「…………寒いわね」 「…………確かに寒い」 電車から降りた二人の男女の第一声はそれだった。 女の方はどこか幼い雰囲気を残しながらも成熟した女性の雰囲気を醸し出している大人の女性だった。 男の方はまだ高校生ぐらいで少年と言って差し支えはない。 長めの前髪が目元を隠しているものの、その整った顔立ちとすらっとした体格は女性の目を引くには十分なものである。 しかし、彼らに注目する者はいなかった。 それは、彼らの存在感の希薄さがそうさせているのか………… 「真琴姉さん、こうしていても仕方がないし、待ち合わせの場所に行こう。待ち合わせは一時なんだろ?」 「そうね。しかし八年経ったって言うのに変わらないわねこの街も…………」 「変わるもの、変わらないものはそれぞれだよ」 「…………そうね、それじゃ行きますか。私達にとっては八年ぶりとなるこの雪の街を」 二人は歩き出した。 少年の名は相沢祐一、女性の名は沢渡真琴。 ――――――――――今、新たな追想曲の指揮が始まる。 Conductor 〜追想曲を指揮する者〜 第一話 積もらない雪 『その光景』はあまりに幻想的だった――――― と、後に天野美汐は語る。 その日の一週間前、彼女は海外の両親から二つの依頼を受けていた。 一つ目は親戚にあたる二人の男女を居候させろ、というもの。 二つ目はその二人を駅まで迎えに行け、というものである。 確かに広い家で一人暮らしは寂しいものがあったし、防犯も心もとない。 しかし、女性の方はともかく、同年代の男を娘と一つ屋根の下で住まわせようなんて一体何を考えているのだろうか。 年頃の少女として当然の意見で電話越しに母親に反論した。 が、返ってきた返事は「大丈夫、ノープロブレム」 何が大丈夫で何がノープロブレムなのだろうか。 母曰く、「人畜無害、というかそう言うのには興味なしな子だから」だそうである。 母親は冗談は言っても嘘は言わない性質なのでその言葉は信用するとしても、問題は次の言葉だった。 「だから、あんたが積極的にアピールしなさい」 何でも、その少年と結ばれれば玉の輿らしい。 別にその少年は金持ちと言うわけではないらしいのだがとにかく玉の輿らしい。 高校生になっても未だに彼氏の一人も出来ない愛娘を気遣って、という部分も多々感じられる母の言葉に思わず受話器を持つ手が 震えてしまう……………………もちろん歓喜の感情ではなくその反対の感情ゆえにだが。 どうやら、母親の話によると先方の両親の方もその辺を期待しているらしい。 こうなると自分に出来ることは溜息をつきつつ了承の旨―――――ただし居候の件についてだが、を伝えるしかなかった。 「一体、どんな人なんですかね?」 そう呟きつつ美汐は待ち合わせの場所へと向かう。 なんだかんだ言っても、どんな人なのか気になるのである。 結婚だの恋人だのということは別としても、あの母親がそこまでおすすめする少年―――――と、もう一人の女性に対する 興味は押さえられるものではない。 家族や友人からおばさんくさいと言われていようが天野美汐はまだまだ好奇心旺盛な花の高校生なのだから。 ―――――が、そこでふと気付く。 「…………そういえば、名前を聞いていません」 大問題発生。 「…………まあ、待ち合わせ場所まで行けば何とかなるでしょう。向こうがこちらに気付くかもしれませんし」 その可能性ははっきり言って低いことこの上ないのだが、この場合はそれに賭けるしかない。 それに、更に低い可能性ではあるが母親から聞いた情報のみで相手がわかるかもしれない。 というか、待ち合わせ場所に男女の二人組みだけが居てくれれば。 などと祈りながら美汐は雪の道を歩くのだった。 そして、待ち合わせ場所についた美汐は『その光景』を見た。 ベンチには自分と同じくらいの歳の少年、その傍らには先のほうに少し癖のある栗色のストレートヘアーをした女性。 二人の男女の組み合わせなどその場所には多々あった。 だが、美汐の目を引いたのはその二人―――――いや、正確には少年。 空からは雪が降っていた。 傍らの女性は少量とはいえ雪が髪や肩にかかっている。 なのに少年には『雪が積っていない』 普通なら払っただけだと考えるだろう。 しかし、美汐にはそう考えることが出来なかった。 彼女には『雪が少年を避けて降っている』ように見えたのだから。 (―――――えっ?) 瞬間。 そう、それは瞬間の出来事だった。 少年の髪に一斉に雪が積った―――――否、雪ではない。少年の髪が白く染まったのだ。 美汐は目をこすり、そしてもう一度目を開く。 そこに映るものは少年の『黒い』髪。 (気の、せい…………なのでしょうか?) 自分の目が信じられないのか呆然とする美汐。 すると、自分を見つめる視線に気付いたのか少年が美汐の方を向いた。 同時に、傍らの女性も美汐を方を向く。 そしてニコニコと笑顔になって美汐へと駆け寄ってくる。 「もしかしてあなたは天野さんちの美汐ちゃん?」 「え、ええ、確かに私が天野美汐ですが…………」 「わー、やっぱり!すっごく可愛くなったねー!」 「え、ええ?」 「あれ、私のこと覚えてないの?私よ私、八年前まではよく遊びに来てたじゃない」 「え…………もしかして…………まこ、お姉ちゃん?」 八年前、と言う言葉と女性の笑顔に美汐の記憶が蘇って来る。 沢渡真琴、目の前の女性の名前。 「思い出してくれたかしら?」 「…………はい、まだおぼろげですけど」 「それにしても待ち合わせ時間ぴったり…………几帳面なところはかわってないのね美汐ちゃんは」 「え?ということはまこお姉ちゃんが…………」 「そ、これからお世話になるわね♪」 「そうですか、まこお姉ちゃんだったんですか…………」 懐かしい記憶とともに美汐の表情に笑顔が浮かぶ。 しばらくぶりとはいえ、大好きだった姉のような女性が同居人の一人なのだ、そう思うとこれからの生活が楽しみになる美汐。 「…………真琴姉さん、そろそろ俺も話に加わっていいか?」 「あ、ごめんねゆっくん」 何時の間にか少年が真琴の後ろに来ていた。 少年の苦笑する姿に再び美汐の記憶の扉がノックされる。 「久しぶりだな、美汐」 「え―――――」 「おいおい、真琴姉さんは思い出して俺のことは思い出せないのか?そんな酷なことはないだろう…………」 自分の得意な台詞を言う少年に記憶の扉は一気に開け放たれる。 そう、目の前に居るこの少年は――――― 「ゆう…………おにい…………ちゃん?」 「お、思い出してくれたか」 「本物…………?」 「俺には偽者がいるのか?」 「世界には三人はそっくりさんがいるっていうしね」 「それはそうだな」 相沢祐一。 真琴と同じく八年前まではこの街へと頻繁に遊びに来てくれていた人。 そして、八年前からはこなくなった人。 「どう、して―――――」 どうしてここにいるの? どうして来なくなったの? どうして――――― 言いたい「どうして?」はたくさんあった。 けれどそれは言葉にならなくて 大好きだった二人が目の前にいて 混乱しているけど嬉しくて懐かしくて 「母さんの命令、若いうちにいろんな経験をするべきだとさ。全く、それだけの理由で息子を転校させるかね」 「ふふ、子の心、親知らずだねゆっくん」 「まったくだ」 美汐の「どうして?」は何故ここに来たのか、という風に解釈されたらしい。 美汐はそれでも別に良かった。 二人がこれからは一緒にいてくれる。 そう思うと本当に心が浮き立つのだから。 「あ、そうだ、美汐?」 演奏はここから始まる。 懐かしき三人の再会によって。 まだ、奏でられるべき物語の出演者はそろわない。 それでも追想曲は始まりを告げる。 結末は四つ。 だが、今はただ三人の再会を祝って―――――――――― 「これからよろしくな」 「はい!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき やってしまいました新連載! この物語はシリアスと言いながらほのぼの化が進行してしまったDUALと同じ轍は踏まないように気をつけます。 …………無駄かもしれませんが。 さて、この物語は一応分類するとすれば本編再構成にあたるのですが、かなり設定を変更しております。 まず美汐さんですが彼女は過去にあの出来事が起きていないので性格は多少柔らかく、社交的になっています。 祐一と真琴に関してはまだ秘密です。ちなみに真琴は『真琴姉さん』のほうです。 祐一、真琴、美汐は親戚同士(従姉妹というわけではありません)で昔は三人で仲良しでした。 もちろん、この物語では祐一と名雪は無関係です。 八年前から二人が来なくなった事情はいずれ語られるでしょう。 他のKANONメンバーは登場次第簡単な説明を入れていきます。 …………大丈夫かなぁ、この連載(笑)