〜琴 Side〜

お屋形様が皇帝として王朝を開闢することを広く天下に喧伝した。
宛から長安に帰ってきたお屋形様を、民達が総出で、快哉を叫びながら迎えている。久し振りに長安に帰ってきたけど、変わりが無くて安心した。私がお屋形様にお仕えするようになってから、ずっと此処で信頼して頂こうと務めていた。お屋形様のご厚意で母上も呼び寄せることが出来たし、此処が私の家だと、そう思えるようになっていた。

その長安は、召の国都になる。

長安を国都と定めた際、司馬懿がお屋形様に対して城を拡張・改修して宮殿と為すことを提案していたが、お屋形様はそれを却下した。理由は、と問いかけた司馬懿に対して、『広くなりすぎるから』と答えていた。別の機会に、広くなることは問題無いのではないのかと思ったのでそう言うと、『それだと下手をすると城に居るにも関わらず一度も会わぬうちに一日を過ごすことになる人間が出てくるだろ?今のままでも広さに不足は感じないし、俺は今の生活が、ちょっと歩けば皆に会える生活が気に入ってる。客を迎えるのに謁見の間を改修すること等は必要なンだろうが、宮殿増築なんてものは必要無い。そんな物に金を費やす位なら飢饉に備えた備蓄に回す方が良い』と仰った。

流石はお屋形様だ。新王朝の格式や見栄えなどより民達の生活のことを優先して考えておられるのだ。私個人としても、宮殿拡張は御免被りたい。私はお屋形様と一日一度は顔を合わせたい。それが叶わなくなる可能性が有るのなら、増築なんて願い下げだった。





一日、お屋形様と私室で話をしていると母上が私を訪ねてきた。母上は私とは別に長安の街中に居を構えているから、態々城内の私の部屋を訪ねて来たのだ。一緒に住まえば、と思ってそう提案したのだけれど、『公私の別をつけなさい』と窘められてしまった。城内の部屋は私個人に与えられているものであるが、だからといって好きに使って良いものではない。国の中枢とも言える場所に、仕えている訳でない自分が常駐することは宜しくない、と。母上はそういうことに厳しい人で、言い始めたら聞かない人だ。平和になれば城に詰めている必要もないし、その時にもう一度一緒に住もうと言ってみようと思っている。

母上が来たのでお屋形様は席を外そうと為されたけど、気を使わないで欲しいという母上と、一緒に居て欲しいという私の願いを聞き入れて下さった。初めはぎこちなかった会話も、ゆっくりと時間が過ぎていく内にそれなりに華を咲かせるようになっていた。

お屋形様の言葉遣いは、普段とはちょっと違って丁寧なものだ。母上がちょっと席を外した際にその事を指摘すると、『一応義母になる予定の人なんだから孝に悖る言葉遣いは良くないだろう?』と返された。

その言葉の意味を理解するのに少し時間が掛かり。
分かって赤面し、俯いてしまった私をいつものように優しく抱いて下さった。そのお屋形様の耳元で、本当ですか?とお伺いしたところ、『琴にその積もりがないのなら俺は諦めるよ』と言われてしまい。その積もりがあるとはっきり言うのも恥ずかしいけど何も言わなければ言わなかったで余計な誤解を生みかねない、とかなり混乱してワタワタしていると、いつの間にか『不束者ですが宜しくお願い致します』と応えていた。

―――母上が。

「母上!?いつから覗き見をされていたのです!?」
「さて……結構前から外で待っておられたと思うが」
「お、お屋形様は気が付いて居られたのですか!?」
「まあ扉の外で大きく気配が揺らいだからな」
「何故教えて下さらなかったのですか!」
「それにしても、この娘がこうまで変わるとは思ってもみませんでした」
「ちょ、ちょっと母上、無視して話を進めないで下さい!」
「どう変わったんです?」
「お、お屋形様まで!」
「何と言いますか、剣がどうとか正義がどうとか、そういうことにしか興味がない娘でしたのに、朝から晩まで陛下のことばかり話しますのよ?今日の陛下はこうだった、陛下から褒めて貰ったと、それは嬉しそうに語ります。後は陛下の偉大さについて、言葉を換えて力説してきますわ。例えば……」

……何か恥ずかしい。自分の言動、それも一番安心できる自宅での会話をこうも赤裸々に露わにされると何とも居心地が悪い。お屋形様はと見てみると、面と向かって賛辞を述べられてこれまた居心地が悪そうだ。照れていらっしゃるのだろう。でも私が述べた事は事実だから、そうご謙遜をなさることもないと思うのだけれど。

「どうなさいました、陛下?珍妙なお顔をなさっておられますが」
「いや、まあ……面と向かって人から褒められるのは気恥ずかしいものです」
「まあ。奥ゆかしい人ですこと」

母上は何故だか上機嫌だった。普段からコロコロとよく笑う人ではあったけれど、こんなに機嫌が良いのは初めて見る気がする。

「ご機嫌麗しいようですが、何か良いことでもありましたか」
「それはもう」
「良いことがあったのですか?母上?」
「ええ、ありましたよ」

そう言ってお屋形様と私を交互に見やってニコニコと笑っている。

「……何となく予測が出来るので敢えて訊かないでおきますね、母上」
「そうなのよ。貴女達を見ていると、私とお父さんの若い頃を思い出してねえ」

……ダメだ。全く私の言葉を聞いていない。いや、聞くつもりが無いらしい。私の言葉を無視して父上と母上の馴れ初めから結婚、私の誕生までを一気に語った。それはもう、楽しそうに。

一通り話し終えて私の方に向き直る。

「琴、ちょっと良いかい?」
「なんでしょうか、母上」
「いえ、ねぇ。昔話をしていてふと思ったのだけれど、私も年が年だし、いつ躰が不自由になってしまうか分からないわ。だからね琴、そろそろ孫の顔でも見たいと思ってねえ?」
「ぶっ」
「ブーッ」

私とお屋形様が同時に水を吹き出した。

「あらあら。二人して行儀の悪い。きちんとしなければなりませんよ?」
「こ、こここ子供なんてそんなまだ私は……」

……で、でも、お屋形様の子供なら……お屋形様そっくりの男の子なら……欲しいというか……
そう思って横目にお屋形様を見ると、ちょっと困った顔をして右頬を掻いていた。これは、お屋形様が照れてどうしようもない時によくする仕草だ。私が直截的な表現でお屋形様への思いを口にした時に、同じ反応をされるから。

満更でも無い、ということなのでしょうか?そう思って下さっているのなら、とても嬉しいのですけど。

「まあ!では後は陛下次第ということに」

母上?

「……琴、一部というか全部口にしてるから。思っていること」
「……え?」
「まぁその、子供が欲しいとか何とか……」
「ち、違います!い、いえ、違いません!じゃなくて、そうじゃないんです!」
「琴、支離滅裂すぎる。ちょっと落ち着こう、な?」
「う〜」

は、恥ずかしすぎる……まさか、まさか口にしていたなんて。しかもそれを、お屋形様に聞かれるなんて……笑って話し掛けてきて下さっているけど、それがより一層私の失態を際立たせている訳で。母上はそんな私とお屋形様を嬉しそうに見ているし、今度会った時絶対に根掘り葉掘り訊かれる事になるんだろうな……





あの失態の後も、母上からお屋形様と私の普段の生活ぶりについて際どい質問をされ、二人して対応していた。何度も恥ずかしい思いをさせられたけど、お屋形様が上手く話を誘導して、私が一杯一杯にならないように気を使って下さったのが実は嬉しかったりする。

「さて、と。日も落ちそうですから、私はこれで失礼致しますね」

そろそろ日が暮れる、という時分に母上が帰ると言い始めた。確かに今日は私の番だけど、折角母上がいらっしゃったのだから私としては母上と一緒に居ようと思っていたのに。

「母上、夕食を一緒に食べないのですか?」
「ええ。あまり長居をするとお邪魔なようですからね」
「は、母上!」
「邪魔ではありませんよ。折角琴に会いにいらしたのですから、ゆっくりなされば良ろしいでしょうに」
「そういう訳には行きませんでしょう。今日はどうやらこの娘が陛下と共に二人きりで過ごせる日のようですし、また日を改めてくれば親娘水入らずで話も出来ますから。このまま長居をすれば今日は帰らずに泊まって行けとこの娘は言うでしょうが、それだとその、この娘も困るでしょうし、陛下もお困りになられるでしょう?」
「母上!?」
「……答えを口にするのが憚られるんですが」
「ほほほっ。そういう訳ですから今日はこれで失礼致しますわ、陛下。……娘を、宜しくお願い致します」

途中までは茶目っ気のある顔をしていた母上は、最後に真面目な顔でそう言った後お屋形様に頭を下げた。

「……俺で良ければ喜んで」
「お、お屋形様……」

母上の言葉に応えたお屋形様と、その言葉に感極まってしまった私を交互に見て微笑み、母上は帰宅する為に外へ出た。お屋形様が高順に声をかけて、送って行って貰えるように計らってくれた。何度か振り返った母上を、二人並んで見送っている。

「今日はなんだか済みませんでした。母上がまさかああいうことについて訊いてくるとは思っても見なかったので……」
「いや、別に構わんよ」
「で、ですが失礼に当たるかと」
「公私の別で言えば、今の時間は『私』の方だ。だから最低限で良いンだよ、礼儀なんて」
「……有り難う御座います、お屋形様」
「礼を言われるような事じゃないと思うがね」

お屋形様に少し寄りかかった私の肩を抱いて、微笑みながらそう仰った。

日が暮れる前の最後の陽の光が、私達の影を映し出していた。二人の影は重なり合って一つになっている。足下では確かに二つ別々であるのに、そこからずっと伸びていった先は完全に一つに重なり合っていて。私達の未来をそのまま表しているかのような気がして、少し嬉しかった。

「……?なんかご機嫌だな?琴」
「ふふっ。そうですか?」
「あぁ。どうしたンだ?」
「内緒です」
「?」
「それよりお屋形様。夕食を食べましょうか?」
「……そうだな、そうしようか」

お屋形様に肩を抱かれて私室へ戻る。後ろを振り返ると、影は変わらず一つに重なり合っていた。只それだけのことが嬉しくて、その日はずっとご機嫌だった。その理由を何度か訊かれたけど、なんだか子供っぽい理由な気がして、お屋形様には教えてあげないことにした。

私はずっとお側に居たいです。
夜、お屋形様の腕に抱かれて寝ている時にそう言うと、お屋形様から、それこそ天にも昇るかのような幸せを感じられる言葉を頂いた。

……頂いた言葉?そんなもの、教える訳無いじゃないですか。
じゃあ、その言葉の後私が何を言ったのか?ですか?

私も、お屋形様に居て貰わないと困ります、と言いましたが。
え?何を言われたのか分かった?

べ、別に勝手に想像していれば良いんじゃないですか?

お屋形様から頂いた言葉は、私の、私だけのものですから。絶対に誰にも教えてあげないんです。そう決めたんですから。















〜教経 Side〜

帝位に就いてから、非常に面倒臭い仕事が増えた気がする。

国家の骨組みとなる官僚組織を漢王朝時代に比してその数を削減した。馬鹿が集まっても大馬鹿にしかならない。それに、今は創業の時だ。自分で言うのも何だが、平家には優秀な人間が数多く集っている。風や詠、冥琳など直接俺と面語している人間に、優秀だと思う郎党の名前を上げて貰った事があるが、次から次へと名前を上げられた。聞いたことのある名前もちらほら聞こえてきたが、いつの間に仕えていたのかねぇ。

兎に角、名が後世に残っている人間が多く居る以上、削減できる部分は削減した方が良いと判断した。無論、将来はどうなるか分からないが、現状国が有している権限を地方に移管していけば、削減後の人員数でも十分にやっていけるだろう。人員削減について相談した時に、風や詠がそう言ってくれたことで踏ん切りが付いたのが一番大きいが。

その他軍制及び政に関しても手を入れているが、それについてはそもそも平家ではそうだったものをそのまま当て嵌めているだけだ。特に混乱は起きていないし、俺自身に掛かってくる負担も大したものではない。司馬懿を側近として扱き使うことで、かなり楽が出来る様になっている。

やたらと増えた典礼も面倒だが、これは仕方がないだろう。形式が必要とされるのは理解出来るし、予め分かっていたことだ。

それらよりも難しい問題で、かつ俺が予測もしていなかった事態が発生している。それは……

「教経?分かっているのでしょうね?写し身のような私が正妻となれば、貴方は今以上に楽が出来るのよ?その利を想像すれば、私を選ぶことこそが貴方にとっても召にとっても最良の結果をもたらすことになるのよ」
「ちょっと華琳は黙ってて。ねぇ教経、当然わたしを正妻として迎え入れるのよね?そうすれば呉の自治権を与えているとは言え、実質的には教経のものになる訳だし」
「二人とも黙るのですよ。お兄さんは風が管理してきたのです。ぽっと出のメス豚共には譲らないのですよ」

……正妻問題、とでも言えば良いのだろうか。
何を阿呆な事を、と言われるかも知れんが、実はこれが一番頭が痛い問題だったりする。まあ、自業自得の極みなんだが。

「やれやれ。良くもそこまで醜く言い争えるものだな。その点私は理知的だ。どんなときにも冷静沈着。醜く言い争いをすることなど無い。それに、臣従が決まったその日の内に求愛されたのも私だ。そのような女は後にも先にも居ない。私こそが相応しいと思うのだがな」
「お屋形様から愛されている程に拠って決しようと言うのであれば、結論が出るはずがありません。お屋形様は皆を平等に愛して下さっているのですから。それであれば、お屋形様の為に如何に尽くすことが出来るのか、が問題になるべきです。その点、私はお屋形様に全てを捧げることが出来ます。お屋形様が望まれれば、例え尊厳が喪われるような行為であっても喜んで致します。己の矜持に拘る貴女達では出来ない様なことだってやってみせる自信がありますから」
「いやいや。アンタらは女と男としての関係と主従としての関係しか築けてへんやろ?その点ウチは違うで。経ちゃんとは主従であり、友人であり、そして恋人でもあるんや。三通りの関係が楽しめるんはウチだけやし、やっぱり此処はウチが選ばれるべきやと思うで?」

さっきからずっとこの調子だ。宛にいる人間だけでやってこの有様だ。遠征中の稟や愛紗は勿論のこと、蓮華が此処に居たらと思うと胃が痛くなる。

「……やはり私達が言い争っていても結論は出せないようね」
「なら、決めて貰うしかないんじゃない?」
「改めて口にして貰うまでもないとは思いますが、お兄さんに選んで貰った方が選ばれなかった事を納得出来るというのであればそれでも良いでしょうね〜」
「まあ、私の勝ちは揺るがないと思うがな」
「お屋形様に一番尽くすことが出来るのは私だと思いますよ?お屋形様」
「結果は変わらへんよ。ウチが勝つさかいに」

なんともまあかまびすしいことだ。
そう思って居ると瞳に星が映り込んだ。そう言えば、星は今日全く発言していない。珍しい事もあるモンだ。

「星、どうしたンだ?いつもなら絡んでくるところだと思うが」
「私はその、雪蓮や華琳のように一勢力の長ではありません。風や冥琳のように頭も良くありません。琴のように素直に主に甘えることも、出来ません。……その私が、声高に主にとって私が一番の蝶であることを主張することが許されるのでしょうか……」

……こういう星は初めて見る気がする。
他者は他者。自分は自分。自分には他者にはない魅力というものが備わっている。自己と他者との間に存在する差とは、即ち個性であって優劣ではない。そういう考え方をしているはずだ。そしてそれを、不敵な態度と、同じく不敵な言葉で表現してみせる。それが星の魅力の一つだと思う。

その普段の星とのギャップに、完全にやられてしまいそうだ。こうまで自信なさげにされると、放っておけなくなると言うか何というか、保護欲のようなものが湧き出てくる。

「星。許すも許されるも無いだろうに。星らしくないぞ?第一、一番俺と付き合いが長いのは星じゃないか。星だって言いたいことを言っても構わないと俺は思うよ」
「ですがその、私は一介の武辺に過ぎません。その私が……」
「星、そんな事は関係ないだろう?俺は星の事を大切だと思っているんだ。地位なんて関係ない。星という女の子そのものを、俺は必要としているんだから」
「主……」

俺の言葉に、瞳を潤ませて上目遣いでこちらを見てくる星。
……あぁ、この星は可愛い。可愛すぎる。

「では、私が主の一番の蝶だと主張しても構わないのですか?」
「構わないよ、星」
「……主、言質は取りましたからな?」

はれ?何故だか星が黒く見えるよ?

「皆、今聞いた通りだ。主にとっての一番の蝶は、この星、趙子龍であるということを主張することが許された。それは即ち、この私こそが正妻に相応しいという事を主が認めて下さったという事だ!さあ、この正妻である私の前に跪くが良い!」

いや、あれ?星さん?それは確かに言葉だけを捉えればそう言うことも可能だと思うけど、そういう意味で言った訳じゃ無いからね?

「星ちゃん、お兄さんはそういう意味で言った訳ではないと思うのですよ」

流石は風。華琳との仁義なき戦いでも遺憾なく発揮されたその洞察力で星さんを窘めてやって下さい。

「……風。稟と共に、三人が日替わりで正妻という形でも一向に構わぬが?」
「……という訳で、その他の有象無象共は黙って居るのですよ」

何という風・・さん・・的存在。圧倒的な存在感だ。

「共有する、というならこっちにも考えがあるわ……冥琳?」
「分かっているさ。教経、こちらは雪蓮に私、蓮華様に思春、亞莎と付いてくるぞ?」
「……形勢が悪いわね。詠、此処は共同戦線を張ることを提案するわ。期限は、私達が勝つまで。どうかしら?」
「……良いわよ。ボクの方にも異存はないわ。只人数が不足しているから、琴と霞も巻き込みたいところね」
「霞、私は異存ありませんが貴女はどうですか?」
「取り敢えず『勝つまで』なんやろ?上等や、やったろうやないか」

うん。もう収拾が付かない感じだよねぇ。と言ってこの場から立ち去るという選択肢はないからねぇ。俺の事で揉めているのに我関せずとは行かないし。

ガヤガヤと互いの主張をぶつけ合っている最中、これまたずっと黙って居た百合が手を挙げた。

「……いい?」
「どうしたンだ?百合?」

皆が一斉に百合を見る。

「……全員で共有。日替わりで正妻」
「成る程。それは良い案ね」

良い案って雪蓮、お前さん何を言っているンだ?

「……この際それでも仕方ないか」

冥琳、あっさりと受け入れるなよ。
と言うかだな。

「コレ、『誰が俺と一緒に居るか』が『正妻』になっただけで、今までと何も変わらない結論が出ているんじゃないのか?」
「おお、お兄さん、良く気が付きましたね〜」
「気付くわ!」
「チッ……折角主を騙して決定的な言質を得たものを」

いや、星。腹黒すぎるだろうに。

「ですがお兄さん、今まで通りとは言いましたが、形式はきちんと整えて貰いますからね〜」
「……形式とな?」
「はい。形式です」

糸目をし、飴を口に咥えながらゆる〜く発言してくれたが、こういう時は大体とんでもないことを言っている訳で、ねぇ。こちらとしては警戒せざるを得ない訳で。

「つかぬ事をお伺いしますが……その形式って……?」
「お兄さんとそういう関係にある人間を妻とする旨宣言して貰います」
「さいですか」
「そういうことであれば、当然各人と婚礼の儀式を行って貰うわよ?皇帝の婚礼なのだから、それに相応しいものを、国費でね」

この時代の婚礼の儀式って、かなり手間と時間が掛かるものじゃなかったっけ?それを皇帝に相応しい規模でとかとんでもなく面倒なんじゃ……?

「簡素に、簡略にやるって云う訳には……」
「行くと思うのかしら?」

華琳の言葉に併せて、皆が一斉に俺の顔を見た。当然、皆イイ笑顔だった。今も昔も結婚式は女の子の夢だってのか?そんな馬鹿な。現代なら兎も角この時代でそんな風潮有る訳がないじゃないか。だが、現に目の前に居る方々はそんな感じに見えるな……あ、胃が痛い。

「……胃が痛いからちょっと席を……」
「では早速今日から形式を整える為に準備をして頂きましょう」
「いや、琴?俺は胃が痛いから……」
「コイツは婚礼の儀式を知らないみたいだから、ボク達がちゃんとしなきゃダメだわ」
「ほなそれぞれの家で経ちゃんと打ち合わせするなりして準備しよか」
「いや、皆、ちょっと……」
「風、稟や愛紗達はどうするのだ?」
「どうせお兄さんは後から益州へ向かう訳ですから、その時に思う存分致せば良いのです。風達に後れを取りますが、風達よりも長い時間お兄さんと居られるのですから」
「ふむ。ではその旨書状で伝えておくか」
「馬鹿正直に一足先に風達が婚礼を行うことを書くこともないのですよ。益州に行ったら、お兄さんが稟ちゃん達と婚礼の儀式を行うと言っている、と伝えておくだけで大丈夫なのです」
「成る程、流石は風だな」
「あら、じゃ、蓮華達にも教えてあげないとね。最近、蓮華ってば怖いんだから」
「では南蛮へ行く際に一度揚州へ行き、婚礼を行った上で行って貰うとするか」
「そうね。そうして貰いましょう」

俺の意志は……?
俺の意向は……!?
一応俺も当事者なんだから意見を聞いてみるとかそういうのはないのか?

「当然無視なのですよ、お兄さん」

……久し振りに俺の頭の中をガッツリ覗かれた気がするねぇ。出来れば、覗くのは止めて貰いたいンだがねぇ?若しくは覗くなら俺の意向をしっかり反映させて貰いたいンだが、その辺り、何とかなりませんかねぇ?

「むむ……確かにお兄さんの言う事も分かります……」

おお、流石は風。俺の言うことをしっかりと理解してくれる!そこに痺れるッ!憧れるぅッ!

「……だが、断るッ!なのです」
「ですよね……というか、何故貴様がそれを知っている!?」
「さあ、知らないのですよ」

それから暫くの間は、ずっと婚礼に追われる日々を過ごすことになった。まあ分かっていたことだけど、居る人間には親がちゃんと居る訳で。心温まる婚礼の風景をいくつか思い出してみる。

星の時は準備の話をする為に祖母がやって来たが、矍鑠とした婆さんだった。が、偶にぴくりとも動かなくなったりして、昇天したのかと大慌てさせられた。一番初めに『お婆さまが!お婆さまが!』と大騒ぎしていた星だが、どうやらいつものことだったらしく、事が判明した後婆さんと一緒にニヤリと笑っていた……計画通りなのか?その嗤い方的に考えて。

風の時は両親がやってきた。が会話の最中、昔話で少々都合が悪そうな話題になると二親とも寝てしまったりしていた。風が不思議ちゃんなのは両親からの遺伝に違いない。そう思って風を見ると、風も寝てしまった。……コレでどうやって婚礼の段取りを煮詰めろと?その後叩き起こして煮詰めたから上手くいったンだが。

華琳の両親からは、よくぞ娘と結婚するつもりになってくれたと涙ながらに言われた。アレか、ズーレーでドーサーだってのをちゃんと知ってたってことか。取り敢えず感謝して下さいと口を滑らせると、絶を首に宛がわれてもう一度言ってみろと言われた。愛しているよと惚けて伝えてみると、顔を真っ赤にした上でフルボッコにされた。コレも愛情表現なんだろう……どうでも良いが娘を止めろよ。

雪蓮の時は孫静がやって来て、開口一番姪を泣かせたら殺すと言われた。……成る程、シスコンならぬ姪コンな訳ですね、分かります。その可愛い姪っ子は俺と真剣で戦う事が大好きな戦闘狂なんだよ。お前さんがしっかり教育してこなかったからこうなったんじゃないのかよ。まあ、怖くてそんな事は言えなかったんだけれども。着飾った雪蓮は、それはそれは可愛かった。そういうと柄にもなく照れまくっていたが、そうやっていちゃついている俺をもの凄い目で睨み付けている叔父の姿があった……姪離れしろよオッサン。

冥琳の時は母親がやって来て、如何にして冥琳を墜としたのかを根掘り葉掘り聞かれた。論理的な説明が出来ない冥琳を見て、不覚にも萌えてしまった。婚礼の晩非常に燃え上がってしまったが、後から冥琳に聞いたところに拠れば、それは母親の計算通りだったらしい。……流石は冥琳の母親だ。

その他の場合も、色々とあったンだ……本当に色々と……詠なんか酷いモンだった……『あの日』って言うから月一のお客さんが来る日かと思ったら、年に一度やってくる厄寄せの日だったらしい。事前の打ち合わせがその日だったから良かったものの、本番がその日だったら目も当てられない事になっていただろう。

兎に角、滅茶苦茶面倒臭かったが、皆可愛かったから良しとしよう。皆それぞれ表現の仕方は違うが喜んでいたし。相変わらず顔を合わせる度に何かと張り合ってはいるが、じゃれ合いのようなもので大きな問題にはならないからな。まあ、仲が良いと言って良いだろう関係を築けてはいると思う。

仲良きことは美しきかな、かな?

まあ、最後くらいは綺麗に締めさせてくれよ。締まらないことこの上なかったんだからさ。