〜教経 Side〜
巴蜀の地を後にし、南蛮へ侵攻してから五日が経過している。現状全軍を待機させ、情報収集を行っている。細作からの報告を全面的に信じるならば、南蛮は軍を編成していないようだ。念の為斥候を放って周囲を警戒させているが、今のところ全て徒労に終わっている。見通しの利かない森に通してある、道と呼ぶのがおこがましいほどの道を警戒しながら進んで来た為、さほど距離は稼げていないが先ず順調と言って良い行軍だろう。
しかしそれにしても暑い。体感でしかないが湿度もかなり高いことから熱中症になる者も居るし、水も合わない人間が続出している。熱中症に関しては致し方がない部分もあるかも知れない。帽子を被って水分と塩分を取るようにしろ、と言った処で症状が出る人間はどうしても出てくる。そもそも塩分を効率的に採取する為の食品があまりないしねぇ。梅干し持参で来ているが、嫌いな奴は食べようとしないし。だが、水の話は別だ。水はきちんと煮沸したものを冷まして飲むようにしろと言ったはずなのに。言うことを聞かないからそう云うことになる。
これは先生と凱を連れてきて正解だったな。特に凱。兵達の面倒を見てくれる点では先生と変わらないが、稟を見て病魔がどうとか言いながら、ヘルアンドヘブンかましてたからな。凱に言われて、稟は『郭嘉』だったことに改めて気が付いた。早逝と等号で結ばれるのは、冥琳だけじゃなかったってことを。
華麗にスルーしていたが、そろそろそう云う時期だったということだろう。稟曰く、最近気怠さを感じていたらしいが、針を打ち込まれてから全くそんな事はなくなったらしい……お抱え医師に昇格して貰いたいねぇ。死亡フラグは数有れど、病のそれを事前に取り除けるだけでも大きな違いがあるだろうし。
まぁそれはさておき、だ。
「しかしあれだな、お前は馬鹿だな?ダンクーガ。どうして煮立った熱湯を飲まないかねぇ」
そう。目の前にはダンクーガが居る。ポンポン痛くなったのか、腹を押さえながら。そして何故か、俺を異常に警戒しながら。恐らく俺が余計なちょっかいを掛けてくると思っているのだろうが、それは正解だよ明智君。
「沸騰したお湯なんて飲める訳無いだろうが!」
「んじゃ煮沸した水を冷まして飲めば良かっただろ?」
「俺には『そのまま飲んでも大丈夫かも知れないが念の為に』と言っただろうがアンタは!」
「……馬鹿だから大丈夫。そう考えていた時期が、私にもありました」
「遠く見て独りごちれば良いってもんじゃねぇぞ!?何想い出にして呉れちゃってるんだ!?」
俺のあまりの言い様に、あれだけ警戒していたにも拘わらずその警戒を一瞬緩めて身を乗り出して来る。
……クククッ、ダンクーガ。恨むなら我が身の至らなさを恨むが良い!
「おおダンクーガよ!漏らしてしまうとは情けない!」
裂帛の気合いと共に放たれた、必殺の一撃。俺の行動に驚愕と、そして警戒していたにも拘わらずそれを防げなかった後悔の表情を浮かべ、それでも回避しようと躰を動かす。
だが俺はそれを許さない。一歩前へ。ダンクーガの股下へ踏み込んで腹を狙う。重心の中心に俺が踏み込んでいる以上、これを躱すことは出来ない。いや、正確には、『今の奴には』躱すことは出来ない。躱すなら後方へ跳び退るしかないが、その急激な運動に奴は耐えられないからだ。
俺の右拳が狙い通り、過たずに奴の腹に吸い込まれる。拳を叩き込んだ瞬間、拳から伝わった衝撃が背中に突き抜けていく快感。ダンクーガが苦悶の表情を浮かべる。
間違いない。今までで最高の手応え。間違いなく、奴は『やった』に違いない。
「あ……ああ……」
「お、おい、高順。大丈夫か……?」
「……と、ケ、忠」
「な、なんだ?」
「……済まんが暫く警護を頼む……ッ!」
ダンクーガはそう言い残して脱兎の如く駆け出した。奴が向かう先は山。要するに、そう云うことだろう。
「……なあ兄貴」
「何だよ」
「ちょっと臭くないか?」
「……触れてやるな」
「……やった人間が言う事じゃない気がするけどね、俺は」
「……ま、それも置いとけ」
ちょっと味噌が付いたようだが、此処まではまぁまずまず順調な行軍だったな、うん。
「陛下」
ケ忠と他愛もない話をしている処へ、司馬懿がやってきた。
「どうした司馬懿。何か問題でもあったのか?」
「は。実は兵達に用意した料理の何割かが無くなるという事件が発生しておりまして、布告を出して注意を喚起したいのです。その際に陛下からの通達とさせて頂きたいのですが。……何か臭くありませんか?」
「臭いは置いとけ……糧食ではなく料理が消えるのか?」
「まあ置いておけと仰るなら置いておきますが、まさか陛下が致したのですか?……報告している私も疑問に思って調べましたが事実です。失せたのが糧食であれば横領・着服も考えられますが、料理が失せただけであれば余程に腹を空かせていた兵が居たのであろうとしか……」
「俺がやるかよ、テメェじゃ有るまいし。……仕方のない奴が居たモンだ。そこまで腹が減っているなら言ってくれれば考えてやるものを。ただ、決まりを守れないってのは問題だな。欲しいから持って行くと云うのではそこらの賊と変わらないだろうが。下手人は探し出して、それなりに反省させろ」
「私はそう云う経験はありませんが?……御意。では陛下からの通達としても?」
「なら突っ込むなよ。……それで良い。お前さんの良い様にやってくれ」
「有り難う御座います……お大事に、陛下」
料理泥棒、ねぇ。
あと司馬懿、かましたのは俺じゃない。ブン殴るぞこの野郎。
「ちょっと!どうなっているのよ!」
そろそろ昼食にしようかと話していたところに、華琳の声が辺りに響き渡る。
声の感じからして穏やかじゃない。怒髪天を衝く華琳の様子が目に浮かぶ……あのツインテールが空に向かって突き立っているのを想像して白湯を吹いた。ったく、何だってンだ?
聞こえてきた声の勢いそのままに、華琳が陣屋に乱入してくる。ダンクーガ達は流石にあの状態の華琳を止めようとはしなかったようだ。目の前に不用意に立ちたくない感じがするからねぇ……。その華琳は、偶々陣屋にいた百合を捕まえて、此処に陣屋を構えてから不審人物を見なかったか、華琳の陣屋に侵入を図る不届き者を見なかったかと矢継ぎ早に質問をしては『……見てない』と云う回答を引き出していた。
一通り質問をした後珍しく渋面を見せていた華琳を眺めて居ると、俺の視線に気が付いたのか眉を顰めて俺を注視してくる。……不機嫌だねぇ。俺が寝台で寝転がりながら誤って『貧乳だね』とこぼした時並に不機嫌だ。耳がちぎれるかと思うほど引っ張られた記憶が蘇って来て、思わず耳に手をやってしまう。『慎ましくていいねと俺が言ったから、今日は貧乳記念日』というネタを思いついてどうしても伝えたかったのだが、命が惜しかったので泣く泣く我慢した、あの苦い想い出が蘇る。
「……何かムカつくことを考えて居るみたいだけれど、まあそれは後で良いでしょう」
華琳がこめかみに浮いた血管をピクピクと動かしながらそう宣う。後で問い詰めるのかよ。
「貴方に訊きたい事があるのだけれど、答えてくれるかしら?」
「……そこまで不機嫌になるなんてねぇ。一体何があったんだ?」
「教経、まさか貴方が食べたんじゃないでしょうね!?」
「何を?」
「私が朝から手間を掛けて仕込んできた料理を、よ!」
「……良い匂いがしていたが、華琳が料理してたからか」
「良い匂いが食欲をそそる香りのことを指しているのならそうなのでしょうね。それで?貴方が食べたのではないか、という私の質問に貴方は答えていないのだけれど?」
世の著名な画家が『不機嫌』という題材で絵を描くとしたら、この人をおいて他にモデルはないと言うだろう。華琳がそんな顔をして俺に詰め寄ってくる。……鬼気迫るものが有るな。これだけ怒るってことは、その料理は華琳にとって余程の会心作であったのか。それとも、俺の自惚れでなければ、俺に美味い料理を振る舞おうと腕によりを掛けたものであったのか。
後者だとしたら、本当に可愛い処があると思う。本人にそう言うと間違いなく照れ隠しに怒るから言わないけどな。まぁそんなところもまた可愛らしいと感じているが、これが世に言うところの末期症状だってのは自覚があるから指摘してくれなくても良い。
兎に角、一旦真面目に答えることにする。
「ンな訳無いだろうが。俺は華琳が料理をしていたことさえ知らなかったのに」
「本当かしら?」
「本当だよ」
「天に誓って?」
「平家の赤旗に誓って」
「……そこまで言うのなら貴方ではないのでしょうね」
華琳は一拍置いてそう言った。取り敢えず俺の言う事を信用したようだ。怒気も終熄傾向にあることだし、ここでチキチキ華琳レースでも愉しむことにしよう。
「……料理、会心の出来だったのか?」
「ええ、そうよ。ここ最近で一番の出来だったのに……ッ!」
「……俺の為に腕によりを掛けて作ったってのに、災難以外の何物でもないな」
「全くよ!本当、どうしてやろうかしら!?」
「……華琳、力強く肯定してくれたが、お前さん全く気が付いて居ないようだな?」
「何がよ?」
「『俺の為に腕によりを掛けて作った』ってのを肯定したんだぜ?今。お前さんは」
フヒヒ。これはかなり恥ずかしがるに違いないッ!
してやったりと華琳を見やると、呆れた顔をしてこっちを向いていた。
「貴方ねえ……私達は『夫婦』なのよ?妻が愛しく思う夫の為に腕によりを掛けて料理を作るのは当然じゃない」
華琳はそう、サラリと返して来やがった。恥ずかしがるかと思って居たんだが、その態度は普段と変わりがない。むしろそのストレートな返答に俺の方が照れてしまう。糞ッ、これは想定外だぞ!?
「……そうだな」
「……あら、教経?もしかして貴方、照れているのかしら?」
斜に構えて、こう、俺を見下ろすような感じで声を掛けてくる。
何か負けた気分だ。何に、と訊かれると返答に困るが。
「照れてない」
「照れてるわね」
「照れてないって」
「貴方って意外に純真なところがあるわよね。ま、普段その純真さは餓鬼っぽさとして発露しているんでしょうけれど」
「……酷いことを言われたってことは理解出来たかな」
「そう?私が口にした事実を『酷い』とするなら貴方の人生は悲惨なものになるわね?貴方の存在自体が悲惨だと言ったに等しいのだから」
「そこまで言うかね?」
「私をからかおうとした罰よ。甘んじて受け入れなさい」
「へいへい」
からかってやるつもりだったのに、完全にやり込められた。
「で、此処まで訊きに来たって事は未だ犯人は分かっていないってことなのか?」
「ええ。忌々しいことながら、ね」
「……腹が減っただけにしてはやり過ぎだな。華琳の陣屋に忍び込むなんざ正気の沙汰じゃない」
「どういう意味かしら?」
「そのままだよ。華琳自身が言った通り、華琳は俺の嫁さんだぜ?平家の人間が、家長たる俺の妻の陣屋に無断で忍び込んで勝手に料理を食う何てことをしたらどうなるか、想像出来ないはずがないだろうが。だから正気の沙汰じゃないって言ったのさ」
「へえ……愛されているのね?私」
「当たり前だ。お前さんは俺の嫁さんだぜ?」
「……そうだったわね」
何だ?華琳も照れてやがるのか?
それを突っ込んでやろうとしたその時。
「みぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
絶叫が聞こえてきた。
〜華琳 Side〜
教経の陣屋から、悲鳴が聞こえてきた方向へ駆け出す。前を行く高順とケ忠の後を、教経と共に追い掛ける。
横を走る教経の顔は真剣なものだった。眼光は鋭く、獲物を見つけた鷹のように厳しく前を見据えている。その肢体はしなやかな力強さに溢れていた。全身から醸し出している雰囲気は、『なんとしてもこの男が欲しい』と思わせるものがあった。こういう時の真面目な教経は、本当に良い雰囲気を持っている。普段からこうであってくれればと思うけれど、それは望むべくも無いのでしょうね。
悲鳴が上がった方向には、稟、愛紗、琴の陣屋がある。稟は兎も角、愛紗と琴は一流の武人だ。彼女達の内いずれかが不心得者を捕らえたのかも知れない。走っていくと、一つの陣屋の前に稟と琴が居た。どうやら愛紗の陣屋らしい。駆けてくる私達へ向けて、陣屋を指さして頷いていた。
先ず高順が、その後にケ忠が陣屋に飛び込んでいく。そこには何の躊躇もない。あの二人も普段はいい加減に見えるが、流石に親衛隊の隊長と副長を務めているだけのことはある。その後に続いて教経と私も陣屋へ飛び込む。
「愛紗、大丈夫か!?」
「あ、は、はい、教経様」
愛紗の陣屋に飛び込んだ私達の目の前には、愛紗が立っていた。どうやら怪我などはしていないようで、それを見た教経はホッと吐息を漏らした。
「……良かった」
そう言って愛紗を包み込むように抱きしめた。対する愛紗も陣屋に飛び込んできた教経の様子から、自分に対する愛情の深さをしっかりと読み取ったようで幸せそうな顔をしていた。
「……そろそろ良いかしら?」
「あ」
「愛紗、また今度な」
「は、はい!」
全く。今日は私の番だというのに、その私の前で他の女に現を抜かすだなんて。
「で?何があったのかしら?」
「……アレを見て貰えれば、と」
「アレ?」
愛紗が指さした先には、獣のような格好をした子供が泡を吹いて倒れていた。獣と言ったが、虎若しくは猫の様な格好をしているとも言えるかも知れない。躰を改めた限り凶器は身につけていなかった。愛紗が確かめた限り、この子供は女の子だそうだ。
何故泡を吹いているのか不思議に思って周囲を見渡すと、机から落ちたのであろう木碗が目に入った。碗には未だ僅かばかりではあるが、汁物が残っていた。状況から考えると、あの子供はこれを食べようと忍び込み、その後泡吹くような何らかの不幸にあったようだ。
「あの子供が私の料理を食べたのだろうということは分かったけれど、何があったのかはよく分からないわね。泡を吹いて倒れているなんて、普通では考えられないことよ。ここでそうなるようなことが起きたと考えるべきでしょうね」
その私の言葉に、教経が同意してくる。
「確かにな。後から何者かに殴られた、と云う状況じゃない。泡を吹いているところが何とも状況を分かりにくくしているンだよねぇ。例え子供と雖もこれが男なら股間を蹴り上げられたなりぶつけたなりしたのだ、と言えるンだが」
「どうして股間一択なのよ!」
「他に何があるんだよ」
「あのね……締め落とされたり、後ひきつけを起こした人間も泡を吹くことがあるわよ?」
「そう言われればそうか。いや、全く思いつかなかったわ。俺ぁ男だし、あの痛みを多少なりとも知っていればそれ以外は思いつかんと思うがねぇ」
「はあ……まあいいわ。此処で結論が出ない話をしているよりも医者を呼んだ方が良いでしょう。黒男も華佗も優秀なのだから原因は分かるはずよ」
「そうだな」
「それと、愛紗が作ってくれた料理。下に落ちてしまっているとは言え、未だ碗の中には残っているけれど?」
どうするの?と言ったつもりで教経を見る。
その私の視線を受けて少し首を傾げ、当然と言わんばかりの態度で自分が全部食べると言い放った。まぁ、そうでしょうね。どう考えても、愛紗は教経の為に料理を作っていたのでしょうから。それと察していてそれを食さないという決断は教経には下せないでしょう。
「の、教経様……」
愛紗が嬉しそうにその名を口にする。
私の料理を食べた犯人は確保したし、後は教経が愛紗を喜ばせてやれば一件落着ね。
教経が木碗を拾い上げ、その中身を口を付けて一呑みに飲み干す。
「ン゛ッ!?」
「?教経?どうかしたの?」
「教経様?如何なさいましたか?その、宜しければ、私の料理の感想を聞かせて頂きたいのですが……」
料理を飲み込んだ瞬間、教経は不自然に動きを止めた。何とも表現しにくい声を出しながら。
教経が手にしていた碗を奪い、僅かばかり付着した汁を舐め取ってみる。
「――――!!!!?」
「?華琳、どうしたのですか?」
これは――――――不味いッ!犬でさえこれを食べることは能わないだろう。それを確信させるだけの、破滅的な不味さ。一体どうやれば此処まで不味くなるのか。これは食品への冒頭ではないのか。私の胸の内に、止めどなく、愛紗の料理に対する様々な罵詈雑言が湧き出してくる。
「愛紗」
「?」
「……もの凄く不味いわ」
「なッ!そんなはずが……ッ!」
「……なら食べてみなさいッ!」
碗から残りの汁を掬って、その口に捻じ込んでやる。
「ん゛〜〜〜〜〜!?ぺっ!……な、何なのですか!?これは!?」
「それはこっちの台詞よ!貴女が作った料理でしょう!?」
医者の診断を待つまでもない。子供が泡を吹いていた理由は、目の前にあった。
「教経殿?しっかりして下さい!」
「お屋形様!?」
謎が解決してすっきりとした心持ちになった私を余所に、教経は死域に足を踏み入れていた。
「教経様!?一体どうしてこんな事に!?」
凄まじく不味かったからよ、愛紗。
あの惨劇から二日。意識を取り戻した猫娘を尋問しているが、さほど成果は上げられていない。分かった事と言えば、あの娘の名前が“ミケ”と云うことと、他にも幾人か平家軍の周囲にやって来ているということくらい。
虎のような格好の、猫のような名前の娘を見て居ると、何故だか頭が痛くなる。率直に言うと理解に苦しむ。この暑い気候の中、露出度は高いとは言え毛皮を被っている部分は暑いと思うのだけれど。その格好は何の要有っての格好なのかしらね。
桂花?あの娘はあれで良いのよ。『淫乱な雌猫』と罵ると悦ぶから、あの格好で良いの。あれは必要有っての格好なのよ。今度は豚の格好でもさせて罵ってみようかしら。きっと良い反応をしてくれることでしょう。
“ミケ”は自分の名前を告げて以降、一切話をしようとしない。これが普通の、例えば魏越のようなむさ苦しい成年男子であれば容赦なく尋問を行うのでしょうけど、流石に相手が女で、しかもこれだけ幼さを残していると強引な手段を以て尋問しようという気にはならないのでしょう。
陣屋に将達を集めて今後の方針について話し合いをしていると、配下からの報告を受ける為に中座していた稟が帰ってきた。
「教経殿、少し宜しいでしょうか」
「どうした?」
「それがその……」
「?」
「自らを孟獲と名乗る少女が訪いを入れてきました」
「はぁ?孟獲が?何でまた」
「ミケを解放しろ、というのが彼女の要望です」
南蛮へ攻め入って来ている平家軍へ訪いを入れる。
どう考えても自殺行為だ。ただの使者でさえ、この時点で送れば斬り捨てられてもおかしくはない。そこを敢えてやって来る。何か考えがあるのか。
相手の身になって考える。私が、南蛮を統べる王であったならどうするか。
この時点で平家軍の陣屋に赴いて何が出来るのか。
―――南蛮軍としての力を纏め平家軍をどうにかしようと画策するなら、行軍経路として予測される地点に埋伏した方が余程利口と云うものね。何も今此処で自ら陣屋に赴く必要は無いわ。
これが策だとして、何を狙ったものなのか。
―――孟獲という存在をその目で確かめた者は南蛮へ使者として赴いた者しか居ない。その者に面通しをさせずに引見した場合、それが孟獲でなくともそれと気付く者は居ない。それであれば、孟獲を名乗って油断させ、刺殺を狙うと云うこともあり得る。尤も高順やケ忠がそれを易々と許すとは思えないけれど。まあ警戒はしておいた方が良いでしょうが、これは会ってみないことには分からない。
教経は少し俯いてそれなりの時間考え込んでいたが、顔を上げて私と視線を合わせる。
その上げた顔は、何かを決断した顔をしていた。当然その自称孟獲に会うと云うことを決心したのでしょう。会わなければ何も始まらない。そもそも孟獲を引き摺り出す為に遠征を仕掛けたのだから、この展開はむしろ望むところと言って良いでしょう。
そう思いながら頷くと、教経は薄く笑って孟獲に会うことを宣言した。