並んで走る祐一と龍平。
かなり高速で移動しているのだが、息一つ乱していない二人。
『武』SSにして『Jack』の称号を持つ祐一は兎も角、
『武』のクラスを持っていないと公言している龍平が、
祐一に並走しているのはその体躯が見掛けだけではないことの表れか。
その龍平の顔が急に険しくなった。
「相沢……公園から嫌な気配がするんだが」
「……! ちっ。まったくこんな時に」
「水瀬妹と美坂は俺に任してくれていい。行って来い」
「悪ぃ。あとでなんか奢るから」
「楽しみにしてる。怪我すんなよ」
「せんきゅ」
言うが早いが、祐一は常に傍らにおいていた黒い包みから刀を取り出し
公園へとさらにスピードを上げ走って行く。
それを横目で見ながら、龍平は真琴と香里が争っている場所へと駆けて行った……
D
第7話 後半
「さて〜北川さん〜あのびみょ〜に素敵に過激になっちゃってる名雪さんと美汐さんを止めるための〜
なにかすっばらしく的確で〜それでいて楽な作戦はございますか〜?」
「あのな。一言言っておくと俺は戦闘に頭など使わん」
「え〜とま〜北川さんが馬鹿なのは何となく解ってましたけど〜」
「……今エラク傷ついたんですけど」
名雪の放った魔術と護符のようなものを使っての美汐の攻撃で徐々に崩壊していく商店街の一角を
前にあと一歩足が進まない北川&桐子コンビ。
これは仕方が無いことだと解っていただきたい。
名雪の遺伝的な莫大なオドの貯蔵量から発せられる魔術と一種の砲弾ともいうべき符の交戦の中に飛び込むなどという
自殺と捕らえられても仕方の無い行為を誰が好き好んでやると言うのか。
このまま、何もせずに雪羽商店街は壊れてしまうのか……
「ん〜どうしましょう?」
「あらあらあら。どうしました、北川さんに桐子ちゃん?」
そんな時、救世主と言うものは現われるのである。いや、危機の事態に現われ救いの手を差し伸べる者を救世主と呼ぶのか。
兎も角、この事態を止められるであろう最高の一手がここに示された。
「あら。名雪も美汐ちゃんも随分と過激ね」
「いやもう、これを過激といっていいのかどうかわからないっすよ……」
「やっぱり皆さん、祐一さんのことがとても好きなようですね♪」
「な……なんで秋子さんがそのことを」
「企業秘密です♪」
にっこりと北川と桐子に笑いかけ、あっさりと真相を看破する秋子さん。
あの地獄絵図になっていた『百花屋』に居なければ解らないことをどうして秋子さんは見ただけで
解ってしまったのか。理解の範疇に無いことを理解しようとしてもそれは叶わないことなので
ここでは深く突っ込まないことにする。
「さて。ここまで商店街をぼろぼろにしていますので、あの二人にはお仕置きが必要ですよね。
というわけで、このじゃむを」
ビク
今まで周りのことなどお構いなしに戦闘を繰り広げていた名雪と美汐が
その単語で一瞬にして凍りつく。
『じゃむ』。それは食べ物という範疇に居ながら対人最凶兵器。
今まで葬ってきた者の数は数知れず。今日もじゃむは血に飢えている……
「お母さん、ごめんなさい!」「秋子さん、済みませんでした!」
「不了承。商店街の皆さんに迷惑を掛けたのですから。さぁどうぞ」
といって素早く二人の口に放り込む秋子さん。
「だおーーーーーーー」「きゃああああぁぁぁ」
二人の悲鳴と共に、名雪・美汐による破壊活動は幕を閉じた。
ちなみに、気絶した二人は秋子さんによって『百花屋』へとひきづられて行った……
「さて、どうすればこの二人は止まるんでしょうね」
魔術&符を砲弾の如く使っていた名雪・美汐とは打って変わって
こちらの真琴・香里は己の体を武器にする肉弾戦を繰り広げていた。
交わした拳が周囲の壁や床にあたって凸凹になっていることから威力の方は十分。
しかも香里は三回生の次席を取るほどの優秀な生徒、真琴はランクは低いものの妖狐という潜在的能力が
かなり高いこともあって、無傷で戦闘の仲介に入ることは不可能。
こちらに被害が来ないことをいいことに、龍平はじっくり対策を練っていたりする。
(確かに無理矢理戦闘の中に入って引っぺがすことも可能と言えば可能だが。
聊か面倒くさいし、何よりリスクが大きいかも知れん。
目的は戦闘の中断。とすれば二人が止まって冷静になるか、気絶させることが目標。
今現在、二人の意識は互いのことしかない。ならばこちらに意識を向けさせれば良いか。
水瀬妹はどう見ても直情的。美坂は冷静沈着を装っているが、さっきの様子から言えば、
その真逆。かなり甘ちゃんな上、シスコン、プライド高めってとこか。
ま、自分を上手く誤魔化しきれなかったとかそんな所だろ。ってことは……)
何か決意を込めて、二人に向かって言い放つ。
「おい! アーパー娘にシスコン娘!! そろそろ阿呆なことやめろよ!
愛する相沢君に愛想尽かされるぞ〜」
「な、なんですって!!! いつからあたしがシスコンなのよ!!」
「真琴はあーぱーなんかじゃないんだから〜!!」
龍平の予想通り、こちらに意識を向けてくる二人。
彼の考えていたよりも余計に怒りの感情を燃やしているのはご愛嬌。
憤怒の表情で龍平を殴り倒そうと急接近してくる。
龍平もすこし冷や汗を掻いているものの、余裕の表情を二人に向けている。
その表情が更に二人の神経を逆なでし、先程の戦闘よりもより早くより重い拳を向け
「訂正しなさい!!」「お仕置きよ〜!!」
龍平を潰しにかかる。二人の拳が龍平の顔に届くその刹那
「甘いな〜そんなんじゃ倒せないって」
「「えっ!」」
僅か数センチを残し、二人の拳は龍平に届くことなく急停止。
勿論、龍平の周りに障壁があるわけもなく、手首を掴むことで回避したのである。
「ま、説明くさく言わせて貰えば、お前さん達の」
「黙って当たってればいいのよ〜!」
龍平が言い終わる前に、真琴がフリーになっている左手で懲りずに拳を向ける。
最短距離を描くように脇を締めた左ストレートが炸裂、今度こそ、と思いきや
ぽん
「だっからー、そんなんじゃ当たらないっての」
「ええっ!!!」「……どんな運動神経してんのよ、あんた……」
既に真琴の後ろに移動して真琴の頭に手を置いている。
龍平のした行為は至ってシンプルなものである。どんな最速のものでも到達するまでには時間がかかる、
だから到達する前に行動を起こせばいいということ。つまり、
真琴が左ストレートを出そうとしている時には既に龍平は後ろに回る予備動作を行い、
拳が軌跡を描いているときに一気に筋肉を開放、トップスピードで後ろに回ったのである。
確かに並外れた瞬発力が必要な上、何より相手の行動を予測することが肝要。
「まったく。それだけ直情的に振舞えば、次何するぐらい予測立てられるに決まってるだろ?
もうちょっと、冷静になれんのか、あんたらは……」
「って、そんな予測立てられても直行動に移せるもの!? 凪君、あなた何者よ?」
「そうよ〜。真琴のパンチは祐一だって当たるんだからー。それと、手どけなさいよ〜!」
「ん、ああごめん。で、さっきの事は予測立てるっていうか、なんとなく雰囲気で解るだろ?
そろそろパンチ出すなーとか。そんな時、いち早く行動を起こすだけだ。
それに直情的なときほど、行動が読み易くなることはないからな」
「解らなくはないけど……」
香里が納得できなくても無理は無い。
その行動原理・行為自身が如何にシンプルで理解しやすいとはいえ
予測が外れた際のリスクが大きい上にその予測が立てにくい。
長年稽古等で付き合っている相手なら兎も角、初見の相手にはまず通用しないのだが。
「さて、何にせよそういうわけだ。流石に二人同時に襲われたときは冷や汗掻いたけどな」
「先におちょくったのはそっちじゃない? ……でも、悪かったわね」
「別に気にしてない。それより少しは冷静になったか? もういい加減にしておけよ」
「……解ってるわよ」
「う〜。わかったわよ〜」
「よし、解ればいい。ただし、後片付けはしっかりしとけよ」
「「う……」」
ひらひらと手を振り、二人に背を向ける。二人は、『しまったー』という顔をして立ち尽くしていた。
これからしなければならない片付けの量を考えれば納得である。
「さって、相沢は終わったかな」
龍平が香里・真琴に声を掛けようとしていた時、祐一は公園に到着した。
いつもなら滑り台や砂場で遊びまわる子供たちの姿は影も形もなく
代わりに3匹の犬が苦しげにもがいていた。
この世界に存在する物は須らく分子によって構成されている。
その分子同士間に存在する力、分子内での『弱い力』等その細部は複雑で
通常の力学とは振る舞いが変わってしまう。これを量子力学という。視点を変えれば、
すべての物体はエネルギを持つひもで構成されている『ひも理論』、5つあるそれを統合する『M理論』等
様々な学説があるのだが、それとは全く別の系統に『エーテル理論』があった。
これは視認出来なければ、観測すら出来ず、存在を確認できない「エーテル」が
なんらかの理由で遺伝子、物質に作用を与え、それにより変質・改変が起きるというものである。
具体的に言えば、量子テレポートもこの「エーテル」を扱うことが出来れば
可能になる、という具合にこの理論は言っていたのだ。
純粋な物理学者が聞けば、失笑するのは目に見えていた。
しかし……ある時、純粋な「エーテル」が観測できずとも、「色」のついた「エーテル」を確認することに成功。
これにより、『エーテル理論』はすさまじく加速し、いまでは生活の一部を担うことになった。
理論曰く、『エーテルは何物でもなく、同時に万物である。』
あるいは『エーテルは物体に働きかけ、因子を付属させる。この行為が即ちエーテルの本質』であると。
そして、これを人為的にやる行為こそが『魔道』であると認識された。
今、雪羽にはマナ、すなわちエーテルの塊が濃く存在する。
濃いエーテルは暴走し、比較的弱い生物のオドに襲い掛かり、その中身を改変しようと奔走する。
その結果
「凶化しやがったか……」
弱い生物はその本能が望む様、さらに強くあろうと強制的にエーテルが遺伝子に働きかけ、
その肉体の構造をあっさりと塗り替える。遺伝子の強制力に破壊された精神が「狂化」され、
肉体は「強化」され、そして「凶化」する。
3匹の犬は、その体躯を4倍ほど膨れさせ、人に仇為す魔獣になる。
「これはまた随分と禍々しく……即、解放してやる!」
3匹が3匹とも目の前の障害である祐一に牙を向ける。
それに対し、祐一は右足を前に、重心を低くし、愛刀『紫電』の柄に手を掛け、抜刀の構えを取る。
「さて。相沢流剣術免許皆伝・政府直属『Jack』 相沢祐一 参る」
弾けるように、地を蹴る。
その迅さに面食らった3匹に対し、祐一は刀を振るう。
「一の技『壱迅』」
最も近くにいた魔獣の首を狙い、神速の抜刀。是即ち『壱迅』
手応えを感じつつ、そのスピードのまま、走り抜ける。
抜刀の余りのスピードに、斬られた方の隣に居た魔獣も首を斬られ、大量の血が流れ落ちる。
斬られた魔獣は何も言うことなく、地に沈む。間も無く、もう一匹も崩れ落ちる。
残り一匹。仲間がやられた事に憤怒したのか、はたまた恐れを抱いたのか、力の限り咆哮し
祐一に向かって突進を仕掛ける。
祐一は刀を向け、一言
「『紫電』解放」
そう言葉を紡いだ。途端、『紫電』は紫色に鈍い光を放ち、そしてその光は魔獣に向かっていく。
祐一の愛刀『紫電』。『名刀』に指定されるほどの切れ味と、何よりその名に示されるとおり
それ自身の内に電荷を貯め置くという能力を持つ。
刀の内に溜め込んだ電荷を解放することで、相手に対して高圧電流を流すことが可能。
そして今、魔獣に向かい高圧電流が絡み付いて
「ガァァァァァァ」
魔獣の命を奪い去った。
一陣の風が舞い、祐一の髪を靡かせる。
祐一の顔に達成した笑顔はなく、ただ哀しそうな表情を浮かべるのみ。
刀を仕舞い、三匹の死体に手を合わせた後、祐一は公園を後にした。
じゃむの衝撃から立ち直った美汐と名雪が後方付けを終える頃には
既に太陽も地平線の下に潜り込んでいる最中であった。
今日のところは解散ということで、桐子と二人『下弦』への帰り道。
北川は美坂姉妹を送るということで、一足先に場を離れていた。
「ところで〜龍平さん。龍平さんには彼女はいらっしゃるんですか〜?」
「ん? いや、いないぞ。精神医と付き合おうなんて偏屈はなかなか居ないからな」
と苦笑気味。それを聞いた桐子が嬉しそうに
「そうですか〜そうですか〜♪」
と鼻歌交じりに駆け出していく。
「ちょ、ちょっと待て、桐子!」
「龍平さん〜早くしないと夕飯取られちゃいますよ〜北川さんに〜」
「なにーーーー!!! 北川ーハッタオース!!」
とズドドドドドドドと爆走していく二人。
その後、出会い頭に北川に左アッパーを繰り出したとか……
To be continued...