〜朔 Side〜

ご主人様の御前で行われた今回の月様の決断の是非を問う会議で、詠が言っていた通りご主人様は月様を罰する事はなかった。どうなる事かと内心はらはらしていたが、無事不問に付されて良かったと思う。まあ、月様が何を思ってああいう行動をとったかを理解出来ないようでは、月様の主として話にならない。ご主人様に月様の主たる器量と資格があることを再び確認することが出来て、何よりだった。

月様はご主人様の事を慕っている。それは質疑応答中の月様を見れば一目瞭然だった。ご主人様が月様の考えを肯定するばかりでなく、御褒詞を下された時の月様は、本当に嬉しそうになさっていたものだ。月様の身辺に侍るようになって随分になるが、あれほど嬉しそうな月様は初めて目にしたと言って良いほどであったのだ。それがどのような感情によって齎された表情なのかは、流石の私でも想像することは出来る。

ご主人様は月様の命の恩人であり、私が今のこの充足した人生を送る契機を与えてくれた人だ。月様はそのことに先ず感謝をしていらっしゃる。夷狄としてではなく人として扱い、話をしようという異民族への姿勢は、人として好ましいものとして映っているだろう。政を援けて行く中で何度も聞かされた恤民の想いは決して思いつきで口にしたようなものではなく、乱世に在っては有り得ぬ程に清く美しいものだった。月様がご主人様に惹かれる要因は数え上げればきりがない。

しかし月様は、これまでその胸の内を明かそうとは考えていらっしゃらなかったようだった。詠がご主人様と良い仲になったこともあり、友人の幸福を自分の事として喜ぶ月様は、そこに割り込みたいとは思わなかったのだ。いや、正確には、割り込みたいと考えている自分を嫌悪し、それを望むことを禁忌として触れぬように努めていらっしゃったのだろう。時折思いつめた表情をしては深い溜息をついていらっしゃったことを、私だけが知っている。

その月様が変わられたのは、恐らくご主人様が弘農にやって来た時からかも知れない。麗が攻め寄せて来ることを知り、民を退避させることを考えている過程で、月様がご主人様の代わりに務めなければならぬ役目に思い当たったに違いない。己の力で己を護ることすら出来ぬ自分が情けないと、その弱さや無力さを恨みにさえ思ったことが有るかも知れない月様は、かつてご主人様が月様を助けた際に掲げた理想を自らも掲げて、そしてそれを貫き通されたのだ。その事が、それまで自分を否定しがちだった月様が、自分自身を積極的に肯定することが出来るように後押しをしたのではないか。そしてありのままの自分自身を肯定することで初めて、御自身の偽らざる気持ちとして、月様はご主人様を慕っており、その感情はどうやっても消し去ることなどできないのだと云うことを自分で認めることが出来るようになったのではないか。

ご主人様を見る限り、寄せられた好意を無碍に扱うような真似は為されない方だ。もし月様がその機会を得て、胸の内を明かすことが出来れば。そしてその想いに、ご主人様が応えてくれれば。そうすれば、月様はもっと幸せそうな表情を為されるに違いない。月様の幸福だけが生きる甲斐になって居る私にとって、それは何とも魅力的な未来図ではある。唯、残念ながら私には、それを実現する手立てが思いつけないが。





再びご主人様に召喚された月様に、ご主人様が改めて褒詞を授けている。今回は私と詠だけでなく、あの戦で苦難を共にした、主だった将も呼ばれている。私から見てその働きが大きかったと思われる人間に声が掛けられていることから見て、一連の戦について事前にある程度の調査は終えていたようだ。

月様を筆頭に、詠、恋、ねね、焔耶、去卑、霞、瑛、そして私。私には、誰もが己の務めを果たしたと見える。しかし被った損害は嘗て無い物であり、多くの人が死んでいるという事実を前にして、大っぴらに賞することは出来ないという判断をなさったのだろう。故に公式には、皆の前で事情を聴き、月様の今回の行動に理解を示すに留まった。と言ってその働きに何ら報いるところが無いのでは信賞必罰の理念に反すると云うことで、こうして個別に呼び出して、個人的に報いようと云うのであろう。

良く来てくれた、と集まった皆に声を掛けたご主人様は、暫く皆を見渡した後、この度の働きについて改めて謝辞を述べられる。その言葉に、我らは一様に傅いて頭を下げることで応えた。続けられた言葉が私の予測の正しさを証明している最中、去卑が頭を下げたまま声を上げる。

「畏れながら陛下にお願いが御座いやす」
「聴けるものであれば聴こう」
「有難う御座いやす。我ら匈奴この度の働きに対し、褒美を頂けないでしょうか」
「……ふむ。何を望む?」

刹那、ご主人様の眼光が鋭いものに変じた。去卑の望み次第では、強欲な奴だと断じられ、それが延いては彼の族の損失になるかも知れない。去卑はその辺りの、平衡感覚とでも言うべき感覚に優れているはずだが、果たして何を望むつもりで居るのか。

「へい。月様の親衛隊を有志により結成することを、是が非でも許して頂きたいんでさぁッ!」

……この馬鹿め。やりおったな。

去卑はその場で跪いて、勢いよく頭を下げた。地面に額を打ちつけたかと思う程の勢いで。いや、実際には大きく鈍い音がした気がするが、聞かなかったことにしておきたい。

ご主人様は呆気にとられており、怪訝そうな顔をして口を開け、二の句を継げずにいる。

その後ろに控えていた高順に肩を何度か叩かれて我に返ったご主人様が、改めて声を上げた。

「何これ、どう云う事?すげぇ音がしたけど馬鹿なの?死ぬの?」
「……大将、しっかりしてくれ。馬鹿かも知れないが死んじゃ居ない」
「……兄貴。口調、口調。また姐さん方にどやされるぜ?」
「あ。んんっ……どういう事か聞かせて貰おうか」

数瞬で自我を取り戻したご主人様に説明を求められた去卑は、自分たち匈奴の人間だけでなく、実に多くの人間が月様の事を心から慕っていることを事例を挙げて説明し始めた。

例えば、今回月様が小高い丘の上から閲兵した際に、その微笑みが向けられた辺りに居た兵が『ヒャッハー!月様の敵は消毒だ〜ッ!』と絶叫したことがあった。一人だけでなくその周辺の兵全てがそうなったことから考えて、月様への忠心故だと思われる。その抑えきれない忠心が、彼らに馬を駆らせたのだろう。戦においてはそこらじゅうを果敢に奔り回って目を瞠る程の戦果を挙げていた。それだけの忠心があれば、月様の為にお役に立てる立場になれば、大いに力を発揮するに違いない。

あるいは、月様が街中を視察されていた際、前方に大きな水溜りがあった時に、率先して兵達が水溜りに身を投げ出して月様が歩いて進む道を作り上げた。兵達を踏み付けにする訳には行かない、と渋る月様に、迂回していては本日の予定が狂うことになる、一日の遅延が民達の難儀を齎すかもしれないと説得し、踏み付けて先へ進むことを納得させたばかりか、踏まれる際に『本望ですゥ〜ッ!』『ハァハァ、可憐で気弱な美少女に踏み付けられてるってサイk……ハウッ!』『こう、グリグリッとお願いしますッ!』『辛抱タマランッ!』『アッー!』等と、お役に立てることを悦んで、もとい喜んでいた。月様の為に体を張ることを厭わない彼らが、月様の為にお役に立てる立場になれば、大いに力を発揮するに違いない。

その他様々な事例を挙げて月様親衛隊の結成を訴えかける去卑。その双眸は炎が踊っているかのように熱く、ギラついていた。

ご主人様の背後に控えている高順は、感ずるところがあったのか頻りに頷いている。一体去卑の言のどこに共感を覚えるところがあったのか、後で詳しく説明させてみたいものだ。まさかとは思うが、踏み付けられて悦ぶような性質ではあるまいな?

「最初は兎も角、二番目から考えると変態しか居ねぇじゃねぇか……朔、これ、大丈夫か?結成させたら面倒臭いことになる気がするが」

ご主人様が去卑を指差しながら、こちらをげんなりとした表情で見てそう仰った。確かに面倒事が増えそうだが、実情としては既に月様の身辺警護に当たっている者が私のほかにも居り、それらの人間を公式に認められた器に入れてしまうと云うだけの事だ。公的に認められるだけ、引き締めがしやすくなるという利点がある。現状だと好意によってのみ成り立っている関係上あまりキツイことは望めないが、そういった組織に所属することになれば、厳しい訓練を課すことも可能になる。

「私が側に居る限り、何人にも月様に危害は加えさせません」
「させませんッ!」

私の言葉を去卑が唱和する。
……心配されているのはお前達自身が暴走しないかどうかと言うことだと思うのだが……。

「いや、俺はお前さんが……はぁ、言うだけ無駄だな。朔、大丈夫なんだな?」
「ハッ。常日頃教育はしているつもりです」
「そうか……もっと厳しくする必要があるぞ?」
「それは承知の上です」
「ならば良し。去卑だったか。親衛隊を結成し、それに匈奴の人間であるお前さんが参加することを認めよう。但し、条件付きだ。
第一に、匈奴の人間全てを月の親衛隊にはしないこと。もし今いる人間全てを親衛隊にしたいなら、同数を平家に仕えさせることだ。個人的に月に仕えたいというのであれば、族として平家に仕える者は別に出して貰わなければ困る。勿論、給金は出すがね。
第二に、朔を親衛隊の纏めに任ずるからこれを受け入れる事。朔自身が過ちを犯していない限りにおいて、この命に必ず従う事。それが条件だ」
「有難う御座いやすッ!精一杯月様にお仕え致しまさあッ!」

再度勢いよく頭を下げた去卑に、思わず目を背ける一同。頭を床に叩きつける音に合わせて、目を瞑って顰め面を作った人間が多かった。月様大事と思ってくれるのは大いに結構だが、周囲を良く見るように教育しなければならんな、これは。





その後はご主人様からの褒賞が続いた。

先ず窮地にあった我々を救う為に独断専行した霞がその罪を謝したが、元来その権限は与えている認識だとの言葉と共に、その判断を讃えられた。霞が動いて居なければ被害が拡大したことは疑いなく、あの時点で率いることが出来る兵を全て引き連れて戦場に急行するに一人も脱落者も出さなかったその手腕も見事なものであり、更に戦場に最後まで留まって敵の心胆を寒からしめた武勲は比類ないものである、と顕彰された。

流石にその言葉が恥ずかしかったのか、霞は謙遜しながらも、その出陣に関しては瑛の進言に拠る処が大であり、後拒を行ってその喪う処が少なかったのは恋の力に拠る処が大であったと口にした。それが一層ご主人様を満足させたのであろう、満面の笑みで『それでこそ社稷の柱石だ』と褒めあげた。併せて、恋とねねにも褒詞が授けられ、大いに面目を施すことになった。

「さて、瑛、焔耶」
「は、はい」
「は、はっ」
「お前さん達も良くやった。瑛は華琳の下で、焔耶は朔の下でそれぞれ思う処があったらしいな」

ご主人様のその言葉に、二人が頷く。

「何を得た?瑛、お前さんはどうだ?」
「身の程を知ることが出来ました」

瑛は言う。

それまで私は、自分が天に愛され、素晴らしい才能を与えられていると信じてきた。周囲から期待され、それに大過なく応え続けてきたことが、即ち自分の器の大きさを示していると信じ切っていた。期待され、与えられた課題や試練が、実は自分が出来る範囲の事を周囲の人達が見極めた上で与えられてきたものであることに気が付いて居なかった。挫折を知らぬ所以が、自分の才の大きさには無くそういった周囲の人間の気配りにあるとは思いもしなかった。

私は、時代を代表する人間であると他人から称賛されたかった。知者として敬仰されたかった。絶対的な一番手であることを望んだ訳ではなかったが、それでも一番手を争う幾人かとしてその名を挙げられるような人間でありたかった。

それまでの常識に囚われない発想が出来る人間の全てが時流を創る訳ではないが、因習に囚われた人間が時流を創った例はない。時流を創り出すことが出来る人間は時代を代表する人間であり、私はそういう人間になれると信じていた。

確かに自分には才能がある。それは間違いない。ただ、その才能とは、ある結果を求める過程をより効率的に洗練し、求めている結果をより望ましいものにする程度のものであり、それまで全く考えられもしなかった手法を思いつく類の才能は有していない。

私にはその才能がないにも拘らず、身の程を弁えずに望むべきでないものを望んでしまって居た。華琳様の傍で、華琳様を見ているうちに、自分は時流を創る側の人間ではなく、創られた時流をより洗練させる側の人間でしかないことに気付かされた。

そのおかげで、地に足をつけて物を考えることが出来るようになったと思う。以前の私なら、より少ない兵を以て救援に向かうばかりか、自分も救援に同行することを主張しただろう。その結果、想定外の事態に直面するか、兵を急かして進軍した結果として、多くの兵を戦うことなく脱落させ、焦って功に逸った挙句敵と矛を合わせて壊滅させられたかも知れない。

感情の温度を感じさせず、滔々とそう語った瑛に、ご主人様は一つ頷いた。

「成程、そいつは重畳。焔耶は?」

問い掛けられた焔耶もまた、瑛と同様に身の程を知ったこと、そして『強さ』と云う言葉が持つ意味は決して単色では在り得ないと云う事を知れた事が何よりの収穫であったと答えた。

「……二人とも以前と比べて随分変わったな」

ご主人様が述べたその感想に、一も二もなく頷いていた。焔耶は弘農に来た時点で随分悩んでいたようだったが、己を変えようとして変わったと実感出来ないでいたのだろう。変わったと確信出来ないから、また同じ過ちを犯すのではないかと恐れていた。武勇で身を立てようとして主君を貶めるような真似をした自分が、武勇を活かして人に仕えることが許されるのかどうかも悩みの対象であっただろう。

そこから、何を切っ掛けにしたのかは分からぬが、自らを省みて目についた誤りと至らぬ点とを受け入れた上で、より望ましい自分であろうと努力をし続けることが出来るようになったのではないか。私も嘗て通った道を、そして今も歩み続けている道を、焔耶も自分なりに歩み始めたのだ。

「まあ、それは良いか。お前さん達も何か望みがあれば言ってみろ。去卑の望みだけを叶えてやったのでは依怙の沙汰と言われかねん。どうだ、何かないか?」
「……私は、長安に置いて頂きたいと思います。華琳様から、モノの学び方については既に教えてあげたはずだと言われました。後は自分で見聞を深めつつ、モノを学んで行きなさいと言われています。ですから、国都に在って様々な人から、様々なことを学びたいと思います」
「そんなモンで良いのか?」
「はい」
「一つ聞くが、理由はそれだけか?」

そう訊かれて、チラチラとご主人様の後ろ辺り、はっきりと言ってしまえば高順を見て返答に詰まっていた瑛を前に、ご主人様がニヤニヤと嗤いながらそれを是とする旨宣言した。

まあ、その、何だ。とりあえず頑張れと言うのが正しい対応なのだろうな、多分。

「で、焔耶は何かあるか?」
「出来ますならば、白蓮様付きの護衛として働くよう、命じて頂けないでしょうか」
「ふむ……朔に肖って護るってのか?白蓮を」
「はっ。拭い去れぬ汚名と報い切れぬ恩があります。死んで行った者達の代わりに白蓮様を護り、幾許なりと御高恩に報いることがワタシの望みです」
「お前さん自身は報われることが無いかも知れないぜ?お前さんの本意を知ることなく、人は口さがなく罵るかも知れない。お前さんのその思いを、白蓮が過たずに理解してくれるとは限らないぜ?それでも、お前さんはその道を選ぶのか?」
「……それでも、です。唯の自己満足に過ぎないかも知れませんが、白蓮様を護ることが出来るならば、他に何も望むことはありません。己を棄てて只管護ることに徹し、護りきることが出来た時、きっとワタシは今まで通りに生きていたのでは決して得られぬ何かを得ることが出来ると、そう信じているのです」
「……良いだろう。後で辞令を発するからその心算で居ろ」
「有難う御座いますッ!」

頭を下げた焔耶に一つ頷くと、今度は此方に向いて言葉を掛けてくる。

「月達もだ。何か望みがあれば言ってくれ」

言われて、私の望みを考えてみる。

私の望みは、月様の幸福。月様が幸福になることは、仕えている私にとって喜ばしい。幸福とは自分の手で掴まなければ意味が無い物だとは思うが、自分の手で掴むための手助けが出来るならば、それを行いたい。

周囲を見れば、詠と霞とがそれぞれご主人様に甘えるかの様にお願いごとをしていた。月様はそれを少し離れたところでご覧になって居る。戦場にて、あれ程凛とした、気高き花の如き雰囲気を身に纏っておられた月様が、今は以前と変わらぬ、少々気弱な雰囲気を身に纏って、何かを躊躇しておられた。

月様のご主人様への感情は、文字通り一命を賭す覚悟が出来る程のものだ。声を掛けること自体を躊躇する程安いものではないだろう。であれば、この場ではそれを言い出し辛い願いがあり、それを口にすることが躊躇われるということではないのか。そしてその願いとは即ち、想いを告げたいと云う事ではないか。

もしそうだとするならば、私に出来る事とは即ち此処ではないどこかで、月様が他者を気にせずその想いを告げることが出来る機会を創り出すことくらいではないだろうか。

「……ご主人様」
「何だ?朔も何か望みがあるのか?」

少し驚いた顔をしたご主人様に対して、お願いをする。

「月様に、ご主人様の時間を一日割いて頂きたいのです」
「月に?」
「はい」
「それはまた何でだね?」

理由を聞き返されて、詰まる。

私は馬鹿だ。私の願いが月様に関連するのは、最早当然のことであると思って貰えると思っていたが、考えてみれば疑問を持つのは当然だ。月様の為に何か、例えば地位などを用意して貰いたいと云うのであればすんなりと納得して貰えたかも知れない。その目的とする処を推測しやすいだろうからだ。だが、月様の為にご主人様の時間を割いてくれ、と云うのでは一体何が目的なのか分からない。不審に思われて当たり前ではないか。

此れは、失態かも知れない。月様の為にと思った行動で、否応なく此処で月様の感情の在り処を暴露することを強いることになってしまったかも知れない。

詰まっている私に、思ってもみなかった人間から救いの手が差し伸べられた。

「馬鹿ね教経。ちょっと考えれば分かる事じゃない」

何故か詠が、私の代わりに論陣を張ってくれたのだ。

「はぁ?どういうことだ?」
「月はアンタに助けられたから、アンタの恤民の想いが見せかけだけの物じゃないってことが分かってた。『見義不為無勇也』って云うのも、助けられたからこそしっかり理解出来ていた。
今後月は今まで通りアンタを政で支えて行くことになる訳だけど、アンタが何を考えているのか、今後を、何処までどういう形で描いているのか、そういったことについて話し合っておかないと今回のように能動的には動けないでしょ?それが叶うように、月が過って判断することが無いように、認識を合わせる為に丸一日時間を取って欲しいっていう、何事も月中心の考え方をする朔らしい願いじゃない。
でしょ?朔」
「そうなのか?」

水を向けられて、思わず何度も首肯してしまった。

「ま、そういうわけだから。月のお願いはとりあえず保留ってことで良いの?」
「え?あ、う、うん」
「だ、そうよ?教経」
「そうか。ならまた後で、欲しいものが出来たら言ってくれ」
「はい、ご主人様」

どういうつもりか、と詠を見やると、此方を見て苦笑していた。

”察しろ”

そういう事なのだろう。抑々月様が矛を交える決断をした際、側に居たのは詠であった。月様の意思を確認しそれに従う私とは異なり、唯々従うことをせず大いに月様と語り合ったはずだし、その変貌が何に由るものであるのか、理解していてもおかしくはない。分かって居て、助け舟を出してくれたと云う事なのだろう。

それにしても、あの一瞬で良くあれほど尤もらしい言い訳を思いついたものだ。流石、天下に名高き賈文和である。

まあ、こんなことでそれを、しかも私などに実感して貰っても有り難くも何でもないであろうが。