〜碧 Side〜

弘農へ攻め寄せた袁家に対応する為、長安へ先行させていた凪達から戦の結果について報せが入った。

平家軍全体としての死者は全体の四割に迫る。数にして、実に14,000もの兵を失った。平家がこれだけの兵を一度に失ったのは、反董卓連合の時以来だ。兵の損害についての報告を見たご主人様は、目を閉じ眉間に皺を寄せ、片手で頭を押さえながら、陣屋の机に片肘付いて居た。流石のご主人様も、まさか此処まで手酷くやられるとは思って居なかったのだろう。

将については、皆傷を負っているらしいが、命に関わるような怪我をしている者は居ないとのことだ。報告を受けたご主人様は、その報せにホッと息を吐いた。かなり手酷くやられている中で、将が皆無事であったことは僥倖であるとしか言いようがない。ご主人様の反応を見る限り、この結果は全くの想定外だったんだろうねえ。

こういう結果が出た原因は、厳しい様だがご主人様自身の『過信』にある。天下争覇の相手である諸葛亮を、ご主人様は高く評価している。その諸葛亮が、天下を争うに当たって、時勢を創り出しまた次代を担うことになる民を殺すような真似はしないであろうという過信。そして月は自分が荒事には向かないことを良く知っているから、早々に撤退し、決して交戦しないだろうという過信。この二つの過信によって、想像もしていなかった被害を蒙ることになった。

ただ、前者については完全にご主人様の失態だと言えるけど、後者についてはご主人様の過信だけが原因だとは言えない状況だ。そもそもご主人様が自ら弘農を訪れて直接口頭で撤退するように伝えていたにも拘らず、それを無視して袁家と戦っている。あの娘のことだから何かしら理由があったのだろうとは思うけど、理由が分からない内からその行動を肯定する訳には行かない。そう思う一方で、ご主人様の指示を違えなければならないだけの理由が存在しない限り、あの娘や詠が矛を交えるような真似をするとは思えない。

ご主人様はその辺りをどう考えているのか。

顔を見る限り、怒っているようには見えないけど、ねえ。皇帝になったことで、益々自分の命令に人が無条件で従うのが当たり前になって居る。その環境が、無意識に影響を及ぼして、いつの間にか柔軟なものの考え方が出来ないように変化していることだってあり得る。

「……何だよ、碧」
「いや何、月がご主人様の言いつけを破った結果としてかなりの損害があった訳だけど、それについて何とも思わないのか、とねえ?気になるじゃないさ」
「何だそんなことか」

心底どうでも良さそうな口調で、面倒臭そうにそう口にする。

「あのなぁ碧、現場に居ない人間の指示を遵守してどうするンだよ。基本的には守ってもらわなきゃ困るが、それは状況が許す限りにおいて守れって程度の話であって、何が何でもそうしろと言っている訳じゃないンだよ。勿論、全部分かってて命令している場合は別だけどな」

……流石に皇帝になった程度で変わるようなタマじゃないか。少なくとも私と出会うまでの二十数年間、聞く限りではかなり厳格な師や老人たちにみっちり扱かれ、また何度も天狗の鼻を圧し折られて居る様だしねえ。自分の才能について慢心したり、他人の心情を忖度出来ないところがあったりしたらしいけど、他人との関わり方においては基本的に聴く姿勢を貫いている。それさえ忘れなければ、おかしなことには成らないだろう。

私が思っている通りの答えを返してくれたが、全部分かって命令している場合とは一体どういう場合なのかね。それが例外として扱われるのは分かったけど、何とも漠然としすぎていて理解に苦しむ。

「どうした?」
「分かってて命令している場合ってのは何だい?」
「最初っから捨て駒として全員死ぬことを前提にしている場合とか、そいつが殺されることを前提としてその後の戦略を構築している場合とか、だな。良くあるだろ?生かしておいたら役に立たないどころか有害な人間を、有能だが自分にとって邪魔な人間に上手く殺させるように誘導した上で、それを告発して邪魔者も排除するってぇ話が。そういった場合は、遵守して貰わないと困るんだろうけどね」
「……あくどい事を考え付くものだねえ」
「普通に思いつくだろ。第一、思いついたところで実行するだけの能は俺にはない。緻密さに欠けるんだよ、俺の頭は」

語りながら、伝令を手で招いて指示を書きつけた書状を渡す。最近は真面目に政務に取り組んでいるようで、多忙過ぎる日々を送っている。今までに比べて明らかに負担が増えていることに対して、働かせすぎなのではないかと云う問題提起が為される程に働いているが、ご主人様が疲労で倒れたりすることはない。黒男と華佗がその辺りは管理しているようだからね。

「ところで碧。お前さん、体調はどんな具合だ?」
「随分良くなったよ。まだ死なずに済みそうさ」

過日、華佗が私の顔を見るなり病魔がどうとか言いながら、針を打たせろと言ってきた。ご主人様以外に肌を晒すなど有り得ない、と一旦は断ったが、華佗はご主人様に報告をしたらしい。背中から針を打ちこむだけだから、とか、俺も一緒に居るから、とか。兎に角必死の形相で、私を説得しようとしていた。その必死さに絆されて華佗に針を打たせてやったんだが、これが思いの外に良かったらしい。最近体調があまり思わしくなく、そろそろお迎えが来そうだと思って居たのが嘘の様な体調の良さだった。

「本当だろうな?」
「本当さ。昨晩確認しただろう?」
「……なら良いが」
「抑々私の方が先に死ぬのは分かり切っていることだろうに、其処まで私の事が愛おしいのかい?恥も外聞もなく頭を下げて、えらく執着しているじゃないさ」
「凱の奴がまだ生きることが出来る、と言った以上、それは正しいんだろう。であれば治療を受けて貰いたいと思うのが人の情と云うモンじゃないか」
「問いに答えてないよ?私に執着している理由ってのを聴かせて貰いたいものだねえ?」
「……そうだよ」
「はあ?なんだって?」
「その通りだって言ってるだろ!お前さんは俺のモンだ。執着して当たり前だろ!?」
「おやまあ、愛されているんだねえ、私は」

そう言ってニヤニヤと笑いかけた私から、拗ねたように顔を背けて目を逸らす。その顔には不機嫌そうな表情が張り付けられていた。

しかし、この男には中々に可愛らしいところがあるものだねえ。可愛らしいというよりは、小僧らしいというべきかも知れないけどね。図星を衝かれて声を荒げるなんて小僧のすることだ。けど、その一方で、声を荒げて投げ掛けた言葉は、否定の言葉ではなく肯定の言葉って辺りが何とも素直で憎めない。絶妙な按配、と言えば良いんだろうね、こういうのは。今の一連の会話の雰囲気の中で、何の衒(てら)いもなく、ただ単に肯定するような男なら、私の興味を惹かないどころか却って興が冷める事だろう。と言って、声を荒げて否定するほど小僧なら、抑々小便臭すぎて好いたの惚れたのという話にはならない。声を荒げて肯定する、という反応は、今の私にとっては好ましい。

私が毅然としていて欲しい時は毅然としていて欲しいが、甘えて欲しい時には甘えて来て貰いたい。その時機がちょうど合うと云うのは重要なことさね。その点非常に申し分なく、私には似合いの男だと言える。

「ほら、ご主人様。拗ねてないでこっちをおいでよ」
「なンだよ」
「全く。そうやって強がっても駄目さ。こっちへ来て、あたしを抱いておくれよ。あたしがまだ生きてるってことを確かに実感できるだろうし、あたしもそうしてくれると嬉しい」
「……まだ昼だぜ、誰も居ないけど」
「駄目なのかい?」

ちょっと媚びたような上目遣いでご主人様を見やると、頭を掻きながらすぐ側にやって来て後ろから私を抱き抱えてくる。すぐ右にご主人様の顔があるのを感じて、そっちを向いて口を吸った。

長い接吻の後、ご主人様は何か言いたげに口を開いては閉じて居た。

「なぁ、碧」
「何だい?」
「……いや、何でもないよ」

意を決して話しかけて来たご主人様は、考え直したのか何も言わずに後ろから抱き抱えている腕に少し力を込めながら、暫くあたしを抱いていた。ちょっと泣きそうな、そんな顔をして。

分かってるさ、ご主人様。あたしの生き死になんてどうでも良いとか思わずに、アンタと出来るだけ長い間居れるようにって考えるようにするからさ。だからそんな情けない顔、するんじゃないよ。アンタはあたしが惚れた男なんだから。

堂々と前だけ見て居れば良いのさ。















〜教経 Side〜

南蛮から長安へ帰還する途上で月達の消息を知った俺は、失った兵の補充と前線の厚みをより増す為に白蓮達旧公孫家の人間を引き連れて帰ることにした。その一方、李厳や王平と言った、名の知れた人間を蜀の抑えとして残している。また、直接面語したことはないが、法正やショウエン、伊籍なども益〜荊州に居り、善政を布いているらしい。それらの、俺にとっては馴染みのある名を有する人間達も、そのまま任地に残している。

有能なのは分かって居るが、そろそろ『俺がその顔を知り、親しく声を掛ける家臣』の席は一杯になりつつある。今いる人間で、取り敢えず求められる仕事はこなせる。これ以上増やすと、需要と供給のバランスが崩れることになり、仕事を振ろうにも仕事が無いという状況が発生するかも知れない。振る仕事が無ければ、その才を発揮することは出来ず、その才を発揮することが出来なければ、出世など出来ようはずもない。そして出世が出来なければ、あたら偉才を俺の近臣として死蔵することになる。それは損失でしかない。地方に在って中央の意向をしっかり反映してくれる、確かな才人が必要なのは間違いないのだから、その役割を果たして貰いたい。

それに、中途半端に声を掛け、また目を掛けて今後の展望に期待を抱かせたにも拘らず、大した抜擢もなく過ごすことになってしまったら、恨みに思うこともあるかも知れない。救世済民の能を有する者が必ず高潔の士であるとは限らない。自分の能を知ればこそ、それを誇りに思って居る人間だっているだろう。だが俺は能が同じ程度なら、親しく使ってきた人間をそのまま使い続ける。

『能が同じであるのに何故』。
『依怙の沙汰ではないか』。

そう思い、そして良からぬ方向へ暴走する人間だって出てきかねない。抑々が、俺の知る歴史とは全く違う様相を呈しているのだ。有名武将がほぼ女性だったこともさることながら、生きる時代が異なったはずの人間が、ほぼ同年代のように見える形で同時に存在している。であれば、伝えられている性格とは全く異なる人間だっている事だろう。

彼らを上手く御する為にも、また国を上手く統治する為にも、彼らには地方に居て貰う必要がある。何れ召喚することもあるかも知れないが、それは中央でポストに空きが出来た時になるだろう。

前線へ異動させるのは、白蓮、雛里、吉里、張任、紫苑、桔梗。

白蓮と雛里、張任とは、直接矛を交えた間柄だけにその力量は把握しているつもりだ。吉里についても、揚州制圧時にその力量の一端は示しているし、本人の言を聞く限りでは、演義以上のチート的存在であろう諸葛亮に盤上の模擬戦とは言え勝てる力量がある。それらの、俺が直接その力量を認める四人に強く推薦された、紫苑と桔梗の2名を加えた6名。今の俺が知っている最良の手札を異動させ、一旦今の状態で戦線を固着させる。

そして戦線が固着している間に、力一杯殴りつけてやるための準備をするのだ。動員する多数の兵を維持するための糧食と、それを遅滞なく補給するための方式とを整える。練兵を行い、より練度を高めておく。あまり馴染みのない将同士を組ませて練兵することで、連携を高めておく。象兵とその他の兵科の連携について、確認しておく。兵器の改良を行い、戦況に影響を与えることが出来る程度に普及させておく。

俺がやることは『袁家を潰す』という至極シンプルなことだが、それを行う為の準備は多岐に亘る。次に戦端を開いたら、再び周到な準備をする時間を設けるつもりはない。一気に終幕まで持って行く為には、此処での準備が重要だろう。

何を為すにも一先ず長安へ戻ってからの話になるが、長安に戻るまでにある程度準備をさせておく必要はある。俺が帰還して直ぐに、あれを如何こうする、と云った指示を出した時に、心構えが出来ているのとそうでないのとでは、緒に就いた時のスムーズさが違う。序盤スムーズに物事が運ぶに越したことはない。相手のある話なのだから、此方が十分だと思う前にアクションを起こされることもあるだろう。であれば躓いて時間をロスするような真似は極力したくない。心構えが出来て居れば避けることが出来る遅延と云う物が確かに存在する以上、前もって用意させておく必要がある。

なればこそ、行軍中も野営中も、ひっきりなしに指示を出していた。様々なことを考えなければならない為、遊んでいる暇などなかった。此れだけ真面目に仕事をしたのは人生で初だろう。自分で自分を評価するのはどうかと思うが、今の自分にやれることは全てやりきった、文句を言えるなら言ってみろと公言出来る程に勤めたのだ。

───そんな俺に対する皆の評価は、それはそれはひどいものだった。

先ずはダンクーガだ。俺が脇目も振らず、たまに食を抜いてまで仕事をしているのを見て、偽物か何かだと思ったのだろう。琴や百合まで巻き込んで、俺が本物かどうかを確認するという名目で様々な試しを行った。最終的には琴と百合の二人によって身ぐるみ剥がされ、確かに間違いないということが証明された……何を以て、だと?『ナニ』を以て、だ。シュールだった……すっぽんぽんに剥かれて羽交い絞めにされながら、二人にまじまじと凝視されたり、弄ばれたりしたのだ……。二人とも、絶対に俺だと分かって居た癖に、『こ、これはその、お屋形様かどうかを確かめるのに必要なことですから……』とか『……す、少しだけ……うん……少しだけ……ね?』とか言いながら躰を寄せてきて、最終的にはnice boatした。非常に俺得だが、ダンクーガ、テメェは駄目だ。後で折檻してやる。

稟と愛紗はブラックジャック先生と凱を連れてきて、診察を受けさせるという挙に出た。診察をした先生が、疲労は溜まっていても特に病気の兆しは見られないと言ったにも拘らず、頭を重点的に調べて欲しいのだ、と、何を心配しているのかがまるっと全部御見通し出来るお願いをしていた。あれか?俺は真面目に仕事をしちゃ駄目だってことか?そりゃ普段の行いが悪かったには違いないんだろうが、それにしたって酷い扱いなんじゃないかね、お前さんたち?

華琳はその二人を見て、俺が頭の異常を疑われてしまう程に今まで何もしてこなかったのかと詰って来た。自分の写し身のような存在だと思って居たのに、仕事の面では華琳ほど勤勉ではなかったことが気に入らなかったのだろう。そんなこと、俺が太原に居る時から密偵を放っていたんなら、疾うに知っているはずじゃないか。大体助け出した後話した際に、俺は楽がしたいとか言ったはずだ。今更何を言っているんだ、この貧乳め、とは内心で毒づいたセリフであったはずなのに、熱烈な求愛行動を受け止めることになった……主に顔で。

思い返すと目の前が滲んで良く見えなくなってしまうが、これは断じて涙ではないのだ。





還ってきた長安で先ず目についたのは、負傷した兵と思しき者達の多さだった。既に報告を受けて分かって居たこととは言え、万を超える死者を出したことに忸怩たる思いがした。これだけの被害を受けて、詳細についての報告を皆の前でなく、当事者達から個別に受けるという結論は出せなかった。事前に数字だけで知らされるのと、こうやって直接把握するのとでは、やはり重みと云うか、受け取る側としての意識は変わる。何の説明もなされなければ将達は不審に思うだろうし、結果として俺への信頼が損なわれることだってあるだろう。なおざりにもおざなりにもすることは出来ない。

戦端を開くことを主張したのが月なのか、それとも詠なのかは分からないが、ざるを得なかったことを証明しなければならない。俺に、と云うのも勿論あるが、それよりもむしろ死んで行った者達の関係者へ、だ。死んで行った者達の関係者が自分を納得させるには、平家の中のこととは言え、多くの人間、出来ればシビアなものの見方が出来る人間が居る前で今回の件についての説明乃至釈明が行われ、それが妥当であったという結論が出たという事実が必要だ。そうでなければ自分自身を騙すことすら出来ないではないか。

だから月と詠を召還して、状況と開戦するに至った経緯をさせることにした。長安にいる全ての将の前で、報告をして貰う。華琳が宛から俺を追いかけて来てくれていて、本当に良かったと思う。反董卓連合に参加し、月を評価するどころか殺そうとしていた華琳が今回の結果を認めれば、人はそこに何らかの已むを得ざる理由があったのだろうと勝手に判断してくれるだろうから。事前に華琳にそう言っていたこともあり、率先して聞き手に回ってくれている……聞き手と云うよりはむしろ訊問役と言った方が相応しいくらいの口調だが。

「で?誰の判断で開戦したのかしら?」
「私です」

華琳の問いに対して、間をおかずに月が答える。詠は月の後ろで黙っている。朔も当然のように後ろに控えているが、月を庇おうとはしてい無い様だ。

「それで?教経の言いつけを破って開戦したことについて、何か申し開きがあるかしら?」

華琳の口調はキツイものだ。月が一瞬だけ此方に目を向けてきたので、薄く笑って頷いてやった。心配しなくても良い、事情があったらしいことは理解しているつもりだと、そう言ったつもりだ。皆の前で華琳が詰問調で居ることを、それが俺の感情を反映したものだと勘違いして貰っては困るからだ。

頷いた俺を見て、俺の見間違いでなければ、少し嬉しそうにした後、華琳に正対して話し始めた。

「……私はご主人様に助けて頂きました。その事を思えば、どうしても放っておけなかったんです」
「……どういうことかしら」
「『見義不為無勇也』。ご主人様はそう言って、利益にならないことを承知の上で私を助けて下さいました。助けられた時、私も義を見て為せる人間でありたいと、そう強く願いました。
今回、袁紹軍が民衆を撃殺せんとしているとの噂を耳にした時、どうしても戦わなければならないと感じたんです。命の危機に晒されている民を護るのは義と言えます。そして先のことを考えれば利もあると思いました。義であり、しかも利がある。ご主人様であれば、きっとそれを為すに違いない。そう思った時、今此処に居る私がそれをやらなければならないと思ったんです」

理路整然と、その思う処を述べる月。

司馬懿が考えていたように、敵さんは手段を選んで来なかったらしい。まさか俺が月を援ける時に掲げていたその言葉を此処で口にするとは思って居なかったが、民を人質に取られたようなものだとすれば、矛を交えるのは半ば必然と言っても良いだろう。

「『見義不為、無勇也』、ね。まあ良いでしょう。それで、利、とは?」
「ご主人様は民の為に乱世を終わらせようとなさっています。それが口先だけのことでないことを天下に示すのに、これ以上に相応しい舞台はなかったでしょう。民を撃殺しようとした袁家との対比において、一貫して民の為と口にし、また民を護る為に多大な損害を出すことを厭わなかったご主人様の至誠は際立つに違いありません」

口を噤んだ月を暫くジッと見据えた華琳は、ふっとひとつ息を吐き出して此方を振り返った。その顔には苦笑のような、納得が行っているような、何とも言えない表情が浮かんでいた。

「だ、そうだけど?どうするの、教経?」
「いやいや、俺に訊く前に他の人間に確認すべきじゃないかね?」
「あれだけ董卓が言うことに皆頷いていたじゃない。聞きたい答えは私が訊いたことで全て得られているはずよ」

左右を振り返りながら、傲然とそう断言する。
その華琳の言葉をが正しいことを証明するかのように、この場に居る皆が頷いた。

「後はあなたの心積もり一つ、ということよ」

どうするのか、と言われてもな。

広間を見渡すと、皆が俺の言葉を待っている。十中九まで罰することはないと分かって居るだろうが、それでも絶対にないとは言えないが故の緊張感がそこにはあった。

「今までの話の流れからして、交戦する以外の選択肢はなかったのは間違いない。俺が月の立場なら戦ったであろう、という月の予測も正しい。罰する必要は皆無。むしろ賞してやりたい位だ。よくぞ民を護ってくれた、とね」
「有難う御座います、ご主人様」

礼を述べつつ微笑む月に、ドキリとさせられた。そこには、嘗て反董卓連合を迎え撃った際に居た、触れると壊れてしまいそうな可憐な少女ではなく、優しくも力強さを感じさせる美少女が居た。