〜焔耶 Side〜
教経様から言われて赴いた弘農でワタシを待っていたのは、最強の武と、最高の武だった。
恋。呂布。呂奉先。
狭い蜀の中で自分は天下でも五指に入ると勝手に思っていたワタシでも、自分より確実に強いと認めていた、天下に名高き飛将軍。向かい合っただけで、その強さは分かった。桔梗様でも話にならないだろう。そう感じられた。ワタシなど、歯牙にも掛けない。天下最強とはこういうものだということを、何故かその一瞬だけで納得させられた。立ち合ってはみたが、当然敵うはずもなくあっけなく負けた。
朔。華雄。
常に月様の後に控えている武人。華雄などという名を聞いたことはなかった。本人も、自分の武勇など高が知れたものでしかないと言っていた。向かい合って、体が萎縮するような威圧感も受けなかった。これなら勝てるだろうと思って立ち合い、完膚無きまでに叩きのめされた。
決して慢心していたわけではない。純粋な力だけで言えば、ワタシと朔様に差はなかったはずだ。むしろワタシの方が力はあったのではないかと思う。その事を認識はしても驕らず、侮らないで向かい合った。にも関わらず、ワタシは負けたのだ。
あの強さがどこから来るのか。
教経様は、『国で一番の猪武者であった』と仰られた。念の為ねねからも話を聞いたが、ねねが語る朔様は間違いなく『猪武者』であった。だがワタシと立ち合った際の立ち居振る舞いは、それとはかけ離れたものであった。後でそう言うと、ねねは『嘗てそうであったと言っただけなのですぞ!今は恋殿でさえ攻めあぐねることがある程立派な武人なのです!但し、恋殿の方が強いのですぞ!?その辺りは勘違いしてはダメなのです!十度戦えば七度勝ち、三度引き分ける程度なのです!』と応じてきた。
例え十中の三だとしても、恋の攻めを抑えてみせるというその強さ。
ワタシが実感として掴めなかった、彼女の強さ。
その強さが何であるのかを知る為に、ほぼ毎日手合わせを願い出ては負け続けている。だが、これだけ立ち合ってもまだその強さがどこから来るのか、全く掴めないままだ。
……このままでは、ワタシはまた同じ過ちを犯すかも知れない。もう二度と犯さぬと堅く心に誓っているが、侮辱された時に普段と変わらぬようには居られないだろう。馬岱に浴びせられた罵声を思い出すと、確かに我慢は出来るが、やはり冷静では居られない。このままでは駄目なのだ。何としても、ワタシは克己しなければならない。そうでなければ、武人としても、そして人としても、これ以上先には進めないと感じている。
一日、その事にどうしても我慢できず、朔様に尋ねた。
「朔様、宜しいでしょうか」
「……その、『様』は何とかならんのか。恋に対しては使っておらんだろう」
「しかし何事か教えを受ける立場にある者は先ず礼を知らねばならぬと桔梗様から言われております。もしぞんざいな口を利いたことが知れれば、ワタシが只では済みません」
「……慣れぬが、仕方ないか……で、何だ?」
「はっ。その、少々不躾な質問で申し訳ないのですが、朔様はどうやって猪武者である自分を変えることが出来たのでしょうか」
「うん?」
少し訝しげな目でワタシを見ている。
まあ、それはそうだろう。『猪武者だった』、という言葉は、詰まるところ朔様を侮辱しているとも受け取ることが出来るのだから。
「朔様が何処までご存じか分かりませんが、ワタシは白蓮様が教経様に敗れる契機を作ってしまった、愚者なのです」
「……」
「そうなった原因は、偏にワタシが猪武者だったからに相違有りません。ワタシは白蓮様達や教経様達に赦されて、こうしてのうのうと生き長らえています。
……ワタシは同じ過ちを二度と犯すわけには行かないのです。ワタシが先走ったが為に死んでいった者達や赦してくれた人達の為に、何としても変わらなければならないのです。ですから……」
「良い。言いたいことは分かった。ご主人様がどうしてお前を私が居る弘農へ寄越したのかもな。
……焔耶。お前は私と同等以上の強さを持って居ると思う。無論、今この時点でではないぞ?先々を考えると、私を越えることもあるかも知れないと、そう思わせるだけの武勇を有しているという話だ」
朔様と同等。
それはつまり、恋と十度戦って三度分けることが出来るだけの力があると言う事なのか。
「だがな。正直に言うが、私もお前も天下最強の武人には成れぬ。五本の指に入ることすら出来ぬ」
「……はい」
「……反発してくるかと思ったがな」
「身の程は、思い知らされました。十指にも入らぬ。そう思います」
「そうか」
朔様は目を閉じ、何か懐かしむかのような雰囲気で言葉を続けた。
「私はな、焔耶。天下最強の武人でありたいと願い、恋を打ち破ることでそれを証明してみせることに執着していた。若しくは、恋と同じ戦場で恋を越える武勲を上げることでな。周囲の者が何を言おうと、何を思おうと、私の興味は『天下最強』の四字にのみ有ったのだ」
弘農で何度か賊共を討伐する機会があったが、朔様は常に月様の後に控えてその警護に当たっていた。自分自身の功など不要。そう言い切った朔様からは想像も付かない。
「字も真名も持たぬ私は、生まれてこの方ずっと蔑まれて生きてきた。人から馬鹿にされたくなかった私は、元々膂力に優れていた事もあって武勇で身を立てようとした。だが、官に就き、実績を上げて出世しても尚人は私を馬鹿にしていた。それでは不足だ、その程度で字も真名も持たぬ貴様が認められると思っているのかと周囲の人間に嗤われているような気がして仕方がなかった。今思えば、武勇の優劣にしか興味がなかった私自身の在り方にこそ問題が在ったのだが、あの当時の私にはそんな事は分からなかった。これでまだ不足というのであれば、天下最強の武人になるしかない。だから私は天下最強を目指した。
だが私にとって不幸なことに、この世界には恋がいた。恋を越えてみせぬ限り、私は天下最強には成れない。反董卓連合を相手にした時、出撃して反董卓連合軍を打ち破れば恋を越えることが出来ると考えて居たのだ。月様の為に武を奮うと言って参加した戦であるにも拘わらず、自分の武人としての矜持に拘って月様を喪うことになる所だった。ご主人様が居なければ、間違いなく反董卓連合軍に一呑みにされてしまっていただろう。
己の武人としての矜持と月様の命。ご主人様から何れかを取れと言われた時、私は私の武人としての矜持よりも月様の命の方が大切だと感じたのだ。
最強と最高とは違う。天下最強でなくとも、月様にとっての最高の盾であり戈であることは叶うのだ。他人が私の武が如何ほどのものかを知らずに貶して来ようとも、月様が真価を知ってくれて居れば構わないではないか。私は月様に己の武と忠とを捧げる為にこの世に生を受けたのだ。『月様の為に』私は存在している。そう思い切る事が出来る様になって、猪武者ではなくなった」
朔様の強さの根底には、月様への無私にして無限の忠誠があるのだろう。いや、最早忠誠という言葉では生ぬるいだろう。愛と言って良いのかも知れない。それがあればこそ、朔様は強いのだ。
『月様の為に』。
文字にすればたった五文字。
だがこの五文字に込められている思いは、ワタシなどでは量れぬものが在る。
「……参考になったかどうかは知らんが、私が猪武者で無くなったのはこんな経緯があってのことだ」
「いえ、有り難う御座います。あまり思い返したくないであろう事を思い返させてしまったようで、申し訳ありません」
「それは構わない。アレがなければ、私はここに居ないだろう。いや、あの時ああいう私でなかったら今のこの私にはなっていないだろう。思い返すのに少々苦々しい思いをするが、そういう過去があってこそ、今こういう私になれているのだからな。
まあ、お前も色々思うところがあるのだろうが、早く己の武を奮う理由というものを見つけ出すことだ」
「己の武を奮う理由ですか」
「そうだ。別に他人の為に戦うことを心に決めれば強くなるというわけではない。自分の武を、広く天下に認めさせたい、というものであっても問題はない。ただ敢えて言わせて貰うが、猪武者というものは己のことしか考えて居ないから猪武者なのだ。私にしてもお前にしてもな。私からお前に言ってやれることはその程度だ」
「十分です。有り難う御座います」
自分が暴走しようとした際に、その行動を掣肘する何かが無ければ変わることは難しい。朔様が言ったことはそういうことだろう。朔様は、月様を守る為に己の武を奮うことを決めた。守らなければならない人間が居ることで、軽々しく前線に飛び出したり挑発に乗ったりすることが無くなったに違いない。
……ワタシには、恩を返さなければならない人が居る。白蓮様はワタシと瑛が独断専行した為に負け、ワタシと瑛を罰さなかった為に月様や雪蓮様のような、教経様に付き従う諸侯として立つことが許されなかった。それにも拘わらず、恨み言一つ言われた事がない。むしろ、ワタシの心情を慮って、白蓮様の今の状況について自分のせいである等と深刻に考えないように、と気を使って下さっている。
ワタシのせいで死んでいった者達も、白蓮様の中に希望を見出して参陣してきたに違いない。彼らが抱いた希望は、白蓮様が生きてある限り消えることはないだろう。
白蓮様を守ること。それがワタシに出来る償いであり、報恩なのではないか。
白蓮様を守る為であれば、戦場で戦功を一つとして挙げられないとしても悔いはない。ワタシが個人の戦功を諦めることで、白蓮様の身の安全が保障されるのであれば喜んで諦めよう。素直に、そう思える。
教経様は言っていた。
『己の武は何の為にあるのか。その一つの、そして恐らく究極の答えがそこにはある』と。一つの究極の答えとは、朔様の在り方の事を指していたのだろう。
ワタシもああなりたい。
その在り方は美しかった。天下を二分する勢力の主でさえ、無視できぬ程に。
ああなれるかどうかは、分からない。
結果が付いてくるかどうかもまた、分からない。
分からないが、分からないから何もせぬのでは結局何も変わらない。
目の前に見えたこの道を、一先ず歩ききってみよう。そうすれば、何かしら得るものが在るであろうから。
〜吉里 Side〜
御遣い君が皇帝として起ち、新たな王朝を開くことを宣言した。
『召』。それが御遣い君が考えた国号だった。
周の武王を援けた召公セキからその国号を取ったのかと思ったら、『召』という文字そのものの意味を踏まえた上で、それが相応しいだろうと考えたかららしい。
『召』とは、天から祈りに応えて降って来て願いを叶えるという意味がある。これはつまり、『天の御使い』という存在そのものを表しているだろう。もう少し違った見方をすると、刀を以て祈りを捧げて願いを叶える、という意味にもなる。これも、御遣い君には相応しいだろう。何せ本人が刀を常に携行しているのだから。
皇帝に即位してまず最初に行った事は、近しい臣、分かりやすく言うと、御遣い君が自分のことを好きに呼んで構わないと言った人間達に対して、御遣い君をどう呼ぶかは当人に任せる、別に変えなくとも構わない、という布告を出したことだった。その事について詠や冥琳、華琳などが苦言を呈していたが、御遣い君から高順と交わした会話の内容を知り、無理なものは無理なのだという結論を出した。
苦言を呈していた人間を黙らせた高順の発言は、次のようなものだった。
『おい陛下、親衛隊の奴らには陛下って呼ぶように言っておいたからな』。
『なあ。この間陛下が言ってた”えすこーと”っての、殆ど忘れちまったんだけど、もう一回教えてくれよ。また瑛に食事に誘われてるからさあ』。
『テメェ!またおかしなこと言いやがって!やぁぁぁぁぁっってやるぜ!』。
『大将』という言葉が、そのまま『陛下』に変わっただけでしかない……最後など今まで全く変わらない……忠誠心に全く問題がないことは知っているけど、頭は……いや、最早何も言うまい。兎に角、この発言を聞いた御遣い君は暫く笑い転げた後、近臣は今まで通りに呼んで構わないということにしようと思ったらしい。僕も正直どうかとは思うけど、御遣い君らしいとも思う。個性で済む範疇であれば、ある程度は仕方がないのかも知れない。勿論、御遣い君自身は砕けた物言いをすべきじゃないからそれは認められないけどね。
御遣い君が即位して以来、家中の、というよりは最早宮中のと言った方が良いのかも知れないが、雰囲気は非常に明るい。文官・武官に関わらず、来るべき年が全てを決する年になるという予測をしていることだろう。召が天下を統一するという形で。
勿論僕もそう考えて居るし、余程のことがない限りはその流れは覆らないと思う。けど、向こうには朱里がいる。雛里と朱里はほぼ互角だったけど、僕は朱里に負け越している。勝率は三割もあれば良い方だった。悔しいけど、僕では歯が立たないことを納得させられる相手。それが朱里だった。
幾ら盤上の事とは言えあの当時でさえ劣勢を簡単に覆して勝利を収めていた朱里が、彼女の良い所でもあった甘さを完全に捨て去って立ちはだかってくることを思うと、決して油断は出来ないと思う。余程のことを引き起こすことが叶うだけの知謀は有しているはずだ。どれだけ評価しても、評価しすぎということはない。それが、僕の朱里に対する評価だ。
宮中を歩いていると、何やら人を捜している様子の雛里が居た。訊けば、御遣い君を捜しているらしい。どうしても御遣い君と話したいことがある。そう言った雛里の表情は、真剣で、そして何処か陰鬱さを感じさせる深刻さを伴ったものだった。
仕方がないから僕も一緒に捜してあげるよ、と言うと、何度も有り難うと言っていた。
……こんな顔をして、一体何の話だろうか。
「どうしたンだ、二人揃って」
「僕は御遣い君捜しを手伝っただけだよ。雛里が捜してたからさ」
「雛里が?」
思い当たることがなかったのだろう。御遣い君は不思議そうに雛里を見ている。
ともあれ、御遣い君は見つかったワケだから僕はもう良いかな。
「じゃ、そういうワケだから」
「あ……」
挨拶をして立ち去ろうとした僕の手を、雛里が掴む。かなり力を込めて握ってきた。雛里の予想外の行動に、思わず振り返ってその顔を見る。
「……その、吉里も居て欲しい」
雛里が深刻な顔をしていて、御遣い君と話をしたがっている。その上で僕にも居て欲しいとなると、大体何について話をしようとしているのかは見当が付く。
「……朱里?」
「……うん」
小さく頷いて御遣い君に向き直る。
雛里の雰囲気から大事な話であると感じ取っているのか、御遣い君は急かすこともせず、唯々雛里が話し始めるのを待っているという様子だ。
「……あの、陛下」
「今は個人的な時間だから好きに呼んだら良い、雛里」
「は、はい……ご主人様に、お願いがあるんです」
「何だね?」
「その……あの……」
雛里が言おうとしていることは分かる。『朱里を助けて欲しい』。そう言おうとしているのだろう。雛里から、大凡の事情は聞いている。朱里は仕える主を誤った。僕にはそう思える。劉備が甘い理想を抱いているとか犠牲を払う覚悟がないとかそんなことはどうでも良い。いや、良くはないけど、一番の問題はそこじゃない。
自分の理想を実現しようというのに、自分の足で立つ覚悟を持って居ないこと。それが劉備の欠点だと思う。僕は自ら動かない人に付いて行きたいとは思わない。雛里だってそうだ。となれば、朱里だってきっとそうに違いない。僕達が女学院で将来について語り合って居た時、三人とも理想とする主君像に大した差がなかったのだから。
それなのに。命を救われてしまったばっかりに。愚にも付かない夢を、自分自身が抱いた夢だと思い込んで、それを顕現させようとしている。その朱里の目を、戦で打ち破ることで醒まして、その泥沼から救い出したい。そう思って居るのだろう。
ただ朱里は御遣い君を暗殺しようと刺客を放っていた。御遣い君はその事を忘れては居ないだろう。御遣い君が朱里にどういう感情を持っているのかを考えれば、朱里を助けて欲しいという言葉を口にするのは躊躇われる。だからこそ言葉に詰まっているのだろう。
対する御遣い君は、先程と変わらない様子だ。急かすことはせず、雛里が言葉を紡ぎ出すのをゆっくりと待っている。普段はいい加減だと思うけど、こういう所は流石は大国の主であると思わせる。
「……朱里ちゃんを、諸葛亮を、助けて欲しいんです」
「……助ける?」
「は、はい。朱里ちゃんは、劉備さんの夢に囚われて自分の夢を見失い、本来そうあるべき姿からかけ離れた人になってしまっています。だから、助けて欲しいんです。助けるのに助力して欲しいんです」
いきなり敵対している相手を助けて欲しいと切り出された御遣い君は、どう理解して良いものかが分からずに少々混乱してしまっているようだ。雛里もそれを敏感に感じ取り、誤解がないように色々と述べているけど、時系列も話題も飛び飛びになってしまっていて、それがより一層御遣い君を混乱させてしまうという悪循環に陥ってしまった。
一度、仕切り直して方が良いと思って割って入る。
「雛里。僕は朱里を知っているし、雛里から事情を聞いているからその言葉で理解出来るけど、朱里のことも何の事情も知らない御遣い君にいきなりそう言っても混乱させるだけだよ?
ねえ、御遣い君。時間が掛かるけど最初から話をさせて貰っても良いかな?そうでないと、雛里が言いたいことがきちんと伝わらないと思うから」
「あぁ。乗りかかった船だからな。分からず仕舞いで終わりたくはない。この雰囲気で助けて欲しいと言っているんだ。無視できる訳がないし、何を伝えたいのかはきっちり理解したい」
「ん。……というワケだから、雛里?ゆっくり、最初から有ったことを話して、それからお願いしたら良いと思うよ?」
「……うん。有り難う、吉里」
……やれやれ。我が親友ながら世話の焼けることだね。
「……事情は分かった。諸葛亮と対峙するにどういう策を用いるのかについてもそれで良いだろう。が、二つ言っておきたいことがある」
雛里が抱えている想いと来るべき戦をどう考えて居るかについて話し終えたのを受けて、御遣い君がこう切り出した。何が引っ掛かっているのだろうか。やはり、自分を暗殺しようとしてきたことに釈然としない思いがしているのだろうか。
「暗殺され掛かったのを許すことが出来ない、とか?」
「いンや。今の話を聞いた限りじゃ、諸葛亮をどうこうしてやろうとは思わん」
「どうして?」
「諸葛亮は主に忠たらんとしただけだろう。その主は些かどころかかなり問題が在るが、諸葛亮自身にはさほど問題はない。むしろ、効率を考えて俺を暗殺した方が良いと思い、その手筈を整えて実行する手腕には敬意さえ覚えるな。その方が遙かに人死には少ないのだから」
「……そっか。じゃあ、言っておきたい事って何なワケ?」
「一つ目はだ。当たり前のことだが、勝てるとは限らない。無論戦争には勝つ。だが戦闘では負けることも有るかも知れない。次に諸葛亮と戦場で見えた時、全てが解決するとは限らない」
「……はい」
「だから、戦場で諸葛亮を見える機会があった時、無理矢理に勝ちに行ったりするな。その執心が多くの味方を、そして雛里自身を殺す事になるかも知れないからな。分かったか?」
「はい」
「二つ目は何?」
「俺が勝ったとして素直に降伏するとは思えないが、その辺りをどうするつもりだ?」
「……それについては腹案があります」
「……ふむ。この時の為に色々と考えてきた。そういうことか?」
「はい」
「そうか。ならば何も言うまい」
「え?それだけなの?」
「ああ」
「もっと他にないワケ?」
「ないなぁ。話を聞いた限り、この世界に生きる諸葛亮は嫌いじゃない。その上で雛里が助けるのに助力をして欲しいと言っている。平家に降らせる為の考えも何かしらあるらしい。どうせ諸葛亮とはぶつかることになるンだ。その中で雛里が望むことをやらせてやる程度の器量が無くてどうする」
「想定通りに勝てるとは限らないでしょ?」
「当然覆そうとしてくるだろうがね。それを許さない為にお前さん達がいるんだろ?」
「……確かに雛里なら朱里と互角に渡り合えると思うけど、僕じゃ無理だよ。朱里には勝てない。盤上の模擬戦で三割程度しか勝ててないんだから」
そう言うと御遣い君はちょっと驚いた顔をした。
「……何?何か言いたいことでもあるワケ?」
「いや、お前さんが勝てないなんて言うとは思わなかったからな」
「事実よ」
「過去のな。まさか未来永劫そのままだなんて考えて居るんじゃ無かろうな?」
「……悔しいけど、歯が立たないよ」
「馬鹿言え。確かに天下国家を論じさせたら諸葛亮や雛里に一歩譲るのかも知れん。が、事を戦場に限って考えれば、お前さんだって捨てたものじゃないだろう。大体、諸葛亮を相手に三割程度でも勝っている事実があるじゃないか。
俺がお前さんを見てきた印象のみで言わせて貰うがな、お前さんが諸葛亮に負けているのは、『これで勝った』とか『これで策が成った』と思った時点で思考することを停止してしまったからじゃないのか?逆に勝っているその三割程度の勝利は、最後まで、精根尽き果てるまで思索し続けた結果じゃないのか?」
……確かに、そうかも知れない。
僕が最後まで安心できず、色々と策を考えて盤上の駒を思い通りに動かすことが出来た場合、僕は朱里に勝っている。逆に、これで勝ったと思った勝負では悉く負けている気がする。
「図星、という顔だな?大体、お前さんは軍師だろうが。軍師なんてものはどうしようもなく戦が好きで常に頭の中ではまだ見ぬ敵とまだ知らぬ過酷な戦を戦っているものだろうが。勝てないなどと抜かす暇があったら、勝つ為の方策を考え続けろ。頭の中で四六時中諸葛亮と戦をし続けてみろ。それに全敗して初めて、『勝てない』と言えば良い」
軽く僕の頭を小突きながら、そう言ってくる。
まさか、御遣い君に軍師としての在り方で説教されるなんてね。僕としたことが、最初から戦いもせずに負けを認めるような真似をしていたみたいだ。
「うるさいな。分かってるから黙っててよ」
つい、そう言ってしまう。僕にくれた忠言に本当は感謝しているけど、その感謝を素直に表現できない。
流石に、怒ったかな?
そう思って御遣い君を観察したけど、御遣い君は別段気を悪くした様子もなく、『吉里らしい反応で安心した』と返してきた。雛里も僕を見て微笑んでいる。
まぁ、見てなさい。来るべき朱里との戦のことだけを考えて、必ずこれに勝ってみせるから。
……もし勝てたら、感謝してあげるよ、御遣い君。