駅前の騒動を終えて、商店街にたどり着く。

どっかの誰かさんとはとは違い、『絶対方向音痴』のスキルを持たない龍平は無事に到着。

否、冒険も仕事の内に入る「(つわもの)」が『絶対方向音痴』のスキルを持ってるのは、

どうかと思うのだが……秘密を保持できない『感情垂れ流し』(自爆ともいうか)も同様。

こんな2大へぼスキルを両方持ってる兵がいるとは、世の中も不思議なものである。


『雪羽商店街』はかなりの大きさを持つショッピングモール(のようなもの)である。

店舗数ざっと数えて50はあるのではないだろうか。

その敷地面積は東京ドーム2,3個分あるのでは、と専らの噂。

大概の商品はここで揃ってしまうので、何時の時間も人で込み合っているのだ。

今はちょうど夕飯の買い込み時間。主婦がごった返していた。


「うわ……。何かまずい時間に来ちゃったか……」


初めてこの光景を見たら、誰しもこの青年のように面食らうはずである。

再度言わせて貰うが、今は夕飯の買い込み時期。タイムサービスも始まるような時間帯だ。

特に商店街の大型スーパー『SAYYEAH!』はごった返している。

何処を見渡しても、主婦・主婦・主婦・主夫・主婦・主婦・主婦・少女・主婦・主婦・主婦。

一人だけ年齢層が違う人が居たが、気にしてはいけない。


この光景を目の当たりにし、購買意欲を著しく減退させた青年・凪龍平。

食料を買い込むより先に、寝床を確保した方がいいと判断。

常に客観的な判断を心掛けている龍平のナイスな決断だった。

ここで立ち止まっていたら、何かのフラグが立ちかねない……と感じたりはしてないだろうが。

兎に角、この主婦の嵐から退避すべく、商店街を後にする。

目指すは『雪羽寮〜下弦〜』





D

第3話





「え〜と……次の曲がり角を左だっけな」


夕暮れを過ぎ、辺りは薄暗くなってきている。

このままいくと、あと1時間程度で真っ暗になってしまいそうな勢いだが、

一定間隔に置かれている電灯が整備されてるので、その心配はなかったりする。


地図で確認した通りに進むこと、商店街から10分。

想像を絶するような建物が鎮座していた……わけではなく、極々普通の学園寮を少しばかし

豪華にした感じの建物がそこにはあった。周りに対して自己主張をするのではなく、周りの家々の雰囲気を

壊さない感じを持っているため、周辺の住人にも受けがいい。

一言で感想を言ってしまえば、『いい仕事してますねぇ』というところか。

その寮を目前に控え、龍平は固まっていた。

一応、入り口となっている門は確認できた。灯りが付いているから人が住んでいることもOK。

では、何が問題なのかというと、“入れない”のである。

セキュリティシステムなのであろうか、門をくぐろうとすると、全身に不可視の力が

かかって来るのである。これでは前進したいにも前進できず、為すすべなく彼は茫然としていた。

このような仕掛けは特に珍しくは無い。お偉いさんが出入りするような官庁・警察署などは勿論のこと

小型のバリアとして一般の住宅にも使われている。

一応魔道の応用であるが、魔道が使えない人も使えるように設計してある。

人の出入りは、バリアの因子「拒絶」若しくは「妨害」の発動条件を変えることで調整可能なのだ。


数分後。

食にもありつけず寝床もないのでは流石に嫌ということで……


「強行突破するしかないのかなぁ……魔道苦手だし」


と思案する龍平。ま、捕まったら捕まったでどうにかなるかなと珍しく楽観的に判断。

この障壁(バリア)を越える為には、強制的に外部から発動条件を変えてやるか

「不可視の力」を振り切って突破するしかない。どちらにしても、並大抵の人間では出来ないことであるが。


覚悟(勿論、捕まった時の覚悟)も十分に出来たし、その時の言い訳も予習ばっちりだったので

突破するべく構えをとる。先程、あゆを捕まえたときの熊手である。あの時よりも幾分腰を深く沈め、

力を抜き、目を閉じて神経集中。


「ふぅ……突破する程度でいいんだから(・・・・・・・・・・・・・)……これぐらいか」


「お〜い。何してるんだ、そこで。中に入れよ〜」


龍平には聞こえない。否、聞こえないフリ。

先程からこちらに向かってくる気配は感じていたものの、敵意・殺意がないということと

これから起こる事を考えたら、他人を巻き込むわけにはいかない、と思ったが故に無視。

この声を合図に障壁破壊活動を開始した。


「ハッ!!!!」


一息に踏み込んで左の熊手を障壁に差し出す。

障壁と左手がぶつかる刹那……強力な反発力が


「「へ……!?」」


来なかった。本日2回目の熊手はまたしても不測の事態へと繋がっていく。


突然だが、物理現象というものはよく研究されている。

力学、電磁気学、熱力学、量子力学、魔道力学などなど、学問名だけでも様々だ。

アインシュタインの相対性理論等、現在までに様々な理論が飛び交わされ、

現象を数式で表せる次元に昇華してきた。人類の叡智とはなんとも壮大である。

その中で、力学を支える理論の中に重要かつ根本的とされるもの、

かのNewtonが統一し「プリンキピア」導入部であげられているNewtonの運動の3法則がある。

その一番目にこうある。


すべての質点はそれに加えられた力によってその状態が変化させられない限り(…………………………)

静止あるいは一直線上の等速運動の状態を続ける。



俗にいう『慣性の法則』である。

簡単に言ってしまえば、「速度がある物体は、力与えなきゃ止まらんよ〜」と言う事だ。


さて、話を戻そう。

龍平が障壁に対してそれを突破できるような速度・力を出して突進、予定では障壁から加えられるであろう抵抗を撃力として

受け取り、障壁を打ち破りながら内側に到着するはずだった。

が、なぜか衝撃が来ない。ということは、状態は変化せず、そのままのスピードで門の内側に入り込む。

そして、図ったかのように、一直線上にいる金髪の青年。

時は至った。


「ぬがああああああああぁぁぁぁ!!!!」


「……あー。すまん」


べちゃ。

第一宇宙速度に匹敵するか!というようなスピードで吹っ飛ぶ青年。寮の防御障壁にぶつかるおまけ付き。

既に聞こえないであろうが、一応謝っておいた龍平。

兎に角、これにて『雪羽寮〜下弦〜』に潜入完了。





「編入してきた凪です。お世話になります」


「はい、“なぎりゅうへい”さんですよね? 管理人の三枝と言います。宜しくお願いしますね」


衝突事故から数分後。管理人と遭遇することに成功。

寮の防御障壁に何らかの“攻撃”が加えられたのだから、寮の住人が出てくることは必然。

そこで偶々出てきた人に「管理人はどこか」と尋ねる。まぁ、聞いたのがその本人だったのだが。


“管理人”と称する三枝さん。見た目は龍平と変わらない、否もっと若く見える。

管理人と名乗っているのだから、勿論年齢は上なのだろうけれども。

仕草がどことなく小動物を思い浮かべてしまうのは、仕様か。


「あの……さっきまで入れなかったんですが、なんで今?」


―――こんなにタイミングよく開くんだよ、このヤロー

と言いたい所をぐっと我慢して聞く。我慢が足りず、少々視線がきつかったりする。


「え、あ、あの。バ、バリアに触れたのが解ったのでして、え〜とだから凪さんの分を」


「発動条件に入れたと」


「はい、そういうことです!」


「解りました。でも、それなら最初っから俺の分入れておいてもよかったんじゃ……?」


「そ、そうなんですけど〜北川さんがそっちの方が面白いからって。」


「……誰ですか、そのアホなこと考えてる北川さんって」


「えっと……あ、居ましたね。彼ですよ」


と指差す先には、先程吹き飛ばしてしまった青年。

「アホなこと」に反応を見せなかった辺り、三枝さんも酷い。若しくは天然か。

そんなことより、この二人。見つけていながら北川を助けないのは、余りに酷である。

その光景を見た神が慈悲を与えたのか、寮から3,4人わらわらと出てきて

北川の無残な姿を発見。


「おにーちゃん!!」「はわわ〜。変死体が一つですか〜」「……阿呆が」「ったくその通りだよな」


声を上げた順に、金髪少女、白衣幼女、和服剣士、長身にーちゃん。

変な取り合わせであるが、今は気にしない。「おにーちゃん!!」と声を掛けていた金髪少女が

真っ先に倒れた北川に近づいて


「今度は何、馬鹿のことしたのよ!」


ゲスッッ!

北川の後頭部に金髪少女の踵がめり込んだ。哀れ北川、止めを刺される。





「本当にもう、兄が申し訳ありませんでした」


「まぁ、攻撃した俺も悪いんだしね」


「いえ!それもこれも原因を作った兄が」


「もう、そこら辺でいいだろ? 彼が困ってるぞ」


「そうですよ〜仲良く逝きましょうよ〜」


「なんかニュアンスが違うような気がするが……」


「……気になさるな」


「ああ。気にしたら負けだぞ」


「ほへ?」


止めを刺された北川を医療室に移送し(その際、ひきづられていたが)今は三枝さんが治療中。

元々、医療科の学生だったらしく、管理人兼保健指導員としてここにいるとか。

治療している間に、さっきの事態を寮生に説明する。驚いたことに、ここ『下弦』には三枝さんも含めて

6人しか住んでいないらしい。


「状況把握も済んだことだし、自己紹介をしておこうか。じゃ、チビ助からな」


「はわわ。チビ助じゃないですよ〜。枇杷桐子です〜」


「……次は自分か。轟研児。以後宜しく」


「で、俺が西塔零で」


「北川卯月です」


「え〜と、知ってると思うけど、凪龍平。宜しくな」


次第に夜は更けていく。

雪羽に着てからの長い半日がやっとこ終わろうとしていた。





「ところで、飯あるかな?」


「あ、食堂にありますよ〜今日の残りが〜」



To be continued...