大空に浮かびし「虚」なる月。
「実」なる太陽から放射された光が月を介して送り届けられる。
月は言うなれば「反射鏡」である。
反射された光は位相を反転させ、それ故に月の光は「虚」となる。
「虚」の光は益々エーテルを暴走させ、奔走させる。
今宵の月は下弦。先の望月は何事もなく、平穏な夜を過ごすことが出来た。
だが、次も平穏でいられるとは限らない。
寧ろ、平穏である確率の方が分が悪い。
なぜなら……こんなにも凶化が蔓延っているのだから。
「はっ!!」
咄嗟に左手に刀を持ち替え、左後方に刃を向ける。
向けられていた爪に刃が当たり、甲高い金属音が響く。
そのまま、手首を返し、一気に切り下ろす。
「ガァァァァア」
魔獣達の動きに隙を見つけ、体勢を立ち直すべく跳躍。
着地し、踵を返し、対峙する。
魔獣の数は六。捌けない数では決して無い。
一気に形をつけるべく、一つ息を吐く。
「六の技『陸波』」
六の獣に告げる死刑宣告。
『壱迅』が単体に対する高速「抜刀術」とすれば、『陸波』は複数に対する高速「抜刀術」といえる。
鞘に手を翳し、刃を納める。相手を見据え、静止。
祐一が動きを止めたことに虚を突かれた魔獣たちも、再び襲い掛かる。
そして、彼は静から動へ
「――――っハ!」
一気に力を解放し、弾丸の如く獣に迫る。地面とほぼ平行な低空高速移動。
距離が間合に入る瞬間、抜刀。紫電が唸りをあげ。
一閃。二閃。三閃。
頸部。胸部。下腹部。
四閃。五閃。六閃。
頸部。頸部。胸部。
七閃。八閃。九閃。
腹部。後脚部。頭部。
輪切りにされていく魔獣。闇に舞う血のシャワー。叫喚と風斬音の追悼曲。
十閃。
宙を舞う巨体。
静寂が訪れる。
そこに佇むのは立つことを許された勝者のみ。
『陸波』を使った反動で痺れている右手を無理矢理持ち上げ、魔獣の残骸に手をあわせる。
幾ばくかそうした後、彼は周囲の様子を探るようにそっと目を閉じた。
「こんなに波動が乱れてるんじゃ、掴めるものも掴めないよな」
ため息と共にそう呟いて、その場を後にする。
月の光の恩恵を受けない路地裏。
腐臭が渦巻くこの場所で、安らかな眠りを取ることを許されない者たちが
その渇きを癒そうと一人の女性に群がっていた。
「や、何なのよ!! 来ないでよ……」
女性が幾ら叫ぼうともその声は路地裏から外には漏れず。
あと少し残業が早く終わっていたら、あと少し計算ミスが少なかったら、
こんな目には遭わなかったかも知れない。
人の生を謳歌できない人外の包囲網が徐々に狭まる。
その中心にいる女性も、この状況を覆すことが出来ないことを悟ったのか、
既に抵抗する意思も消え去ったように空ろな目で人外達を見渡し、
いっそのこと意識を手放した方が楽かも、なんて考えて……
「おいおい。死にたいのか、あんたは? それなら助けるなんてことはしないんだがさ」
「えっ」
頭脳が今の状況についていけない。こんな場所でこんな時にヒトの声がするなんて。
呆けたような顔でただ、本能が命ずるまま応える。
「助けて・・下さい……」
「おーけー。助けたる。」
視界が歪む。やっぱり脳が自分の置かれている環境に適応できず
吐き出す言葉はエラー・エラー・エラー。まだまだ視界が歪んで歪んで歪んで
そして表通りに自分が座っていることに気がつく。
混乱する頭で必死に考えて考えて、この場に居ることが一番危険だと察知。
縺れる足をなんとか前に出して、女性はその場を駆けて行く。
路地裏では男と人外達が対峙する。
獲物を取られた事を酷く怒っているのか、目の前の障害を新たな獲物にしようと思ったのか
人外の網が男に近づいていく。
男は心底鬱陶しそうな顔をして、言葉を紡ぐ。
「さて、自由時間はここまでだ。
とっとと自分が使った遊具を持って家に帰りましょうね」
男の声が人外と成り果てた身に聞こえるはずもなく、男に迫っていく。
「ま、為りたくて為った訳でもなく、さりとて死にたくもないと。
仕方が無い。規則を忘れた園児達には先生(が規律(を教えてやろう」
瞬間、男の姿が掻き消えた。
D
第八話
「ねぇ、相沢君。知ってる?」
「ん? 何が?」
名雪を起こすのに一苦労、学園まで走ってくるのにもう一苦労で
既に朝から疲労困憊になっている祐一に対し、香里が挨拶も抜きに聞いてくる。
血液は活発に動いているものの、脳はまだ少しも動いてくれず、
香里が何を言っているのだか解らず聞き返す。
ちなみに、名雪は兵科の『魔』専攻なので違う教室にいるのである。
「今朝見つかった大量の屍骸と血痕よ。知ってるでしょ?」
「ん、まぁね。公園近くの道路にあったやつだろ?」
「ええ、それもそうよ。五、六体の」
「ちょっと待て。『も』ってどういうことだ?」
香里の口走った言葉に反応してだらけていた体を無理矢理起こす。
てっきり知っているものだと思っていた香里が少し驚きの顔を見せるが、それも一瞬。
「えっとね。その公園とは大分離れた所の路地裏でね、血痕が見つかったのよ。
ヒトの血液で、しかも一人や二人じゃなくて、少なくても10人単位のね。
どうやら、目撃者というか被害者が通報したらしくて、今朝発見された訳。」
「……そうか。」
「うん。何にせよ、最近物騒になってきたわよね。狂化の大量発生やら吸血鬼騒動やら」
「香里なら平気だろ」
「何か言ったかしら、相沢君?」
にっこりと笑いかける香里。顔は笑っているが、目が笑っていない。
その殺気に当てられて、冷や汗を掻き、刀に手を伸ばしかけるが、そこは我慢する祐一。
すかさず謝って何とか怒りを押し静める。
と、タイミング良く実技演習担当の講師が入ってくる。
「とっとと席に着いてくれ。これからやること多くて忙しいんだからなー。
知っての通り、今日は実技演習をやる。まぁ、何やるか詳しくは知らんと思うから説明するぞー。
3回生になるとだな、去年までと違って外での演習が増える。
特にこの『武』A班は他のB,C班に比べたらもっさりある。そこでだ。
一々メンバを変えるのも面倒くさいからなー、メンバ固定して行動するようになる。
……あ〜、メンバは自由に決めていいぞ。ただし、三人一組だからな。
……話を最後まで聞け〜。
でだ。今日はそのメンバで軽く暫定ランキングを決める。……そうだ。3対3のタッグだ。
五分したら、タッグ戦の組み合わせを考えたいからなー。それまでにメンバ決めておけ。
……あー、言い忘れたが、来週は校内統一の個人戦があるからな。」
途端、教室内がざわざわとざわめき合う。
個人戦のことは前々から情報が流れていたが、演習用のメンバでタッグ戦を行うとは知らされていなかった。
そのため、こんなにも騒然としているのである。
教室内を動き回る生徒達。
自分と仲の良い人と組む者、相性が良い人と組む者、自分が命令を出せるような人と組む者、
作戦を考えてくれる人と組む者、興味なさそうにしている者と色々なものが居る中で、
去年の学年ランキング2位3位である香里と祐一は目を合わせ
「ま、組むか。」
「そうね。よろしく相沢君」
「よろしく、美坂♪」
「ええ……って北川君!!」
「よぅ。遅かったな」
「ああ。ちょっと夜中まで目が冴えちまってな……んで寝坊した。
でも酷いと思わないか〜? 寮の奴、誰一人俺を起こさないなんてさ〜」
「自業自得よ」
「だな」
「うわ……容赦ないな、お前らも。とりあえず、メンバに入れてくれないか?」
「俺は別に構わないが、香里は?」
「不満は一杯あるけど、いいわ。贅沢も言ってられないし。」
「……なんか酷くないか、美坂〜。」
「気にするな、北川よ。とりあえずメンバ決定ということで、」
「「「よろしく!」」」
結局、いつも一緒にいる『美坂チーム』でタッグを組むことに。
教室中もそろそろメンバが固まってきた頃だった。
―――それから20分後。
「おい、席に着け。一応こちらで勝手に順位分けをさせてもらった。
今までの個人ランキングと比較して、だがな。勿論、タッグ戦だからあまり参考にはならんかも知れん。
とりあえず、今日はこの組み合わせで対戦してみろ」
と、対戦表の書かれたプリントを配布する。
たかが、20分程度で対戦を決め、それをプリントに纏めるとはなんと仕事の速いことか!
と誰もが思ったに違いない。この学園、教師も只者ではない。
兵科『武』専攻の生徒は一学年120名程度であるが、今回タッグ戦が行われるA班は
その中でも成績(戦果)優秀者が集められた上位クラス。
人数は30名しかいない。その中で組まれたチームのうちトップとされている『美坂チーム』
昨年のランキング2・3・5位が集まれば当たり前といえば当たり前なのだが。
「うわ……今日の対戦相手『聖チーム』だって」
「『うわ』とは酷いんじゃないですか、北川君?」
「げ」
北川の後ろに仁王立ちする大和撫子然な美少女。名を聖木那美と言う。
香里や、力を抑えている学園verの祐一を差し置いて学年主席となっている戦乙女。
長く伸ばした黒髪、秀目麗眉な顔立ちに似合わず、学年最高ランクの『武』A+を保持。(勿論、祐一は例外として。)
結構、毒を吐くとか吐かないとか……
「兎に角! 失礼です。女性に向かって『うわ』なんて。アンテナの癖に」
「……那美の方が失礼では?」
と那美の後ろから声を掛けるのは『下弦』の一員、轟健児である。
その隣にも、『下弦』の一員である西塔零が控えていた。
聖木・轟・西塔の三人を合わせて、『聖木チーム』なんて呼ばれていたりする。
「ま、よろしく頼むわ。美坂チームの皆さんよ。特に北川。今回は負けねぇぞ」
「今回も返り討ちにしてやるよ。研児共々な」
「……熨斗を付けてその言葉返す」
と既に闘志を見せ付けてる西塔、北川、轟。
一方で、香里、那美、祐一の三名は冷静な様で両者の戦力の分析をしている。
「考えてみたらこっちが不利なのよね。レンジが近距離二人の、中距離に相沢君だから。」
「そうだな。俺もどちらかと言えば近距離寄りだしな。そっちは近距離に轟、中距離に聖木で
遠に西塔だろ? ただでさえ、聖木の距離は“絶対”なんだし、それに加えて西塔の射撃だし。」
「そうですね。単純に距離だけで考えれば、こちらが有利かもしれません。
ただ、そちらが三人同時に仕掛けてこられたら、流石に研児一人では防げませんでしょうし、
零だって援護できませんからこちらが不利になるでしょう?」
「そうなんだけど。それが成功する前提は奇を衒ってってことなんだけどね。
那美が読んでる時点でその作戦は成功しないでしょうね……
全く。こっちは猪突猛進の、力だけが取り柄の猪武者が前衛ってことだけでも頭が痛いのに」
「美坂〜なんか今酷いこと言わなかったか??」
「言葉通りよ」
「??」
「とりあえず、闘技場の方に行かないか?」
「そうね。」「そうですね。」
そろそろ第一試合目が始まる時間である。
『美坂・聖』両チームがぶつかるのは最後の第5試合目。
三回生の最強トリオは果たしてどちらであるのか……
To be continued...