〜愛紗 Side〜

教経様が益州に入った翌日、教経様の御前で現状の報告を行った。私からは益州に駐屯している平家軍の練度と士気について、稟からは同盟若しくは不可侵条約の締結を提案すべく南蛮へ派遣した使いの結果について、それぞれ報告することになっていた。

「以上が私からの報告です、教経様」
「良くやってくれた、愛紗。元の劉璋軍、公孫賛軍についても随分練度を上げてくれたようだし、うちの郎党共も皆元気そうじゃないか」
「有り難う御座います。ですが私だけではこうも上手く行きませんでした。碧や翠は勿論、蒲公英、紫苑と入れ替わりのような形になった為此処には居ませんが、張任殿に李厳も良く努めてくれたと思います。褒詞を賜りますならば、皆と共に、皆で賜りたいと思います」
「……愛紗らしいな。皆には後で改めて言うが、武官の纏めをしていたのは今こうして俺に報告をしてくれている愛紗だ。纏めを行う者には、纏めを行う者にしか分からぬ苦労があるモンだ……愛紗、ご苦労だった。愛紗が居てくれて助かる。これからも宜しく頼む」

真摯な面持ちで、頭を下げられる。その態度に、その気遣いにホッとしている自分が居た。

皇帝になろうと教経様は教経様だった。その事が、たったこれだけの会話で分かった。それをこれだけの会話で理解出来たことも嬉しかったし、私が皆の纏めのような立場でそれなりに苦労していたことをちゃんと分かってくれていることも嬉しかった。

そして多分、尤もらしい理由を付けて先ず私だけに褒詞を授けられることを私が受け入れられるようにした上で、褒詞を授けて教経様が私を優先してくれているというある種の優越感を与えてくれている。勿論、情において他と比べて私を優先してくれている訳では無いということは分かっているが、形としては間違いなく優先してくれている。ただそれだけのことが、嬉しくて仕方がない。

隣を見れば昨日教経様と共に過ごした稟が居る。稟は一昨日までと違い、随分とすっきりした、充実した『女』の顔をしていた。風からはさっさと『形式』とやらを整え、後背を早々に安定させて教経様を長安に帰せと言ってきている。教経様はこれから、自身とそういう関係にある人間に、風が言うところの『形式』を整えるべく愛を囁くだろう。教経様らしく。

その一番手が、稟だったということだ。教経様から昨晩何を言われたのか、そしてどう過ごしたのかは分からないが、稟の様子から判断する限りかなり羨ましい状況だったのだろう。少々妬けるが順番から云えば今日は私の番だ。思いっきり甘えることだって許されるだろう。

「軍の方は準備万端だとして……稟の方は?」
「はい。南蛮へ送った使者なのですが……」
「……殺されたのか?」
「……いえ。ただ、散々に打ち据えられた状態で、雲南の国境付近に放置されていました」
「……へぇ」

教経様の雰囲気が、剣呑な物に変わる。

「ですが、気になっていることも有ります」
「何が気になる?」
「殺されていない点と、態々人里の近くに放置した点です」
「……前者はまだしも、後者は確かに不可解だな。使者は何か言っていたか?」
「孟獲は今ひとつ要領を得ないことを繰り返して言っていたそうです。食べ物は渡さないとか何とか」
「……よく分からんな」
「はい。ですが、食べ物に執着していることは間違いなさそうだ、とのことです」
「困窮しているのか?」
「しては居ないように見受けられたそうです」
「ふむ……で、誰にどうして打ち据えられた?」
「帰路にて喉が渇いた為に、街道沿いにあった果実を一つ取ろうと手を伸ばしたところを後から打ち据えられたそうです。そして気が付いたら雲南に居た、と」
「打ち据えた相手は分からない、ということか」
「はい」

南蛮側が何を考えて居るのか、さっぱり分からない。これまでも稟が細作を放って情報収集をしてきたが、細作の正気を疑うような情報もあった。例えば、『孟獲を始めとする南蛮側の主力となるであろう武将は全て子供であり、獣の様な格好をしている』などだ。

そもそも南蛮が麗と同盟を結んで我らの後背を脅かそうというのであれば、教経様がこちらに来る前に麗と連携して攻め込んで来ていても良い。それが今まで何の動きも見せていないのだ。狙いは何処にあるのか。

私が南蛮側の人間であり麗との連携を考えて居るのであれば、教経様自身が来るのを待った上で仕掛け、自領奥深くへ引き摺り込んで引き付け続ける。そうしておけば麗がその後背を突く事になるだろう。教経様が南蛮へ引き付けられていれば、極めて少ないとは言え各地の連携が上手く出来ない可能性があるかもしれない。そして攻めてきた麗に対応する為に撤退するならば追撃し、対陣し続けるならばそのまま我慢し続ける。それが基本方針になるだろう。

だが稟が放っている細作からは、南蛮が軍勢を編成したという情報は入ってこない。あちらから動くことは、ひょっとすると無いのかも知れない。麗から見れば、平家軍5万を南蛮へ備えさせ続ける事が出来ている時点で、兵力分散させることには成功している。現状維持でも利点はある。逆に、我らとすれば現状維持は損失しか生まれ得ない状況であると言える。

兎に角、平家とすればどういったものであれ動きが必要だと思う。その辺りを踏まえて、教経様がどう判断するかだろう。

「教経殿、如何なさいますか?」
「……使者が打ち据えられたのは事実。これを盾にとって、軍を進めよう」
「会戦致しますか?」
「会はするが、戦はあちら次第だろう。兎に角、孟獲を引き摺り出す。その上で対応を決めようじゃないか」
「では、軍を進める準備を致します。進軍する部隊の編成は如何なさいますか?複数部隊に分けて侵攻させるという手もあると思いますが」
「不案内な土地で兵力を分散して良いようにやられろと?大体稟だって分けることは考えて居ないだろうに」
「何故そう思うのですか?」
「糧食をひとまとめにして管理していた様だからな。軍を分ける必要があると考えて居るなら、現時点で糧食を分けて居るはずだ。そうしていないと云うことは、そういうことだろう?」
「はい」
「……嬉しそうだな、稟」
「それはもう」

事前に稟と話をした際に教経様には見抜かれるだろうと言っていたが、まさか理由までもが稟の言った通りだとは思わなかった。

「出立は五日後とする。全将兵にその旨を伝達しておいてくれ」
「畏まりました」
「あ、愛紗は今日はこれからずっと俺と一緒な」
「え、し、しかしまだ昼ですが」
「別に日中からしようって言ってる訳じゃ無くて、陣中の見回りに付き合って欲しいって事だったんだが……愛紗、考えることが中々に過激になってきてるな」
「わ、私は別にそのような事は……」

考えては、いない……はずだ。多分。きっと。私に宛がわれた陣屋で、教経様と、日中から二人きり……それは素晴らし……いや、私は平家の蜀方面派遣軍の纏めを任されたのだ。このような軟弱な姿勢ででは軍紀が損なわれてしまう……だがその誘惑の何と心揺さぶることか。私の制止を振り切って、教経様は強引に私を組み敷いたりして……

「愛紗?どうしたのです?」
「……稟、よく見ておけ。稟が発車する時は大体こんな感じだ」
「は、はあ……」
「……いけません教経様!」
「うおっ!?」
「なっ!……吃驚させないで下さい、愛紗」

危なかった。私を組み敷いて行為に及ぼうとした教経様を何とか引き剥がすことが出来た。

「教経様。日中ですし、人の耳目が何処にあるか分からないのですから、ちゃんと自重して頂かなければ困ります!……まあ、その、夜ならばその、私も嫌ではないと言いますか……望むところと言いますか……な、何を言わせるんですか!反省して下さい!」
「……成る程、無いはずのモノが『実際にあった』事になっちゃってる訳ね、愛紗の中では……」
「教経殿、一体今何が起きているのですか?」
「稟、大丈夫だ……稟はまだここまでイカレては……逝かれては居ないよ……多分鼻血を吹いているからこうなっていないだけで、素質は十分だと思うけど……」
「?大丈夫なんですか?」
「放っておいたらきっと戻ってくると思う……思いたい……そうだと良いねぇ……」
「教経様!聞いていらっしゃるのですか!?」
「身に覚えのないことで此処まで怒られるのは流石に……けどまぁ怒った顔も可愛いからこれはこれで役得だと思うことにするか……後で事実を突きつけて色々虐めてやるのもアリだな……フヒヒ……盛り上がって参りましたッ!」
「教経殿、腹黒い感じが……あと若干後半部分が生理的に受け付けない雰囲気なので自重して下さい」

全く教経様には本当に困ったものだ。白昼堂々とその、淫行に及ぶなんて。

……後で真実を知らされるまで、本当にそう思っていた。お説教もしてしまっていた。反省して貰う為に、ちょっときつめにお灸を据えたりもした。その全てが、その、私のちょっとした勘違いから派生したものだなんて。

夜、教経様に説教の内容と私の態度を散々引き合いに出されて、虐められてしまった。恥ずかしくて、頭がどうにかなりそうだった。逃げだそうとしても、腕の中にいて逃げることも出来なかったし。まあその、教経様の腕の中から逃げ出すつもりが無かったからというのが一番の理由かも知れないが。

余りにもからかわれた為に、つい恨み言を、ほんの戯れのつもりで口にしてしまった。

―――『酷いです、教経様。もうお嫁に行けません』と。

教経様はそれに対して返して曰く、『俺の嫁にも来てくれないのか』。

流石に、息が詰まってしまった。顔を見れば、真面目に言っていることは分かる。私に否やがあろう筈もない。

喜んで、と応えようとして、結局私は『あうあう』と言いながら首肯することでしか応えられなかった……我ながら思うが、かなり情けない。『本当に私で良いのでしょうか』と思わず余計な事まで訊いてしまった。その私に、『愛紗じゃなきゃ駄目なんだよ』と言った後、『俺の可愛い、自慢の嫁さんなんだからもっと自信を持て』と囁かれた。

あまり女らしくない、と兵達から陰口をたたかれることもある私を、可愛いと言ってくれるのは教経様しか居ない。武人としての私も、女としても私も、同時に欲してくれている教経様の存在が、私は私のままで良いのだという安心感を与えてくれる。

教経様は、私にとって安心出来る、それこそ我が家のような存在だ。
私も、教経様にとってのそういう存在になりたいと思いつつ、愛しい人の腕に抱かれ、その体を掻き抱きながら眠りに就いた。

教経様への偽りない気持ちを口にしながら。















〜教経 Side〜

姉さん、事件です。

いや、俺に姉は居ないがお約束だからそう言っただけだ。嫁が不細工でがめついと大変だよねぇ……DVされたから殴り返したのにDV夫呼ばわりされるし、んじゃ離婚してくれって言ったら離婚は絶対しないと言うし……金を好き放題に使いたいだけじゃねぇか、あの糞ブスが……強く生きて下さい、一平さん。あぁ?これじゃドラマじゃなくてリアルな方のT島さんの話と一緒になってる?細けぇことは良いンだよ。

「ちょっとご主人様、聞いてるの?」
「俺はむしろ訊きたいんだけどな」
「蒲公英の性感帯?」
「違う!」
「も〜、冗談だってば」

あはは♪と眼鏡を掛けた小悪魔が笑う。

寝台の中で。
俺の横で。
そして、全裸で。

冒頭の事件とはこのことだ。昨日は翠(と碧)の番だったはず。それなのに何故か蒲公英が眼鏡を掛けて俺の横で寝ていたのだ。そのせいで動揺してしまい、東京プラトンに就職してしまった。

しかしまぁ、何故全裸で此処に居るんだ?武神装攻ダイゼンラ−なのか?
その俺の不審そうな視線を受けて、蒲公英が口をとがらせる。どうやらご不満なようだ。

「……ご主人様、ひょっとして昨日のこと全く覚えてないの?」
「あ〜……うん、まぁ、覚えてない」

蒲公英に言われて昨日のことを思い返してみる。

昨日は珍しく愛紗よりも俺の方が先に目覚めてしまった為、たっぷりと愛紗の寝顔と寝惚け顔を堪能させて貰った(その後でオラオラッシュも当然堪能した)。日中に益州にいる人間を集め、南蛮への対応について昨日稟と愛紗と話をして決めた内容を改めて伝達した。皆既に伝達を受けていた為、ただの確認以上の意味は持たないが、改めて宣言されたことで気合いが入ったようだった。ちなみに、張任の爺と李厳は居ない。紫苑と馬良が俺に同行した為、それと入れ替わる様に荊州へ移動したのだ。

会議の後、久々に皆に逢えたということで酒宴を催した。碧と翠からしこたま酒を飲まされ、酔った愛紗には一昨日夜から昨日の朝に掛けての妻へのご機嫌伺いが不十分であると詰られ、華琳からまた新しく嫁を増やしただなんてと穏の件で首を絞められた。稟は稟で、一昨昨日の夜の俺の言葉が嬉しかったと言いながら久々に発車していた……何を想像したんだ、何を。

そういえば、酒宴に参加した天和がいつも通りに俺の腕に胸を当ててきていたな。感触の方も、いつも通りに良い乳だった。宗旨替えをしようかと悩む程に良い乳だった。ただその時に、反対側の腕に人和が抱きついて来たことにはちょっと驚かされた。眼鏡っ娘がかなり恥ずかしそうに俺の腕を取り、上目遣いでちょっとおどおどしながら、俺の表情から機嫌を読み取ろうとしていた。嫌そうにしないかどうかを気にしていたんだろう。その様子がまた堪らなかったんだよねぇ……。嫌そうにする訳がないじゃないか。眼鏡っ娘は俺にとってはご褒美なのだから。

他にも、これまた酔っぱらった真桜が絡繰りについて熱く語り始め、紛いなりにも話に付いて行ける俺に絡んでヘッドロックを噛まし、長安で売っている絡繰り人形を買ってくれとごねている処に、沙和が服のカタログを持って突っ込んできて、俺がクロノクルに頼んで作ったゴシック系衣装について賛美を繰り返していた……カタログが何故あるのかには突っ込む気力もない。それは俺が意匠を凝らした衣装だと教えると、欲しい欲しいと強請られた。その二人を窘めるべく動いていた凪だったが、真桜と沙和がニヤニヤしながら「「なら凪(ちゃん)は大将(教経様)が欲しいって言うたら(言ったら)ええやんか(良いの)ー!」」という台詞で顔を真っ赤にして逃げ出した……凪は真面目だからねぇ……可哀相に。

問題はその後の記憶があやふやなことだ。寝台に連れられてきた時には、碧と翠に両脇を抱えられて居た。その特徴的なワンレンとポニーテールを間違えるはずはない。何より、二人の体臭を俺が間違えるはずがない。そこから二人と致した……はずだ。要するにそこから先が全く記憶にない。蒲公英と致したかどうか思い出そうと努力はしたが、どうしても思い出せない。

「ねえご主人様。これを見ても思い出せないの?」

促されて、蒲公英が指さした先にある『これ』を見やる。

―――寝台のシーツには、はっきりと『血の跡』が付いていた。
それはその、要するに致した証なんだろう。が、残念ながら俺の記憶中枢を刺激することは叶わなかった。

「……済まない。どうしても思い出せない」
「……」

俺の返答に、流石の蒲公英が哀しそうな顔をした。

それは当然だろう。当初は性的な事への年相応な興味から俺に言い寄っていただけだろうが、流石にこの時点ではそうではないことぐらいは分かる。何せ、初めて逢ってから1年以上経過しているのだ。単純な興味であれば、それを満たす為の相手は他にも居たはずだし、何より今の蒲公英の哀しそうな顔がそれを物語っている。もし単純な興味だけであったなら、いつも通りの笑顔で大した事ではないから気にしないで良いと言うだろう。

自分で言うのもどうかと思うが、最低だな……

「……なら、もう一回して?」
「ん?」
「もう一回してよ、ご主人様。これが初めてのつもりで、蒲公英を抱いて?」

いつものようにグイグイ押してくる感じではなかった。ちょっと俯いていたから確信が持てないが、自信なさげな様子であったように思える。

「……分かったよ」
「……え?」
「分かった、と言ったんだ。昨日したというのなら、今日しても同じ事だろう?酒に酔った挙げ句に流されて蒲公英とそういうことになったんだろうけど、したと云うことは要するに蒲公英が好きだと思ったからに違いない。流石に好ましく思えない娘とやろうと思う程飢えて居やしないだろうから」
「……ねえご主人様、約束して。何が起きても、途中で止めちゃ駄目だよ?例えお姉様が乱入してきても途中で止めちゃ嫌だからね?」

……成る程。要するに、碧や翠に一杯喰わせてこうして一緒に居るという訳か。

「良いだろう。但し、南蛮が攻めてきたら話は別だからな?それは譲ることは出来ない。良いな?」
「うん。それなら良いよ。それじゃ、ご主人様……」
「分かってる……んっ」
「ん……うむぅ……はぁう……」

やはり昨日初めて経験したというだけあって、まだまだぎこちない感じを受ける。しっかりと蒲公英の準備が出来たところで、再び蒲公英が念を押すように一言、言って寄越す。

「ご、ご主人様……約束、絶対だからね?」
「?分かってるよ。そんなに信頼出来ないか?」
「そんなんじゃないけど……絶対だよ?」
「あぁ、分かってる。絶対に守るよ」
「うん……」

蒲公英は目を瞑り、何か覚悟した様な面持ちで居る。少し緊張しているようだ。躰も、やや強ばっている。ひょっとして、昨日の経験は、蒲公英に壮絶な痛みを与えただけの物であったのかも知れない。俺が酔って全く覚えていないから何とも言えないが、今の様子から判断するとそう的を外した予想でもないだろう。

意を決して蒲公英と躰を重ねる。重ねた時に、もの凄い違和感を覚えた。

「……蒲公英」
「……な、に?ご、主人、さ、ま」
「なんて馬鹿なことを」
「……蒲公英は、大丈夫、だよ?」
「大丈夫な訳があるか。兎に角……」

状況を完全に把握して退こうとした俺の腰に、そうはさせじと蒲公英が両足を絡めてくる。

「……後で聞くから……だから、約束。お願い、ご主人様。絶対に守るって、嘘だったの?」
「……だからあんなに拘っていたのか」

事が此処に至っては、今更どうしようもない。騙されたという思いよりも、むしろそこまで慕ってくれて居たのかという気持ちの方が大きかった。痛みに耐えながら、自分をちゃんと抱いて欲しいと言い募る蒲公英が愛おしかった。

「……躰の力を抜け、蒲公英。止めないから。蒲公英をちゃんと抱くから、言うことを聞け。痛いだけの想い出にはしたくないだろ?」
「……うん」

俺が止めないということを信じることが出来たからか、躰の力を抜いて、後は俺に為されるがままにされていた。最初こそ凄まじく痛がっていたが、最後にはちゃんと快感を得ることが出来ていたようだった。これで、多少マシな想い出になったのではないかと思う。いや、そうあって貰いたいものだ。

―――これは、蒲公英の『初体験』なのだから。





「で、蒲公英。どうしてこんな事を?」

行為の後、蒲公英と話をする。

最初は翠が抱かれた相手だということで、俺という存在に興味を持っただけだったらしい。性的な事に対する興味もあったし、翠をからかいつつそちらの興味も満たせるなら、といった軽い気持ちだった。が、自分が色目を使ったり、ボディタッチなど少々過剰なスキンシップを図っても、全く靡いてこなかった事が却って好印象になったらしく、俺を陥落させるべく色々と為人を調べあげたのだそうだ。

思想、行動、好きな食べ物、女性の好み。
全て調べた、と。そう言った。

「だから眼鏡を掛けているのか」
「そうだよ?ご主人様、眼鏡掛けてる女の子好きでしょ?」
「……否定はしないさ」
「否定出来ない、の間違いだよね」

蒲公英が、『えへへ♪』と闊達に笑う。今まで通りに。

「ま、それは置いておいて……気が付いたら自分が陥落しちゃってたんだよね〜。本当、ご主人様って女誑しなんだ〜」
「しちゃってたんだよねってお前……」
「仕方ないじゃん。本当にいつの間にかだったんだから」
「まぁ、それは良しとしよう。けど何でまた嘘付いてまで」
「だってそうでもしないと、ご主人様は蒲公英が単なる興味でご主人様に言い寄ってるって誤解したままだったもん」
「そんな事はないって。ちゃんと考えて気がつけたさ」
「嘘。ご主人様は誤解したままで居たかったんじゃないかな?ちゃんと考えてくれたのって、たんぽぽが朝横に裸で寝てたからじゃないの?」

そう言われて、言葉に詰まる。
確かに、そうかも知れない。蒲公英を女性として意識したのは、朝横に裸で寝ていたからかも知れない。愛おしさが急速に高まったのも、痛みの中でそれでも俺に抱かれたいと縋ってくる、健気な蒲公英を見てからだ。

「……その話はもう良い。あの血は?」
「ああ、あれはね、鶏の血だよ?何時こういう機会が来ても良いように、いつも準備してたんだ〜♪」
「……突発的なものじゃなくて計算尽くなのね……んじゃ碧と翠は?俺は二人に寝台へ連れて来られたと記憶しているんだが?」
「叔母様とお姉様に真面目にお願いしたら、仕方がないからって譲ってくれたんだよ?でないと流石に入り込めないよ」
「そもそも部屋に良く入れたな?」
「あ、コージュン?ご主人様に真面目な話があるって言ったら溜息吐いて入れてくれたよ?」

……良しダンクーガ。テメェは後で折檻だ。どうやって折檻してくれようか……

「ねえ、ご主人様。たんぽぽがご主人様を好きなのは本当だよ?軽々しい気持ちで言ってる訳じゃ無いんだから……」
「……」

どう折檻してやろうかと考えていたが、今は蒲公英と話をしていたことに気付いて止める。比較的早い段階で考えるのを止めたから、まだそれ程時間は経っていないはずだ。

ただ、蒲公英を誤解させるには十分な時間だったようで。

「……な〜んちゃって。嘘だよ、嘘、嘘♪ただ単に興味があったから、どうせならご主人様で試そうと思ってしただけなんだ〜♪」
「蒲公英……」
「あ、勘違いしちゃった?御免ね〜ご主人様。でも蒲公英は遊びのつもりだったんだよね。だから、諦めてね?ご主人様♪」

そうあっけらかんと言い放ち、身を翻して扉へ向かおうとする。

―――その時に少し、そう、ほんの少しばかりではあるが、肩を震わせながら。

「蒲公英」

後から手を引いて、後から、腕の中に蒲公英を抱きすくめる。
本当に、この娘はしようがない娘だ。俺の沈黙を、自分の気持ちが拒絶されるものと勘違いして、はっきり拒絶されるのが怖くて逃げだそうとするなんて。逃げだそうとしたことは、あまり感心出来ないことなのかも知れない。けれどそれは、それだけ蒲公英が真剣であるということだろう。ただの憧れ程度であれば、そして蒲公英が言うようにどうでも良ければ、そんな物は怖くなんて無いはずだから。

「だ、駄目だよご主人様。蒲公英言ったじゃない。ご主人様とは遊びだったんだよ?だから蒲公英のことは諦めて貰わないと困るんだから」
「……泣きながら言う台詞じゃないだろ」
「泣いてないもん」
「馬鹿。ちゃんと俺の話を聞けよ」
「……嫌だもん。面と向かって振られるなんて嫌だよ、ご主人様」

涙声で蒲公英が口にした言葉からは、自分を拒絶する言葉を聞きたくないという気持ちと、自分を引き止めてくれたのは、もしかしたら心変わりして自分を受け入れてくれるからかも知れない、いやそうであって欲しいという、今の蒲公英からしてみると本当に僅かでしかない可能性に縋り付きたいという気持ちとが感じられた。

「蒲公英」

ビクッと体を震わせて、観念したかのように俯く。その蒲公英の耳元に口を近付けて、ゆっくりとした口調で話し掛けた。

「責任、取らせてくれないかな。蒲公英」
「……責任?」
「そう、責任。蒲公英が良かったら、だけど」
「……責任感からそう言ってるの?」
「いいや、独占欲からだよ」
「独占欲?」
「そ、独占欲。蒲公英に一杯喰わされたとは言え、俺は結局蒲公英の好意を断ることは出来なかった。蒲公英を抱いたのは、俺の意志だよ。そうなった以上、誰にも渡したくはないんだ」
「……本当に?たんぽぽのこと、女の子として独占したいって思ってくれてるの?」
「あぁ、心からそう思ってる」
「……たんぽぽの事が誰よりも好き?お姉様より?」
「……それはどうかな」
「あ〜!ひっど〜い!」

腕の中で反転し、俺の顔を見ながらそう詰ってくる。少しは普段の調子を取り戻せたか?

「でも」
「でも?」
「蒲公英が居てくれないと困る。我ながら気が多いと思うけど、そういう関係になった娘が誰かに盗られるのは嫌だ。蒲公英だけの為に生きることは出来ないけど、蒲公英に側に居て貰いたい。もの凄く自分本位で都合が良いことを言っている自覚はあるけど、そう思って居るんだよ、俺は。……駄目かな?」
「……ど〜してもってご主人様が言うんなら、一緒に居てあげても良いかな」
「……どうしても」

蒲公英らしい言い様に、思わず苦笑いをしながらそう応える。蒲公英がそう応えて欲しいと言っているのは分かりきっているのだから、そう応えてやるのが男の甲斐性ってモンだろう。

「ど〜しても?」
「どうしても」
「……えへへ、そこまで言われたら仕方がないかな〜」

『仕方がない』って顔はしていない様に見えるけどねぇ。でもまぁ、泣かれるよりはこっちの方が良い。蒲公英らしい笑顔で居てくれた方が良い。

「蒲公英は遊びのつもりだったんだけど、本気になっちゃったご主人様の訴えに絆されて、仕方なく一緒に居るうちに蒲公英もご主人様のことが好きになっちゃったから仕方がないよね?」
「苦しい説明だな」
「いいの!これが唯一無二の真実なんだから!たんぽぽは全てまるっとお見通しなの!」
「はいはい」

ふと、思う。
これで俺は涼州から移動している馬家の人間で平家軍に参加している者を、全て抱いたことになる。後から碧や翠に何を言われるか分かった物じゃない。翠は兎も角、碧はそれを見越して蒲公英に今朝の時間を譲ってやったに違いないのだ。

何を言われる事になるやら。どうせいつか、三人同時に攻め掛かってきたりするんだろうなぁ……翠はまだしも、碧に、悪のりしそうな蒲公英……腎虚で死ぬかも知れんな……。

「ご主人様、聞いてるの!?」
「あ〜はいはい、聞いてる聞いてる」
「も〜、全然聞いてないじゃん!」

怒っているような口調の癖に、満面の笑みを浮かべてそう言ってくる。そんな蒲公英を見て、改めて自分は蒲公英に惹かれているのだと云うことを実感する。それと同時に、蒲公英に大切なことをちゃんと言葉にして伝えていないことに気が付いて、改めて伝えるべく口を開いた。

「蒲公英」
「何?ご主人様」
「順番がおかしい気もするけど、ちゃんと言っておこうと思ってな。……好きだよ、蒲公英」

そう言った俺に、そんな事は分かってるの!と言って笑った蒲公英は、その後で小さく『私も好きだよ、ご主人様』と呟いていた。あまり聞かれたくなかった様だから敢えて聞こえなかった振りをしたが、年相応な女の子なんだよなぁと実感させられる呟きだった。

さて。
……窓から覗き込んで笑っている碧と翠から、どうやって逃げようか。