〜華琳 Side〜

「さて教経。私には色々と言いたいことがあるの。何についてか、分かっているでしょうね?」
「ああ……華琳の胸が慎ましい件についt ヘブッ!」
「……次はないと思いなさい、教経」
「……あい」

教経が宛に還ってきてから、初めて共に過ごす日。風に良いようにやり込められて、私こそが教経の一番であることを示すことが出来なかった。教経には、ちゃんと埋め合わせをする様に言っておいたのに。それを忘れて、風の言うがままになるなんて。私を優先しようとしないなんて。

「……それで、分かっているのでしょうね?」
「分かってるって……最近ちょっと便秘気味なんだr グハッ!」

この期に及んで巫山戯たことを言うなんてね。貴方がそういう人間だと言うことは知っていたつもりだけれど、まさか自分の命が掛かって居る場面でそんな態度に出るなんて思いも寄らなかったわ。

「……今、冗談を受け入れられる程心が広くないのよ」
「……お前さん、それは普段からそうじゃないのか」
「分かっているなら止めなさい。いい加減にしないと、貴方の舞茸を切り落とすわよ?」

微笑みながらそう言ってやると、教経は蒼い顔をして何度も頷いて居た。

「で、当然分かっているのよね?」
「……宛に帰ってきて一番にお前さんと過ごさなかったことについて、だろ」
「分かっているなら最初からそう答えなさい……女を増やして帰ってきた挙げ句に分かっていなかったら、切り落としてやろうと思っていたのよ?」
「悪かった……と言うのも変だと思うがね。華琳、寂しかったのか?」
「べ、別にそういうわけではないわよ。ただ、きちんと埋め合わせをすると言っていたのに、それを棚に上げるかのような態度だったのが気に入らないのよ。しかも、私を誘わないで天和達を誘って食事に行くなんて、本当に良い度胸をしているわよね、貴方」
「いや、アレは仕方なくだな」
「言い訳は聞きたくないわ」
「……華琳、俺にどうして欲しいンだ?言ってくれなきゃ分からないよ」

降参だ、と言わんばかりの身振りでそう言ってくる。

「今日と明日、私に付き合って貰うわよ?」
「明日も!?」
「誰とも過ごさない日なのでしょう?風がそう言っていたわよ?」
「いや、そりゃ確かにそうなんだが」
「……それとも、私と一緒に居るのは……嫌?」
「……はぁ。これも惚れた弱みか。分かったよ華琳。俺の負けだ」
「そ。其れならば良いのよ」
「ちょ……お前!今のしおらしいのは演技だったのか!?」
「あら。演技ではないわよ?立ち直りが早かっただけで」
「早すぎだろうが」
「早いに越したことはないでしょう?貴方と違って私は女なのだから」
「男で早いのが悪いのかよ」
「昼間から卑猥ね。皇帝になろうという男なら、言葉遣いにはもう少し気を付けて頂戴。仕える私の品性まで疑われてしまうじゃない」
「グッ……ああ言えばこう言う」
「当意即妙な受け答えが出来る家臣が居て良かったわね、教経」
「……」

完全にやり込めてやったわ。これで少しはすっきりしたわね。

「じゃあ教経、街に出るわよ?」
「……ケッ」
「もっと愉しそうになさい。私と一緒に居るのだから」
「知らねぇよ」

やれやれ。拗ねてしまったのかしら。本当、子供なのだから。





街に出て暫く歩く内に教経の機嫌も直り、二人で色々な場所へ行き、様々な事をして過ごした。二日を費やして、共に過ごせなかったこの二月程の空白を埋めるかのように。

「教経。どの下着が良いかしら?」
「……堂々と俺の目の前で着替えるなよ」
「その気が無さそうな言葉の割に、じっくりと私の肢体を見ている気がするのだけれど?」
「そりゃお前さん、いきなり更衣室に連れ込まれて何かと思っていたらお前さんが着替え始めたからだな……」
「覗きをしようとしていたからでしょう?正々堂々と見れば良いじゃない」
「馬鹿だな華琳。こういうのは覗くことにこそ意義があるんだよ」
「馬鹿は貴方でしょう?で、どの下着が一番私に似合うかしら?」
「……これ、かなぁ……」
「……卑猥ね」
「だが、それが良い!」
「黙りなさい!こんなもの普段から履ける訳がないでしょう!?」

―――下着を買いにいってからかってやるつもりがからかわれたり。

「大盛況のようね」
「それだけ人和達の人気があるって事だろうぜ?」
「『人和』達、ね」
「何だよ」
「何でも無いわよ。そんな事より、ここから今すぐ逃げた方が良いと思うわよ?」
「へ?」
「壇上から地和が貴方を殴って欲しいと言っていたから」
「おいおい、洒落になってないだろうが!」
「だから速く逃げるわよ」
「分かってるっての!とっとと逃げるぞ華琳!」

―――天和達の舞台を見に行って二人で逃げ出したり。

「ちょっと、もっとそっちへ寄りなさい」
「これで限界だよ」
「無駄に大きな図体をしているわね」
「そう言うなよ。これで俺に密着していられる口実が出来たと思えば良いじゃないか」
「……そういう事は口に出す物ではないわよ?」
「……そう思っていたのかよ」
「うるさいわね。……ちゃんと私を抱えていなさい?」
「へいへい」

―――教経が考案した、街の中心にある公園で、二人並んで長椅子に腰掛けて肩を抱かれていたり。

「で、何故私ではなく天和達を誘ってこの店に来たのかしら?」
「だからアレは違うんだって。揉め事があったんで危ないから送って行ってやろうって時に、腹が減ったって言うから仕方なくだな」
「そんなもの、勝手に行かせておけばいいじゃない」
「とんでもなく我が儘だねぇ……お、これ美味いな」
「誤魔化すのは止めなさい……あら、本当に美味しいわね。ちょっとそこの貴方。これを作った人間を呼びなさい」
「呼んでどうするんだよ」
「作り方を教わるのよ」
「秘中の秘です、とか言われたら……?」
「流石に諦めるわ」
「……何となくだが、不穏な雰囲気を感じる言葉遣いだな?」
「気のせいじゃないかしら」
「……断られたら諦めるんだよな?」
「ええ。腕の二、三本は貰うでしょうけどね」
「……華琳、腕ってのは二本しかない。……というか、料理人が居るのが分かってて言いやがったな?華琳」
「あら。気付かなかったわ」
「お、教えて差し上げますので命だけは!」
「別に命を取ろうとは思っていないわよ?安心なさい」
「……紳士的な強盗ってやつじゃねぇか。やってることは結局強盗だっての」

―――例の店で夕食を取って、教経が美味しいと言った料理の作り方を教わったり。

そんな風にして過ごしていた。
そして今は。

「華琳、あの下着、結局買ってたのな」
「似合う、と言っていたからよ」
「……まぁ、萌えたよ、うん、萌えた」
「燃えた?」
「何か違う気がするけど、まぁそれでもあっている気がするな」
「どっちよ」
「さあ?」

事が終わって寝台で教経に抱かれたまま、他愛のない話をしている。

「華琳が男にこんな風に甘えてくるとは思わなかったなぁ」
「貴方にこんなに餓鬼っぽい所があるとは思ってもみなかったわよ」
「嫌いになりそうか?」
「……分かっていて訊くのは止めて頂戴」
「そうか」
「嫌いになりそうなの?」
「……分かっていて訊くのは止めてくれ」
「そう。……皇帝になったら、ある程度人間関係にはけじめを付けなさいよ?教経」
「言葉遣いとかだろ?」
「ええ」
「……分かってるさ」

いつも通り、お互いに似たような事を似たような言葉で応酬し合う。料理のこと、お酒のこと、政のこと、戦のこと。教経の女性関係のこと、皇帝即位のこと、思い描く天下のこと。そんな事を止めどなく話し合っている内に、先程までの行為の余熱が冷めて肌寒さを感じた。教経の方でも少々寒さを感じていたようで、私を抱きすくめる形で抱きついて来た。

「なあ、華琳」
「どうしたの?教経」
「少し寒いんだよ。もうちょっとしっかり抱きついてくれ」
「……仕方ないわね」

……寒かっただけかと思ったけれど、どうやらそれだけではないみたいね。

皇帝になろうというのだ。それも、禅譲に拠らず実力に拠って。
権力を持った自分が、今の自分から乖離して。
その自分から周囲の者が距離を取り始めて。
そうやって、自分は孤独になってしまうのではないか。そういう、漠然とした不安が教経にはあるのだと思う。でなければ、ああいう顔はしないでしょう。あんな弱々しい、柔らかいが寂しさを感じさせる笑みを浮かべないでしょう。

でもね、教経。貴方は一人ではない。いいえ、一人にはさせない。
その為に私が居るのだから。私と貴方の立場が逆になっていれば、貴方はきっと私に同じ事を言ったでしょうね。だから、私も貴方に伝えてあげる。

「教経」
「何だよ」
「私は貴方を理解しているつもりよ。そしてこれからも理解し続けてあげる。貴方が皇帝になろうと、どれ程強力な権力を持つことになろうと、私だけは貴方と対等な存在であってあげる。貴方が間違ったことをしたら、頬桁を張り倒して諫めてあげる。貴方が傷ついてしまったら、癒してあげる。臆病になってしまったら、励ましてあげる。
……決して貴方を一人にはさせないわ。孤独なんて感じる暇がない程愛してあげる。だから教経?私のこと、ちゃんと大切にしなければ駄目よ?」
「……華琳」

少し驚いた顔をして私のことを見て、その後嬉しそうに目を瞑って薄く笑っていた。

『……有り難う、華琳』。
そう言って、私を柔らかく抱きしめていた。

仕方がないから面倒を見てあげるわ。
ずっと、ね。