ドップラー効果をより感じられるようになる。

走ってくる男の顔ももう細部まで見える。

といっても、龍平は男の顔を喜んでみるような趣味の持ち主ではないが。


ここで尋ねたい。「人を助けるために必要なことはなんですか?」と。

結論を言ってしまえば、「状況をよく理解すること」である。

助けたい相手がどのような状況に置かれているのかは勿論のこと、

自分の置かれている状況にも気を配らなくてはならない。

そうでなければ、木乃伊取りが木乃伊になりかねない。

以上、薀蓄。


更に男が近づいてくる。

龍平と男の距離は……あと15m足らず。

何よりもまず、“彼が何に(・・)追いかけられてるのか”を追求しなけ


「たーーーーすーーーーーけーーーーーーれーーーーーー!」


「なんで、活用変化してんだ!?」


……ればならないのだが、どうやら多難のようであった。





D

第2話





龍平がどうにか男の後ろを伺うと、男の撒き散らす砂埃の中に小さき翼が見えた気がした。


『て……天使!??』


内心は動揺しつつ、これからやることを軽くリストアップ。

刻一刻と、というか本当にコンマ何秒の小さき戦いがそこにあった。

既に男と龍平の距離は5mを切る。男の口の中までくっきり見えそうな距離となった。

男が通り過ぎるであろう軌跡を読み、体を半身にして避けるのにコンマ2秒

腰を落とし、『追跡者』を迎撃するべく、左手を熊手に形づくるのにコンマ2秒

そして……男が横を走りぬける瞬間

なぜか、その男の口端(黒い小物体付き)が釣り上がったように見えた……

それを横目で見て、不審に思いつつ、迎撃体勢を完了

砂埃から現われる『追跡者』に対して

熊手を大きく、大きく広げ……そして炸裂させた。


「う……うぐううううううぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!


熊手が咥えこんだのは、最高位の実力を持つとされ、絶世の美をも持つと伝えられる「天使族」ではなく

実力など皆無のような、絶世の美とはお世辞にも言えない、美というかは可愛らしい(今は惨たらしいが)「少女」であった。

しかも、あれだけの速度を止められたのだから、顔面にはかなりの衝撃があっただろうに

その胸に抱いた紙袋は放していなかったりする。


「……おい」


既に背後で緊急停止をしている男に向かって問いかける。若干の殺気を込めて。


「お〜悪いな。ちょいとそのUMAに追いかけられてたもんで、な」

「うぐ……ぅ」

「UMA?これが?」


……人を指して「これ」も十分酷い気がするが、ここでは割愛する。


「ああ。これはな、うぐぅ星から来たうぐぅ星人あゆあゆだ!!」


「UMAは“未確認生物”の略だと思うが……確認できてるじゃ」


「ちっちっ!UMAは“Uguu・Monster・AYUAYU”だ!」


「うぐ・・ぅ……あゆあゆ……じゃないもん」

「本人はきっぱり否定しているが?」


「いや、騙されちゃいけない……ってそろそろ、その手離してやってくれ」


「ん?あぁ……すまん」


「うぐ!……うぐぅ」


一応、状況を確認しておくと

今まで、熊手で掴んでいた『あゆあゆ』をその状態のまま、上に持ち上げてた。

簡単に言ってしまえば、顔を掴んだまま、宙にぶら下げていたことになる。

「離してやってくれ」の一言で手を離したもんだから、『あゆあゆ』にしてみれば堪ったもんじゃない。

いくら「羽」を持っていようが、使えなければしかたがない。

重力に逆らうことも出来ず、そのままお尻から落下していくことになる。

彼らの所業に『あゆあゆ』は睨んで対抗したものの、ただ可愛いだけであって、

睨んだ効果などまっっったく、微塵も、塵の欠片すらも無かった。(言い過ぎか)

それを横目で見つつ、会話を続行する二人。

「これぞ鬼畜」と言わんばかりの行為を、何の段取りもなく同時にやってのけてしまう二人は

どこか似たもの同士なのであろう。


「で、その『うぐうぐ』に追われていたのはなぜだ?」


「『うぐうぐ』でもないよっ!!!」


「う〜ん。なぜだろう?」


「祐一くんが僕のた」


「は?追われていた理由もわからずに走ってたのか……奇人だな」


「うぐぅ……誰も聞いてくれない……」


「そう褒めるなって。照れるだろ」


「聞いてよ!!」


「褒めてねぇーよ……って、なんだい『うぐうぐ』」


「うぐぅ……祐一くんが二人居るみたい」


「「こいつと一緒にすんな」」


「うぐ!うぐぅ……」


三人の息の合った漫才はその後十数分続けられる。

しかも話題が遅々として進まず、無限ループに片足突っ込んだこと3回。

その会話の内容を的確にまとめてみれば、「『うぐうぐ』が買い込んだ鯛焼き軍団(ダース単位らしい)の

将軍様(一番でかいという意味。決してアレではない)を奪い闘争の末、逃走。それを追いかけていた」ら

今の現状になってしまったという、まとめればなんて事は無い2,3行の話を彼らは十数分掛けていたのだ。

下に、芸人体質は恐ろしい。


「で、あんた達の名前は?」


漫才が一段落したところで、龍平が尋ねる。


「あ〜そういえば。だが、人に尋ねる前に自分の名前を先に言うのが礼儀だろ?」


「そうだ「相沢祐一だ。」な……」


「祐一くん、それは酷いと「凪龍平だ。」おも……うぐぅ」


「「よろしく。」」


なぜかサムズアップしてお互いの健闘を称え合う二人、と傍で項垂れる一人。

そろそろ日が傾きつつある世界。赤くなる世界。夕日の中、『うぐうぐ』の背中の羽も垂れて影を伸ばしていた


「ま、もう逢わないとは思うけどな。」


「そうだな。俺もそう思う。というか願ってやまない。」


「ああ。じゃ、俺たちもう行くわ。ほれ、あゆ行くぞ。」


「……うぐぅ。今までボクのこと無視してたくせに。」


「すまんすまん。あんまりに面白かったからつい。今度鯛焼き買ってやるから。」


「……本当?」


「あぁ、約束するよ」


帰りかけた二人に、龍平が言葉を掛けた。


「なぁ?ところで、その嬢ちゃんの名前は?」


「「あ」」


本格的に忘れていた二人。寧ろ、龍平がこの場面で彼女の名前を気にしていたことに驚愕するが。


「うぐぅ。忘れてたよ。ボクの名前は月宮あゆ」


「はいよ。俺の名は龍平だ。」


「知ってるよ。」


「そりゃ、びっくりだ」


「というわけで、自己紹介も終わりにしろ。あゆ、行くぞ」


「あ、待ってよ、祐一くん!」


漫才トリオが解散し、その場に現われるは静寂。夕日を浴びた『せっちゃん』がなぜか凛々しく見える。

当の昔に止んだ雪に、夕日が乱反射している様は、幻想的な雰囲気を漂わせる。

はっと一つ息を吐き、封筒に仕舞われた紙を取り出し、地図をもう一度点検する。

向かうは『商店街』。とりあえず、今晩の食料と寝床を確保しに歩を進める。


駅前を去っていく彼の背中を、『せっちゃん』が優しく見届けて







「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

どっかで“うぐぅ”がないていた。

To be continued...