若干小柄な青年が住宅街を歩いている。

彼と同年代の若者ならば、大抵は好むも好まざるも学び舎に居るような時間帯。

現に、祐一達がタッグ戦を始めようとしていた昼前の時間。

黒を基調としたスタイルを貫いている彼こと龍平は学園をサボっていた。

特に彼が不良であるということではなく、

学園で授業やら実習やらを受けるよりも優先順位が高い事項がここ住宅街にあるということ。

暫く歩いてたどり着いた白い建物。

ここで歩みを止め、中に入ってゆく。

その建物の名は『雪羽北診療所』





D

第9話





「御免下さい」


診療所に入ると、完全な無人。とはいっても、平日の昼間から混雑しているような診療所というのもどうかと思うが。

とりあえず、誰かに取り次いでもらおうと声を掛ける。

すると、奥から三つ網をした若い女性が、……もとい秋子さんが登場。

いつも魅せている汎用量産型『秋子スマイル』は影を潜め、きりっとした表情を見せる。


「龍平さん、すいません。態々学園を休んでまで来ていただいて」


「いえ、気にしないで下さい。授業聞いてるよりかはこっちの方が性に合ってますし。

 で、俺に診て欲しい患者さんってのは?」


「今は診療室でお休み頂いてます。まずは上がってくださいね。詳しい話もそこでしましょう」


そうして、龍平と秋子さんは診療所の奥へと向かっていく。











リングには唯一人のみが立っていた。

そこに審判をしている講師の声がかかる。


「よし、そこまで。西条チームの勝ち」


「……ゆらぁり。ホントの刃ならこんな面倒で無いのに……」


といって降りてくる女生徒。ふらふらしながらリングを去る。

その容姿、その言動共にかなり怪しかったりする。


「西条さんって普段はあんななのに無茶苦茶強いよな」


「ああ。そういや、あいつには勝った事あるのか、北川?」


「そりゃあるけどな。美坂と違ってそんなに相性が悪いって訳ではないけど。

 それでもあのスピードとナイフ捌きにはかなり梃子摺るし。今のところ、4勝5敗2分けってとこか」


「結局負け越してるのか。北川、屁垂れな」


「俺、ヘタレっすかねぇぇぇ!?」


「……北川君、キャラが違うと思うけど……。それに相沢君もバカやってないで! そろそろ試合なんだから。

 あのチームには負けられないし、それに那美に主席の座を返してもらわなきゃいけないからね」


そういう香里の背から炎に包まれた龍が見えるのは幻覚だろうか。

気のせいか、大地がその香里の迫力に共鳴するかのように轟いている様な気もする。

その迫力に飲まれている北川&祐一。恐る恐るといった雰囲気で香里に尋ねてみる。


「か、香里さん? もし、もしですよ、負けてしまったら」


「あら、相沢君。『負ける』ことなんて有り得ないから、負けた時なんて考えなくていいのよ?」


と満面の笑みで返す。表情とは反比例するかのように背中に聳える龍は巨大化していき、それを取り巻く炎はさらに激しく噴いている。

そして、その龍が祐一達の方を向き、炎を吐き出さんとするような錯覚。

呼応するように、満面の笑みをさらに素敵に輝かして、でももし――と付け加える。


「万が一、いえ、億が一、いえいえ、京が一、負けてしまったのだとすると・・・」


「「す、すると……?」」


「……(ボソボソ)」


「「ぜ、絶対に勝ちます!!!」」


「よろしい」


ニッコリと笑顔で圧倒する香里と震えてガタガタしている二人。

そんな三人を見て周囲の人間が不思議そうにするも、三人の会話の内容が聞こえるはずも無く首を傾げるばかり。

ついでに対戦相手の『聖チーム』はというと、確りと作戦を確認しあってたりする。


「ほら、お前ら。ここまでの試合が結構長引いたせいでそろそろお昼になっちまうだろうが。

 さっさと上がって来い。んで、さっさと決着つけろよ。いいな?」


結構、無茶苦茶なことを言っている講師。遅ればせながら、名を石橋という。

現役時代には高位のランクを所持していたようだが、そんなことを鼻にかけたりせず

かなり面倒見もいいと評判なのだが、如何せんここまでの試合が長引いて不満だったのであろう。

その不満を解消して欲しいがために、両チームに発破をかけている。もしかしたら、ただ面倒くさいだけかもしれないが。

両チームが上がってきたのを確認し、開始の合図をかける。


「はじめ!!」


やっと、三回生最強チーム同士が激突する。











「成程。昨日の被害者ですか」


一通りの患者の情報を聞き終え、秋子さんの淹れてくれた珈琲に手を伸ばす。

インスタントとは一線を画すその味に満足げな表情を浮かべ、秋子さんを見やる。


「で、何を診て欲しいんですか? 秋子さんは?」


「……! いえ、ただ私はあの方が後にこのことで心に疵が付かないかと」


「別に隠さなくてもいいですよ。まぁ、確かにキズが残る確率は高いでしょうね。PTSDですか。

 名前を付けることに意味なんてありませんけど」


そこで一息つくために、またカップに口を付ける。

それをじっと見つめる秋子さん。診療所の一部に剣呑とした雰囲気が漂う。


「まぁ、そうですね。そうならないように今の内に対処しておいた方がいいと思います。

 外科手術や魔道治療と違って完全に、しかも“治す”ことなんてのは出来ませんが。

 患者さんのことを考えるのであれば、今ここで対処できることは対処しておくべきです。

 でも、それは俺がやらなくても、他のサイコでもいいのでは?」


「……」


「確かに、俺はAのクラスを持ってますし、あの『Tranquilizer』の弟子でもあります。

 自分で言うこっちゃないですけど、Sクラスの方と同程度の数の患者の診療に携わってきてます。

 でも、この雪羽にはSSクラスのサイコが居ませんでしたっけ?

 一体、診察とは別に何が知りたいんですか? 秋子さん」


「……」


「まぁ、予想は付きますけど。彼女を襲った犯人は誰なのか?

 彼女が襲われたとされる路地裏にあった大量の血痕はそのなんなのか? 彼女が居たときにはあったのか?」


言葉を区切り、珈琲から目を秋子さんに向ける。

追い詰めていくように、じっくりとねっとりと。


「……そして何より、その犯人達は一体誰にヤラレタのか?」


「……ハァ、龍平さん、何時からそんなにイジメッコになったんですか?」


諦めたような顔を一瞬見せ、剣呑としていた空気を緩ませる。

どこかスッキリとした表情に見えるのは何故なのだろう。

一度目を明後日の方向に向け、再び龍平の方に目をやる。覚悟を決めた様だ。


「龍平さんの言う通りですよ。龍平さんが気付かなかったら序でのように頼んでいる所でしたよ。

 でもやっぱり気付かれてしまいましたね」


とぺろっと舌を出す。普通この妙齢の女性がこういう仕草をやると聊か違和感を持つものだが

流石秋子さん。なんとも仕草が似合っている。


「やっぱり、ということは少しは骨があるとでも思われてたんですね。

 期待に添えて、何よりです。」


「まだ苛めますか、龍平さん。意地悪です。

 で、話を戻しますが、こういった事も含めて診て頂けませんか?」


「余り気乗りがしませんが、引き受けましょう。何より秋子さんの頼みですから。

 ただ、理由だけは教えてもらいたいですね、何故“裁断者”の存在を知りたいのか」


「龍平さん、自分が解ってる事を態々聞くのは意地悪だと思いますけど。

 ……いいでしょう、それは置いときます。

 彼女を襲った犯人が何なのか、ということは大体解っています。

 最近騒がしている事件との関連性や、残るべき体が残っていなかったことから、多分グールの類でしょう。

 “人に仇為す者”が滅する分には、こちらとしては歓迎すべきことなのでしょうが、

 如何せん、滅した方が本当の意味で私達の“味方”かどうか判りませんからね。

 なるべく、情報が集まるに越したことはありません」


「まぁ、そうですね。判りました。

 そういうことも聞きつつ、彼女の不安を少しでも取り除くことが俺の仕事ってことで。

 これ以降の長期的な診療については後でSSの方にお話を通しておいてくれませんか?

 俺も何時も何時もここに来れるとは限りませんので」


「勿論、解ってますよ。今後のことは私か雨宮さん――SSのサイコの方ですけど――で対応しますから大丈夫ですよ」


「え? 秋子さん、サイコ持ってたんですか?」


「あら? 言ってなかったかしら。一応、龍平さんの下のクラス、A-ですよ」


龍平は軽く髪を掻き毟るように手を動かす。


「秋子さん。あなたは完璧超人ですか? まぁいいや……始めましょう」


何か諦めた様にそう呟いて診療に向かう。少し背中に影が差していたような気がした。











開始の合図と共に北川が跳び出す。両手には小型の斧が握られている。

勿論、訓練のために全ての生徒の刃には特殊な緩衝材が付けられている。

非常に特殊な武器、例えば零の銃器は弾がゴムスタンに、他には暗器にもそれぞれ緩衝材が付いている。

殺傷能力は著しく削られているが、痛いことは痛い。『戦闘』に痛みが伴わないのは危険であろう。


「ウラァァァァァァ!!!」


『聖チーム』の前衛・研児の得物へと右手の斧を打ち下ろす。

刀と斧。小型とはいえ、その分厚き刃、それに加えて北川は強靭な膂力を持つ。まともに受ければ、刀はひしゃげるか、

最悪でも動きを止められてしまう。止めてしまえば、もう一つの斧の餌食となる。

ならば、避けるは必然。

研児は刀を引き、そのまま袈裟切りに。

当然、引かれることを読んでいた北川も左手で受けようとして――慌てて後に下がる。


「生憎、一対一でやってるじゃねぇんだ! 気を付けな、猪武者」


「うっせー。邪魔するな!」


今まで北川が居た所にゴムスタン弾がめり込んでいた。


「北川君、そんなとこで馬鹿言ってないで! そこに居ると邪魔よ!」


下がった北川の影から、香里が飛び出す。

刀を振らせないように密着、拳を繰り出し、足払いを掛ける。


「…」


無表情でそれらを捌きつつ、後退する健児。

それを見て追撃とばかりに北川も混じり、一気に畳み掛ける。


「香里! 北川! それ以上追撃するな!」


零に牽制され、加勢出来ない祐一が声を上げる。

後ろから見ていることもあり、状況が掴み易いのだろう。

祐一の判断を信用しているとはいえ、今は畳み掛ける絶好の機会。

祐一の制止を振り切って攻勢に出る。

が――


       キィン キィン


相沢君(フロイデ)の忠告は聞いておいた方が良いと思いますよ」


薙刀の突きで斧と手甲は受け止められていた。


「私の『絶対領域(ベライヒ)』にようこそ。歓迎致します」











「どうですか? 少しは気が楽になりましたか?」


「はい、有難う御座いました。まだ少し不安ですが」


「それはそうですよ。あれだけ怖い思いをしたのです。どれだけ気丈の人でも不安にならない事なんてありませんよ。

 だから何時でも不安になったり、落ち着かなくなったらここにいらして下さい。歓迎致しますので」


にこやかに、何時もは見せない営業スマイルを浮かべる。

心なし患者の顔が赤くなったような気がする。


「そ、それでは失礼しますっ! 有難う御座いましたっ!」


ぱたぱたと赤い顔を伏せるようにして診察室を走り出ていく。

数瞬して秋子さんが診察室に入ってきた。何か含みのある笑いをして。


「あらあら、龍平さん。患者さんを口説いちゃいけませんよ。あちらでもそんな感じだったんですか?」


「そういう冗談は止めて下さい。別に口説いてるわけじゃないです。誰でもそうですが、

 頼れるところがあった方が安心ですからね。ああいう言い方したんですよ、ったく。

 それにあっちでも、そんなことした事ないですし、もてた事なんてありませんよ。相沢じゃあるまいし」


「そうなんですか? 私は雷蔵さんから加奈ちゃんが龍平さんに近づく女性を追っ払うのに死力を尽くしているとか聞きましたけど。」


「え? 加奈がですか? しかも俺の周りに女性? なんかの間違いじゃないんですか?」


加奈というのは龍平の彼女……ではなく、雷蔵の孫娘。一応、龍平と一つ屋根の下に住んでいた仲だが、

特に男女の関係などという事にもなってない。


「いえ。多分龍平さんが気づかれて無いだけでは? 加奈ちゃんも随分必死なんですね」


「加奈も何やってんだか。まぁ、よく分かりませんけどねぇ。……じゃ、報告始めましょうか?」


「はい。お願いします」


龍平は手元に置いておいたメモ帳を捲って患者から聞き出したことを話し始める。

矢張り彼女を襲撃したのは、二十体程のグールだという事。何処から沸いてきたのかは分からないがいつの間にか囲まれてしまった事。

諦めかけたときに人の声がした事、そしていつの間にかに表通りまで来ていた事。

彼女が話したことをより理解し易いように話を纏めて報告している。


「ということは、一切助けてくれた人の顔、いえその存在を見ていないと?」


「らしいですね。錯乱状態だったようで、記憶障害になったとも考えられます。

 ただ……この場合はそういったことではなく」


「本当に見ることがなかった、ですか?」


「えぇ。そうだと俺は思いますね」


「では、もしかしたら彼女を助けたのは人ではない可能性もありそうですね」


「まぁ、そうでしょうけど。出来ればそうじゃないことを祈りますよ。

 人語を理解する人外っていったら、吸血種やら鬼種といった貴種じゃないですか。

 厄介なことは御免こうむりたいっすよ、ホント」


「そうですね。今出てこられても混乱するだけです。何も無ければいいんですけど」


沈黙が場を支配する。

マナが蠢くこの地でこれ以上何かが起きたら対処が仕切れない。

民の安心を一手に引き受けている以上、少しの不安も在ってはならないのだが、

今何も打つ手が無い状況に秋子さんも焦りを感じていた。



今後の方針を二、三話して龍平は診療所を辞去した。

昼食と午後の講義のために学園に向かう。

学園に向かう道すがら、脳裏には苦悩する秋子さんの姿が映し出されていた。











相沢祐一は苦悩していた。

零の射撃と健児の剣戟に押し込まれて、という訳ではない。

力を抑えていてもこの程度であれば完全に回避可能である上に、二人を地に伏せることも可能であった。

では、何に苦悩しているのか?

それは香里と北川を完璧に手玉に取っている那美の存在だった。

確かに、彼女の槍・薙刀のセンスはずば抜けており、特に自分の間合いには絶対的な自負を持っている。

力を抑え、技を封じている祐一にとっては彼女の『絶対領域(ベライヒ)』は突破できない。

ただ、どちらか一方を開放したのならば、容易に(・・・)突破出来る。

A級とSSとはそれほどまでに差があるのだ。

だから、那美には自惚れて欲しくは無い、だがそれを教えるためには自分の力、技を開放する必要がある。

諌める為に自分のランクを曝す危険を冒すか、それともそのままにしておくか。

それゆえの苦悩。


「……余所見をするな」


逆袈裟から切り上げ。髪を掠めるように刃が通り過ぎる。

仰け反った体勢からバック転。ゴム弾をやり過ごす。


「ちっ。素直にあたれや」


「当たったら痛いだろ!」


軽口を叩きながら、一閃。辛うじて防ぐも、後退する健児。

スペースが開いたため、香里達の方を見遣ると、既に北川が地に沈み、香里と那美の一対一状態になっていた。


(――拙い!)


那美の突きを無理な体勢で避けたことで、生まれる隙。

そこを突かれ、香里は呆気なく吹っ飛ばされる。


「……だから、余所見を」


「分かってる。行くぞ!」


横薙ぎをしゃがんで避け、間合いを詰める。そのまま、抜刀して、柄頭を健児の腹に突き刺す。

ぐっと呻くような声がした後、膝が落ちる。

それを見届けることなく、零の方へ疾走。弾切れを起こしたのか、既にホルスタに銃を収め、

徒手空拳で構えている。

距離が刀の間合いに入った瞬間、柄に手をかけ抜刀。

それを予測していたようにしゃがみ、懐に飛び込んでくる。


「もらった!!」


収めていた銃を抜き、早撃ちしようと引き金に指をかける――

前に返す刀で後頭部を叩き、前に倒れこむ。

那美の方を窺おうと首を捻ると、タイミング良く薙刀が通り過ぎる。


「相沢君。もう『絶対領域(ベライヒ)』の中に入っていますよ」


「確かにな。じゃ、今日はその『絶対』を打ち崩しますか」


「遣れるものなら遣って下さい。相沢君(フロイデ)


同時に動き出そうとしたその時


       ビィーーーーーー


無情にもブザーが鳴る。

「おい、お前ら! さっさと決着つけろと言っただろ!」


「すみませ〜ん」


「はぁ。もういい! 次回からはもっとちゃっちゃと終わらせろ! おし、今日は解散だ」


教師の言葉で動き出す面々。

まともに攻撃を貰って伸びていた北川たちものろのろと立ち上がる。


「相沢君。さっきの失言、覚えておきますからね」


「へいへい。俺は覚えちゃ無いだろうけど」


祐一は香里と北川を介抱しに立ち去る。

その背中を恨めしそうに那美は睨んでいた。



To be continued...



<後書き。>

やっとこさ、書き上げました第9話。如何でしたでしょうか。
知っている人は知っている『西条玉藻』を出すなんていう愚行を
やってしまいましたが……口調こんな感じだったかな(汗

次回は……まだ考えていないといえば嘘なんですけど。
少し順番を入れ替えようかなと思ってたり思ってなかったり。

何かご意見、矛盾がありましたらメールか掲示板でご一報ください。
お待ちしております。
以上、和良比でした。