉を繋ぐ。
「そうそう、ほんっっっと、りゅう君って強いんだね!
もう、私のお父さんじゃ全然相手にならないし!」
少年は少し照れた様子で少女に言葉を返す。
「……そうかな。僕はこれでもこの村を守る一族だから。もっと強くならなきゃ」
この話はこれで終りとばかりに、今度は少年が少女に明日の遊びについて話しかける。
それに少女は心底嬉しそうに喋りだす。
そんな様子を見て、一瞬すまなそうな顔をしたが、少年は熱心に語る少女に付き合う。
その内に村の明かりが段々と近づいてくる。
「じゃね。りゅう君。また明日」
「うん。また明日。なっちゃん」
振り切れんばかりに手を振り駆けて行く少女に、手を振り返し少年も自分の家へと帰る。
空には幾千もの星が輝き、月とともに宙を飾り付けている。
少年の耳に聞こえるのは脇の草むらに隠れた虫達の協奏曲。
空を仰ぎ、少年は呟く。
「明日も平和かなぁ」
月は答えを返さない。
D
第11話
少年は自分の家の一部である道場に直接向かう事にした。
特に偶然そちらに向かったわけではなく、この時刻にはいつも行う“修行”のために。
「父さん、今帰りました」
道場の中心で瞑想に耽る大柄な男が独り。
少年はその男に向かって自身の帰宅を伝える。
男は閉じていた目を開き、少年に目を向けた。
「ああ。お帰り、龍平。では、始めるが良いな?」
「はい。宜しくお願いします」
龍平と呼ばれた少年は父と呼んだ男に対峙する。
時代を刻んできた道場で「修行」という名の親子の決闘が始まった。
「ハッ!」
気合一閃。男が龍平に向かい右手を振り下ろす。
龍平は微動だにせず、男の右手は龍平の鼻先で止まった。
「相変わらずいい目をしてるな。父としては嬉しい限りだが」
「“悔しい限り”の間違いじゃないんですか? まぁ、避けなくても腰の入っていないそんな打ち下ろし、痛くもありませんよ」
「ふん。相変わらず口は悪いな。少しは……」
「親に尊敬の念を見せろと? いつもしているはずですよ、修行の時以外は」
「分かってる。しかし、その戦闘と普段の時のギャップはどうにかならんのか?」
「なりませんね。どうにも血の為せる業のようで。
さて、もう始めてもよろしいですか」
「ああ、来い」
というが早いが、鼻先に向けていた右拳を開き、龍平の喉を掴みにかかった。
それをバックステップでかわし、ワンステップで前進。その動き獣の如し。
「『来い』で襲うとはまた支離滅裂な!」
「常套手段だろ、と!!」
龍平の回し蹴りをかわし、お返しとばかりに左の正拳を返す刹那、
かわした筈の龍平の足がばね仕掛けのように首を刈りに来る。
それを仰け反り男は紙一重で避けた。
「餓鬼の癖にしゃらくせぇ」
男の頬に血が流れる。
紙一重で避けたはずが微妙に掠めたのだろう。
間合を開けて体勢を立て直す。
互いの攻撃が殆ど当たらず、拮抗状態に陥る。
修行がこのような状態になったのは何時の頃からだろうか。
龍平の齢が一桁だった時には、常に男が余裕を持って龍平の攻めに対処しカウンタで叩き伏せていた。
それは極当然の事態。何しろ基礎体力が違う上、武道をやっている年季が違うから。
しかし、ここ二年程、男の父親、つまり龍平にとっては祖父にあたるのだが、
彼が龍平に何かを教えるようになってから龍平の動きが目覚しく変わった。
一体、何を教え教わったのかは見当もつかない。
男が父親に武道を教えてもらう事など殆どなかった。
嫌われていたというわけではない。
ただ、男の傍に父親が居る事が出来なかったという事。
いくら隠れ住んでいたとはいえ、一つの町を形成している時点で戸籍からは逃れる事はなく、
国家の一大事、戦争に駆り出されてしまうのは仕方が無く。
戦争が終焉を迎え、国家が動乱の渦中に投げ出され、予測不能の事態が起こり、
混沌が混沌を生む頃にいたっては、既に男は一人の戦士として確立してしまっていた。
それだけに息子の龍平が自分の父親に何かを教え込まれている事が少々羨ましくあり、嫉妬の念もあり、
修行は「修行」というよりも決闘に近い意味合いを持っていた。
レンジの違いを苦ともせず、龍平が攻めに出る。
その精度と的確さに自分には無いものを感じ、男は軽く舌打ちする。
(だがしかし……)
と思う。惜しむらくはウェイトの少ない事を。
確かに龍平の攻め手一つ一つは鋭く、ガードせずにその衝撃そのものが急所に行けば意識を刈るに十分だろう。
いや、ガードしていても受けを間違えれば骨折になる可能性もある。
しかし、それはガードが無い、甘いという条件があればこそ、その仮定がなければ、
つまりガードさえ確りしていれば、見切りかわせるのであれば、単なる軽い一撃になってしまう。
懐に入り上段蹴りをかます龍平。
男はそれを左手で衝撃を吸収し、右正拳突きを出すモーションを見せる。
それに龍平が過敏に反応し、間合の外に出るために後退する。
(そしてこの反応の良さ、いや良過ぎるのか)
正拳突きはフェイク。
後退する龍平に男の中段蹴りが追う。
後退するスピードよりも迅く、女性の腰周りほどもある太い脚が体に吸い込まれる。
それで龍平は吹き飛ばされた……のだが
「ちっ! 爺さんみたいな真似しやがって」
「それはそうですよ。お祖父さんに教わったのですから」
『落葉』
男の父親はそう呼んでいた。
相手の放つ一撃(に対し、自らの体をその一撃に任せる。
それは舞い落ちる落ち葉の様。
先程の蹴りも龍平が足を添える事で、脚全体をクッションにし衝撃を飛ばされる力へと変えたのである。
逆らわず衝撃を逸らす。基本的ではあるがイザやるとなると、恐怖で身が竦んで上手く出来ないものなのだが。
「これで終わりという訳ではないだろ?」
「ええ。それともなんですか? もう疲れて動けませんか?」
「ふん。餓鬼には言われたくないなぁ、そんなこと」
互いに挑発しつつ、間合をじりじりと詰めていく。
一足で踏み込める位置まであと三歩――
既に相手しか視界に映さない
あと二歩――
相手の二手先、三手先を読み進め
あと一歩――
己が推測が正しい事を証明せんが為に
零――
躍り出る
「龍平! 巽さん! いい加減にしてください! ご飯が冷めてしまいます!」
びくぅ!!
扉に手を据え、二人を睨んでいる小柄な女性が張り上げた声が二人を萎縮させる。
女性は如何にも「私怒ってます」という風に眉間に皺を寄せ二人に対峙する。
萎縮した二人の首がギシギシと軋みながら女性の方に向けられ
「精華さん」「母さん」
「何ですか? 何か言いたいことがあるならご飯抜きにして」
「「スイマセンでしたーーー!!」」
「よろしい」
恥も外聞もなく平身低頭。
どうやらこれで女性の腹の虫が治まったらしく、早く来てくださいねーと言いながら道場を去っていく。
残された二人は顔を見合わせ
「今日のところは精華さんが怖いからこんな所で」
「はい。僕もまだ命が惜しいので迅速に食卓に着きましょう」
今日の修行を終わりにする。
星は輝きを増す
その命を撒き散らしていくように
日常は輝き続ける
終端が何処にあるかも分からずに
彼にとっての終端は静かに忍び寄る
幼い彼に 人である彼に 分かる筈もなく
輝く刻を過ごしていた
To be continued...